報労記61話 おっしゃれおしゃ~れ -2-
で、なんでか王子様な俺、なう。
「ヤシロ、それじゃ白馬に乗った王子様じゃなくて、悪の皇帝だよ」
「跪け、愚民ども」
「笑顔ですよ、ヤシロさん」
「ベッコ、俺の顔にモザイクかけといて」
「この辺がえぇと思うで、絵描きはん」
「いや、そこは股間でござるよ、レジーナ氏!?」
なんだ。
まだいたのかレジーナ。
とっくに帰ったのかと思ってたのに。
……つか、バオクリエアにもあるのか、モザイク!?
え、ベッコにも伝わってるってことは、この街にも!?
モザイクはともかく、モザイクをかけなきゃいけない『モノ』に非常に興味がございます!
「機密文書に引いたりするよね、黒塗り」
ちぃ!
俺の『モザイク』を『黒塗り』と翻訳しやがったのか、『強制翻訳魔法』!?
ちげぇよ!
モザイクと黒塗りじゃ趣が全然違うんだよ!
分かれよ、思春期のこの微妙な感じ!
「あのベッコさん……こちらの絵、もし可能でしたらトレーシーさんのように……」
「ジネット、集合! ダッシュ!」
何をよからぬことを企んでいるんだお前は?
だったら、俺もお前らの水着イラスト集を作らせるぞ!?
「……む。そろそろ時間」
マグダの耳がピクピクと動く。
外を見れば、もう夕方だった。
随分と時間をかけたもんだ。
そろそろウーマロがやって来る時間らしい。
「……この服でお弁当を届けていれば、ウーマロはひっくり返っていた。……惜しい」
「ですね! きっと面白い反応したはずです!」
「では、この衣装でお出迎えをしてあげてはいかがですか?」
「とーりょーしゃ、びっくり、すゅね!」
エステラたちの絵を描いている途中、マグダは約束通りウーマロに弁当を届けに行っていた。
果たして、弁当に添えた『氷室を急いで作れ』というメッセージは伝わっただろうか。
「ロレッタもそろそろ帰るか?」
「そうですね。ぼちぼち下の子たちが起きて来るころですし」
「ほな、ウチもぼちぼち……」
「あ、レジーナさん。どうせでしたら、お夕飯もどうですか? 今日はお客さんも少ないですし、落ち着いて、みなさんでお話ししながら食べていきませんか?」
今日は、ジネットも一緒に食べるつもりらしい。
陽だまり亭ではなかなか出来ないことだが、今日はもう客も来ないのだろう。
ウーマロは客認定されてないようだし。
「せやねぇ……」
腕を組んで、様々な格好をした一同を見渡すレジーナ。
俺と目が合ったところで「くすっ」っと吹き出しやがった。
「ほな、お言葉に甘えさせてもらおかな。なんや、今日は珍しいもんいっぱい見られるみたいやし」
やかましい。
見せもんじゃねぇぞ。
「じゃあ、レジーナ、抱っこ☆」
「なんでやのんな? べちゃべちゃになるやん」
「だって~☆」
同室になってから、マーシャがレジーナを気に入ったようだ。
スキンシップが積極的だ。
「レジーナって、なんか変なニオイして『臭いな~』って思ってたんだけど、慣れるとむしろそれがクセになるって言うか~、落ち着くって感じ☆」
「やめてぇや。ウチの身体から変な薬が滲み出てるみたいな言い方」
陸の世界の漢方は、海の人魚にとっては変わった匂いなのだろう。
磯の匂いが苦手なヤツもいるし、そんな感じなんだろうな。
「クマ耳はんに抱っこしてもらい~や」
「だって、デリアちゃん、ドレスだし。濡らすと悪いじゃない」
「ほな、ウチもなんか衣装貸してもらおかな~」
「はい! 喜んで! いいえ、むしろ待ってました!」
レジーナの呟きにバックリ食いついたウクリネス。
言ったレジーナがドン引きしている。
「な、なんちゃってや! 冗談やん、じょーだん!」
「遠慮なさらずに」
「いや、遠慮やのぅて……」
「実は私、心残りだったんです。前回見た時はレジーナさんが着付けとメイクをされていたようで、実は若干アラがあったんですよね。『あぁ、あそこをもっとこうすれば、きっとずっと可愛くなるのに』って! なんとか、もう一度、今度こそ完璧可愛い状態をこの手で作り上げてみたいと思っていたのですが……、それが今日、叶うのですね! あぁ、今日はなんと素晴らしい日なんでしょう! さぁさ、行きましょうレジーナさん! ううん、レジーナちゃん!」
「ちょぅ、こん人の中の『ちゃん』はどないな扱いなん!? あんま距離つめんといてほしいんやけど! なんやめっちゃ怖いんやけど!?」
喚きながらも、ずるずる引き摺られていくレジーナ。
誰も、今のウクリネスを止めることなど出来ないのだ。
「マーゥルも食ってくか?」
「そうねぇ……彼女、楽しみだし、そうするわ」
レジーナがどんな格好になるのか、気になるようだ。
けどまぁ、ウクリネスの言葉からして……アレ、だろうな。
わぁ、懐かしい。
「じゃあ、レジーナが仕上がるまで、飯の準備でもするか」
「はい。ウーマロさんと、おそらくナタリアさんたちも来られると思いますので」
そりゃ大所帯だ。
そんなわけで、俺とジネットは二人で厨房に入る。
もちろん、レジーナが着替えているのは二階なので、厨房に入っても問題はない。
っていうか、ジネット。
ドレスで料理するのか?
