報労記63話 また新たな企み -2-
「今回のバザーで、現金は使用できない」
行商ギルド以外の連中が一ヶ所に集まって市場を開き物品を売買することは、明確に教会の定めるルールに違反する。
なので、その場で行われるのはあくまで物々交換。ただし、物と物ではなく、専用通貨を使用して売買を行うこととする。
「今回のバザーでのみ使用できる特殊通貨、『お小遣いポイント』を事前購入し、それでのみバザー会場内の物品を購入することが出来る」
現金の代わりになる通貨を購入し、バザー内で使用する。
その通貨はその日限定の通貨なので、バザーが終われば現金へと換金しなければいけない。
しかし、教会にはそんな何百人に対応できるような現金はないので、販売と換金は行商ギルドに依頼する。
――ということで、行商ギルドに利益を与え、バザーという思いっきり行商ギルドの領分を侵害する企画を了承させた。
「ちなみに、『お小遣いポイント』の表記は『Op』とし、読み方は『おっポイ』だ!」
「ヤシロ、うるさいからちょっと黙って」
何度言っても、何度も却下される。
でも負けない!
定着するまで言い続けてやる!
1
10円で買ったものが5円で払い戻される。
物凄く損した気分になるだろう?
だが、今回のバザーは教会が主催だ。
差額分は寄付として、教会へ納められる。
正確には、四割が教会への寄付で、一割が行商ギルドへの換金手数料だ。
行商ギルドは、この日一日でがっぽりと儲けることが出来る。それも手数料だけで。そりゃアッスントが小躍りして喜ぶわけだ。
さらに、バザーでは駄菓子を売る予定なので、駄菓子屋の成否もそこで大まかに判断できる。
行商ギルドにしてみれば至れり尽くせり。断る理由がないわな。
「今回の主目的は、『お小遣いポイント』という名前からも分かる通り、ガキが金を使う練習をすることにある」
この街のガキどもの多くは、自分の金を持っていない。
欲しいものは親にねだり、買ってもらうほかない。
それでは、駄菓子屋の売り上げが伸び悩むのだ。
駄菓子に価値を見出せるのは、ガキだけだからな。
大人が冷めた目で「そんなもん、買わなくていいだろう」とか言い出すと商売あがったりなのだ。
「お小遣いだからな、家の手伝いをした、庭の掃除をした、なんでもいいから、親が『小遣いをあげてもいい』と思う行動を取ったガキに親から与えられ、ガキどもはそれを使って自分で駄菓子を買う。換金しようとしたら半額になるんだから、ガキならその日のうちに使いきろうとするだろう。その日一日で金勘定と計画性の勉強を精一杯させればいい」
そういう意図だと説明すると、ベルティーナは快く賛同してくれた。
ガキどもは、お小遣いポイント欲しさに家の手伝いをし、自分で得たお小遣いポイントで買い物をする。好きなお菓子が買い放題食べ放題なわけだ。
ガキどもにしてみたら、パラダイスにいるような期間になるだろう。
「ついでに、各ギルドの体験ブースでも設けて、未来のギルド員を発掘する場にしてもいい。領主から各ギルドにいくらかお小遣いポイントを与えて、職業体験をしたガキにお小遣いポイントをくれてやれば、『自分で働いて稼いだお金』って疑似体験が出来るだろう」
「それならば、子供たちが楽しみながら、将来自分が進むべき道を見つけ出せるかもしれませんね」
今回のことがきっかけで、将来の職業が決まるかもしれない。
興味はあるが詳しくは知らない。そんな職業に触れるチャンスにもなるだろう。
「大人たちには、ただただ出費が嵩むイベントだが、その半分は教会への寄付となるわけだから、そこまで嫌な顔はしないだろう」
ガキの無駄遣いに消えるわけではない。
その半分は、この街をずっと見守り続けている教会へと還元されるのだ。
ベルティーナ大好き人間が多い四十二区では、文句も出ないだろう。
「出店者の取りまとめと認可はアッスントに任せる。うまいこと盛り上がる感じにしといてくれ」
「分かりました! まずはしっかりと広報して、各ご家庭、各ギルドに話を持ちかけてみましょう」
「あと、子供たちにも宣伝しないといけませんね。当日までに、たくさんお小遣いポイントがもらえるようにお手伝いを頑張りましょうね、と」
ベルティーナが嬉しそうに言う。
……ガキのお手伝いなんぞ、あってないようなもんだけどな。
まぁ、自主性を育てるって観点なら、多少は意味があるかもな。
