報労記47話 ライバル貴族 -1-

「ありえませんわ……だって、以前会った時はもっと……でも、実際……どうなっていますの!?」


 アルシノエの変貌ぶりに狼狽するロリーネ。

 その視線は、度々乳へと向いている。

 いいなぁ、あんなにガン見しても怒られないなんて。


 そうか、同じ頻度でなら怒られないかも!


「あんまり見ないでなのわ、カタクチイワシ様!」


 怒られた!?

 俺だけ!?


「カタクチイワシ……?」


 と、謎の呼び名で呼ばれた俺を見て、ロリーネがはっと息を飲む。


「そうですわ! これまでそこになかった素晴らしいものが誕生した時、そこにはあの方がいるのだと領主様がおっしゃってましたわ!」


 ズカズカズカと、ロリーネが俺へ近付いてくる。


「彼女を変えたのは、あなたですのね?」

「まぁ、俺が髪とメイクをやってやったのは間違いないが、お前が指さしてる先にあるのは、エステラの功績だ」


 めっちゃおっぱい指さしてるもんな、お前。

 よし、俺も便乗して――


「指差さないでのわ!」


 また俺だけ怒られた!?

 なんて理不尽マシーン!?

 理不尽製造機か!?


「微笑みの領主様! 是非我が三十七区をお救いくださいまし!」

「いや、ロリーネ。君は確実に個人的な望みを口にしているよね!?」


 ここに来て、まさかのエステラが豊胸の伝道師扱いだ。

 自分には効果がない、最高ランクの技術を有するおっぱい術士。


「それに、ボクはこの技術をあまり広めたくない!」


 対比効果で自分が小さく見えちゃうもんな。


「安心しろ、エステラ。痩せ過ぎているそいつには、寄せてくる肉は存在しない」


 ロリーネは、母娘揃ってそうなのだが、いささか痩せ過ぎなのだ。

 そのせいか、こいつには寄せてくるようなおっぱいの欠片は存在しない。

 おそらく、無理に太ったところで、それらは贅肉となるだけでおっぱいの欠片にはなり得ない。


 俺の神眼が告げている――



 ロリーネのおっぱいはDカップであると!



「足しても引いてもDだ!」

「ま、ドンマイだよ、ロリーネ」

「なぜエステラ様は同類を見るような若干の上から目線でDカップを励ましているのでしょうか……?」


 ナタリアが理解できないと言うように眉根を寄せる。

 寄せてあげるブーストが効かない仲間と言いたいのだろうが、ロリーネはブーストしなくてもDカップなんだよなぁ。


 まぁ、自分だけがブースト不全じゃないってのが、微かに嬉しいんだろうなとは思うけども。


「それよりも、君は髪型とメイクを少し変えるだけでもうワンランク美しくなれると思うよ」

「そうですの?」

「あぁ。ヤシロのメイクならね」

「では、ヤシロ様、お願い致しますわ!」

「今日はそんな時間ねぇんだよ」


 どうしてもしてほしいなら、お前も後日四十二区へ来やがれ。


「ただし、港の再開発に積極的に協力することを対価とする。パキスもだ」


 いちいちしょーもないことでいがみ合ってこっちの手間を増やさないことを条件にするなら、一回のメイクくらいはしてやってもいい。


「つまり、そちらのご家族と衝突するなと、そうおっしゃるのですわね?」

「ふん! 向こうが突っ掛かってくるから、降りかかる火の粉を払っているだけで、こちらとしては相手をしてやるつもりもないのだがね」

「あ~ら、そのようなことをおっしゃっていられるのも今のうちですわよ? 我が家が取り仕切ることになった紙芝居の素晴らしさを知れば、きっと泣いて教えを乞うことになりますわ」

「生憎と、それ以上に素晴らしいものをこれから見せてもらうことになっておるのでな。あぁ、そうだ。よければ貴女方も見て行かれますかな? そのご自慢の紙芝居とかいうものがみすぼらしく見えてしまう可能性もないではないですが」

「あ゛ぁ゛っ!?」

「お゛ぉ゛ん!?」

「よし、お前らは四十二区立ち入り禁止だ」

「共に港の再開発を成功させましょう」

「あぁ、素晴らしい港にするのだ!」


 固い握手を交わすパキスとロリーネ。

 こいつらは長男と長女で、どっちも次期当主だから余計に負けられないって気持ちが強いんだろうな。


 どうしたもんかねぇ、まったく。


「あなたが、ベッカー家次女のリーネ様ですね。お初にお目にかかります」

「初めましてですわ、イーガレス家次男のタキス様」


 いがみ合う兄と姉の裏で、弟と妹は優雅に挨拶を交わす。

 いっそ、こいつらを次期当主にしてやろうか? 裏から手を回して。


「今日はお日柄もよく、ワタシはとても可愛いと思いませんか?」

「まったく、気持ちのいい青空ですし、アタクシの可愛さが際立っておりますわね」


 うん。

 こいつらもきっと仲良くはなれないな。

 まぁ、相手を攻撃しないだけマシか。……単に自分にしか興味がない者同士なのかもしれんが。


「エステラ。もういいからさっさと人形劇を始めよう」

「そうだね。両家が衝突するようなら、領主から注意をしてもらうことにしよう」

「ふむ。三十七区か……負ける気がせんな」

「張り合っちゃダメなんだよ~、ルシア姉☆ ちょこ~っとアホになっちゃったのかな~?」


 ベッカーの態度にイラッとしてんだろうな、ルシアも。


「マグダ、ロレッタ、カンパニュラ」

「「はい」です」

「……うぃ」

「こいつらを観客席へ案内してやってくれ」

「「はい」です」

「……うぃ」


 ……マグダのあの返事、マイブームなのかな?


