報労記47話 ライバル貴族 -4-
「アァ、アノ、ウツクシイ、ウタゴエハ、イッタイ、ダレノモノ、ナンダ」
「アァ、ツタエタイ、デモ、ワタシハ、コエガ、ダセナイ、ノワ」
「オォ、オウジサマ、ナニヲ、カクソウ、ソノ、ウタゴエノ、ヌシハ、ワタシ、ナノワ」
「ソーダー、ソーダー、コノカタ、コソ、アノ、ウタゴエノ、ヌシダー」
「ビボウ、ト、ビセイ、ノ、モチヌシダー」
うわぁ……
イーガレス一家の演技を見て、その場にいる者たち全員が言葉を失った。
試しにやらせてみたんだが、想像以上に悲惨だった。
……つか、「のわ」まで棒読みになるのはなんでなの?
お前ら独自の語尾だよな?
付けなくてもいいものわざわざ付けといて棒読みって、どーゆー了見!?
「……これは酷い」
「なんか、店長さんがいっぱいいるみたいです」
「へっ!? ひ、ひどいですよ、ロレッタさん!?」
それを酷いと思うってことは、「こんなヘッタクソ共と一緒すんな」って思ってるってことでいいのか、ジネット?
「ねぇ、ナタリア」
「なんでしょうか、ネフェリーさん」
「……強化訓練、だね」
「そうですね。必須でしょう」
演技に一家言あるネフェリーとナタリアが燃えている。
はてさて、芝居が出来ない連中に芝居魂を植え付けるのに、一体どれだけの時間がかかるのか……芝居ってセンスと経験が物を言うからなぁ。
「ま、まさか……」
会場の微妙な空気を感じ取ったのか、イーガレスが青い顔で呟く。
「我が家族が、ここまで芝居心がないとは……!」
「いや、お前も! 五十歩百歩だよ!」
なんで自分だけちょっと抜きん出てると思い込めるの、あのレベルで!?
くっそぉ、テープレコーダーでも開発しとくんだったー!
そしたら、この大惨事を録音して客観的に聞かせてやれたのに!
「エステラ様。明日一日を使って、彼らに芝居の基礎を叩き込みたいと思います」
「え、まさか、休みを寄越せって言ってるの?」
「港の再開発と有港三区の連携強化には必須かと」
「ん~……まぁ、それはそうかもしれないけど……ナタリアがいないと困るんだよねぇ、いろいろと」
「大丈夫です」
不安そうなエステラを安心させるように、ナタリアが柔らかい笑みを浮かべる。
「パンツは、二日くらい穿き替えなくてもバレません」
「そんなことを心配してるんじゃないし、バレるバレない関係なく毎日穿き替えるものだから!」
「ほんまにせやろか?」
「こういう話題の時ばっかり積極性を見せないようにね、レジーナ!」
ナタリアの一番の仕事は、エステラのパンツを穿き替えさせることなのかねぇ。
真っ先に浮かぶ心配がそれか。
「仕方ない。代わりに俺が穿き替えさせて――」
「うるさいよ、ヤシロ」
ちっ! 人の親切を!
四半世紀に一度くらいの割合で発生する自発的な親切だったのに!
