報労記62話 そして、こうなる -1-

「わぁ、たくさん出来ましたね」

「おう」


 たっぷりと時間を空けて、ジネットがフロアへ復帰した。

 その間に、俺はいろいろなイラストのメンコを作成していた。


 ……数に紛れさせて風化させよう大作戦だ。

 いっぱいあれば、気も紛れるというもの。


 あの際どいメンコは、俺とジネットの記憶の中に封印だ。

 …………で、あのメンコ、ジネットはどうするつもりなんだ?

 廃棄、する、よな?


「わぁ! デリアさんのメンコ、すごい迫力ですね」

「だろ~! ヤシロが描いてくれたんだよなぁ」


 デリアが随分とお気に召したデリアメンコは、川辺でヌシ級のデカい魚を釣り上げているシーンを躍動感たっぷりに描いた意欲作だ。

 水しぶきがきらめいて見える、実に華やかな色使いである。

 ベッコが「むむむっ!? このような表現方法があったでござるか!?」と、早速技術を盗みにかかったと言えば、その出来映えが如何に素晴らしいかが分かるだろう。


「アタシのも見ておくれな。なかなかのもんさろ?」

「すごい……なんだか、熱さが伝わってくるようです」


 火事場で炎と向き合い鉄を打つノーマのイラストは、炎の輝きとそれが生み出す影の揺らめきから、まるで熱が伝わってくるような傑作となっている。

 柔らかそうな胸元を伝う汗の粒が、密かに最も力を入れた箇所だったりする。


「ジネット姉様、是非こちらもご覧ください!」

「かにぱんしゃと、あーし!」

「まぁ! ……うふふ。こんなに可愛い領主様だったら、領民みなさんに愛されること間違いなしですね」


 煌びやかなドレスと給仕長の衣装を身に纏った『見習い領主&見習い給仕長』のメンコ。

 ごっこ遊びを楽しむ年齢相応の少女たちのあどけない笑顔が目を惹く快作。

 けどまぁこれ、近い将来実現するんだろうなぁ、確実に。

 子供の夢というより、未来予想に近い一枚になってしまった。


「……そして、満を持して登場。マグダのかっこいい狩りのシーン」

「これは……っ! ……はっ、ちょっと呼吸するのを忘れてしまいました」


 髪を振り乱し、巨大なマサカリで獲物を狩った瞬間の迫力あるマグダのイラストは、思わず呼吸を忘れて見つめてしまうほどの力作だ。

 実際は絶対に見られない瞬間を、こうしてイラストにして表現するとなかなか面白いものがある。

 普段のマグダからはちょっと想像できないくらいに勇ましい瞳に、命を賭けて魔獣と対峙する狩人の勇猛さが表れている。


「ヤシロさん。オイラ、全財産を叩いてでもそのメンコを手に入れたいッス!」

「……蓄光イラストにて、パジャマ姿のおねむマグダが」

「家屋敷売っ払ってでもお金を用意するッス!」

「いや、頑張って氷室を作ってくれりゃやるよ」

「最高の氷室を作るッス! 最優先で!」


 そんな発言に、アッスントが小さくガッツポーズを漏らす。

 ……お前に得をさせるためにやってんじゃねぇよ。


「あぁ、でもみんないいですね~。あたし、陽だまり亭以外のお仕事がないから、こういう意外な一面を持ち合わせてないです」


 陽だまり亭で専業のロレッタ。

 他の連中のように『それ以外の顔』がないと嘆いている。

 ――が、なにもそれは仕事に関したモノじゃなくても構わないだろう。


「お前には『長女』の顔があるだろうが」

「はっ!? そうでした! あたしの、誰にも負けないアイデンティティ! それが長女です! ……でも、それがどういうイラストになるですか?」

