報労記60話 ある密かな企み -3-
「みなさん、とっても綺麗です!」
ドレスに着替えた領主三人がフロアに並ぶ。
王都で開かれるダンスパーティーに出席するかのような、華やかなドレス姿の三人は、否定のしようもないほどに完璧なまでの美しさと華やかさを身に纏っていた。
やるなぁ。
「さすが、腐っても領主」
「もっとマシな誉め言葉は思い浮かばなかったのかい?」
「誰が腐るか。余計なことしか言わぬ口を縫い付けるぞ、カタクチイワシ!」
「あはぁ、エステラ様……素敵」
一人だけ、物凄く幸せそうだ。
そして、一人だけ物凄く――
「ダイナマイツ!」
「「黙れ」」
ナイノパイズな二人が俺を睨んでくる。
「ナイノパイズ」
「「黙れと言っている!」」
いやだって、トレーシーのトレーシーが、もう、「とれぇぇえーーしぃぃいいー!」なんだもんよ!
ウクリネスが強制的にさらしを没収したようで、それはそれは、たいそうたわわなふくらみが華やかなドレスをより一層ゴージャスに魅せている。
「いりゅうぅぅうう――」
「懺悔してください」
ジネット。
耳を引っ張るのはやめなさい。
そこは人間の急所だから。
「では皆様、こちらの席へお越しください」
カンパニュラが、窓辺の明るい場所へ設けた特設ステージへ、領主三人を案内する。
ちょっと豪華な椅子を一脚用意して、手前に小さなサイドテーブルを置き、そこには可愛らしい花を飾ってある。
「ゎあ……みんな、本当に綺麗……」
と、超特急の依頼にも嫌な顔一つせず、素晴らしい花束を持ってきてくれたミリィが、並ぶ領主たちを見てため息を漏らす。
ちなみに、このちょっとゴージャスな家具はゼルマルの家から分捕ってきた。
あいつ、キャラバンの時にエステラに椅子を褒められてから、なんか高級志向の家具とか作ってやがるんだよな。
誰に売るわけでもないくせに。
なので、有効活用してやった。
「えっと、ここはやっぱり年長者のルシアさんが椅子に――」
「そなたが座ればよかろう。私とトレーシーはそなたのおまけみたいなものだ」
「それじゃ、おまけに本体が負けてますよ」
先輩領主に持ち上げられて居心地悪そうにしているエステラ。
あいつなら、そういう反応するよなぁ。
別に負けちゃいないと思うけど。
「とりあえずエステラがセンターで、向かって左側にルシア、右側にトレーシーが立ってくれ」
「えっ、……本当にボクが真ん中なの?」
「これは四十二区用だ。あとでその二人がセンターの絵も描く」
「はは……、ベッコだからこそ出来る芸当だよね」
この世界。
肖像画を描かせるとなると一日仕事になり、さらに完成までは数ヶ月かかるのだそうだ。
写真撮影のように何パターンも構図を変えて――なんてことは出来ないらしい。
そりゃそうか。
「エステラ、顔は前を向いたままで膝をトレーシーの方に。で、体も若干トレーシー側に向けてくれ……そう、そんな感じで。で、ルシアは後ろからエステラの肩に手を――」
「オオバヤシロさん! 手を乗せる役、私がやりたいです!」
「…………じゃあ、エステラ。180度反転」
「なんか……ポーズ決めるのって、むず痒いね」
今のうちに慣れとけ。
こういう機会は、今後増えていくかもしれないし。
「ナタリアがいないから、髪やメイクの手直しはイメルダに頼んでいいか?」
「任せてくださいまし」
「後ろの二人は給仕長に頼む」
「引き受けた、私は、友達のヤシロの依頼を」
「お任せください。トレーシー様を輝かせるのは得意です!」
給仕長がそれぞれの主の髪やドレスを整え、イメルダがエステラを担当する。
一通り整えた後、領主たちが持ち場についたところで、イメルダが全体を見渡して、前髪や服のシワなどを微調整する。
うまいもんだ。
ホント、なんで出来るんだろうな? お前はやってもらう側の人間なのに。
「ではベッコさん、お描きなさいまし!」
「イメルダ。邪魔。ボクの前で仁王立ちしないで」
「この方が美しいですのに!?」
「あとで描いてもらえばいいから、今は退いて!」
キャンキャン吠えて、折角整えた髪の毛を跳ねさせるエステラ。
……まったく。
「ほれ、動くな」
「ぅえ……っ! ヤ、ヤシロがやるの?」
「お前とイメルダはいつまでもじゃれ合うからな」
「……じゃれ合ってなんか……」
「ほら、俯くな。髪が落ちる。前を向いて……そう。いい感じだ」
「ぅぐ…………いい感じとか、言わなくていいから」
「顔動かすな」
俺を睨もうとしたエステラの動きを封じる。
「ルシアとトレーシーはさすがだな」
「肖像画なら、何度か描かせたことがあるからな」
「私も、父に言われて、幼少期から何度か」
