報労記63話 また新たな企み -1-

「素敵な仕上がりですね」


 俺が描き直した絵を見て、ジネットが満面の笑みを浮かべる。

 もとの絵よりも二回りほど小さくなったが、食堂に飾るならこれくらいがちょうどいい。


「領主の館のホールに飾るなら、元の絵くらいのデカさが必要だろうけどな」

「そうだね。ボクもこれくらいのサイズの方が陽だまり亭に合っていると思うよ」

「はい。わたしもそう思います。それに、エプロンも」


 俺の意見で変更したわけだが、ジネットが気に入ってくれてよかった。


「それから、ヤシロさんの笑顔も」

「ホント、素敵な笑顔だよね。普段からこういう顔をしていればいいのに」

「うるせぇ。権力者二人からの圧力に逆らえなかっただけだよ」


 この店の店長様と、次期三十区領主様のな。


「ジネットちゃんとカンパニュラの笑顔のメンコを販売しようかな。『これを見せればヤシロが大人しくなる』って宣伝して」

「領主自ら『精霊の審判』に引っかかりに行くスタイルは斬新だな」

「効果が実証されれば、それは嘘にはならないからね」


 俺がこいつらの笑顔を見ただけで怯むわけないだろうが。


「お前の笑顔メンコを売り出せば、二十七区は従順になるぞ」

「うん、それはやめておこう。影響が大き過ぎるから」


 買い占めかねないよな、トレーシーなら。


「それに、トレーシーさんなら、これを見せるだけで随分と協力的になってくれると思うよ」


 そんなことを言って、エステラは赤い金平糖を摘まみ上げる。


「本当に、綺麗で可愛いお菓子だよね」

「はい。カラフルで、形も可愛くて、それにとっても甘いです」


 赤白青の三色の金平糖をグラスに入れて見せたところ、ジネットとエステラは盛大に食いついた。

 作り方だけは事前に教えてあるから、ジネットも落ち着いたもんだ。

 もっとも、こうなる過程には興味津々なようだけど。


「二週間はかかるって言ったのに、一晩で作っちゃったんだね」

「俺でなければ、二週間かかる」

「君は何者なのさ? ついには時間をも超越したのかい?」


 からかうようにくつくつと喉を鳴らして笑うエステラ。

 違ぇよ。

 俺でなきゃ、こんなに綺麗な形にはならないんだよ。

 コツと技術と尋常ならざる集中力が必要になるからな。

 自然が生み出す造形美を人工的に生み出すってのは、それなりに大変なもんだ。


「すげぇ集中したから、ちょっと疲れたけどな」

「大丈夫ですか? 少しだけ顔色が優れませんよ?」

「むしろ、疲れて眠たくなるようにしてるんだ。なるべく早く寝て、今晩はいつも通りの時間にベッドに入りたいからな」

「そうですね。……では、もうお休みになられますか?」

「いや、ベルティーナに話したいことがあるから、寄付には行くよ」


 寄付には行かず仮眠を取ればどうかというジネットの申し出は断っておく。

 駄菓子がある程度出来たら、ちょっとやってみたいことがあったんだ。

 早めに許可を得て、さっさと広報して、関係者を集めなきゃいかんからな。


 本当は昨日、街を歩いて各々に話しを付けるつもりだったんだが……寝ちまったしなぁ。


「エステラ。アッスントを交えて話がしたい。時間をくれないか?」

「いいけど…………今度は何をする気なの?」

「それを話すために時間をくれっつってんだよ」

「……軽く内容を聞いておきたいんだけど?」


 なんでそんな嫌そうな顔してんだよ。

 実際本番になったら誰よりも張り切って、誰よりもはしゃぐくせに。


「教会でバザーが出来ないかと思ってな」

「「ばざぁ?」」


 エステラとジネットが声を揃えて小首を傾げる。

 お前らは教育テレビのお姉さんか。

 じゃあ、ヤシロお兄さんが分かりやすく説明してやろう。


「家にある不用品とか、まだ使える道具とか、古着とか、なんなら趣味で作った服とか、そういう自宅や職場で眠っているものを格安で他人に譲るイベント――っていうか市みたいなもんだな」