「では、エステラさん。明日は一日陽だまり亭で過ごされますか?」
「そうだねぇ……けど、平気なの? 明日は割引セールやるんでしょ?」
「割引セールは今夜ですよ。明日は、おそらくそこまで混雑はしないと思います」
明日は、ジネットが「陽だまり亭が暇になる」と言っていた暗黒の三日間の最終日だ。
明日一日くらいなら、エステラを預かれるか。
「それはよかったですわ」
ブロンドの髪をなびかせて、イメルダが話に割り込んでくる。
「明日は、ワタクシも陽だまり亭でお世話になる予定ですもの」
「あぁ、そういや、給仕たちが全員三日間休んでるんだっけな、お前んとこ」
急な船旅を予定に入れたイメルダに、給仕長たちが不満をぶつけて三日間の休みをもぎ取ったのだ。
明日も一日、イメルダの館は無人になる。
それで、なんで当たり前のように陽だまり亭に来るんだよ。
ハビエルのところに帰れよ、たまには。
「エステラさんやイメルダさんとお泊まりできるのは、嬉しいです。イメルダさんは、今夜からお越しになりますか?」
「お願いしますわ」
「ボクは、一度館へ戻るよ。給仕たちに指示も出さなきゃいけないしね」
あぁ、なんかアレだな。
帰った後の予定を話してると、本当に旅行が終わるんだなぁって気になっちまうな。
日曜夕方6:30症候群に似た侘しさがある。
「なんだか、もうすぐ終わってしまうのだと思うと、寂しい感じがしますね」
カンパニュラが言って、俺の服を摘まんでくる。
「まだ帰りの船があるさ」
「そうですね」
頭を撫でてやれば、にこりと笑顔をくれる。
「お家に帰るまでが旅行なのですよね」
「誰が言ってた、それ?」
「マグダ姉様とロレッタ姉様です」
言いそうだな、あの二人なら。
つか、どこで覚えてくるんだ、そーゆー言葉。
校長の挨拶とか、聞いたことないだろうに。
とかなんとかこっちで話をしている間も、ネフェリー講師による有り難い芝居論が語られている。
さすが大女優。心構えから矯正していくんだな。
「いい? 役者っていうのは職業じゃないの、生き様なの」とか語ってるな。
お前も役者で金もらったことないじゃねぇか。
「ふふ……、イーガレスさんたち、カロリーネさんたちと仲良くお話を聞いていますね」
並んでネフェリー講師の有り難いお話を傾聴している一同を見て、ジネットが笑う。
これで、同じ釜の飯でも食わせてやれば、今より仲良くなれるかもな。
「何かご褒美があれば、競うように切磋琢磨されるかもしれませんね」
「ご褒美……ねぇ」
新たな事業を任されるってのは、十分なご褒美だと思うが……
しょうがない。目に見えるご褒美をくれてやるか。
「ジネット、アッスントを見かけなかったか?」
「アッスントさんでしたら」
「お呼びですか、ヤシロさん」
「ぅおう!?」
「ヤシロさんの後ろにおられま……言うのが遅かったですか?」
あぁ、まぁ、遅かったかな。
つか、アッスントのくせに気配を消すんじゃねぇよ。
「超ビビった」
「ほっほっほっ、申し訳ありません」
「商談する元気なくなった。もう帰る」
「これはすみません。驚かせるつもりはなかったのですよ。ただ、そちらのお話が済むまでは邪魔をしないようにと待っていただけなのです」
「貴族と子供がハマりそうな遊びを思いついたんだが、教えてやんない」
「すみません! 試作品にかかる材料費をオマケしますので、情報をください!」
しょうがない。
そこまで言うなら教えてやろう。
「ベッコ、タダ働……ちょっと手伝ってくれないか?」
「いや、無論無報酬でお手伝いさせていただくでござるけども! 敢えて言い直されるとちょっとモヤッとするでござるぞ!?」
ならいちいち文句を垂れるな。
「ウーマロ」
「はいッス!」
「――は、別にいいや」
「じゃあなんで呼んだッスか!? というか、ベッコにやることがあるなら、オイラにも何か出来ることがあるはずッス!」
どんだけ働きたいんだよ。
「ルシアー! 水路の件と駄菓子屋の件、イーガレスに了承させといてくれ」
「さらっと今回の本題を丸投げするな!」
「ウーマロに水路の場所、下見してきてもらうから、勝手に敷地に入るぞ~!」
「勝手なことを抜かすな! ……まぁいい。許可は取っておくから、キツネの棟梁、よろしく頼む」
「は、はは、はいッス! 任せてほしいッス! ――と、お伝えくださいッス!」
まともに返事も出来ないウーマロだけじゃ、イーガレスの館の給仕長シュレインに事情を説明することも出来ないか……
「マグダ、カンパニュラ。ウーマロについて行ってやってくれるか? 事情を書いた手紙を渡すから、給仕長のシュレインってオバちゃんに説明して、敷地内に入れてもらってくれ」
「分かりました。事情説明は私が承りますね」
カンパニュラなら、無口なマグダや、女性にド緊張するウーマロより頼りになるだろう。
「マグダは、二人の護衛をしっかり頼むぞ」
「……任された。ご褒美はさっきの『だがし』というものがよい」
「ここで作れるか分からんからなぁ……帰ってからでもいいか?」
「……よき」
んじゃ、お手頃価格のお菓子でも作ってみるかね。
日本の駄菓子とは、趣が随分変わっちまうと思うけどな。
「じゃあ、アッスント。厚さ3mm程の厚紙はないか?」
「厚紙、ですか……紙は最近まで高級品でしたので、あるにはありますが、お高いですよ?」
「うん、でも試作品はタダだし」
「それは、そうなのですが……量産するのであれば、安定して供給できる安価な代替品が必要なのでは?」
「欲する条件は、厚みがあること。適度にしっかりとしていて重過ぎないこと。絵を描いて発色がよいこと。あとは、ガキが雑に扱っても壊れず、口に含んでも害がない素材であること。ついでに、長期間放置していてもカビたりシケったりして品質が劣化しないものだ」
「それでしたら、海の魔獣の革などはどうでしょうか?」
「現物はあるか?」
「はい、少々お待ちを」
この街、紙はあるのに研究が進んでおらず、最近になってようやく研究が始まったんだよな。
俺らがせっついてせっついて、品質を上げつつ価格を抑える方向へ持って行った。
クレープなどの包装紙を作るために。
リボーンや情報紙に使う紙も、高品質低価格の紙を使っている。
利益が上がれば、これからどんどん新たな紙の研究をしてくれるだろう。
で、俺が何を作りたいのかというと、メンコだ。
見て華やか、遊んで楽しいメンコを大量に作れば、コレクター魂に火がつくことだろう。
芝居の練習を頑張ったヤツに、試作品をプレゼントしてやれば、本格発売の前に練習が出来て、イーガレスはまたガキどもの英雄に返り咲けるかもしれん。
いや、まてまて……いっそのことメンコを使ってイベントを……で、ご褒美は特上寿司にでもして……それでメンコの需要を一気にブチ上げておけば後々販売する時に楽になるか……
とはいえ、メンコに使えるような厚紙は、まだちょっと難しいか。数を揃えるのはな。
出来れば、牛乳瓶の蓋のサイズのミニメンコも作りたいんだけどなぁ。
俺がガキの頃、滅茶苦茶集めてたから。懐かしくってな。
「ヤシロさん、お待たせしました。こちらです」
アッスントが持ってきたのは白い魔獣の革で、厚みは3mm。
それなりの柔軟性があり、無臭。引っ張ってもさほど伸びず、乱暴に引きちぎろうとしてもビクともしない強度を持っている。
ゴム製の滑り止めのような感触だな。
地震対策で冷蔵庫や本棚の足に噛ませる滑り止めがこんな手触りだった気がする。
「よし、試しにこいつで作ってみるか! アッスント、こいつを5cm×10cmの長方形に切り分けてくれ」
「承知しました」
「ベッコ、俺が図案を描くから、それを可能な限りかっこよく描いていってくれ」
「任せてほしいでござる!」
「それと、金物ギルドで使ってるコーティング剤を大至急用意してくれ」
「それなら、アタシが名前を知ってるさね。商人を一人寄越しな。ちょいと買いに行ってくるからさ」
というわけで、メンコ作成に向けて一斉に動き出す。
いい物が出来れば、きっとみんなハマってくれるだろう。
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