報労記61話 おっしゃれおしゃ~れ -1-

 それから数分。

 ドレス姿のジネットたちがフロアへと現れた。


「ややや、これは美しいでござるな! 拙者の拙い語彙力ではお決まりの文句しか浮かばぬでござるが、みな、とてもよくお似合いでござる」


 ぱちぱちと手を叩いて称賛を贈るベッコ。


 本当に、人の語彙力を奪い去るほどの破壊力だ。


「あ、あの……ヤシロさん」


 ドレスの裾を翻して、ジネットが俺の前へとやって来る。


「……似合い、ますか?」


 すぐ目の前で、ジネットが俺を見つめる。

 上目遣いで。

 白い肩があらわになったドレス姿で。


「…………あ、あぁ」

「ほっ……ありがとうございます」


 いやいやいや!

 なんか言おうと思ったよ?

 何かしら、ウィットに富んだ感想を言おうと思ったんだけども!


 ……頭ん中真っ白だ。


 いや、イカンいかん!

 こんな態度じゃ、なんかアレだ……アレだと思われる。

 折角オシャレしたんだしな。

 気分よくモデルになってもらわねば、商品の出来に影響が出兼ねん。

 そうそう。

 売り上げに支障が出る。それはいただけない。

 そういうことだ。


「すまない、みんな。あまりに綺麗過ぎて言葉を失ってしまった。よく似合ってるぞ、本当に」


 俺がそう言うと、どこか不満そうに俯いていたデリアが顔を上げ、逆にジネットは顔を真っ赤に染めて俯いて、テレサは「わーい」と諸手を挙げ、カンパニュラは穏やかに微笑んで、マグダはこれでもかと胸を張った。


 みんな、キャラそのままの反応だな。


「ボクたちがドレスを着た時は、そんなセリフはなかったよね?」

「まったくだ。世辞の一つも口に出来ぬとは、男としてどうなのだ、カタクチイワシよ?」

「エステラ様のドレス姿は、とてもお似合いでしたよ!」


 怖い領主二人に詰め寄られた。

 そのうち、赤い髪の方には変な背後霊がまとわりついているみたいだけど。


 まったく。

 褒めりゃいいんだろ、褒めりゃ。


「すごくすっきりしてるな☆」

「「胸を見て言うな!」」


 だって、咄嗟に褒め言葉とか出てこないし。

 お前ら、今ドレスですらないし。

 エステラはチアガールだし、ルシアは着ぐるみパジャマだし。


 褒めにくいっつの。


「あ、あの。それで、わたしたちはどうすればいいのでしょうか?」

「あぁ、ここにラフ画を描いたから、こんな感じで並んでくれ」


 モデルに慣れてないこいつらに「その辺に立ってポーズ決めて」と言っても不可能なので、あらかじめ俺がラフ画を描いて構図を決めておいた。


 ジネットをセンターの椅子に座らせようと思っていたのだが、そうするとデリアだけが頭一つ二つ飛び抜けてしまってバランスが悪い。

 なので、デリアを椅子に座らせ、隣にジネット、その隣にマグダ、反対隣にカンパニュラとテレサを配置した。


「あの、ヤーくん。その右上の丸いのは……」

「ロレッタだ」

「……これはオイシイ」


 ラフ画には、ちゃんとロレッタも描いておいてやった。

 右上に丸く、欠席者ポジションで。


 と、そんな話をしていたまさにその時。


「こーんにちわー、でーす!」


 ロレッタが陽だまり亭に飛び込んできた。


「下の子たちがお昼寝タイムに入ったので、ちょっと顔を見せに来たで――何やってるですかみなさん!? なんかすっごく楽しそうです! うっわ、マグダっちょカニぱーにゃ、テレさーにゃも、かわヨです!? 店長さんとデリアさん、凄まじく綺麗です!?」

「あ、ロレッタ。ちょっと見切れてるから」

「その『退け』のジェスチャーやめてです、お兄ちゃん! 見る限り、陽だまり亭一同大集合っぽいですよ、これ!? あたしも入れてです!」

「大丈夫だ。お前も最終的にちゃんと入るから。ほら、ここに」

「なんですか、その右上の丸っこいの!? なんか仲間はずれ感凄まじいですよ!? 変に目立って、だからこそ余計に物悲しいです、そのポジション!?」


 自分も入れろとぎゃーすか騒ぐロレッタ。

 でもなぁ、お前は今日一日弟妹の独占だろう?

 店長命令に背くのか?


「うぅぅうう……店長さん、今だけ、ちょっとの間だけ、特例をお願いしたいですぅ……あたしも、まぜてほじぃでずぅぅぅう……」


 泣くなよ、そんなことで。


「特例は、もちろん大丈夫ですが……弟さんや妹さんは大丈夫なんですか? 帰りが遅くなると心配されませんか?」

「大丈夫です! あたしが陽だまり亭に行ったら、なんだかんだ遅くなるのは分かってることですから!」

「信用ねぇんだな、長女」

「信用されてるからこそ、自由に行動できるんですよ!」


 そりゃ屁理屈にもなってない開き直りだろうに……


「じゃあ、ロレッタちゃんもお着替えしましょうね~!」

「ウクリネスさん、なんかいつにも増して顔がツヤッツヤですね!?」

「さぁさ、気が変わらないうちに!」


 ロレッタの背を押し、厨房へ向かうウクリネス。

 そのウクリネスが姿を消す直前、もう一人陽だまり亭を訪れた者がいた。


「いや~、なんか家が静か過ぎて落ち着かなくてねぇ。ご飯を食べに来ちまったさ…………なにやってんさね?」


 ノーマだ。

 今日は真面目に仕事をしていたのか。

 でも旅行明けだからか、結構早めに上がったっぽいな。


「…………アタシだって、たまには手伝ってんのにさ……」


 いじけたー!?