貴族のご令嬢なら、その可愛らしい成長記録を絵に残しておくものなのだろう。
極貧の四十二区では、そんな余裕はなかったようだが。
「なんか、変に緊張する……顔、このままでもいい?」
「せめて笑ってやれよ」
写真じゃないから、そこまでキメ顔しなくてもいいだろうとはいえ。
ベッコは瞬間記憶力が凄まじいからな。油断すると、油断したままの顔で描かれるかもしれんぞ。
「いつも通り笑ってりゃいい。お前は、そん時の顔が一番似合ってる」
「そ……そう」
エステラを納得させ、モデルたちの前から離れる。
――と、エステラがひょっとこみたいな顔してた。
「何やってんだ、お前は!?」
「う、うゅしゃい! こっち見りゅにゃ!」
「ヤシロく~ん。エステラにあんなこと言っちゃ、そりゃこうなるよ~☆ エステラだも~ん」
「まったく、ユニークな顔ですわね」
「エステラさ~ん、いつものお顔の方がもっと素敵ですよ~。笑ってくださ~い」
ジネットがエステラに手を振って気を紛らわせようとしている。
写真撮影でグズる赤ん坊か、あいつは。
まぁ、今はめっちゃ真っ赤ん坊だけどな。
「しょうがない。俺が小粋なジョークを披露してやるから、それで自然に笑え」
先日あった、実体験を少々……
「ナタリアに『ナイスなおっぱいを知らないか』と尋ねたら、エステラを推薦された。『どういう意味だ?』と尋ねたら、あいつはこう言ったんだ。『胸が、ナイっす』」
「さ、ベッコ。さっさと描いてくれるかい? この後狩らなきゃいけない獲物が出来たから」
「あの、エステラ氏。お気持ちは重々察するでござるが、せめてもう少し笑顔になってほしいでござる」
なんか、戦直前のような顔してるぞエステラ。
……まったく、しょうがない。
「ルシア、トレーシー」
後ろに立つ二人の名を呼び、エステラを指さして、俺の首を指し、両腕で抱きつくような仕草をしてみせる。
意図を察したルシアと、隙あらばそういうことがしたいトレーシーは俺の望み通り、同時にエステラへと抱きついた。
「わっ!? ちょっと、なんですか!?」
「表情が硬いそうなので、協力してやろうと思ったまでだ」
「笑ってください、エステラ様」
ルシアが首に、トレーシーが胸に手を回し三人で顔を寄せ合うように引っ付く。
「わぁ!」っとジネットが声を漏らし、「ちょっと、羨ましいです」と笑みを零す。
綺麗に着飾った令嬢三人が、子供のように抱き合ってけらけらと笑い合っている。
うん。この光景は、なかなかいいんじゃないだろうか。
「ベッコ。目に焼き付けたか」
「抜かりなく、でござる。踊る毛先の一本まで、しっかりと記憶したでござるよ」
この後、盛大に乱れた髪をセットし直す時間が必要になる。
その時間で、ベッコなら今のこの絵を描き上げてくれるだろう。
デカいキャンバスに、次々と色が塗られていく。
インクジェットプリンターのように、正確に、速く、まるで写真のように。
完成を待たず、俺はイメルダを伴って領主たちのもとへと向かう。
あ~あ、盛大に乱しやがって。
誰もここまでじゃれ合えとは言ってないっつーの。
「私も手伝うわ」
と、マーゥルがエステラのドレスを直し始める。
あ、胸元に手を当てて形を整えている。
それを俺にやらせないために出張ってきたのか…………余計なことを。
「じゃあ、トレーシー――」
「――さんは、ワタクシが整えますわ」
イメルダ……素早い!
じゃあ、しゃーない。
「ルシア――」
「――様は、やっている、すでに、私が」
有能な給仕長だなぁ、ギルベルタは! もう! んもう!
で、ネネ。
出遅れてるぞ。
「あぁ、もう仕事がないです!?」じゃねぇんだわ。
イメルダに負けちゃダメだろ、お前は。
しょうがないので、俺はネネを伴ってベッコのもとへ戻り、絵の出来栄えをチェックする。
先に見ているジネットがにっこりと微笑んで……あれ? 苦笑い?
何事かと絵を覗き込むと――
トレーシーの右手が、めっちゃエステラの乳を鷲掴みにしていた。
それでマーゥルが念入りに直してたのか胸元!?
「「トレーシー(様)、アウトー!」」
「な、ななな、なんのことでででしょしょしょしょ……ぴゅ~ふひゅ~」
「トレーシーさん……バレてますからね?」
若干頬を赤らめるエステラと、汚物を見るような目でトレーシーを見つめるルシア。
あはは、ルシア。対象が違うだけで、お前も同類だぞ~? なに常識人チームみたいな顔してんのかな~?
それにしても、ベッコの記憶力は凄まじい。
凄まじいが……そこは、空気読んで普通に抱きついてる風に描き直しとけよ!
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