報労記63話 また新たな企み -3-

「じゃ、ちょっと出かけてくる」


 バザーの広報活動はアッスントとナタリア率いる給仕軍団に任せておけば滞りなく完了するだろう。

 その間に俺は、各ギルドを回ってあいさつ回りだ。


「あの、ヤシロさん」


 立ち上がった俺に、ジネットがたたたっと駆け寄ってくる。


「お出かけの前に仮眠を取られてはいかがですか?」

「いや、でもさ。なるべく早く顔を見せに行った方がよくないか?」


 教会ではガキどもの洗礼を受けたし、その横でベルティーナもなんとも言えない表情をしていた。

 ガキが騒いでいたので言葉にこそ出さなかったが、その目はずっと俺の様子を見つめ、異変がないか、無理をしていないかと見守っているようだった。


 それに、デリアとノーマもすごかったし。


 教会への寄付を終えて陽だまり亭に戻ると、タイミングを見計らったかのようにデリアとノーマが駆け込んできた。


「ヤシロ大丈夫か!?」

「ヤシロの具合はどうさね!?」


 ――と。


 それで、寄付の片付けをしようとしていた俺を見かけて「「よかったぁ~」さねぇ~」っと、そのまま床にへたり込んでしまったのだ。

 まさか、そこまで心配してくれていたとは……


 なんか、自分たちのメンコを作らせたから休む暇がなかったんじゃないかとか、そんなことを考えていたらしい。

 アレは、俺が自分の限界を見誤って好き勝手やっちまっただけなのに。


「もう大丈夫だ」と言っても「いや、そういう油断が危ないんだぞ!」「病み上がりなんだから、今日は体を慣らすくらいの気持ちで仕事はほどほどにするさね」と、お手伝いを申し出てくる始末。

 それはむしろ、監視と言わないかね?

 なんかずっと見守られているというか見張られているようだった。


 でまぁ、デリアとノーマでさえこういう状況なら、ミリィやネフェリーたちはもっと心配しているかなぁ~と思ってな。

 ほら、あの辺って、メンタルもあんまり強そうじゃないし。

 パウラも、強そうでいて涙もろいというか、結構不安に押し潰されるタイプだからなぁ。


「確かに、みなさんも心配されているとは思いますが……」


 とはいえ、ジネットにも心配をかけてしまったばかりだし、心配そうな顔のジネットを振り切って外出するのも心苦しい。

 今日は客も普通に来るだろうから、ジネットを連れて出かけるわけにもいかないし……


「では、こうしてはいかがでしょう?」


 悩む俺と、譲る気がないジネットに、ナタリアが一つの案を提示する。


「我々が広報活動を行うついでに、ヤシロ様はもう大丈夫ですよと伝え歩きましょう」

「そんな大袈裟にせんでも……」

「ヤシロ様のことを案じているであろう人にだけお伝えしてきますので、安心して休んでください。むこうとしても、急に顔を出されるより事前告知があった方が心の準備も出来るでしょう」


