報労記61話 おっしゃれおしゃ~れ -3-
「ど~もぉ~、ベティ・メイプルベアです☆」
おぉ、レジーナが必死に正体を隠そうとしている。
バオクリエアから無事に戻ってきたベティを主賓に行ったレジーナおかえり会で盛大にネタばらししたから、今さら騙されるヤツはいないと思うけど。
アレは衝撃デカかったからなぁ。
「いや、お前誰だよ!?」って
「聖なる、薬剤師のおねーちゃんやー!」
「卑猥薬剤師(清純バージョン)やー!」
な?
ハムっ子にも周知されてるんだから。
……っていうか、ロレッタ。小さいガキどもにどんな教育してんだよ。
口から出てくる語彙が、ガキのソレじゃねぇぞ、おい。
やっぱ環境かなぁ。
ハムっ子どもはいろんなところに派遣されてるから、いろんなヤツの口癖とか言葉遣いを真似しちまうんだろうなぁ。
しょうがないよなぁ、四十二区の人間って、九分九厘残念なヤツだから。
ん?
残りの一厘? 俺だよ、オ・レ。
……『俺オ・レ』じゃねぇよ。なに牛乳でマイルドに仕上げてくれてんだ。
そういえば昔はカフェオレって、『カフェオ・レ』って、『・』入ってたよなぁ。
「ヤシロさ~ん? どうでもいいこと考えてないで――さり気のぅ助けにこんかいな!」
後半、めっちゃ小声でベティ――レジーナが俺を非難してくる。
助けるって、何すりゃいいんだよ。
群がるハムっ子を鎮める方法なんぞ、俺は知らんぞ。
「それじゃあ、ベティちゃん。こっちに来てポーズ取ってくださいね~」
ウクリネスがうっきうきだ。
念願のパーフェクトベティ・メイプルベアを見られて有頂天になっている。
「……ポーズって、ウチ、卑猥な『かっもぉ~ん☆』ポーズしか引き出しないで?」
「なんでそんな、使いもしないもん引き出しにしまってんの、お前?」
お前、基本家で独りぼっちじゃん。
え、一人で練習してんの? やめて。なんか泣きそう。
「まぁ、幸いなんは、ここにおるメンズが、一切面識のない他区の貴族はんを除けば、キツネの棟梁はんと、ハムっ子ボーイズだけっちゅうことやね」
まったくの赤の他人の前なら平気だけど、微妙に顔見知りの前では恥ずかしいってヤツか?
まぁ、分からんではないが、そーゆー発言って……フラグになるんだぞ?
ほぅら、耳を澄ませてみろ……賑やかな声が聞こえてきただろう?
「いや~、久しぶりに棟梁の顔を見たら、陽だまり亭の飯が食いたくなったよなぁ~」
「あ~分かる分かる! 棟梁の顔見ると陽だまり亭を思い出すよなぁ」
「棟梁のお昼のお弁当、めっちゃ美味そうだったもんなぁ」
「知ってっか? あの弁当、マグダたんに持ってきてもらってたんだぜ?」
「「「「なにぃ!? 死ねばいいのに!」」」」
「全部聞こえてるッスよ、お前ら!?」
妬みのオーラを纏ってウーマロを非難していた大工に、マグダに手渡された弁当箱をいまだ大事そうに抱えているウーマロが牙を剥いている。
……と、そんなウーマロの腕を、ベティが掴んでフロアの端っこへと拉致していく。
「なに、仲間呼んでくれとんねんな、自分!? やたらめったら仲間を呼んで旅人を襲う魔獣『どろんこハンド』か!?」
「はゎ、はわわ!? な、なんッスか!? 誰ッスか、この美女!?」
「いや、一回見たやん! ウチやウチ! ベティ・メイプルベアや!」
「たぶんオイラ、その一回の時、ちゃんと顔見てないッス!」
「自分、早ぅその病気治しぃ!」
「なんかレジーナさんみたいなこと言うッス、この美女!?」
だから、レジーナだっつーのに。
お前、ネタばらしの瞬間もその場にいただろう?
……あぁ、そうか。
あの時はその直後にマグダが母親からの手紙で泣いてたから、そっちの記憶しかないのか。
あの時のマグダはジネットに甘えてて、特別可愛かったもんなぁ。
脳内メモリー全部占領しちまったんだろうなぁ。
それはそうと、なにその『どろんこハンド』とかいう魔獣?
一匹見つけたらどんどん仲間呼んで大群で襲い掛かってくるの?
