報労記48話 メンコの爆誕 -3-
「アッスント、このメンコ、原価はいくらになる?」
「そうですね、一番費用が掛かりそうな人件費を最大限おまけしていただけるものと信じて計算しますと……まぁ、一枚200~500Rbというところでしょうか」
「高い!」
「ですが、一枚一枚手書きですし」
「ベッコ」
「一枚当たり2Rb程度でよいでござるよ」
「いや、さすがに破格過ぎて、今後普及させる際に真似できませんよ!?」
お、さすがアッスント。
今後メンコは各区に広がっていくと予想して、方々にメンコ工場を作るつもりだな。
「大丈夫だ。安いメンコは版画印刷を使えばいい」
「版画印刷……情報紙発行会の技術ですね…………ふむ、では、彼らに最大限協力していただくとして……それでも、10Rbは欲しいですね。魔獣の革も、今は需要が低いので安く手に入りますが、そのうち価格も高騰していくでしょうし」
そこなんだよなぁ。
生き物の革を使うとなると、どうしても数を用意するのが大変になる。
やっぱ、早々に厚紙の量産体制を整えないとな。
「ゆくゆくは、複数の工房を設立して、工房ごとに作り方や絵柄に特色を持たせればいい。裏っ側に工房の焼き印かハンコを捺してな。人気が出た工房は一気に億万長者になれるかもしれねぇぞ」
たった30円のシールや20円のカードが、何百億円という利益を叩き出したのだ。
絵柄がハマれば、莫大な人気を得ることは想像に難くない。
そんな、メンコドリームを夢見ていろんな工房が乱立するかもしれんし、そうなれば巷にメンコは溢れる。
コレクターも増えるし、埋もれた物は数十年後にレアアイテムとしてお宝に化けるかもしれん。
日本でも、当時出回った『パッチもん』、つまり偽物がレアアイテムとして価格高騰なんて状況がままあるしな。
「原価を落として薄利多売を目論む工房や、芸術性を求めて高価な一点ものメンコを作る工房なんかが入り乱れてると面白いことになるだろうな」
「あぁ、メンコの世界は底が見えませんね! 実に恐ろしい! そして、実に興味深いです!」
ただまぁ、高価なメンコを作るのは勝手だが、基本は駄菓子屋に売ってる程度の安い値段にしておきたい。
「じゃあ、基本のメンコは一枚10Rbってことにしておこう」
先ほどアッスントは「原価が10Rb」と言っていたが、やっぱ駄菓子屋で売るなら100円程度がいいだろう。
印刷機がない分、少々割高になるのは仕方ないとして。
あとは企業努力で原価を抑えさせる。
「その価格で利益が出るようにやりくりさせて、売れる自信がある連中は高級志向で値段を上げさせればいい」
もっとも、ガキが買うのは値段が最優先となるだろうから、「10Rbの中から好きなのを選ぶ」って風習になると思うけどな。
高級志向を望むのは大人の方だ。
メインターゲットはあくまでガキども。そこにヒットしてこそ、後のブームを生み出すのだ。
「よっし! じゃあ、ベッコ。販売の準備を頼む」
「合点承知でござる!」
ベッコに指示を出し、メンコを裏返しにしてシャッフルさせる。
「アッスント、でっかいシート!」
「ご用意します」
地面に直置きでもいいんだが、これから金を払うって商品を手荒に扱うのはちょっとな。
なので、もったいないがデカいシートを購入して、そこにメンコを並べることにする。
ズラリと、七列五段あまり二枚。
ルシアとマーシャに1セットずつやり、俺らが三枚使ったから、残りが三十七枚になっちまったんだよな。
俺らが使用したヤツは中古品だし、もう商品にはならないだろう。ちょっと擦り傷も付いちまったしな。
じゃ、この三十七枚を売り切るか!