「ジネットとミリィはあいつらに飴をやってくれ」

「はい」

「ぁのね、てんとうむしさん。子供たちにも、配ってあげても、ぃいかな? なんかもう、待ちきれないみたい、だから」


 見れば、俺たちの到着をずっと待っていたのであろうガキとその親たちが、期待に胸が膨れ上がりきった表情でこちらを見ていた。


 待たせ過ぎたか。


「じゃ、向こうの対応を頼めるか」

「ぅん」

「では、飴を配って、席へ誘導しますね」


 マグダたちが貴族一同を席に案内した後、ジネットが待っていた一般客たちを座席へと誘導する。

 その際に、一人に一本ずつ飴を渡して。


「じゃ、ボクたちもイーガレスたちと一緒に見てくるよ」

「あぁ。三十七区の領主に言ったように、これから自分たちがやる事業だと思って、そういう目線で見るように……一応言っといてくれ」

「うん。一応言っておくよ。一応ね」


 ま、聞きゃしないだろうけどな。

 三十七区領主も、紙芝居にのめり込んでいたし。


 楽しんでくれりゃ、人形劇が如何に有用か理解するだろう。

 それをお前らに任せてやるから敷地内に水路を作らせろ――で、話は通るはずだ。


「いっちょ、全力で取り組むか」


 エステラたちを見送り、俺は舞台裏へと向かう。

 今回、俺の出番はないが、舞台裏で役者の動きや出捌けを管理して細かく指示を出す。

 マーシャの歌や演奏もあるし、ぶっつけでやるのは危険過ぎるからな。


「みんな、準備は出来てるか?」

「ばっちりだよ!」


 人形の動きを練習していたネフェリーとパウラに迎えられる。

 舞台裏には、演者が揃っていた。


「マリン主任たちも、しっかり頼むぞ」

「は~い☆」

「任せてください☆」

「伴奏はばっちり☆」

「デラックスに決めちゃいま~す☆」


 デラックスには決めなくていいよ。

 マーシャの歌に合わせて伴奏する寿司職人の四人魚も、舞台裏にすでにスタンバイしている。


「お待たせ致しました」

「がおーっと、登場、出演者の私は」


 エステラたちが客席に座るまで付き添ったナタリアとギルベルタが遅れてやって来る。

 ……いや、ギルベルタ。今回は鬼役じゃないから。

 まぁ、魔女の使いB役だから、そんな感じでもいいけども。


「私の美声を、披露してあげよ~☆」

「なんであたいまでこっちなんだよ? ギルベルタが押してきゃいいのに」

「ギルベルタは自分の役で忙しいからね~」


 デリアを水槽係につけて、人魚の歌声役のマーシャもやって来る。


 今回演じるのは、オールブルーム版人魚姫。

 その魔女は海に住む邪悪な魔龍。そこの部下も魔獣だ。


「はぁ……緊張するなぁ」

「大丈夫よ、オルキオしゃん。きっとうまくいくわ。私もそばにいますから、ね?」

「シラぴょん。あぁ、ありがとうね」


 海の王トリトン役は、人形操作がシラハで声がオルキオだ。

 シラハは落ち着いているが、オルキオは緊張しているようだ。

 しょーがねぇな。


「オルキオ。そう言う時は手のひらに『乳』と書いて揉むと落ち着くぞ」

「ヤシロ。よく知らないけどさ……絶対違うよね?」

「私も違うと思う」

「違うに決まってるさね」


 女子たちから指摘が入る。

 だが、『人』と書いて飲み込むよりも効果があるんだぞ?

 実体験に基づく確かなデータがそれを証明している!


「初耳だけれど、とりあえず遠慮しておくよ。若いお嬢さんも多いからね」


 柔和な笑みを浮かべ「でも、ありがとうね」とオルキオが礼を寄越してくる。

 変な緊張は抜けたようだ。

 ま、計画通りだということにしておこう。


「それじゃ、始めるか」

「うん!」


 やる気十分な主演、ネフェリー。

 おぉっと、そうだった。

 この芝居の責任者から一言もらわないとな。


「ナタリア監督。何か一言頼めるか?」

「私はみなさんと練習をする中、一つの確信を得ました。みなさんは最高の演者です。みなさんならきっと大丈夫。練習の通りにやって、見ているお客様すべてに笑顔をプレゼント致しましょう!」

「「「はい!」」」


 演者が揃って返事をし、人形劇『人魚姫』が始まった。


 船上での猛特訓が功を奏し、初演とは思えない完成度と一体感を見せつけた『人魚姫』は、見る者の心を鷲掴みにして、割れんばかりの拍手と共に無事終幕を迎えた。






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