報労記46話 救国の -4-

「おぉお!?」


 イーガレス一家を引き連れて港へ戻ると、こちらと向こう、双方から驚きの声が上がった。


「あの美しい令嬢は誰だ!?」

「ウーマロ、張り切ったなぁ!?」


 普段着のエステラやルシアと並び現れた、二人に負けず劣らない貴族令嬢。

 アルシノエに注がれる視線はみな好意的なもので、羨望やトキメキのようなものも多分に含まれていた。


 まぁ、エステラとルシアが完全武装したら、さすがに太刀打ちできないだろうが、今日のような気楽なメイクの時であれば見劣りすることはないだろう。

 そこそこ可愛いしな、アルシノエのタヌキ顔。


「……でかいっ!」


 あぁ、そうだったそうだった。

 その部分に関しては、どんなに完全武装しようが、この領主二人じゃ歯が立たないか。

 圧勝だな、アルシノエ。おめでとう。


「あ、あの……なんか、みんながワタシのこと見てくるのわ……へ、変なのわ?」


 俺の背に隠れるように体を丸め、服の裾をきゅっと握ってくるアルシノエ。


「美人が現れて驚いてるんだよ。もっと胸張って堂々としてろ」

「び、美人……なのわ? ワタシが、なのわ?」

「そーそー、なのわ、なのわ」

「ホントなのわ!?」

「なのわだから……、行ってこい!」


 アルシノエの背を押し、群衆の前へと突き飛ばす。

 ふらふらとよろけながらも、貴族らしく背を伸ばして立つアルシノエは、誰が見ても美しく、愛らしい女性だった。


「えっと…………あの……ワタシ……は」


 がちがちに緊張しているアルシノエ。

 どうしたもんかと思っていると、群衆の中に陽だまり亭一行を見つけた。


「ロレッタ」


 ロレッタとアイコンタクトを計り、合図を送る。

『盛り上げろ』と。


「むはあぁあ! なんですか、この綺麗なお嬢さんは!? ふわふわの髪がとってもチャーミングで、女のあたしから見ても胸がキュンキュンしちゃう可愛らしさです!」

「……うむ。なかなかやりおる」

「本当に、可愛い方ですね」


 ロレッタが大手を振り、マグダが腕を組んで一度こくりと頷き、ジネットがにっこりと笑みを浮かべる。

 その声に賛同する者たちが、アルシノエに好意的な視線を向け、ぱらぱらと手を振る者たちが現れる。

 アイドルとか見ると、ついつい手を振っちゃうのは、この世界でも同じなのかねぇ。


「あの方は、イーガレス家のアルシノエ様ですね」


 そんな中、カンパニュラが発した言葉に辺りがざわつく。


「言われてみれば、確かに……」

「え、あのぼさぼさ頭の令嬢の……?」

「見違えた……」


 なんて言葉が漏れ聞こえてくる。

 一応、有名ではあったんだな。


「カンパニュラさんは、あの方をご存じなんですか?」

「はい。とても気さくな方で、子供たちに優しくお話を聞かせてくださるお姉様です。私も以前、一度だけご挨拶させていただいたことがあります」


 カンパニュラフィルターを通すと、誰でも聖人君子になるよなぁ。

 子供たちに優しくお話をって、イーガレスナイズされた武勇伝自慢じゃないのか?

 アルシノエがどんな話をしていたのかは、知らんけども。


「ワ、ワタシ……そんなにいい印象持たれてたのわ?」


 カンパニュラの言葉に、ネガティブに凝り固まっていたアルシノエの心がほぐれていくのが分かった。


 アルシノエは自分に向けられる好意的な視線を全身で感じるように、ぐるりと観衆を見渡す。

 そして、俺の方へ一度視線を向け、嬉しそうにはにかんだ。

 喜びと照れが入り混じった、とても素直な笑み。


 うん。その顔は、素直に可愛いぞ。


「みんな、ありがとなのわ!」


 アルシノエが大きな声を上げ、観衆に大きく手を振り返す。

 すると観衆も手を振り返し、場は一気に盛り上がる。


「みんなは手を振る、ワタシはビューティフル、なのわ!」


 ……うん。その病気は、早めに治しとこうか。


「やぁ、諸君! この時間なら、諸君は昼飯前かな? けどワタシは男前さ!」

「妹が注目を集めたからって張り合うな、パキス」

「えーっと、えーっと、ベリーキュート! タキスです!」

「まとめて縛り上げるぞ、オモシロ兄弟」


 売れない若手芸人か、お前らは。


「この港はあのころと変わらないな。いやなに、アレはワタシが十七の頃――」

「ここぞとばかりに関係ない武勇伝をぶっ込もうとしてんじゃねぇよ、イーガレス!」


 当主は当主らしく、どしっと構えてろ!


「あら、なんだか美味しそうな匂いなのわ」

「もうちょっと協調性持って、マダーム!」


 ふらふらと群れから離れていくエカテリーニを連れ戻す。


「今からここで面白いもの見せるから!」

「それは、ベッカーのババアが自慢していた紙芝居というものよりも面白いものであろうな!?」


 あぁ、もう!