おぉ~、何事もなかったかのようにエプロンを。
いつどんな時でも、場所でも、格好でも、お前は料理が出来るんだなぁ。
「あの~、お兄ちゃん、店長さん。あたし、お手伝いは……?」
「こちらは問題ありませんので、ご弟妹のもとに帰ってあげてください」
「それじゃあ、今日は――」
「「「「おねーちゃーん!」」」」
「ぉどぅっふ!?」
「帰ります」と言う前に、向こうからやって来た。
大量に。
わっさりと。
津波のように押し寄せたハムっ子たちがロレッタを飲み込んでフロアへと搔っ攫っていく。
どんなベテランサーファーも乗りこなせないだろうな、あの勢い。
「お姉ちゃん遅いから迎えに来たー!」
「うっかり迷子かと思ったー!」
「お姉ちゃん、うっかりさんー!」
「わー、お姉ちゃんキレイー!」
「どれすー!」
「ぴらぴらー!」
「ひらひらー!」
「めくれー!」
「「「ぅはははーい!」」」
「めくるなです!? やめるです! こらぁ!」
ロレッタがわっちゃわっちゃだ。
「……どいて妹たち。スカートめくりとは、こうする」
「本気のヤツやめてです、マグダっちょ!?」
むっ!?
これは見に行かねば!?
「ヤシロさんは、お芋の皮をお願いしますね」
ちぃ!
なんか、この見張り、容赦ない!
「で、メニューはなんだ?」
「お肉でも焼こうかと思います」
「そりゃ、ご馳走だ」
確かに、久しぶりにがっつりと肉を食ってみたい。
口に頬張って、奥歯で噛めば肉汁がじゅわっと……うわ、たまんねぇ!
「じゃ、こいつは付け合わせか」
「はい。マッシュポテトも作りましょうか?」
「いいな。ゆで卵も入れてくれ」
「はい。ヤシロさんは白身が大きくごろっと残っているのが好きですよね」
「……なんで知ってんだよ」
「ご自分でよそわれる時は、いつも大きな白身の固まりを取ってらっしゃるので」
よく見てんな、ホント……
「じゃあ、キャロットグラッセでも作るか」
「はい。あ、お芋はくし切りで、焼いてしまいましょう」
フライドポテトではなく焼くのか。
鉄板の上で焦げ目が付いたほくほくのジャガイモもまた美味いんだよな。
「では、お肉を焼きます!」
腕まくりをして、ドレスのお姫様が大量の肉を焼き始める。
物凄い違和感だな。
絶対お姫様がやらないことだしなぁ、厨房で肉を焼くなんて。
「グラッセを待つ間に、ガロニでも作ってるよ」
ハンバーグやステーキ、唐揚げの下にパスタが入っていることがあると思う。
あいつのことをガロニと呼ぶ。
もともとは『付け合わせ』って意味のガルニチュールから来ているらしいので、グラッセもガロニの一部なんだろうけど。
ガーリックをたっぷりのバターで炒めて、香りが出たら茹でたパスタを放り込んで、ブラックペッパーと塩で味を調え、刻みパセリを振りかければ――ほい、完成。
こいつの上に肉を載せれば、肉の脂を吸って美味くなる。
「こんにちわッス~! いや~、今日も疲れた――マグダたん、マジ天使過ぎてお姫様天使ッスーー!?」
……なんか、フロアから奇っ怪な声が聞こえてきたが、まぁ概ね想像通りなのでスルーしておこう。
「うふふ。ウーマロさん、ひっくり返りましたね」
「想像の範囲を超えないヤツだよ、まったく」
そして、やや遅れてナタリアたちの声が聞こえてきた。
「あぁ、麗しの陽だまり亭~♪」
「「「らららぁ~♪」」」
「共に夕飯を~♪」
「「「いただ~こ~お~~~~!♪」」」
どこのミュージカルだ!?
「……この街の演劇って、あんな感じなのか?」
「えっと、わたしも、あまり詳しくはありませんので」
声を聞く限り、給仕たちも押し寄せてきたっぽいな。
ハムっ子が集まり、ウーマロが到着して、給仕や他区の貴族が集まり、フロアが賑やかさを増す。
そんな中、久しぶりのアイツが顔を見せた。
「……で、でやろか?」
「とっても可愛いですよ、レジーナさん」
「いや、ジネット。こいつはレジーナじゃない。ベティ・メイプルベアちゃんだ」
「……またその名で呼ばれる日が来るとはな……」
げっそりとしたベティが、「まぁ、見知った顔しかおらへんし……」なんて厨房を抜けてフロアに出た瞬間――
「めっちゃ人、多!?」
――と、吠えた。
ジネットと目が合うと、ジネットは「くすっ」と吹き出し、「申し訳ないですが……ふふふ」と笑った。
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