報労記61話 おっしゃれおしゃ~れ -4-

「「「「うぉぉおお! かっけぇぇええ!」」」」


 野郎どもが入れ食いだ。

 少年心をくすぐるよなぁ、こういうギミック。


「あの、わたしにも見せていただけますか?」


 スクラムを組むように顔を寄せ合って、布を頭から被っていた大工のオッサンどもからメンコを受け取るジネット。

 マグダやロレッタ、女子たちが集まってくる。

 モデルを終えたベティ・メイプルベアも。


「こうして見ると、いつものレジーナさんです」


 ジネットの持つメンコには、薬屋のカウンターで気怠そうに座っているレジーナのイラストが描かれている。


「でも、これを暗い場所へ持って行くと――」


 大きな布をみんなで頭から被って、光を遮断する。

 暗闇の中でそのメンコを見ると――


「ベティさんです!」


 ――柔らかく微笑むベティ・メイプルベアが浮かび上がってくるのだ!


 まぁ要するに、蓄光塗料を使ったギミックだ。

 光を当てておいて、暗いところで見るとぼんやりと光って見える。

 光の粉の光量を抑える薬でぼんやり輝くくらいまで明るさを落としたこの塗料で絵を描いておけば、もともと描いてあった絵は光がなくなって見えなくなり、蓄光塗料で描かれた絵だけが闇の中で光って見える。

 そういう仕掛けだ。


 俺がガキの頃、お菓子のおまけにこういうギミックの付いたシールやカードが結構あったんだよな。

 シールのプレミアム感と言えば、背面が輝く『キラキラ』、虹色に輝き角度によって立体に見える『ホログラム』、一枚めくると別の絵柄が出てくる『二枚重ね』、数枚を並べると一枚の大きなイラストが完成する『セット絵』、そして――暗いところで見ると光る『蓄光塗料』!


 この辺が王道なわけだ。


 ホログラムやキラキラは、さすがに手書きで再現することは難しい。

 印刷技術の発展が望まれる。


 だが、セット絵と蓄光塗料は、現在の四十二区で再現できる!

 二枚重ねも、頑張ればいけなくはないかもしれないが、日本のおまけシールのような表面加工と粘着剤の開発が不可欠になる。

 これは、追々。要研究だな。


「大したもんやなぁ。明るいとこで見たら、蓄光塗料の線、なぁ~んも見えへんのになぁ」


 そうなのだ。

 日本にあったこういう蓄光塗料系のシールは、明るいところで見ても蓄光塗料の線が黄色みを帯びた白い線でくっきり見えていたのだが、この塗料は乾くと一切その存在を関知させない。

 描いている時は濡れて微かに発光した線が見えるのだが、乾くとまったく見えなくなるのだ。


 おまけに、先ほどレジーナが言っていた『物質に付着すると膜を張り薬の影響を受けなくなる』という性質の影響か、擦っても滲む気配がまるでない。

 擦った指に塗料が付くこともないし。


「まぁ、モデルがなんでウチやねんっちゅーことは強く抗議したいところやけどな」

「でもでも~、レジーナの裏と表がよく表現できてて、いい仕上がりだと思うよ~☆」

「なんで裏の顔がきらきらしとんねん。逆やろ、普通」

「それは~、レジーナが普通じゃないからだよ~☆」

「誰が普通やないって…………ホンマや!?」


 楽しそうだな、お前ら。

 もう友達じゃん。

 今後も仲良くしとけよ。


「でもいいなぁ、これ。欲しいなぁ」


 キラキラした目で蓄光メンコを見つめるエステラ。


「絵柄、レジーナだけど?」

「どういう意味やねん、それ」

「そうなんだよねぇ……」

「どういう意味のため息やねん、それ」


 ギミックは素晴らしいのに、モデルがレジーナなのだ。

 レジーナを見つめてにこにこするとか、それもう変質者の仲間入りだもんな。


「エロい絵を見ているとしか思われないもんな」

「絵柄がレジーナだからねぇ……」

「嫌ならそのメンコ寄越し! 誰にもやらへんわ!」


 自分のメンコをひったくるレジーナ。

 手で影を作り蓄光の絵柄も確認している。

「うわぁ……」とか声が漏れてる。


「エステラをモデルに作ってやろうか?」

「本当に!?」


 エステラをモデルにするなら……


「通常はドレス姿で、隠し絵柄は着ぐるみパジャマとか?」

「オオバヤシロさん! ……ここに、金貨がございます」

「落ち着いてください、トレーシー様!」


 ゴトン、って金貨がテーブルに転がり出てきた!?

