報労記47話 ライバル貴族 -3-
「すみませんね」
と、エステラが柔らかい声で言う。
「彼は、ボクやルシアさんを守るためにこうして怒ってくれているのです。彼の言動に不快感を覚えられたのであれば、その半分はボクの責任です」
そんなことを、イーガレスとベッカーの両当主に向かって言う。
なんでお前が責任を負うんだよ。
つーか、別にお前のためじゃねぇーし。
「べ、別にあんたのために怒ったんじゃないんだからね!」
「なんなのさ、その若干イラってするキャラ設定は……」
可愛いやろがい!?
こーゆーのが、みんな好きなんやろがい!?
「みなさんもご存じだと思いますが、四十二区には新しい港が出来ました。ボクは、港の建設に協力してくれたすべての者たちに感謝していますし、多くの人々の尽力により誕生した港を誇りに思っています」
胸を張り、澱みのない声で語るエステラの言葉に、イーガレス家とベッカー家、それにルシアが聞き入っている。
「ボクには人魚の親友がいまして、彼女のためにも四十二区の港を、人魚たちに気に入ってもらえるような楽しい場所にしたいと思っています。人間と人魚が協力して誕生した港だから、人間と人魚が共に楽しめる場所にしたい。それは至極真っ当な考えだと思っています。……あ、この『人間』というのには、もちろん獣人族と虫人族も含まれます。彼らは、ボクたちとなんら変わらない、ボクたちの大切な友人であり仲間ですから」
エステラは言う。
港を盛り上げる手は決して緩めない。
遠慮なく、最大限に四十二区の港を盛り上げてみせると。
「ですが、四十二区の港に珍しいもの、楽しいことが増えれば、三十五区と三十七区の港に留まる人魚は減るでしょう。そうすると、困るのは三十五区と三十七区です」
現在の状況を明確に説明した後、エステラはルシアと、イマイチぱっとしない三十七区領主の名を挙げ、「ボクたち三区の領主はそれを回避するために協力関係を結びました」と説明をする。
「ボクは、親友とその仲間たちのために、最高の港を作る手を弱めるつもりはありません。だからと言って、他の区に悪影響が出ることも望んではいません」
言って、ルシアを見つめる。
姉を慕う妹のような視線で。
「ルシアさんとは、友情を超えた絆が築けていると確信していますから」
「……ん、うむ。私もだ」
まっすぐに想いを告げられ、ルシアは照れたようだ。
数秒間、言葉に詰まってやがった。
「だからボクは、三十五区の港も三十七区の港も、今以上に盛り上げ、もっと多くの人間と人魚に訪れてもらえるような交流の場にしたいと思っています」
「三十七区領主とは、友人を超えた絆を築けてないけども」
「ヤシロ、うるさい」
いやだってさぁ、なんかもうついで感が滲み出してたから、一応触れといてやらなきゃ可哀想かと思って、三十七区。
「だから、どうか、各々の区のため、領主のため、そしてそこに住まうあなた方を含む領民のために、ご協力願えませんか?」
まっすぐに前を見据え、エステラは貴族たちと向かい合う。
迷いなく、澱みなく、おのれの思いを言葉に載せる。
「ヤシロがもたらすものは、とても刺激的で面白く、興味深いものばかりです。きっと、多くの者たちに受け入れられ、そしてその街の文化として広く愛されていくことでしょう」
「大袈裟だよ」
「ボクの目には、そう映っているんだよ」
けっ。
マクロで指摘したらミクロで否定してきやがった。
「個人の感想です」って言っときゃ、なんでも通ると思うなよ。……まったく。
「ですが、ヤシロのもたらすものは誰かを笑顔にするためにあるべきものなんです」
「おっぱいマシュマロとか、紐に見える水着――」
「ナタリア。ヤシロに猿轡!」
「はっ!」
うわ~、手際いいねぇ~。
さすがだわぁ、給仕長。……けっ!
「笑顔をもたらすためのものなんです」
仕切り直したつもりだろうけどな、エステラ、貴族たち、めっちゃこっち見てるぞ。
「いや、笑顔もなにも、当の本人猿轡じゃん……」みたいな、ドン引きフェイスでこっち見てるぞ!
現実に目を背けるな! ほら、こっち見て!
「どうか、この技術を、この知識を、争いの道具にしないでください。切磋琢磨することは素晴らしいと思います。でもそれは、見てくれる誰かを笑顔にするために、観客の心に楽しい思い出として刻み込むために行ってこそ意義のあることです。誰かを貶めたり傷付けたりするための努力なんて、無益ですよ」
「わたしもそう思います」
語り切ったエステラに続くように、ジネットが貴族たちの前に立つ。
「先ほどのヤシロさんのお話は素晴らしいものでした。それは、ヤシロさんがいつも誰かを笑顔にしたいと思っていてくださるからです。ヤシロさんの技術は、いつもそんな風に、誰かの心を軽やかにするために振るわれるんです」
いや、アホみたいにいがみ合ってる貴族どもに目に物見せてやろうと思って全力の落語を披露したんだけどな。
「あれ? もしかして、こいつに逆らうとウチの家、終わるんじゃね?」と心胆寒からしめてやる気満々だったんだけども。
「紙芝居も人形劇も、どちらも素晴らしいものです。見る者に感動と幸せな時間をくれる楽しいものです。どちらが優れているなんてことはありません。みなさんが手を取り合い協力し合えば、どの港も楽しい場所になります。楽しい場所が増えれば笑顔になる人が大勢増えます。それこそが、エステラさんやルシアさん――領主のみなさんの望むこの街の未来だと思うんです。そうですよね、ルシアさん?」
「ぇ…………ぁぁ、ぅん、ソウダヨ」
お前一回、ベッカーにムカつくあまり三十七区潰そうかとか考えちゃったもんな?