超怖い。
「あ、あの、ベティさん! 仕事のシフト教えてもらえませんか?」
「そうそう! 店番の日教えてくれたら、薬買いに行くから!」
「この格好で店番する日なんかあらへんわ!」
やっぱ大工どもは残念だなぁ。
見た目が変わろうが、中身はレジーナなのに。
……ワンチャンあるとか思ってる? そのワンチャンで、レジーナのすべてを背負わされる可能性があるのに。365日24時間、年中無休でくだらない下ネタ浴びせかけられ続けるんだぞ? 店の胃薬だけで在庫足りるとは到底思えない。
やめとけって。
覚悟のないヤツは。
「そういえば、レジーナ」
「お~ぅ、モウレツぅ~ん☆」
「聞けよ、人の話!」
「「「うぉぉおお! ベティちゃん、さいこー!」」」
「盛り上がんな、オッサンども!」
「くっ、なんでや!? いつもの格好やったら、全員ドン引きして遠ざかっていくのにっ!」
なにやってんだよ……ドン引きを渇望すんじゃねぇよ。
お前の魔除けスキル、方向性が間違い過ぎてるぞ。
「くっ……こうなったら、エングリンド家秘伝の『永年賢者タイム薬』をばら撒いて――」
「その恐ろしい毒物をしまって、話を聞け」
とんでもない薬を生み出してんじゃねぇよ。
今すぐ封印しとけ、それ。まかり間違ってバイオハザードしちゃうと世界が終わるから。
「お前、光の粉の光量を抑える薬持ってたよな?」
「持ってはいるけど、光の粉の方が強力で、まだ完全に消せるほどの効果は出てへんで?」
「それって、微調整できるか?」
「レンガになる前やったら可能やで。あの光の成分な、液状の時は外から干渉することは出来るんやけど、人体に入り込んだり粘土に付着して高温で焼かれたりすると分子の周りに強力な膜が出来てな、ほんで――」
「原理はいいから、出来るんだな?」
「液体のうちやったらな。せやから光弱めてからレンガにしたら、もうちょっと柔らかい光のレンガになるんちゃうかな~って思ぅとるんやけどな」
「それはいいですね! 柔らかい光なら、わたしもお部屋に欲しいです」
光るレンガの光は、この街の連中には眩し過ぎると不評だからなぁ。
外で見る分にはいいけど、室内では……ってな。
まぁ、星の光すら飲み込むような四十二区の漆黒を明るく照らす光量だからな。
屋内向きではないのかもしれん。
……じゃなくって!
液体のうちなら光を抑えることが出来るならば……
「レジーナ、その薬を少し分けてくれ。で、弟か妹、ウェンディに言って光の粉を液状にして持ってくるよう伝えてくれ」
「「「わかったー!」」」
「「「今すぐ行ってくるー!」」」
「「「「「「弟妹全員でー!」」」」」」
「いや、それはさすがに迷惑!」
お前ら全員で押し掛けたら、レンガ工場が更地になっちまうっつーの。
「ヤシロ。今度は何をするつもりなんだい?」
「まぁ、見てのお楽しみだ」
何事にもプレミアム感は必要だ。
それがあるだけでコレクターたちは群がってくる。
手に入れずにはいられない、特別な仕様を付け加えてやればな。
「よし、ウェンディが来るまでの間に、ノーマルの絵柄を――」
「お待たせしました、英雄様!」
「早ぇな、ウェンディ!? ――と、ついでのセロン」
どこをどう端折ったのか、ウェンディが注文の品を持って陽だまり亭へとやって来た。
お前、もしかして予知能力でも持ってんじゃねぇの?
「いえ、ハムっ子タクシーというものに乗せていただきまして」
「なんだそりゃ!?」
「あ、お兄ちゃんが言ってた水槽タクシーの話をしたら、弟たちが『自分も出来るー、やー!』って言って、勝手に作っちゃったです」
犬ゾリならぬ、ハムっ子ソリか。
…………すげぇ危険そう。
「で、乗り心地はどうだった、ウェンディ?」
「最悪、放り出されても骨折で済むと思います」
死を覚悟するほどではないって、ポジティブに捉えていいのか、その感想は。
よほど怖かったのか、セロンはずっと無言でぷるぷる震えている。
「ほら、セロン。しっかりして。折角英雄様が、私たちのために美しい英雄装束で出迎えてくださっているのよ」
「あぁ、ごめん。それにしても……神々しいね」
「そうね。祈りましょう」
「やめんか」
膝を突こうとしたセロンの顔に十六文キックをお見舞いしておく。
足腰がプルプルしていたセロンが面白いようにころ~んっと後ろに転がっていった。
お前らのためにこんなユニークな格好してんじゃねぇわ。
「エステラ。その公共機関、導入するか?」
「いや、怪我人が出るのは望ましくないからね。どうしても急を要する時には一考する、程度にしておこう」
乗ってるヤツはもちろん、たまたま道を歩いていたヤツをひきかねないからなぁ、こいつらのスピードは。
交通ルールが明確に定められていないこの街で、こんな暴走車両を許可するのはやめた方がいい。
弟妹間の遊びの範疇を超えなければ、問題はないと思うが。
「英雄様。こちらが、ご所望の光る粉を液状にしたものです」
「よく用意できたな、この短時間で」
「光るレンガの研究で、粉と液体のどちらも使用しますので」
どっちで作ればより明るいか、より長く発光していられるか、こいつらはいまだに研究を続けている。
大したもんだ。今後の改良に期待しておこう。
「こっちの薬も、一応持ってるで」
と、レジーナが薬箱から光の粉の光量を抑える薬を取り出す。
いつウェンディが発光トラブルに巻き込まれるか分からないから、念のため持ち歩いているらしい。
……発光トラブルって。
まぶたの裏に光の粉が入り込むとか、そういうのか?
ウェンディ以外には起こり得ないトラブルだな。
「んじゃま、これを使って……メンコをもうワンランクアップさせてみるか」
三枚一組のメンコをも超える、究極のプレミアム感。
そいつを今、この街に生み出してやる。
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