「個人で物品を販売するのかい? それは行商ギルドの領分だよ」

「だから、アッスントを巻き込むんだよ」


 ちゃんと抜け道は用意してあるし、行商ギルドにもうま味は十分にある。

 何より、アッスントが今一番気になっているであろうことを知ることが出来る。


「光の祭りに向けて、ベルティーナに好印象を与えるのにも役立つぞ」

「つまり、シスターが喜びそうな話なんだね」


 あぁ、その通りだ。

 なにせ、バザーをすれば――お小遣いが手に入るからな。





「「「それは素晴らしいですね!」」」


 と、ベルティーナとジネット、おまけにアッスントが瞳をキラキラさせている。


 そこに混ざるな、アッスント。

 雲泥だから。

 キラキラ具合、月とすっぽんだから。



 教会の寄付を終え、俺たちは陽だまり亭で会談を行った。

 メンバーは俺、エステラとナタリア、ジネット、ベルティーナ、そしてアッスント。ついでにデリアとノーマも含めた陽だまり亭一同。


 教会で話をしようと思っていたのだが、……どこから情報が漏れたのか知らんが、ガキどもが俺を心配して騒々しかったのでとても話なんか出来ない状況だったのだ。

 何度「もう大丈夫だ」と言っても信じてもらえず、それはもう代わる代わる、隙あらば、何かにつけて、一秒ごとに、「大丈夫?」って聞いてきやがる。

 そのくせ、俺の周りに群がって引っ付いてきたり、飛びついてきたり、抱っこやおんぶを強要してきたりしやがる。


 心配するなら俺を酷使すんな。

 ガキに囲まれてると毎秒HPが減るんだよ、俺は。


 で、ベルティーナに少し時間を作ってもらえるよう頼んで、陽だまり亭へ避難してきたのだ。

 まぁ、騒がしいガキどもを黙らせるため、朝に作った金平糖をすべて消費することになってしまったのだが。

 ……あのガキども、根こそぎ持って行きやがって。


「心配してくれた子供たちに、随分と大盤振る舞いしたよね。そんなに嬉しかったのかい?」

「どうした、エステラ? 眠たいのか? まだまぶたが開いてないみたいだぞ」

「いやいや、しっかり見ていたよ。心配する子供たちを元気づけるために、君が渾身の最新お菓子を全部プレゼントしていた、心温まる光景をね」

「みんな、とても喜んでいましたね」

「食べるのがもったいないと言っている子がたくさんいましたよ」


 うふふと笑うベルティーナだが、お前は躊躇いなく食ってたじゃねぇか。

 可愛いとかそんなもんより「どんな味だろう?」が勝ってたよな。


 まぁ、なくなったらまた作ればいいだけで、俺にはその技術があるのだから別に何の問題にもならない。

 それよりも、スムーズに話し合いが出来る状況を作る方が重要だったわけだ。


「なるほど。こうして、じっくりじっくりと糖液を絡めて大きくしていくんですね」


 会談しながら、俺は昨夜に引き続き七輪で金平糖を作っている。

 作れるならトレーシーに見せたいと、エステラが言っていたのでな。

 ま、サンプルがあった方が、連中もやる気に火が付くだろう。


「金平糖で喜んでいた子供たちですが、今のヤシロさんの提案を聞いたら、もっと大喜びするでしょうね」

「はい。きっとします。私も、わくわくしていますもの」


 にこにこと、企画書を覗き込むジネットとベルティーナ。

 話を聞いていただけのデリアとノーマも楽しげだ。


「それ、あたいも参加していいのか?」

「好きにすればいいぞ」

「やったぁ! いっぱい食べるぞ~!」

「……客としてかよ」


 参加っていうと、普通店側かと思うだろうが。

 使い古しの古着とか下着とか売ればいいのに。


 ……やべぇ、ヘソクリで足りるかな!?


「あたしは店側で参加しようかぃね?」

「古着!?」

「違うさね!」

「やったぁ、下着だ!」

「違うさよ!? なんでそんな二択なんさね!?」


 なんか、お菓子作るらしい。

 えぇ~……残念。


「あの、お兄ちゃん。あたし、イマイチその『ばざぁ』の仕組みが分からないです。もう少し噛み砕いで説明してもらっていいですか?」


 バザーとは、家で眠っている不用品を格安で売るイベントのことをいう。

 ――なのだが、四十二区で行うバザーは少し違うルールを設けている。


 じゃあ、残念なロレッタにも分かるように、そのシステムを説明してやろうか。






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