 ネネがとっさに止めるが……こいつ、マジだ!?


「あの、それでしたらヤシロさん。通常は普段着のエステラさんで、光る方はドレスかパジャマか、いろんな姿のエステラさんで、何が出るかはお楽しみというのはどうでしょうか?」

「なるほどです! それなら、どんな絵柄が隠されているか、確認するまでわくわくが止まらないです!」

「それは、二度楽しめてお得ですね」

「りょーしゅしゃ、おとく、ね!」

「……エステラを引き当て、テンションが上がり、確認して……『ちっ、これかぁ』と落胆する」

「なんでそんな残念そうなのさ!?」

「……水着がよかったのに、と」

「そんな絵柄は入れさせないよ!」

「えっ!?」

「残念そうな顔しないでください、トレーシーさん!」


 もう何枚か金貨を積み上げかけていたトレーシーの手が止まる。

 ……お前は、何があると思ってそんなに金貨を持ってきてたんだよ。

 …………あぁ、そうか。こういうことがあると思って、だな。


「まぁ、さすがにエステラでそんなことは出来ないよな」

「当たり前だよ! 描いたら罰を与えるからね、ヤシロも、ベッコも!」

「拙者は、叱られるようなことはしないでござるよ」


 じゃあ、なぜ何度も英雄像なんちゅーもんを性懲りもなく作ろうとするのか?

 え、なに?

 折檻が足りない?

 強烈に喰らわせてやろうか?


「でまぁ、エステラじゃ無理なので、俺が今適当に考えた架空の、地味めな村娘Aのイラストを描いて…………蓄光塗料であられもない姿を! 夜、部屋にこもってこっそりと見ると、非常にむふふな仕上がりに! しかも! 彼女や奥さんに見つかっても、なんか地味なハズレメンコにしか見えないカムフラージュ機能付き!」

「ヤ、ヤヤヤ、ヤシロさん! ここに、俺の汗が染み込んだ銅貨の山が!」

「爪に火を灯すような生活の中、必死に貯めたなけなしのへそくりが!」

「休みなく働いて懸命に稼いだ銀貨が、ここに!」

「群がるな、メンズたちー! 不許可だよ! ボクの区でそんな不健全なモノは一切販売させないから!」

「よし、野郎ども! 四十一区になだれ込むぞ!」

「「「おぉおー!」」」

「区外で奇妙な商売しないように!」

「大丈夫。迷惑がかかるといっても、所詮リカルドだ」

「うん。そこは一切、まったく心配していないけども」

「多少は心配くらいしてやるのだ、エステラよ。近隣区との連携は大切であるぞ」


 きりっとリカルドを切り捨てるエステラが、ルシアに諫められている。

 ルシアは隣の区の幼馴染といろいろ連携取ってるもんな。

 扱いはかなり酷いもんだけど。

 ……いや、お前は人のこと言えないだろう、ルシア。もうちょっと大切にしてやれよ、幼馴染のぶーちゃんをよぉ。


「ヤシロさん。ダメですよ?」

「分かってるよ」


 やるなら、俺が一人でこっそり楽しむことにするから。


「……ダメですよ?」


 ……今、心を読んで釘刺してきたな?

 鋭くなったもんだ、こいつも。


「だったらですね! 二人楽しめるというのはどうですか!?」

「なるほど。ロレッタ姉様は、通常イラストと蓄光イラストを別の人物にするという案ですね」

「えいゆーしゃと、てんちょーしゃ!」

「……ふむ。テレサの言うとおり、陽だまり亭であれば、店長とヤシロがセットになったメンコは最上級の価値が出る」

「ということは、このような感じでござるかな?」


 と、勝手に盛り上がって、こっちの許可を一切取ることなく、ベッコが勝手に描き始めやがった。

 勝手なことすんな。

 事後通告で法外な使用料分捕るぞ。


「あとは乾くのを待てば完成でござる」


 とか思っているうちにさっさと完成させやがるし。

 絶対量産はさせないからな。


「ったく、勝手なことを…………ほぅ、いい出来だな」


 まだ完全に乾いていないメンコを持ち上げてみると、そこには祈るような感じで胸の前で手を組み、少し首を傾げるようにして微笑んでいるジネットの姿が描かれていた。

 なんとも幸せそうに微笑んで。

 陽だまり亭でいつも見ている、あの笑顔だ。


「わぁ、店長さん可愛いです!」

「ふふ、ベッコさんがサービスしてくださったんですね」

「そんなことないですよ、ジネット姉様。本物と見紛う素晴らしい出来映えです」

「てんちょーしゃ、ちれぃ、ね!」

「……ベッコ、次はマグダを」


 ジネットの出来があまりにもよくて、マグダが早速予約を入れに行った。


「……マグダはロレッタと名コンビなので、通常イラストには可愛いマグダを、蓄光イラストには煌びやかなマグダを描くといい」

「あたしとの名コンビどこ行ったです!?」

「では、私はテレサさんと名コンビになりたいです」

「かにぱんしゃ、いっしょ!」


 マグダに釣られるように、他の連中がベッコの方へと詰め寄る。

 カンパニュラも、こういう雰囲気の時にさりげなくおねだりできるようになってきたな。

 周りがおねだり上手ばっかりだから、その影響だろうな、きっと。


 ……魔性の女に成長する前に、どこかで歯止めをかける必要があるな、これは。


「あの、ヤシロさん。一緒に蓄光イラストを見ませんか?」

「ん? あぁ、そうだな」


 ベッコが俺をどんな風に描いたのか、確認しなくては。

 ……英雄像っぽく描いてやがったら折檻が必要だ。

 ジネットから速やかに没収しつつ、ベッコを塵に還す。


「あの、狭かったらすみません」


 言いながら、ジネットが俺に肩を寄せてきて、布をバサッと広げる。

 布がランタンの明かりを遮り、メンコにうっすらと影が落ちると、影の濃さに比例するようにうっすらと蓄光イラストが浮かび上がってくる。

 右手を腰に当てて、左腕を広げて、若干英雄っぽいポーズの……あんにゃろう、やっぱりこーゆーポーズにしやがったか。

 クラーク博士か、俺は。


 けど……ん?

 なんか、これって……


 かる~く影が落ちて、ジネットのイラストと蓄光の俺のイラストが両方見える。

 そんな絶妙な光加減でメンコを見ると、通常・蓄光それぞれのイラストがどちらも見えて――


「きゃっ!?」


 ジネットが悲鳴を上げてメンコと布を落とした。


 食堂にいた全員の目が一斉に俺たちへ集中する。


 二人で大きな布にくるまろうとしていた矢先、ジネットが突然悲鳴を上げて真っ赤な顔をさらしている。

 ……こんなもん、傍目に見たら、確実に俺が何かしたようにしか見えないよな。

 けど、違うんだ。


「こ、これは…………人様にはお見せできません!」


 落ちたメンコを素早く拾い上げ、それを人目から隠すように胸に「ぎゅむっ!」っと押し沈めてジネットが厨房へと駆け込んでいく。


「……何したの、ヤシロ?」

「その冷ややかな目は俺じゃなくて、ベッコに向けろ」

「えっ!? 拙者、何かよからぬことをしたでござるか!?」


 したでござるか、じゃねぇよ!


 わざとじゃないのかもしれんが……



 首を微かに傾げるジネットと、左腕を広げた俺のイラストが重なった時、まるで俺がジネットを抱きしめているような構図になっていたんだよ。

 英雄よろしく、爽やかに微笑む俺と、この世のすべてを慈しむような幸せそうな微笑みを湛えたジネット。

 広げた腕を全部入れるためか、俺が若干右側にずれていたせいで、まぁ~うまいことそう見えたんだわ。


 ……あんなもん、ジネットなら悲鳴上げるっつーの。


「とりあえず、ベッコ……塵と化せ」

「なんででござるか!? ヤシロ氏!? ちょっ、ヤシロ氏ぃぃいー!?」



 ジネットが再びフロアに戻ってくるのには、それなりに長い時間が必要だった。






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