 まぁ……確かに。

 陽だまり亭に飛び込んできて、俺の顔を見たデリアとノーマはへたり込んじまったからなぁ。ちょっと泣いてたし。

 心配がピークに達し、不安と焦燥感に胸が押し潰されそうな状態の時に、のんきに働いてる俺の顔を見て気が抜けてしまったのだろう。

 安心感から脱力し、弛緩した心と体は涙を誘う。

 直前まで張り詰めていればいるほど、その反動は大きくなる。


 ナタリアの言う通り、事前に告知しておいてもらった方がいいかもしれないな。


「じゃあ、悪いけど、そうしてくれるか?」

「承知しました。運動場で私を出し抜こうと、イーガレス&ベッカー両家の子息令嬢たちに演技指導を行っている小生意気なシェイラ以外には、滞りなくお伝えしてまいります」

「仲良くしろよ、ナンバーワン・ツー」

「いいえ、シェイラは同率二位ですので」


 いつまで仲違いしてんだ、お前らは。

 エステラが甘やかしてる証拠だな。

 つか、今日も演技練習してんだ、あいつら。

 結構真面目なんだな。

 あとでちょっと様子でも見に行くか。


「じゃあ、ナタリア。各ギルドに『こういう感じの店を出してほしんだけどな~』って案を伝えてきてくれるか?」

「一覧にまとめていただければ、過不足なく」

「じゃ、ちょっとだけ待っててくれ」


 バザーと言われても、やったことがなければ何をしていいのか分からない。

 本当に、家に眠っている不用品を持ち寄って売るだけの集まりでは、イマイチ盛り上がりに欠ける。

 不用品のディスカウントなんてのは、何かのついでにふら~っと見て、「あ、アレよさげじゃね?」ってもんを見つけたら手に取ってみるくらいがちょうどいいのだ。


 なので、それ以外に、人が興味を引かれるようなものが必要になる。

 まぁ、アレだな。

 日本のサブカルチャーの祭典で、個人ブースと企業ブースがどっちもある、みたいなもんだな。

 ちゃんとプロフェッショナルなものが存在していると、その集まりにも箔が付くというものだ。

 いやまぁ、あのお祭りは個人も物凄ぇプロフェッショナルなんだけども……いかん、比較対象を見誤ったな。

 文化祭レベルの出し物の中にプロの店が混ざるというか……う~ん…………


「あ、これ面白そうだね」


 俺が一覧を書いているとエステラが覗き込んでくる。


 エステラが食いついたのは、狩猟ギルドに提案する『ハンターゲーム』だ。

 木の板に魔獣の絵を描いて、それをある程度離れた場所から木の矢で射って倒す。要は射的だな。

 木の板をL字に組んで、底面の板が前に来るようにして設置すれば、木の矢が当たると後ろに倒れる的が作れる。

 魔獣の板が倒れると持ち上がる底面の板には『HIT!』とか『大当たり!』とか『ぎゃーやられたー!』とか書いておけば、ガキどもが喜ぶだろう。


 で、何ポイントか獲得すれば豪華景品がもらえる――とかにしておけばいい。


「ボクもやらせてもらおっと」

「お前は好きそうだな、こういうの」

「投げナイフなら、全部の的を倒せると思うよ」

「弓矢で挑戦するんだよ」

「弓矢はあまり得意じゃないんだよねぇ」

「大丈夫だ。呼んでもないのにきっとやって来るリカルドが親切に手ほどきしてくれるだろう」

「マグダ、お願い! 本番までに弓矢の特訓して! 最低でもリカルドに口出しされない程度に!」


 必死だな。

 始まる前から堪能しまくってるじゃねぇか、このイベント好き領主め。


「でも、君が狩猟ギルドにこんな楽しそうな提案をするなんて珍しいね」

「まぁ、マグダが世話になってるし、ボナコンも美味かったし、心配をかけた詫びも含めてちょっとしたサービスだ」

「ふふ……、今の言葉、ウッセに伝えたらどんな顔をするだろうね」

「……ウッセは案外ヤシロが好きなので、たぶん泣く」

「うわぁ……なんか一気に体調が悪化した。もう横になってこようかなぁ」

「では、お布団を敷いてきますね」


 俺のベッドを整えてくれるというジネット。

 その背中を呼び止める。


「ジネット。明日とバザー本番は陽だまり亭を離れることになるから、今日来る客にはその旨しっかり伝えておいてくれ」

「そうですね。明日は教会で子供たちとお菓子作りですからね。……本番は、いつごろなんでしょうか?」

「え~っと、……ナタリア?」