「それで、ヤシロさん。教会の子供たちは駄菓子屋さんをやるんですよね?」
そうそう。
今回、教会は完全に企画側に入ってもらう。
「これから、俺とジネットでガキどもに駄菓子の作り方を教えて、本番までに大量に生産する。店番もガキどもに順番でやらせて、その売り上げは教会へそのまま還元する」
教会は、領民からの寄付で成り立っている。
だから、その金を私的に使うことを、ベルティーナは酷く嫌う。
自分のためのお菓子を買ったり、オシャレな洋服を買ったり、旅行に行ったり、そういうことに使うのには抵抗があるのだろう。
「ガキどもが稼いだ金はベルティーナが管理して、必要だと思う時に使わせてやればいい」
そのうち誕生する本物の駄菓子屋とか、近々始まるであろうクルージングとか、そういうのを気軽に楽しめる『余地』があると、今後の生活も随分変わってくるだろう。
ま、そのガキどもにお菓子作りを教えるジネットは、無償労働になっちまうが、ジネットなら喜んで労働力の寄付を行うだろう。
「材料は、アッスントが寄付してくれるだろうし」
「もちろんです。この企画を成功させるためでしたら、協力は惜しみませんよ」
どれくらいの規模を想像しているのか、アッスントはずっと恵比寿顔だ。
換金する者が増えれば増えるほど、行商ギルドは利益を上げるわけで、それに加え教会への寄付も集まる催しなので教会から目を付けられる心配もない。
こんな荒稼ぎチャンス、そうそうないからな。
めっちゃ張り切ってやがる。
「とりあえず、今日から早速広報して、参加希望者を募り、絞り込みを行おう。会場は教会の庭だから、そこまでスペースがあるわけじゃないしな」
と、言った俺の肩に、エステラが手を乗せる。
ぽん、っと。
「ヤシロ……足りないって」
「いや、でも、教会主催のバザーだから」
教会のバザーは教会でやらなきゃダメだろう。
「ヤシロさん」
と言いながら、アッスントも俺の肩に手をぽん。
「足りませんよ」
お前ら、どんな規模でやる気だよ?
「ナタリア」
「こちらに」
「ルシアさんとトレーシーさん、あとマーゥルさんとオジ様にも手紙を出しておいて」
「承知いたしました」
「ちょっ、待て待て待て、エステラ!? どこまで手を広げる気だ!?」
教会主催で、教会のガキどもと四十二区のガキどもが疑似お店体験をするだけのイベントだぞ?
なんで他所の貴族を呼ぶ必要がある!?
「駄菓子屋に関しては、ルシアさんやトレーシーさん、マーゥルさんは部外者じゃないし、話をしておかないと、あとがうるさいよ?」
「それは、まぁそうだが……デミリーはなんでだ?」
「トレーシーさんを見て思ったんだ……港のことだからって他の人を放置すると……拗ねるんだなって」
「デミリーが拗ねてるのか?」
「オジ様はそんなことは言わないけれど、それでもいろいろお世話になってるし、こういう楽しそうな催しの時はこちらから声をかけておきたいんだよ。忙しいようならオジ様の方から断ってくるだろうし」
デミリーは絶対来るよ。
あいつ、お前がデミリーを好きな量の四倍はお前のこと好きだから。
「で、リカルドは飛ばすんだな」
「……言わなくても来るでしょ、どーせ」
まぁ、来るだろうな。
そんな感じで、話がどんどん大きくなっていって、教会主催のバザーはかなり大規模に開催することになった。
俺は駄菓子やメンコのメインターゲットであるガキどもにお披露目と周知をして、金を出す親に「駄菓子のためにお小遣いをあげるのは普通」って意識を刷り込んで財布の紐を緩くして、ガキどもが親の許可なく自分の金でメンコや駄菓子を買うようになればいずれしょーもないオモチャに釣られて散財するガキが増えて今後ボロい商売が出来るようになってうっはうはだな~とか思いつつ、ついでにベルティーナのご機嫌を取って今後言い渡されるであろう懺悔の免除を可能な限りゲット出来ればと、その程度の考えだったのに。
やっぱりエステラがはしゃぎやがった。
まったく、これだからエステラは。
「本当に、ヤシロさんは子供たちを喜ばせる天才ですね」
だから、俺じゃないからな、ジネット?
そんな誉め言葉はいらんから、今後の懺悔をいくつか免除してくれよ。
頼むよ、マジで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます