報労記48話 メンコの爆誕 -1-

 イーガレス家給仕長シュレインへの手紙を書き、ウーマロたちを送り出した後でメンコの図案を紙に複数描く。

 それをベッコに渡して、アッスントが切り分けてきた魔獣の革に描かせていく。


 その間、寿司職人たちを集めてジネットに寿司の講習会を開いてもらっておいた。

 ジネットのサポートは四十二区で寿司を教えた寿司人魚たち。マリン主任をはじめ、マリーナ、マナリア、マツコたちだ。


「カツオの叩きは、こうしてタレに漬け込んで寝かせておくと、とっても美味しくなるんですよ」


 観衆の前でカツオの叩きを作るジネット。

 ワラが燃え上がった時の歓声はなかなかのものだった。


「マグダっちょがいない穴を埋めるのは、あたししかいないです! 見るです! これが、プロ・グンカニストの手さばきです!」

「「「おぉー!?」」」


 ロレッタがジネットの隣で軍艦巻きを作っている。

 ウニにイクラにネギトロ。

 おぉ~っと、カキフライなんてもんも作ってるのか。

 寿司に揚げ物なんてという意見もあるだろうが、なかなかどうして、美味いんだよなぁ、カキフライ軍艦。


 三十七区の寿司職人は、人間と獣人族虫人族が八割くらいで、人魚は少数だった。

 これは、完全に『港のもの』って認識をもたれちまってんだな、寿司屋。


「は~い、これが人魚寿司~☆」

「「わぁ~、教えて教えて~☆」」


 で、その少数の人魚は、水掻き握りをマスターしたマツコに技を伝授してもらっている。

 あれは、人間には真似できないからなぁ。


「ヤシロさ~ん!」

「おぉ~! もうすぐそっち行く~!」

「はい。ではお待ちしていま~す!」


 観衆に囲まれ、寿司の公開講習会を開いているジネットたち。

 俺は、こっちでやることがあるので別行動だが、もともと寿司を教えに来いって話だったので、メンコを作ったら講習会へ合流する予定だ。


「じゃあ、ベッコ。あとは量産を頼む。この特大メンコは三つ以上作るなよ?」

「おぉ~っ、こ、これは大迫力でござるな! 腕が鳴るでござる!」


 5×10cmのメンコを二十五個ほど作り、7.5×15cmの特大メンコを三つ作る。

 そうすると、このデカいヤツのスペシャル感が程よく演出されるだろう。

 デカいとメンコとしても強いしな。


 普通サイズのメンコは五種類の絵を五セット作った。

 全種類集めたくなるだろう?

 で、コレクションし始めちまうと、新しい物が出たらまた欲しくなるんだ。


 こうして、コレクターを少しずつ増やして、希少性の高いレアメンコとか仕込んで、優越感と多好感を植え付け、コレクション魂を煽りに煽って大儲けしてやるのだ、うっしっしっ!


「は、はわわ……売れる、売れますよ、これは! 売れまくってしまいますよ、絶対に!」


 メンコの全容を知るや、アッスントは恐れ戦き、腰を抜かし、そしてめらめらと商魂を燃え上がらせた。


「マーシャさぁーん! 魔獣の革の仕入れを大量にお願いしたのですがー!」

「え~、どうしよっかなぁ~☆」

「何がお望みですか!? 言ってください! 全力でお応えいたしますから!」


 必死だな、おい。

 マーシャはマーシャで、何か考えがあるのだろうが、楽しそうな顔でその譲歩を最大限有効活用するつもりのようだ。


「じゃ~ねぇ~、今日のお寿司の講習で握ったお寿司を定価で買って、ここにいるみんなに振る舞ってあげてくれたら、考えてあげる☆」

「お安い御用です! こちらの支部の者に支払わせます!」

「おぉい、ちょっと待て! 人の管轄で勝手なこと抜かすな! 身銭を切れ身銭を!」

「浅はか! なんとも浅慮なのでしょう、嘆かわしい! いいですか? 海漁ギルドがわざわざ『お寿司』を『定価で』と条件を付けるということは、開店以来ずっと赤字続きの三十五区の寿司屋の損益を取り戻すのが目的だと分かりそうなものでしょうに! 少数とはいえ、人魚の職人もおられるのです、海漁ギルドは彼女たちの支援をするつもりがあると考えるのが常識でしょう。つまり、海漁ギルドとしては、港の寿司屋を潰したくないと考えているのですよ! それはすなわち、海と陸の協力関係を崩すまいと奔走する三十五区の領主様の御意向に海漁ギルドが添うつもりがあるという意思表示! であるならば、三十五区に支部を置く行商ギルドとしては、その関係強化の一翼を担うチャンスをみすみす手放す手はありません! ですよね!? 分かりますよね!?」


