報労記47話 ライバル貴族 -2-

「あなた、人魚姫の声の人?」

「す~っごくよかったよ~☆」

「ほんと~! あなたは私たち人魚の誇りだよ~☆」

「ありがと。でも私、人魚じゃないよ」

「もう、名誉人魚だよ~☆」

「そんなのあるの!?」

「こらこら~、みんな、ネフェリーを困らせちゃダメだよ~☆」


 海辺で人魚に囲まれていたネフェリーに、マーシャが助け船を出しに行く。

 運搬係のデリアとマーシャが来てくれてほっとするネフェリー。


「「「あ、ギルド長~! 『ウツボのパラドックス』、とっても素敵でした~☆」」」

「ま~ねぇ~☆」


 あの辺にいるのは、海漁ギルドの人魚か。

 港に作った舞台は、海からもよく見えたようで、多くの人魚が人形劇を見ていたようだ。


「ちょっと見にくかったけどね~」

「もっと見やすい劇場が出来たらいいのになぁ~」

「ねぇ~、ギルド長~☆」

「私じゃなくて、ルシア姉におねだりしてみれば~?」

「「「おねがぁ~い、ルシアおね~ちゃん☆」」」

「よおぉし、すぐ作ろう! トルベック棟梁! 二週間ほどここに泊まり込むのだ!」

「い、いいや、む、むむ、無理ッスよ!?」

「「「私たちが優しく接待してあげるから~☆」」」

「も、もっと無理ッス!」


 美人人魚たちのお誘いを、背を向けて断るウーマロ。

 会場にいた男たちから殺気のこもった視線を向けられている。

 ……が、ウーマロがそんなオイシイ境遇になることはないんだよ。病が完治しない限りは。


「魔女さん! マジ綺麗だったっす!」

「俺たち、魔女さんの味方っす!」

「あ、あり、がと……ね?」

「「この次は絶対勝ってくださいね! もっと応援しますんで!」」

「いや、あの……お芝居だから、ね?」


 パウラが、なんか熱い男たちに囲まれている。

 魔女チームもちょっと魅力的に見えるように演出を盛っておいたからな。

 なかでも、セクシーな魔女の使い(ノーマ)と、天然可愛い魔女の使い(ギルベルタ)のコンビとのやり取りでは、会場が笑いの渦に包まれていた。

 あれで男性ファンの心を鷲掴みにしたらしい。


「あぁ……アルファさんに踏まれたい!」

「いいや、ベータちゃんを養いたい!」


 魔女の使いAをアルファ、魔女の使いBをベータと呼ぶんじゃねぇよ。

 そんな名前付けてないから。


 ――で。


「「「きゃ~! 王子様~!」」」

「あはは、ありがとう、レディたち☆」

「「「きゃ~!」」」


 またナタリアが女子人気を掻っ攫ってる。

 あいつ、館に帰ったらここぞとばかりにシェイラに自慢しそうだな。


 ま、するだろうな。


 そこら辺の反応は紙芝居の時と同じで、今回も成功だったんだなと安心できる。


「はぁ……間違えずに出来たよ」

「お疲れ様、オルキオしゃん」

「それにしても、すごかったねシラぴょんの人形さばき。本当に生きているみたいだったよ」

「うふふ。三十五区に来る度にお手伝いに来ようかしら?」


 オルキオ夫婦も充実感をその顔に滲ませている。



 演者も観客も、みんなが笑顔で人形劇の成功を喜んでいる。



 ……あの一角だけを除いて。


「く、くく、悔しくなどありませんわ! ウチの紙芝居は、も、もっと素晴らしいものになりますもの!」

「ほほぅ。今の傑作を超えられるものが、他にあると。はっはっはっ! これは見物ですなぁ!」

「うぐぐ……っ。い、今のは四十二区の演者が素晴らしかったのですわ! 貴方方が引き継いだ瞬間陳腐な出し物になるでしょうね!」

「実績がないのはそちらも一緒であろう!? なんなら、今後の上演をかけて勝負をしてみるか!?」

「あらあら、面白いことをおっしゃいますこと! よろしいのかしら? 折角の人形劇をみすみす手放してしまっても!」

「ふん! そなたらが縋る紙芝居とやらが封印されて、それで仕舞いだ!」

「貴様ぁ! 八つ裂きにして差し上げますわ、イィィイーガレス!」

「返り討ちにしてくれるぞ、ベッカァァアアー!」

「使用許可取り下げんぞテメェら」

「「申し訳ありません。仲良くしますので、どうかご容赦を」」


 俺が出て行くと、イーガレスとカロリーネが揃って頭を下げる。

 いがみ合うなっつってんのに、潰し合ってどうすんだよ!