「そうですね。本日告知がてら参加の意思を尋ねつつ、人々の反応を見ておきましょう。問題がないようでしたら明後日にでも開催できるよう手配します」


 それはまた、急だな。


「もうちょい空けてもいいんじゃないか?」

「今日と明日だけだと思えば、子供たちは物凄く張り切ってお手伝いに励むと思われますよ」


 あぁ……長続きしないもんなぁ、ここらのガキは。

 三日も四日も先だと、お手伝いに飽きて親の反感を買うかもしれん。

「珍しくお手伝いして……まったくもう、張り切っちゃって。しょうがないなぁ」みたいなノリの方が、親たちはお駄賃を弾んでくれるかもしれん。

 なら、明後日がベストか。


 ガキどもにはなるべくお駄賃をゲットしてもらって、メンコや駄菓子を買ってもらわないといけないからな。


「じゃあ、その方向で調整を頼む。エステラも、それでいいか?」

「ボクは問題ないよ。ナタリアが調整するって言うんなら、間違いはないからね」

「デミリーたちを急かすことになりかねないけどな」

「そうだねぇ……ボクが直接会いに行ければいいんだけど、今日はナタリアが忙しくなりそうだからなぁ」

「ほんじゃ、アタシがお供してやろうかぃね?」

「え、いいの、ノーマ?」

「陽だまり亭は、店長さんとマグダたちがいれば回るし、アタシは今日一日休むつもりでいたからね」


 ナタリアの代わりにエステラの護衛をノーマが……なんか珍しい組み合わせだな。


「まぁ、給仕長みたいな仕事は出来ないかもしれないけどねぇ」


 ボディーガードとしては心強いけれど、ノーマは貴族への対応までは知らないだろう。

 なら、給仕長を付けるか。


「カンパニュラ。テレサと一緒にエステラに付いて行ってやってくれ」

「私でお役に立てますでしょうか?」

「大丈夫だ。カンパニュラは付き添いで、メインとなるのは給仕長の方だから」

「へっ!? あーし?」


 名指しされ、テレサが目をまん丸く開く。

 戸惑って、カンパニュラに視線を向ける。

 テレサに見つめられて、カンパニュラはにっこりと微笑んでゆっくり頷いた。


「そうですね。テレサさんなら、ナタリア姉様の代役を務めあげてくださるでしょう」

「あーし、きゅーじちょーしゃの、かわり!?」

「大丈夫ですよ、テレサさん。テレサさんは、私の自慢の給仕長ですから」

「そうですね。テレサさんなら申し分ないでしょう。では、護衛対象が増えますので、ノーマさんに加えイメルダさんにも同行を要請しておきましょう」


 イメルダなら、貴族相手の対応でも、ボディーガードとしてでも、オールマイティに役立ってくれる。

 一応心配はしているんだな、ナタリアも。

 その上で、信頼を寄せている。


「では、デミリー様、トレーシー様、ルシア様への面会依頼を早馬で送っておきましょう」

「三ヶ所も……、随分とこき使ってくれるね、ナタリア」

「私がいれば、それに加えてマーゥル様のもとへも伺っていたところですので、これでも手心を加えております」


 今から馬車を使って三つの区を行脚か。

 割と大変だが、行き先はエステラに友好的な連中ばかりだ。

 このメンツでも問題は起こらないだろう。

 それに、もともとエステラが手紙を出しておけと言った面子だからな。

 手紙で済ますつもりが、会いに行くことになったが、ま、なんとかなるだろ。


「じゃあ、さっきの一覧を書き写して、そっちの区で参加したいヤツがいるなら一区につき一団体まで受け入れると言っといてやれ」

「分かった。ついでに寄付のおねだりをしてくるよ」


 エステラだからな。

 どこまで期待できるか分かったもんじゃない。


「それじゃジネットちゃん。ヤシロをちゃんと寝かせておいてね」

「はい。任せてください」


 何を勝手なことを。


「じゃ、マグダ、ロレッタ、デリア。店とジネットを頼むぞ」

「……任された」

「ドーンとお任せです!」

「あたいがいるから大丈夫だ!」


 頼もしい面々に仕事を振って、俺は自室へ向かう。

 立て続けに金平糖を作って、集中力使い果たしちまったからな。


 今なら物の二分で眠りに落ちそうだ。






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