報労記48話 メンコの爆誕 -2-

 ジネットに一言断りを入れ、俺は観衆の前へと進み出る。


「ここに、メンコという新しいオモチャがある」


 オモチャと言われ、ガキどもが反応を示す。

 だが、掲げられているのは絵が描かれた魔獣の革。

 どう遊ぶのか見当が付かず、ガキどもの顔も曇り気味だ。


「よし、じゃあ試しにやってみるから、ちょっと見ててくれ。相手は、そうだな……」


 と、辺りを見渡してイーガレスを手招きで呼び寄せ、ベッコの首根っこを掴む。


「ベッコとイーガレスに頼む」

「到底、頼みごとをする者の所業ではござらぬぞ、ヤシロ氏!?」


 うっさい。

 拒否権のない人間は口を閉じていてもらおうか。


「とりあえず、使うメンコを決めるか」


 素材と形状が同じなので、どれを使っても同じなのだが、イラストの良し悪しで思い入れは変わる。

 絵が違うだけで、随分と価値が出るんだよな。


 なので、価値を上げる工作もしておく。


 俺が「これがいいな」と言えば、見ている者は「なるほど、アレがいい物なのか」と思う。実に単純なものだ。

 そして、その「いい物」は他のヤツより枚数が少ないとなると……欲しくなるだろう?


「やっぱここは、枚数が少なくて希少価値の高い、『孤高の女領主』にしとくか」

「ちょっと待て、カタクチイワシ!」


 イーガレスあたりを釣り上げてやろうと口にした言葉で、ルシアが釣れてしまった。

 なんだよ。

 今はお前の出る幕じゃねぇんだよ。


「聞き捨てならぬ言葉が聞こえたぞ。ちょっとそれを見せよ」


 俺の手からメンコを取り上げ、その絵柄を確認する。

 自分の姿が描かれた絵を。


「許可も取らずに勝手に使うのでない!」

「いいじゃねぇかよ。お前んとこの港を盛り上げるために使うんだから。ほら、マーシャもいるぞ」

「え~、うそうそ~☆ 私も見た~い☆」


 デリアをせっついて近寄ってきたマーシャにもメンコを見せてやる。

 海に棲む魔獣の革なので、濡れても平気だ。

 おまけに、ブリキのおもちゃにも使っているコーティング剤のおかげで、色落ちもしない。


「わぁ~☆ 可愛い~! ねぇ、見て見て、私、可愛いよね☆」


「ね! ね!?」と、デリアやエステラに自分のメンコを見せるマーシャ。

 エステラは「はいはい、可愛い可愛い」とマーシャをあしらい、ルシアと共に他の絵柄を確認していく。


「領主に、海漁ギルド、花園の虫人族に兵士、そして港湾労働者……か」

「三十五区の特色を捉えた絵ばかりだね」


 絵柄を見て、不服が言えなくなったルシアの隣で、エステラは感心したようにそれぞれの絵を見比べている。


「ちなみに、オッサンはいっぱいあるが、花園の枚数はちょっと少なく、アタリのこの二枚はさらに少ない」

「どうして同じ枚数揃えないのさ?」

「バカ、エステラ、そんなもん、その方が儲かるからに決まってんだろうが」


 ダブってもカブっても、アタリが出るまで引きたくなるだろう?

 クジってのは、そうやって儲けを出すもんなんだよ。


「さらに、大当たりとして、こんな豪華なメンコもある」


 特大メンコを見せれば、エステラとルシア、そしてマーシャの瞳が一斉にきらめいた。


「これはすごいね!」

「あ~、また私発見~☆」


 特大メンコの絵柄は、ルシアとマーシャが手を取り並び立つ姿を躍動感溢れる構図で描き、その背後には港と海と大きな船が描かれている。

 足元には花園の花が咲き乱れており、まさに三十五区を表す一枚となっている。


「くれ!」


 ルシアが間髪入れずに食いついてくるくらいに。


「いくら出す?」

「私のイラストの使用許可をくれてやる」

「じゃ~、私も同じで~☆」


 ルシアもマーシャも、メンコの絵柄を気に入ったらしい。

 まぁ、無許可でイラストに使用しちまったからな。この二人にはセットでくれてやるか。


「じゃあ、ルシアとマーシャには全種類セットでやるよ」

「よっし!」

「わ~い☆」

「ヤシロ。ボクには!?」

「お前は今回関係ないだろうが」


 他のヤツがもらったからって羨ましがるな。

 うわ~、みるみるほっぺが膨らんでいくわぁ。


「……帰ったらベッコに描かせればいいだろう。今は時間がないんだよ」

「絶対だよ!? セットだからね!」

「他のヤツには売るんだから、あんまデカい声で自慢すんなよ?」

「分かったよ………………絶対だからね!」


 しつこいなぁ、この領主。

 金、取ってやろうかしら?