「もちろん、ノーマの分のドレスもあるぞ! な、な! ウクリネス!?」

「はい、もちろんです! いつもの妖艶なイメージとは違って、今日はとびっきり可愛く仕上げましょうね」


 うっきうっき顔でノーマの腕を取り、がっちりと腕を組んでスキップで厨房へと消えていくウクリネス。


「あいつのカバン、何でも入ってんだな」

「世界の衣服がすべて収納されていると言われても、ちょっと信じちゃうよ、ボクは」


 四次元ポケットなんじゃねぇの?

 いつ、誰にでも衣装を着せたい。

 そんなウクリネスの欲が具現化した能力なのかもしれない。



 そうこうしながら、数分後。


「ちょ、ちょいと変じゃないかぃね?」

「ナイスぽぃん!」

「ヤシロ以外の意見を聞いてるんさよ」


 ちょっ、おまっ!?

 手で『退け』のジェスチャーするとか、酷くない!?


「お兄ちゃん、あたしはどうです?」

「Cカップだ」

「そうじゃないです!」

「そうじゃなくない! お前はCカップだ!」

「知ってるですし、そうじゃないの意味がそれじゃないです!」


 なんかややこしいことを言うロレッタ。

 なんだよ。

 似合ってるよ。

 普通に似合ってるよ。


「うん、普通!」

「拗ねるですよ!?」


 怒るより厄介な脅しを……


「二人とも可愛いぞ」

「えへへ~」

「そ、……かぃね。………………ふふ~ん♪」


 催促しといて照れるロレッタはともかく……ノーマ。そんな一言くらいで、ちょっと引くくらいに上機嫌になり過ぎ。

 変な詐欺に引っかかるなよ? マジで。


「背の高いノーマが来たから、配置を変えようか」


 椅子に座ったジネットを真ん中にして、椅子の両サイドにデリアとノーマを立たせる。

 座るジネットと背の低いお子様たちが前なので、背の高い二人の顔ははっきりと見える。


「で、ロレッタはあとでここに描くから、今はちょっとはけててもらって――」

「右上の欠席者ポジションには描かせないですよ!? 今ここに並んでやるです!」


 というわけで――


 マグダ、カンパニュラ、ジネット、テレサ、ロレッタが前面に並び、その後ろにデリアとノーマが立つことになった。


 幾分緊張していた一同だったが、誰からともなく互いの顔を覗き込み、見つめ合い、笑みを交わすと、自然と緊張はほぐれていった。


「美しい光景でござるな」


 絵を描きながら、ベッコがそう呟くほどに、ぽかぽかの陽だまりを思い浮かべちまいそうな温かい光景がそこにあった。



「よし、描けたでござる。みなさん、お疲れ様でござった」

「「「はぁ~……!」」」


 ベッコが声をかけると、誰からともなく息が漏れる。

 なんとなく緊張していた感じはよく分かる。

 解放された瞬間って、こうなるよな。


「それで」


 ドレス姿の陽だまり亭一同がほっと息を漏らす中、エステラがぽつりと呟く。

 ……実に、嫌な予感のする声音で。


「君は混ざらなくていいのかい? 君だって陽だまり亭の大切な従業員の一人だろう?」


 エステラに言われ、ジネットが「はっ!?」っとした顔を見せる。

 いや、いいから。

「緊張していて、うっかり忘れていました!」とか、本気で反省しなくていいから!


「こういうのはな、見目麗しい綺麗どころがやってこそ見栄えがするもんなんだよ。野郎の絵なんぞ、需要がねぇよ」

「なら、ミス益荒男のヤシロ子ちゃんなら、需要はあるかな?」

「うるせぇよ」


 ねぇよ、そんなもんに需要なんぞ。


「あの、ウクリネスさん! 王子様の衣装はありませんか?」

「もちろん、ありますよ」

「なんであるんだよ!?」

「隙あらば……と思いましてね」


 なに狙ってやがんだ、このヒツジ!?

 怖っ!?


「では、ヤシロさん。ヤシロさんもご一緒に」

「いや、俺は……」

「……ヤシロも陽だまり亭の一員」

「そうですよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんの居ない陽だまり亭は陽だまり亭じゃないです!」

「ヤーくん。私たちとご一緒しましょう」

「えーゆーしゃ、いっちょ!」

「ヤシロは王子様かぁ、見てみたいなぁ」

「くふふ……、ほぅら、お姫様がお待ちだよ。早く着替えておいでな、ヤシロ」


 こいつら……面白がりやがって。


「ヤシロさん」


 明らかに面白がっている他の連中を背に、ジネットが俺の両手を包み込むように握る。


「ヤシロさんは、陽だまり亭の大切な従業員です。そして、それ以上に――大切な、わたしたちの家族です」


 いつの間に親族になってたんだ、俺?


「今日だけ、わたしたちのわがままに付き合ってください」


 にっこりと、陽だまりの姫が俺に微笑みかける。

 まったく、こいつは…………ここぞという時のその笑顔、反則だからあんま多用すんな。……ったく。






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