出し抜こうとした自覚があるから、ジネットの顔直視できないんだろ?
眩しいよなぁ、心にやましいことがあると、あの太陽の笑顔。
知ってる? あの笑顔、闇属性にはクリティカルヒットするんだぜ?
「ま、まぁアレだ!」
派手に咳払いをして、ルシアがおのれの中の後ろめたさを誤魔化すように声を発する。
「過去のいざこざで、互いに思うところはあるであろうが、今は一時その不満を度外視して共に得た新しい技術を磨き上げることに専念してみてはどうだ? ミズ・ベッカーが社交界で受けた屈辱、アルシノエがお茶会で受けた恥辱、簡単に飲み込めるものではないかもしれぬが、今はそれよりも優先すべきことがあるのだ。そなたたちなら、きっとそれを理解してくれると信じている」
まぁ、お互いがお互いを「気に入らない」と攻撃し合っていたんだ。
わだかまりはいろいろあるだろう。
だが、そんなところで躓いていては、これから来る激動の時流に乗り損なってしまう。
「ピンとこないなら、明日四十二区の港を見にくればいい。お前らんとこのしょぼくれた港とは違う、賑やかでエキサイティングな港を見られるだろうよ」
「やかましいわ、カタクチイワシ!」
しょぼくれてる自覚があるから、港の改革に乗り出したんだろうが。
見栄を張るな、見栄を。
「父上。見に行きましょう」
パキスが父ヨルゴスに具申する。
「ワタシは、人形劇を見て感動しました。この感動を、ワタシの手で、多くの者に届けたい」
息子の方は、素直に人形劇を楽しんだらしい。
感銘を受け、同じことをしたいと。
「そして、喝采を浴びたいです!」
……うん。その辺はブレないんだな。
まぁ、キャーキャー言われたいって欲求は理解できるから、いいよ。しょうがねぇよ。
「お母様。アタクシも四十二区へ赴きますわ。紙芝居をもたらしてくれた四十二区の港がどのような場所なのか、興味がありますもの」
ベッカー家長女のロリーネも、前向きに事態を捉えている様子だ。
現当主が引退したら、案外うまく回るかもしれないな。
「ワタシも行きたいのわ! 四十二区で本物の美を追求したいのわ!」
いや、アルシノエ。そーゆーのは四十一区に丸投げしたんだ。
素敵やんアベニューにでも行ってくれ。
「ワタシも行きます、兄上、姉上」
「アタクシも行きますわ、お姉様」
ちんまい弟妹のタキスとリーネもついて行くらしい。
「だが、ワタシはすぐにでも人形劇を始めたいと思うのだが……」
「アタクシも、明日には紙芝居を港で始めるつもりですのよ」
「えっ、もうですか!?」
「さすがに、準備不足であろう」
やる気満々の両当主にエステラとルシアが驚きの声を上げる。
でもまぁ、俺らも船の上で数時間練習しただけで、ぶっつけ本番だったし、やってやれないことはないだろう。
準備不足は、まったくもってその通りだと思うけども。
一回やってみて、そこからどう事業展開していくかを考えるのはありなんじゃないか?
「ちなみに、台本はありますかな?」
イーガレスがやりたそうな顔で台本を要求してくるから、畳んで尻ポッケに入れていた台本を渡してやる。
ナタリアの清書版だから読みやすいだろ?
イーガレスは台本をパラパラとめくって、気に入ったセリフのページで止める。
黙読をして、呼吸を整え、王子様のセリフを読む。
「ワー、ナンテ、キレーナ、ジョセイ、ナンダー」
「棒読みにもほどがあるな!?」
ジュウシマツでももうちょっとマシにしゃべるわ!
「まったく、見るに堪えませんわね」
扇子で口元を隠し、カロリーネが立ち上がる。
「昨日一晩練習してきた、アタクシの演技力をお見せいたしますわ!」
と、セリフが書かれているのであろうアンチョコを手に語り始める。
「モモタローサン、オコシニ、ブラサゲタ、【自主規制】、ヒトツ、ワタシニ、クダサイマシ!」
「どっこいどっこい!?」
棒読みっていうことすらおこがましい棒読みだな、おい!?
で、セリフが違ぇよ!
レジーナバージョンのセリフ、いつ出回ったの!?
あと、お腰にぶら下げた【自主規制】は一つたりともあげられません!
「もういい! お前ら明日は全員で四十二区に来い! ナタリアとネフェリーによる、地獄の演技レッスンを開催してやる」
「「は、はわわわ……」」
身を寄せ合い、俺やナタリアが発する迫力に臆するイーガレスとカロリーネ。
共通の強敵を作って協力させるって戦法が効きそうだな、こいつらには。
「陽だまり亭に来てくだされば、簡単なお菓子の作り方をお教えしますよ」
「ならお邪魔するのわ」
どこでどーやってそーゆー話になったのか、イーガレスの妻エカテリーニはジネットに口説き落とされて四十二区に来る決心をしていたようだ。
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