報労記62話 そして、こうなる -3-
「お兄ちゃん、起きたです!?」
「お体は平気ですか、ヤーくん?」
「えーゆーしゃ、へぃち?」
「なんでお前らまでいるんだよ?」
マグダが降りてくるのかと思っていたら、マグダ以外が先に降りてきた。
「みなさん、ヤシロさんが心配で陽だまり亭にお泊まりされていたんですよ」
なんて、後ろからやって来るジネットが言う。
あれ? マグダがいない。
眠くて睡眠を優先させたのか――と思った瞬間、背中に温もりが乗っかってきた。
「……寝坊助」
気配を断ったマグダに、まんまと背後を取られたらしい。
背中にしがみつくマグダ。
鼻がぴすぴす鳴っている。
「おはよう。心配かけて悪かったな」
「……ん。許す」
「あたしも許すですよ、お兄ちゃん!」
「元気そうで安心しました」
「むり、しちゃ、めーよ?」
「おう、ごめんな、カンパニュラ。テレサも」
「お兄ちゃん、あたしは!? あたしにも言ってです!」
「ロレッタ………………ざっす」
「雑いですよ、あたしにだけ!?」
ぷりぷり怒るロレッタを見ていると、なんかほっとした。
なので、頭を撫でておく。
「ふぉおおお!? い、一番です!? マグダっちょではなく、あたしが!?」
いやほら、マグダは今、背中で子泣きマグダになってるし。
「えへへ~……」
最初は慌てふためくが、しばらく撫でてるとロレッタの表情筋はゆるゆるになっていく。
弟妹には見せない表情らしいぞ、これ。
「家の方は大丈夫なのか?」
「むしろ、あの子たちが言ったですよ。ここに残ってお兄ちゃんの無事を確認しろって。そうでなきゃ、ウチの弟妹全員がここに残りかねなかったです」
「入りきらねぇよ、さすがに」
それで、代表者が一人残ったわけか。
よかったよ、代表者がお前で。
三女は心配しぃだし、次女は船旅直後のロレッタにすがりついてのあの号泣を見てるからな。
他の弟妹なら、確実に飛びついてきてただろうし。
ま、ロレッタが一番マシかな。
「……ロレッタ、順番」
もぞもぞと動いて、マグダの頭が顔の横に差し出される。
へいへい。撫でるよ。ほい、もふもふ。
「……むふー」
そんな様を見て、ジネットがくすりと笑い、包丁を構える。
「みなさん、食べられそうですか?」
「はいです!」
「……マグダは少なめで」
「私も、少しにしてください」
「たべぅー!」
「テレサさんも、少なめにしておきましょうね」
そう言って、肉の塊を切り始める。
「お前ら、飯食ってないのか?」
「いいえ。まかないはいただきましたよ。でも……ね?」
「昨日、お兄ちゃんと一緒にみんなで夕飯を食べるつもりだったですけど、それが適わなかったので、今夜リベンジです!」
「そんな、無理してまで食わんでも……」
「……平気。ウッセが奮発してボナコンを持ってきたから。これなら満腹でも多少は入る」
「すごく美味しいお肉ですね。代表様には改めてお礼を申し上げたいです」
「おにく、おいしぃ~よ。えーゆーしゃ、たのしみ、してて!」
いや、ボナコンの美味さは知ってるけどよ……
「ジネットも食うのか?」
「はい。折角ですから」
「じゃあ俺が焼くよ。お前がやると、腹が膨れちまうだろう?」
ジネットは作っていると腹が膨れてしまう体質だ。
「ダメです。ヤシロさんは今、刑の執行中なんですから、座っていてください」
どうしても、自分が作った料理を俺に食わせたいらしい。
こりゃ、大人しく従った方が、こいつらを早く休ませられるな。
「了解しました、執行官殿」
「分かればよろしい。……ふふ。すぐに用意しますね」
ジネットがせっせと料理を作る間、俺は今日一日の話をマグダやロレッタたちから聞いた。
ルシアやトレーシーは昨日のうちに自区へと帰り、イーガレスとベッカーは全員エステラのとこの使用人寮に宿泊したらしい。
イメルダのところの給仕たちの休暇が終わりイメルダも館に戻ったそうだ。