「ちょっと話が逸れたが、遊び方を説明する。ベッコ、イーガレス。適当に一枚選べ」

「ワタシは強者の象徴、兵士にしよう」

「では、拙者はたわわが眩しいマーシャ氏を」

「水鉄砲★」

「ごふっ!?」

「ござる君は~、ムキムキマッチョメンにしておけば~?」

「……そ、そうするで、ござる……」


 マーシャからの静かな抗議に屈したベッコ。

 港湾労働者のメンコを手に、蹲っている。


 じゃ、俺は花園のアゲハチョウ人族かな。

 アタリ二枚は、ルシアとマーシャが盛大に喜んだことで、十分に価値が上がっただろうし。


「じゃあ、メンコを地面に置いてくれ」


 ぽすっと、メンコを地面に置くと、ベッコとイーガレスもそれに倣ってメンコを置く。


「先攻後攻、じゃんけん、ぽん!」


 説明をせずとも、ジャンケンと言えば勝手に手が出てしまう。

 それはこの街でも同じだったようで、慌ててグーを出した二人に、俺は快勝した。


「じゃあ、俺が一番で、右回りな」


 言って、自分のメンコを拾い上げる。


「ルールは簡単。メンコを地面に叩きつけて、相手のメンコをひっくり返せば勝ちだ」


 思いっきりメンコを叩きつけると、ベッコとイーガレス、二枚のメンコが同時にひっくり返った。


「はい、俺の勝ち!」

「拙者たち、何も出来ずに負けたでござるか!?」

「ワタシにもやらせてはくれぬのか!? これでは納得がいかん!」


 まぁまぁ、そうムキになるなって。


「今回はデモンストレーションだから、お前たちにもやってもらうが、この後行うメンコ大会では一発勝負だ。精々先攻を取れるように頑張るんだな」


 自分のメンコをそのままに、ひっくり返ったイーガレスのメンコを表に向ける。

 次はベッコの番だ。


「思いっきり叩きつけるのでござるな。では……いざっ!」


 ぺいっと叩きつけられたメンコは「ぺちぃ!」っとなかなかいい音を立てたが位置が悪く、一枚もひっくり返らなかった。


「難しいでござるな!?」

「叩きつけた時の風圧でひっくり返すんだから、もうちょっと近くに叩きつけないとダメだぞ」

「なるほど、そうでござったか」


 あとは、メンコの角っちょにヒットさせてめくる技もあるが、そんな高度なテクニックは初心者にはまだ早い。


「では、次はワタシだな」


 自身のメンコを握り、自信満々の笑みを浮かべるイーガレス。

 遺伝なのか、ガタイはいいんだよな。

 ドニスと同じくらいはあるか? ハビエルと比べると、さすがに小さいが。


「ワタシの力を、とくと見よ!」


 力任せに振り抜かれた腕からメンコが射出し、俺たちのメンコをふわりと持ち上げる。

 だが、ひっくり返ることなく、表を向いたままメンコは地面に戻った。


「なぬっ!?」

「スナップが利いてなかったんだろうな。よく見とけよ――こうやるんだよ!」


 メンコを叩きつけると、ベッコとイーガレスのメンコがひっくり返る。


「うぉぉお、またしてもでござる!?」

「そのメンコに、何か細工があるのではないか!?」

「細工なんかねぇよ。ただイラストが可愛いだけで」

「……はっ!? もしや、レア度が高いメンコほど攻撃力が高いのではござらぬか!?」

「なるほどな! それはあり得る考察だ!」


 あぁ、いたいた。そういう謎理論を振りかざす小学生。

 カラフルな方が塗料が多いから、その分重くなってひっくり返りにくくなるとか。

 関係ねぇっての。


 ま、ここでイーガレスがヘソを曲げて「メンコなど嫌いじゃ!」とか言われると困るから、こっそりとコツを教えておく。


「いいか、イーガレス。強い風を起こすためには、メンコを叩きつける時の角度を――」


 イーガレスにだけ聞こえるように耳打ちをして、叩きつける位置や、その時の手首の使い方を伝授する。

 うんうんと黙って聞いていたイーガレスが、にやりと口角を持ち上げる。


「じゃ、順番は変わっちまうけど、やってみろ。いいよな、ベッコ?」

「拙者は構わないでござるよ」

「では、今度こそ――せいや!」


 叩きつけられたメンコは、見事に俺のメンコをひっくり返した。


「できたー! うぉぉおおおおおお! ヴィクトリィィイイ!」


 両腕を掲げて咆哮をあげるイーガレス。

 落ち着けよ、アラカン(間もなく還暦)。


「なんと、こんなにも手軽に上達する秘伝の技がござるのか!? ズルいでござる! 拙者にも教えてほしいでござる!」


 お前が強くなっても、なんもメリットねぇじゃねぇか。


「気合いが足りないんだよ。『ぬっぺらぽ~ん!』って叫びながらやってみれば、勢いつくんじゃね? 知らんけど」

「なるほど! やってみるでござる!」


 そうして、腕を捲ってベッコがメンコを叩きつける。


「ぬっぺらぽ~ん!」


 ふざけた掛け声とともに叩きつけられたメンコは、俺とイーガレスのメンコを同時にひっくり返した。


「すごい効果でござる!?」

「「「おぉおー!」」」


 いや、何の効果もねぇよ。

 プラシーボ効果もいいところだぞ、それ。

 で、ガキがものっすごい食いついちまったな。流行るかもしれんな、ぬっぺらぽん。

 適当に言っただけなのに。


 こうして、メンコの基本的なルールを教えて、大会の準備を進める。

 次は、出場者の募集だな。






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