「こうだ!」


 と、せっせと描いていたヒューイット姉弟大集合のメンコを見せる。


「多っ!? 多過ぎですよ、お兄ちゃん!?」

「文句なら両親に言え!」

「それは常々言ってるですけども! そんな全部を全部描かなくてもいいですよ!? どんだけ器用なんですか、お兄ちゃん!?」

「さぁ、ロレッタはど~こだ?」

「えぇええ!? なんかめっちゃ難しいです!?」


 小さいメンコを覗き込んで、真剣な眼差しで自分を探すロレッタ。

 マグダたちが覗き込んで一緒に探し始める。


「あ、ハム摩呂様ですよ、ロレッタ姉様」

「今あたしを探してるですよ、カニパーにゃ!?」

「……見つけた」

「それ三女ですよ、マグダっちょ!?」

「じじょ、ねーしゃ!」

「あたしを探してですテレさーにゃ!?」

「あっ、先週はお手伝いありがとうございました」

「メンコの六女にお礼とか言わなくてもいいですよ、店長さん!?」

「ちなみにさ、ヤシロ。……描き忘れたなんてことは?」

「縁起でもないこと言わないでです、エステラさん!? そんなことあるわけが…………お兄ちゃんが『あっ、やってもぅた~!』みたいな顔してるです!?」


 まるで赤白ボーダーのトラベラーを探す絵本のようなメンコに、全員が熱狂している。

 売り出したら流行るかもしれないな。

 ベッコの寿命がみるみる削られていくだろうけれども。


「あぁー! いたです! これ、あたしです!」

「……いや、これは次女」

「あたしですよ!? 次女はもうちょっと髪が長いです!」

「……ハム摩呂?」

「ハム摩呂はもっと獣特徴が出てるです! あたしです、これは!」

「……はむまろ?」

「ハム摩呂みたいになってるですよ、マグダっちょ!?」


 なんとか自分を見つけ出したらしいロレッタ。

 最初にヒントをやったろうに。


「ちゃんと『長女』してるだろ?」

「ホントです! よく見たら、あたしが年長組に指示を出して、年中組を監視しつつ年少組のお世話してあげてる絵です、これ!?」


 構図的には隅っこにいるロレッタだが、イラストに描かれているヒューイット姉弟の中で中心にいるのは紛れもなくロレッタだ。

 そう見えるように描いた。


「君の才能には、驚かされてばかりだよ」

「然り。拙者など、まだまだでござる」

「見ているだけで楽しいですね」

「はい。ロレッタ姉様たちの楽しげな日常が垣間見れて、得した気持ちになれます」

「このこ、きょうかいで、いっしょ、あそんだこ!」


 なかなか評判がいいようだ。


「……ベッコ、これのマグダバージョン、『百一匹マグにゃん』を」

「マグダ氏だらけでござるか!?」

「くぅ! 家屋敷も売っ払った後となると……借金でもなんでもしてやるッス!」


 向こうは、なんか違うもんに食いついたな。

 あとウーマロ、ほどほどにしとけ。な?


「これを一冊の本にして、四十二区中に散らばったヒューイット家を探すクイズ本にしたら、ガキが飛びつくぞ。『花屋で働く次女を探せ』とか『狩猟ギルドに紛れ込んだハム摩呂を探せ』とか」

「むはぁ! それは楽しそうです!」

「ま、一冊作る度にベッコの寿命が一年縮むだろうけどな」

「ござるさん、後六十年は生きそうですから、六十冊は作れるです!」

「おぉう、使いきったでござるな、拙者の寿命!?」


 大丈夫大丈夫。お前なら、寿命なんかなくても生きていけるって。

 ……え、なにそれ? ベッコ、キモ!?