デリアとノーマは心配しながらも自宅へ帰り、明日の朝一番でまた顔を出すと言っていたとか。
俺が起きてなきゃ、明日も手伝うつもりなのだろう。面倒見が良過ぎだろう、二人とも。
「で、ウーマロは一日で氷室を完成させたと」
「すごかったですよ! お兄ちゃんにも見せたかったです!」
「見る見るうちに建造物が建っていく様は、まるで魔法を見ているようでした」
「とーりょーしゃ、まほーつかい!」
なら、自分の病も魔法で治せればいいのにな。
「よくもまぁ、設計図もないのに一日で作り上げたな」
「え?」
肉を焼いていたジネットの手が止まる。
「……ウーマロは設計図を手に入れていた」
「お兄ちゃんが描いたんじゃないんですか? なんか、物凄く細かく正確に描かれていて、ウーマロさん大興奮してたですよ」
「カワヤ工務店の棟梁様と二人でとても盛り上がっておられましたよ」
「えーゆーしゃ、『すごーい』って、いってたぉ!」
俺が、設計図を?
……………………あっ、描いたかも!?
「そうか、駄菓子作りの前に『こんなんあるといいな~』ってヤツを描いたんだ。…………で、それをどこにやったんだっけ?」
「ヤシロさんの、いつもの席に置いてあったそうですよ」
う~ん。
まったく覚えてなかった。
そうか。俺、その時からすでに限界が近かったんだな。
「気付かないうちに、体のパフォーマンスって落ちてるもんなんだな」
「……若手の狩人が陥りやすい罠。まだまだ行けると思った時ほど、冷静に自分の体と向き合う必要がある」
お前より若手の狩人なんぞ数えるほどもいないだろうに。
お前だよ、若手は。なに達観したみたいなことを。
けど、マグダの言うとおりだな。
「あ、ヤバイかも」と思った時には手遅れになっていることが往々にしてある。
「まだ大丈夫」と思った時こそ、注意が必要なもんだ。
それを見落とすなんて、俺もまだまだ青いな。
「では、たくさん食べて体力を付けてくださいね」
ことさら嬉しそうに言って、ジネットが鉄板に肉を載せる。
ジャー! っという、豪快な音がして、空きっ腹には堪らない匂いが立ち上る。
……やばい。夜だってのに、丼飯三杯は軽くいけそうだ。
「では、ロレッタさん、カンパニュラさん。テーブルの準備をしてきてくれますか?」
「任せてです!」
「承りました」
ロレッタとカンパニュラがフロアへと出て行く。
「テレサさんはわたしのお手伝いをお願いします」
「ぁい!」
ジネットの隣に立って、皿に付け合わせを載せていく。
「マグダさんは、ヤシロさんの見張りをお願いしますね」
「……任せて。逃げ出さないように取り押さえておく」
と、俺の背中に負ぶさったままのマグダ。
またマグダを甘やかしてるな、ジネットのヤツ。
ま、今のマグダはテーブルの準備とかジネットの手伝いは出来ないもんな。
ほれ、泣き止め。
「ふふ……特等席ですね、マグダさん」
「……マグダは今、職務を執行中だから」
くすくすとジネットが肩を揺らす。
あ~ぁ、もう。
弾ける油と煙を浴びちゃって。
「今日、ジネットと寝ると美味そうな匂いするぞ、きっと」
「……では、マグダが店長の隣という特等席を予約しておく」
「えっ!? あの、……煙臭いかもしれませんよ?」
「……平気。ただ、寝ぼけて囓りつかないという保証は出来ない」
「はぅ……お手柔らかにお願いしますね」
「腹一杯にしといてやれば大丈夫じゃないか」
「そうですね。では、その作戦で行きます!」
腕まくりをして肉を焼き始めるジネット。
はぁ……
なんとなくだが、陽だまり亭の雰囲気が戻ってきた気がする。
まったく、気を遣わされたよ。
ま、自業自得だけどな。
「じゃあ、お兄ちゃん。こっち来てです!」
「お席へご案内しますね、ヤーくん」
ロレッタとカンパニュラに先導されて、マグダを背負ったままフロアへと出る。
フロアの、厨房に近い位置のテーブルがくっつけられて準備されている。
なんでこんな端っこに?
