報労記60話 ある密かな企み -4-

「素敵です、エステラ様! もう、ずっと素敵続きです!」


 エステラが衣装を変える度にいちいち大袈裟に感動して喜んでいるトレーシー。

 もう、何枚のハンカチをダメにしたか分からない。

 涙とよだれと鼻血で。


 ……つか、ネネ。

 お前、どんだけハンカチ持ち歩いてんの?

 え、四十二区特別体制?

 んなもん作る前に主を躾けろ。飼い主だろ、お前?


「ベッコさん。いえ、ベッコ様。そちらの絵画、一式我が館へも届けさせてください。お金に糸目は付けません!」

「いや、これは、販売用ではないでござるゆえ、エステラ氏とヤシロ氏の許可がないとお譲りできないでござる」

「願いを聞き届けていただけるのであれば、あなた様の一日専属メイドになっても構いません!」

「他区の領主様に給仕なんてされたら、拙者心臓が破裂してしまうでござるよ!?」


 すでに数枚、エステラの絵を描き上げているベッコに、トレーシーが圧をかけている。

 いいじゃねぇか、くれてやれよ。

 金に糸目は付けないつってんだから、あっちこっちの工事費に寄付でもさせてやればいい。


「ベッコ。このサイズの紙に縮小して書き写せるか?」


 と、A4サイズの紙を見せて問えば、「それくらいは容易いでござる」と分かりきった答えが返ってきた。


「じゃあ、このサイズのエステラのイラスト集をやるから、港の開発に寄付してくれ」

「お安いご用です!」

「ちょっとヤシロ! 勝手に決めないでくれるかい!?」

「大口顧客からまとまった額をもらっといた方が安心だろう? そうでなきゃ、お前の姿絵メンコを四十一区あたりまで配り歩かなきゃいけなくなるぞ」

「四十一区は飛ばして四十区にしようよ……」


 確実に買いに来る幼馴染がいるもんな。

 嫌だろ?

 だから、トレーシーに払わせとけって。


「そもそも、お前が巨大ガラスを値切ろうとしたからだろ」

「うぅ……こんなことになるなら、別にガラスじゃなくてもいいのに……」

「では、エステラさん。次はこの衣装に着替えてみませんか?」


 ベッコが一枚書き終わると、ウクリネスがにこにこ顔でエステラに次の衣装を持っていく。

 おぉっと、あれはこれまで三度却下されたビキニだ。

 そして今、四度目の却下が下された。


 不屈の精神だな、ウクリネス。

 頑張れ。もっと頑張れ。


「エステラさん、お着替え、お手伝いしますね」

「うぅ……ジネットちゃ~ん」


 しおしおの顔でジネットに抱きつくエステラ。

 この場にいる全員に見られながらポーズを決める気恥ずかしさもあっただろうが、単純に長時間にわたる絵のモデルに疲れたようだ。


「あの、ベッコ様。先ほどのイラスト集なのですが、こっそりと、もう2セット追加していただけませんか?」

「誰かにあげるでござるか?」

「とんでもない! 見る用と保存用と使う用です!」

「何に使うつもりでござるか、トレーシー氏!?」


 エステラがやつれるにつれ、反比例するようにトレーシーが元気になっていく。

 さっきのもふもふマフラー&イヤーマフの時は凄まじいはしゃぎっぷりだった。

 口を開けば「可愛い可愛い」と。

 当のエステラは汗だくで倒れそうだったけれども。


「さすがに、つらそうですね、エステラさん」


 ジネットが心配そうに言う。

 エステラは次の衣装を握りしめたまま、カウンター側の席にぐったりと突っ伏している。

 着替えに行く体力もないのか。

 現在の衣装はチアガール。太ももが眩しいNE☆


「じゃあ、その間にイメルダとマーシャの絵でも描くか?」

「私はもういい~や☆」

「ワタクシも、疲れましたわ」


 だよなぁ。

 ウクリネスが大はしゃぎして、イメルダやマーシャ、ルシアやトレーシーを着せ替えさせていたからな。

 着替えの度に二階に上がってフロアまで降りてきて、数分とはいえ決め顔でポーズを取って、終わったら衣装を変えて、それに合わせてメイクを替えて……と、モデルもすごく大変そうだった。


 ルシアなんか、エステラより先に疲れてテーブルに突っ伏している。

 全然動かねぇな、あいつ。


「じゃあ、ジネット。お前描いてもらうか?」

「えっ!?」


 エステラのためにと運んできたお茶を取り落としそうになって驚くジネット。

 いや、そんな驚かんでも。


「ついでだから、ジネットもメンコになってみるか?」

「そんな、わたしなんて……」

「なんなら、特殊加工で一部分だけをぷにぷににしてやるけども!」

「懺悔してください!」


 えー、だめかなー?

 マウスパッドでもそーゆーのあるしさぁー。

 ねぇ、ねぇー!


「デリアはどうだ?」

「あたいはいいや。なんか、面倒くさそうだし」

「そんなことないわ! ちょこっと立っているだけでいいのよ。ね、やってみましょうよ、デリアちゃん!」


 ウクリネスの熱量がすごい。

 こいつ、実は他の誰よりもオッサンマインドの持ち主なんじゃねぇの?