「見て見て~、店長さ~ん☆」

「ワタクシたちのメンコも作っていただきましたのよ」


 と、嬉しそうに自分のメンコをジネットに自慢するマーシャとイメルダ。

 マーシャのメンコは、船をバックに大海原で巨大海獣をマーシャカッターで撃退するシーン。

 イメルダのは、攻撃力重視の戦斧・バルディッシュを振りかざしハビエルを退治している勇猛果敢な姿を描いた。


「お二人とも、お仕事は!?」

「「これも大切な仕事なの~☆」ですわ」


 いろいろ大変だよなぁ、世の安寧を守るためには。


「ついでにほら、パウラやネフェリー、ミリィたちの分も作ったぞ」

「わぁ~。みなさん活き活きと仕事をされていますね」

「ヤシロ氏は、何も見ずにこれらのイラストを描き上げたでござるよ。いやはや、さすがと褒めるべきは、この卓越した技術か、はたまた、細部まで詳細に記憶されているその脅威の記憶力か」

「まったく。ボクは少し呆れているよ。ナタリアやシェイラはともかく、どうしてウチの給仕たちの顔や背格好をこうまではっきりと記憶しているのさ、君は?」

「ワタクシのところの給仕たちもですわ」


 ずらりと、トランプでババ抜きでもするかのような持ち方で複数のメンコを広げてこちらに見せるエステラとイメルダ。

 十数枚に渡って描かれたそれらには、それぞれの館で仕事に従事する、活き活きとした給仕たちの姿が描かれている。

 俺が立ち寄った際、目にした風景を思い出して描いただけだ。特別なことは何もしていない。


「いい顔で働いてたから、記憶に残ってたんだろうな」

「「「うきゅっ!」」」


 ナタリアの後ろに控えていた私服女子たちが数名、顔を覆って身悶え始めた。

 あぁ~、あの辺、エステラんとこの給仕たちなのか。

 私服だと案外分からんもんだな。

 つーか、どんだけ参加したんだよ、演技指導教室に。


「ちなみに、芝居の稽古に励むイーガレス&ベッカー両家の連中をイメージして描いたメンコがこれだ」

「みなさん、額に汗しながらも懸命に頑張っておられますね。真剣な眼差しがかっこいいです」

「だろ? で、いい演技が出来るようになったらこれをやるって言ったら――あぁなった」

「「「「「アメンボ赤いな、あいうえおー!」」」」のわ!」


 陽だまり亭の庭に出て、発声練習からやり直しているパキス、アルシノエ、タキス、ロリーネ、リーネ。

 ……で、アルシノエ。『のわ』入れんな。


「ま、これはもうしばらく保留だな」

「あの五名からは、しばらく当家の給仕寮に宿泊して演技指導を受けたいとの申し出を受けております」

「男二人を泊めるのかよ?」

「ご安心を。先代様にお仕えしていた執事の寮がありますので、そちらを開放する予定です。……もっとも、この一年封鎖していましたので、随分とほこりっぽいと思いますが」


 執事は、エステラの親父さんにくっついてこの国を出て行っちまったんだな。

 あの館は、ナタリア率いる給仕たちで回っている。


 まぁ、目的のためにここに残ろうってんだ。多少環境が悪いくらい許容させればいい。

 じゃあ、もう少し煽っておくか。


「演技で俺を感動させたら、その勢いでスペシャルなメンコ作っちゃうかもな~」

「「「「「クララが立った、飛び立った!」」」」のわ!」


 連中のやる気がぐんっと上がった。

 ……つか、「とてとてたったと飛び立った」だよ。クララを立たすんじゃねぇよ。


「よし、じゃあ大サービスでその辺のギルドの連中をメンコにしてやるか」


 そして、あっちこっちから寄付を集めて、すげぇ施設をどんどん作って、観光名所を乱立させて、人を呼んで金を落とさせて、そのマージンをがっぽがっぽといただいて、不労所得でうはうは生きてやろうじゃねぇか!


 その中から、「これぞ!」というメンコには蓄光塗料の加工を施して、コレクターどもから資産を根こそぎ巻き上げてやる!



「よっしゃ! 今日は徹夜でメンコ作りを――」


 と、勢いよく立ち上がった時、世界がゆらりと揺らめいた。


 あれ?

 なんだこれ?


 そんなことを思った瞬間、目の前が真っ暗になった。


「ヤシロさん!?」なんて、ジネットの声が耳に届いたような気がしたが……俺は何をすることも出来ずに床に倒れて……




 眠りの中へと飲み込まれていった。






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