と思ったら、カウンターの中にデカい絵が飾られていた。
ドレス姿の陽だまり店員たちと、アホみたいなひらひらを付けた衣装を着せられた目つきの悪い俺の肖像画。
何飾ってんだよ。
「どこの王宮だ、こりゃ」
「ござるさんが描いてくれたです! 折角なんで飾ったですよ!」
「ヤーくんがもっと笑顔だとなお良かったと思うのですが」
まぁ、モデルやらされてた時は盛大に不貞腐れてたからな。
というか、あんまり見るなとベッコを威嚇していたしな。
「それにしても、食堂にドレスは違和感ないか?」
なんか絵だけが妙に豪奢で、陽だまり亭の雰囲気には合っていないような気がする。
「ジネットの部屋にでも飾って、好きな時に見せてもらうようにしとけよ」
「でも店長さんが、みんなの絵を飾りたいと言ってたですよ?」
「トムソン厨房さんのような雰囲気がいいなと思っていたそうですよ」
トムソン厨房には、亡くなった先代店主の肖像画が飾られている。
……こっちは誰も死んでねぇっての。
にしても……やっぱドレスはねぇよな。
食堂に飾らないならドレスでもいいんだが……というか、自分の王子様ルックを毎日見るのかと思うと…………うわぁ。
あぁ、そうか。
ドレスだから違和感があるんだよな。
「これ、みんなエプロンにした方が陽だまり亭っぽくないか?」
「あぁ、それはそうですね! この構図でみんな陽だまり亭のエプロンだったらきっとすごく可愛いです! ドレスも捨てがたいですけど、やっぱり陽だまり亭にはエプロンです!」
「……ふむ、マグダもその意見には賛成」
「じゃあ、ござるさんに描き直してもらうですか?」
「……いや、これはこれでいいので、追加で描いてもらうべき」
「なんの話ですか?」
「あ、店長さん! お兄ちゃんがナイスアイデアを出したです!」
「……あの絵を、陽だまり亭のエプロンにして描き直させる」
「エプロンですか。それは素敵ですね」
「じゃ、あたし、ござるさんを叩き起こしてくるです!」
「えっ!? いや、さずがにそれは気の毒ですよ!?」
飛び出そうとするロレッタを止めるジネット。
「ベッコが気の毒」とかいう、不思議ワードを口にする。
ちょっと、そういう概念が俺の中には存在しないが……
「ベッコに描かせるまでもねぇよ。俺が描いとく」
「えっ!? お兄ちゃん、また徹夜するですか!?」
ざっと、全員の視線が俺を見る。
徹夜っつうか……
「たっぷり寝て、とても眠れそうにないんだよ。明日の午前中に仮眠を取らせてもらって調整するから、心配すんな」
「そうですね。今から寝てくださいというのも、酷ですよね」
丸一日寝て起きたところでまた眠れと言われてもな。
なので、暇つぶしに絵を描いておこう。
「ドレスをエプロンにして、構図はこれでいいとして……他に何かリクエストはあるか?」
俺が聞くと、ジネットとカンパニュラがそっくりな顔で同じことを口にした。
「ヤシロさんをもっと笑顔に」
「ヤーくんは笑顔の方がいいです」
へいへい。
「それも、刑罰に含まれるか?」
「含まれませんが、そうしていただけると、わたしたちは嬉しいですよ」
じゃ、今後何かあった時に減刑してもらえるよう心証を良くしておかないとな。
「承りました」
「やりましたね、ジネット姉様」
「はい」
笑顔をかわし、ジネットがお盆をテーブルに置く。
「では、みなさんで深夜の夕食会を始めましょう」
そうして、俺に付き合う形で、全員が食事の席に着いた。
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