「ほら、こ~んな綺麗なドレスもあるのよ。これを着れば、デリアちゃんもお姫様みたいに――」

「お姫様はもういいよ!」


 デリアが「ぷくぅ~!」っと頬を膨らませる。

 以前、港の完成式典の際、ドレスを着ていたがために賊を捕らえられなかったこと、まだ気にしているようだ。


 変なトラウマになってなきゃいいんだけど。


「あ、そうだ。じゃあマグダとカンパニュラ、テレサも混ぜて、全員でドレス着てこいよ」

「……マグダも? まぁ、物凄く似合うことは確定しているけれども」

「私もでしょうか、ヤーくん?」

「あーしも?」

「あぁ。それで、みんなでお姫様みたいにしてもらってこい」

「えっと、ヤシロさん。その『みんな』には、わたしも……含まれてますか?」

「当たり前だろ。そうだな……さながら、ここは陽だまり城だ。陽だまり城には美しい姫が四人居る。たまに遊びに来るデリア姫を交えて、みんなで絵を描いてもらうんだ」

「……ふむ。なら、陽だまり城の第一王女、店長姫は必須」


 店長姫って……

 そこはジネット姫って言ってやれよ。


「ですが、ヤーくん。第三王女のロレッタ姉様がおられませんよ?」

「ロレッタは……そうだな…………右上に丸で囲んで顔だけ描いといてやろう」


 集合写真の時に欠席したヤツみたいに。

 ぷぷっ、ロレッタにぴったりの『オイシイ』ポジションだ。


「……それは、ロレッタが泣いて喜ぶオイシイポジション」

「喜ばれるでしょうか?」

「あの、わたし、呼んできましょうか?」

「あーし、おつかい、いく!」

「なぁ、あたい、別にドレスなんて――」

「さすがヤシロちゃんだわ! 日常をちょっと不思議な非日常にしてしまう天才ね! さぁさ、ヤシロちゃんの折角のアイデアなんですから、みなさんお着替えしましょう! さぁ! さぁ!」


 反対意見が膨れ上がりそうだった空気を察し、ウクリネスが強引に陽だまり亭ウェイトレスたちを厨房へと押し込んでいった。

 あいつ、必死だな。


「ほんと、面白いわぁ」


 ただ一人、なんの被害も受けていない女性、マーゥル。

 さすがのウクリネスも、マーゥルにコスプレしろとは言えないようだ。


 ……需要がないから、か?


「何かしら、ヤシぴっぴ?」


 察すんな。笑顔が怖ぇよ。悪かったよ。


「お前も何か着てみるか?」

「遠慮しておくわ。お茶が、とっても美味しいもの」


 お茶が美味し過ぎて、他のことをしているヒマがないって?

 嘘吐け。

 この後、完成品がどんな扱いされるか分からないから様子見してんだろう。


「ところで、メンコってな~に?」

「あぁ。駄菓子と一緒に広める予定のオモチャなんだが……アッスント、材料はあるか?」

「はい。まだ量はありませんが、いくつか確保しておりますよ」


 アッスントに魔獣の革をもらい、それをメンコサイズにカットする。

 で、さっき見たドレス姿の三領主をそこへ描いていく。


 一枚に一人ずつ。


「こんな風に絵が付いていて、こいつを地面に叩き付けて相手のメンコをひっくり返せば勝ちってゲームをするものだ」

「へぇ、面白そうね。ここに描かれる絵は何か指定があるのかしら?」

「ないな。絵を売りにしてコレクションするもよし、絵は適当でボロボロになるまで遊び尽くすもよしだ」

「なるほどね……これは、お金が動きそうね」


 コレクション性の高さを瞬時に見抜いたようで、マーゥルは頬に手を添えて軽く思案するような表情を見せた。

 ……参入する気だな。


「ヤシロ氏。領主様たちは個別に描くのでござるか?」


 一枚に一人ずつ描かれたメンコを見て、ベッコは「拙者は一枚に三名描くのかと思っていたでござる」とか言っている。

 甘いな。

 まだまだ先が見えていない。


 こういうのは、いちいちプレミアム感を出すのがいいんだよ。


「この三枚はな――並べると一枚の大きな絵になる」

「おぉ!? これは豪華でござるな!」

「素敵です、オオバヤシロ様! ください!」

「あらあら、楽しいわね、これは」


 一枚で見ても完成された領主たちの絵は、三枚並べると三領主が並ぶ豪華な一枚絵となる。

 エステラが椅子に座って、ルシアとトレーシーが両サイドに立っている構図だ。


 こういうのを作っておくと、コレクターが増えるんだよ。

 他の絵柄には興味がなくても、「これだけは欲しい」と思わせられれば、それをきっかけにコレクションの沼へ引き摺り込むことが出来る。


 気付いた時には、部屋中にコレクションがびっしりだ。

 さぁ、金を落とすのだ、愚民ども!


「なるほどねぇ……」


 そっと呟いたマーゥルが、俺を見上げてにっと笑う。


「ヤシぴっぴ。私もお金を出すわ。混ぜて頂戴」



 マーゥルが食いついたとなると、『BU』で流行ることは間違いないな。






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