 口を挟んできた三十五区近辺支部の代表エドモンディオに、マジの説教を食らわせるアッスント。

 エドモンディオ、ドン引きである。


「それに、今日の1万Rbより、明日の100万Rb――いや、これから先恒久的に続く10万Rbですよ!」

「何の話だよ?」

「メンコの素晴らしさが、まだ分からないのですか!?」

「あんな、絵を描いただけの魔獣の革の切れ端が何の役に立つんだよ? まぁ、絵は派手で見栄えはするが、芸術的価値があるかと言われりゃ……」

「ガッデム! ゆーあー、べりー、ガッデムですよ、エドモンディオ!」


 頭を掻きむしり、指を立てたまま顔面を引っ掻き、「むきぃー!」っと奇声を発するアッスント。

 怖い怖い怖い!

 危険水準を助走なしで軽々しく飛び越えていくんじゃねぇよ!


「はぁ……。三十五区は海からの物資がひっきりなしに入ってくる流通の要。おそらく、なんの捻りもなく、ただ仕事に邁進しているだけで大きな利益が上げられたのでしょうね……」


 だから、想像力が乏しくなっているのだと、アッスントは盛大なため息を吐いた。


「では、本日のお代は私が持ちますので、魔獣の革の取引は四十二区の港で行うと――それでいいですね?」


 アッスントに睨まれたエドモンディオが「ぞくぅっ!?」っと全身を揺らした。


「い、いや、待ってくれ! 払うことはやぶさかじゃねぇ! 三十五区は海漁ギルドと友好な関係をこれからも維持していきたいと思っているからな! でも、このメンコってヤツの価値が俺にはイマイチよく分からねぇんだ。だから……!」

「はぁ~……」


 ダメな子を見るような目で、アッスントがため息を漏らす。

 うわぁ~、絵に描いたような憐みの目。


「この街の領主様が、ルシアさんでなければ、こんな支部さっさと乗っ取ってやりますのに……」


 物凄く面倒くさそうな顔で、アッスントが俺を見る。

 そして、エステラを見て、ルシアを見た。


 俺らに気を遣って、エドモンディオを見捨てずにいる――ってことか。

 確かに、メンコ用の魔獣の革を四十二区で独占すりゃ、濡れ手に粟、磁石に砂鉄、ネコにパウダービーズくらい、利益が盛大にくっついてくるだろう。

 それを我慢してやってるのか。

 有港三区の連携を円滑にするために。

 一ヶ所が桁違いに儲けを出さないように。


 エステラが、そうしたいと望むように。


 変わったなぁ、アッスント。

 エステラには内緒でぼろ儲けしてても気付かれないだろうに。筋なんか通しちゃって、まぁ。


 しょうがない。

 なら、もっと分かりやすくなるように、俺が手を貸してやるか。


「ベッコ。こっちの二枚をもう十枚ずつ、この一枚をもう五枚量産しておいてくれ」


 と、五枚セットの中では今一つパッとしない絵柄を増やす。

 ハズレ枠だな。

 おぉ、速い速い。

 物凄い速度でオッサンのイラストが量産されていく。さすがベッコだ。


 五種類の絵柄は、『孤高の女領主』『海の守護者マーメード』『花園で舞うアゲハチョウ人族』『門を守る獣人族の兵士』『港で働くマッチョな港湾労働者』。

 このうち、兵士と港湾労働者を十枚増やし、アゲハチョウ人族を五枚増やす。


 アゲハチョウ人族は可愛らしい少女が三人舞い踊っているポップな絵柄なのだが、まぁ、数が多いだけに視線が分散されてしまう。

 ジャンル分けするなら『小アタリ』くらいだろう。


 言わずもがな、華のないオッサンの絵柄は『ハズレ』だ。


 で、『孤高の女領主』と『海の守護者マーメード』は、言うまでもなくあの二人をモデルにしている。

 凛と立つルシアと、海辺で微笑むマーシャのイラストは文句なしで目を惹く豪華さがある。


 ハズレを増やせば『アタリ』の価値が上がる。


「ノーマ、コーティング剤は乾いたか?」

「まぁ、ぼちぼちさね」

「よし! それではこれより、特上寿司をかけた、世紀のメンコ大会を執り行う!」



 そう宣言し、俺は完成したメンコを1セット持って立ち上がった。






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