「いや、しかし、あまりにも素晴らしくてな。人形劇という先ほどの出し物を、我らイーガレス家に任せてくださるのであろう? ルシア嬢の手紙にはそう書かれておったぞ!」

「こっちが出す条件を飲んでくれたらな」

「飲もうとも! ワタシは、是が非でもこの人形劇というものをやってみたい!」

「ワタシもです、父上! 共に喝采を浴びましょう!」


 あっさりと条件飲むとか抜かしやがったな、こいつら。

 貴族って、もっと『精霊の審判』に慎重なもんだと思ってたんだが……


 ルシアを見ると、なんとも言い難い表情をしていた。

 あぁ、昔からこういう連中なんだな。


「……確かに、人形劇は素晴らしいものでしたわね……」

「お気を確かに、お母様。まだ負けたわけではありませんわ」

「お姉様のおっしゃるとおりです、お母様。紙芝居には、まだ可能性が残されておりますわ」

「そうね! あのサイズであれだけの迫力ですもの、大型にすれば、人形劇に負けない素晴らしいものになるわね」

「それに、人形劇には表現できない顔の表情や細かい演出が、紙芝居であれば可能です!」

「すぐに腕のいい画家を探しましょう。それで、勝負は決まりますわ!」


 こっちはこっちで、対抗心燃やしまくりだな。

 仲直りしに来たんじゃねぇのかよ……ったく。


「お前ら、もしかして、紙芝居や人形劇があれば、それで客が呼べるなんて思ってるんじゃないだろうな?」

「呼べるのであろう? そして、今のような喝采を浴びられるのだ!」

「紙芝居は素晴らしいものですもの。劇場さえ出来てしまえば連日大賑わいですわ」

「甘い!」


 そんな、他人から授けられた『チカラ』で簡単に日常が変えられると思うな!

 その厳しい現実を、お前たちに見せつけてやる。


「よぉく見ておけ。お前らは他人を蹴落とすことなんか考えているヒマなんぞないほどに、自分磨きをしなければいけないという現実を!」


 言って、俺は一人で舞台に上がる。


 紙芝居の絵も、人形劇の人形もない。

 俺一人が舞台の真ん中に立つ。


「ちょっといいか!? 折角多くの人がいるので、ここでひとつ、もう少しだけ俺が話をさせてもらいたい。絵も人形も何もない。ただ俺一人がしゃべるだけの出し物だが、どうか最後まで楽しんでいってもらいたい」


 言って、その場に正座をする。


「え~、毎度バカバカしい噺を一席――」


 そこから俺は、二十分ほど一人で話し続けた。

 古典的な落語の中から江戸を知らない者たちにも分かりやすい話を選んで、誰にでも分かるようにちょっと改変をして、たっぷりと、これでもかと『技』を仕込んで、時にはくすりと、時には大爆笑を誘いながら一本の落語を話し切った。


「それで、この赤子はいくつだい? ――えっ、今朝生まれたところ!? いや、それはお若く見える。まるで、まだ生まれてないみたいだ」


 オチを言って頭を下げれば、先ほどの人形劇以上の大喝采が沸き起った。


『子褒め』という古典落語なのだが、まぁざっくりと言えば「え、お若く見えますね」と褒めて酒を奢ってもらおうとした男が、生まれたばかりの赤子を無理やり褒めようとして「お若く見えますね」と言ってしまうという滑稽話だ。


 これなら、この街の連中にも難なく受け入れられるだろうと思ったが、案の定うまくいった。

 噺が終わっても、観客席の客が互いに印象に残ったシーンやセリフを言い合って笑っている。


 マネして面白い。

 反芻して面白い。

 思い出して面白い。


 面白い噺ってのは、そうやっていつまでもいつまでも笑いの余韻が続くものだ。


 この余韻は感動でも爽快感でも同じだ。


 本当に面白いモノは、いつまでも触れた者の心に残り続ける。



 それを為し得るのは、優れた脚本と優れた演出。

 そして、優れた演技力。

 三位一体となって始めて生み出される。


 優れた脚本と演出を手に入れても、本物の感動を与えるには、お前たちには不足しているものがあるぜ。


 ナタリアたちは、見ている者たちに感動を与えようと真剣に取り組んでいた。

 その上で、自分たちが楽しむことも忘れなかった。


 会場にいる客を楽しませるために、自分たちが最高に楽しんでみせる。



 そんなサービス精神を、お前たちは発揮できるのか?

 なぁ?

 誰に勝ちてぇんだ、どこぞより優れてるだ、マウントを取ることに必死になってる、そこのお前らよ。


 そんな思いを込めて視線を向けると、連中は揃って視線を逸らしやがった。



 舞台を降り、イーガレスとベッカーが座る席へと向かう。


「イラストと人形がなくとも、観客を沸かせることは出来る。逆に言えば、イラストと人形があろうが、技術がなければ観客を満足させることは出来ない」


 簡単に手にしたもので万事解決――なんて都合のいい話はそうそうない。


「本気で協力する気があるなら、その技術を教えてやる。だが、これ以上くだらないいがみ合いを続けるのであれば、俺はもう協力しない」


 イーガレスは、水路を通すためにこちら側に置いておきたかったのだが……港の再開発は領主がいれば着手できる。

 こいつらのいがみ合いでいちいち話がこじれるのなら、こいつら抜きで再開発した方が手っ取り早い。

 水路は迂回できるし、恋人岬もただ変わった形の灯台岬として置いておけばいい。


「テメェらの区の領主に協力する気があるのか、それとも、領主のコネを利用してテメェらが甘い汁を啜りたいだけなのか――どっちなのかはっきりさせてもらおうか?」


 エステラもルシアも忙しいんでな。

 これ以上面倒を起こすようなら、一介の貴族ごとき切り捨ててしまえばいい。


「協力、させていただきます……」

「アタクシたちも……同じですわ」


 どうやら俺は、ちょっと本気でイラッとしてしまったらしい。

 なんか俺からただならぬ『ナニカ』が放出されたみたいで、イーガレスとカロリーネが青い顔で俯いてしまった。


 ま、これで少しはこっちの話を聞いてくれるようになればいいんだけどな。






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