 やっぱイーガレスも敵対心持ってるのか!

 これから協力して盛り上げていくんだから、しょーもない反発すんじゃねぇぞ!


「面白いかどうかは、その目で確かめろ」

「期待してよいぞ、イーガレス」


 投げやりな回答をした俺に続き、ルシアが自信たっぷりに答える。


「私が見る限り、紙芝居には引けを取らぬ面白さであった」


 そんな声に、満足そうに頷くイーガレス。

 だが、それに反発するように声を上げた者たちが開いた。


「聞き捨てなりませんわ!」

「そうですわ!」

「ですわ!」


 ずらっと現れたのは、三十七区で灯台守をしているベッカー家、当主カロリーネと、その娘ロリーネとリーネ。

 ……なんでいるんだよ?

 絶対こじれるから日を置いて会いに来いって言ったのに。


「これから共に港を盛り上げていかねばならぬという時期にもかかわらず、まるでケンカを吹っ掛けるようないささか無礼な内容を手紙に書いてしまったため、わざわざこちらへ出向いて謝罪をしに来たのですわ」


 ひらひらした扇子を口元に当て、気まずそうにしながらも謝罪する意思を見せるカロリーネ。

 一応、三十五区との連携は必須だと理解したようだ。


「ですがまぁ、いかような努力をしようと、我が区の紙芝居には敵わないと思いますけれどもね!」

「めっちゃケンカ売りに来てんじゃねぇか!?」


 おい、今すぐ三十七区の領主を呼び付けろ!

 公開説教をしてやる!


「我が区で好き勝手はさせぬぞ、ベッカー」

「まったく、これだから野蛮な武勇伝しか寄る辺のない貴族は困りますわ……。港の発展のため、共に手を取る重要性を理解できていませんのね?」


 お前も絶対理解できてないけどな!?

 確実にマウント取りに来てるもんな!?


「カロリーネ」

「あら、ヤシロ様。ご機嫌麗しゅう」

「帰れ!」

「酷いですわ!? またお会いできると、密かに楽しみにしておりましたのに!」


 なんかねぇ、もう薄々分かってきたんだ。

 その区にいる貴族はその区の領主に影響を受けてるって。

 だから、お前は三十七区領主のように、俺から有益な情報をもらえると思って楽しみにしてただけだろ?

 寄生すんじゃねぇぞ。


「お母様」


 イーガレスと睨み合うカロリーネを諫めるように、娘のロリーネが母に駆け寄る。


「今日はイーガレス家と友好な関係を築くために遠路はるばるこの地まで来たんですのよ? 気持ちは分かりますけれど、今は感情をお抑えになって?」

「そうですわね」


 節々に、若干の棘というか毒というか、マウント取りたそうなワードが見え隠れしているが、ロリーネは友好関係の重要性を理解しているようだ。


「あっと、いけない、アタクシってば、三十七区に誕生した素っ晴らしい新名所『恋人岬』でのみ手に入る『チャレンジ成功証明書』を落としてしまいましたわ~。あぁ、待ってくださいまし、それを拾われては、まるで自慢しているように見えてしまいますわ、困ったこと」


 めっちゃマウント取りに来てるなぁ、この母娘!?

 もう帰れ!

 今すぐ帰れ!


「ルシア様……!」

「大丈夫だ。人形劇を見れば、あのよく囀る口も自然と閉じられよう…………目に余る無礼を悔いるのはもうしばし後だ」


 待て待て待て、ルシア!

 腹が立ったのは分かったが、お前はイーガレスを抑えるポジションで、対立を煽る方には向かうなよ!?


「……落としたのわ」


 ロリーネが落とした恋人岬のチャレンジ成功証明書をアルシノエが拾い上げる。

 すっげぇ、不服顔。というか、警戒してる顔か、あれは。

 まぁ、しょうがないか。

 過去に自分を笑った令嬢だもんな。

 屈辱と羨望を同時に抱いた相手の前じゃ、どんな顔をしていいか分からなくなるだろう。

 さっき群衆からの称賛を浴びてなきゃ、逃げ出していたかもしれない。


 アルシノエに差し出された証明書を、ロリーネが受け取る。


「ありがとうございますわ。あなた、たしかイーガレス家のご令嬢……の……」



 からーん、からんからんからん……



 せっかく受け取った証明書を、再度取り落とすロリーネ。

 その目は驚愕に見開かれ、変貌したアルシノエの顔を見つめている。


「アルシノエ……様、ですの?」

「え、……えぇ。そう、なのわ」

「う、美し…………くっ!」


 変貌したアルシノエを美しいと思い、口に出かけたところで、妙な敵愾心とプライドがそれを邪魔したようだ。

 とっさに視線を下げ、顔を逸らして言葉を飲み込む。

 だが、下げた視線の先には――



 ばぃ~ん!



 ――っと、張り出した見事なEカップが揺れていた。



「美しいですわ!」

「ホントなのわ!?」


 あぁ、これで、アルシノエのトラウマも解消されただろう、。

 ……つか、ロリーネ。


 お前はぶれないなぁ。






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