「一枚10Rb! メンコを買って大会に参加したいヤツはいるか!?」
「はい!」
勢いよく手を上げたのは、パキスだった。
お前かよ。
「それじゃ、表を見ずに好きな物を選べ。何が出るかは運任せだ」
「なるほど。では、ワタシは愛しのルシアを引き当てる!」
「……はずせ」
ルシア。
小声って、もっと聞こえないように発するものだと思うぞ。
めっちゃ耳に届いてたから、今。
「つーか、あいつはなんでルシアを呼び捨てにしてんだ?」
「幼いころより一緒に遊んでおった名残であろうな。あやつは父親に似て……え~っと……身分をあまり気にしないおおらかなところがあるのだ」
「それって、貴族として致命的欠陥じゃね?」
なんとか褒めようとするのは、友達がいなかった幼少期に遊んでもらった恩義からか?
そろそろ怒れよ。なぁ領主様よ。
「度が過ぎる無礼を許してんじゃねぇよ」
「貴様が言うか? すべての無礼を網羅する勢いで無礼を働いている貴様が」
「俺、敬語って、尊敬できる人にしか使いたくないんだよね」
「では、いつでも使うがよい。遠慮はいらぬぞ」
いつ尊敬できるような振る舞いをしたよ、お前が。
……なんだかんだと、ルシアも身内には甘いんだな。
領内の貴族やただの領民を身内にカウントしてる節があるから、何かと心配が尽きない。
あんま身内を増やすなよ。エステラみたいになるぞ。
「ぬわぁあ! 港湾労働者か! くそ、もう一回だ!」
欲しい物じゃなくてムキになる。
まんまとハマったな、パキス。
「んなっ!? また港湾労働者だと!? えぇい、もう一回だ! …………港湾労働者ぁ!?」
お前、引き強いなぁ~。
3ダブリとか、なかなかないぞ。
「えぇい、もう一回だ!」
「兄上、お小遣いは足りるのわ?」
「うぐっ…………すまない、アルシノエ。10Rb貸してはくれぬか?」
妹に
つーか、30Rbしか持ってないのか、貴族!?
なんかもう、ぎりぎりだな、おい!?
「エステラ」
「うん、そうだね。あとは子供たちに譲ってもらおうか」
金さえあれば買い占めかねない勢いのパキスを、エステラに止めてもらう。
呼び捨てに出来てしまうルシアより、微笑みの領主様の方が威光を発揮できるだろう。
「申し訳ないがパキスさん。子供たちにもチャンスを譲ってあげてくれないかい?」
「む……まぁ、そうか。そう、ですなぁ…………でも、ルシアがなぁ……」
「このメンコは、工場が整い次第、三十五区で発売されるはずですから、またその機会に」
言った後、「されるよね?」とこちらへ視線を向けてくるエステラ。
「どうなんだ?」とアッスントに視線を向ければ、「こちらの支部代表に聞いてください」と視線を誘導された。
「え? あ、あぁ~、それは、もちろん! えっと……いろいろと、準備が整えば……」
ルシアとエステラに続き、パキスまで熱中したメンコ。
その有用性をようやく実感し始めた行商ギルドこの辺支部の代表エドモンディオ。
心が追いつかない様子だが、メンコの販売に着手するつもりは出来たようだ。
「分かった。では、子供たちよ! メンコを手にし、ワタシに挑む勇気のある者はおるか!」
「「「「はーい!」」」」
いつおねだりしたのか、ガキどもは10Rbを握りしめた手を高々と突き上げた。
おぉ、完売確定。
若干足りないかもしれないな。
「それじゃあ、順番に、好きなヤツを選んでいくでござるよ」
「じゃあ、ぼくね~…………これ! やったぁ! 領主様だぁ!」
「譲ってくれ、お子よぉ!」
「やめぬか、パキスよ! 子供相手に大人げない!」
ルシアに叱責されるパキス。
だがまぁ、散々外した後、次のヤツがアタリを引くと、無性に悔しいよな。
分かるぞ。
分かるけど、取り上げようとしてんじゃねぇよ。
「残りあと、三十三枚だぞ~。急げ急げ~」
「「「次ぼく!」」」
「「「あたしー!」」」
俺が煽れば、ガキどもが一気に群がってきた。
中には、そこそこいい年齢の青年も複数人いる。
「海漁ギルドのギルド長! ギルド長様を我が手に!」
「アゲハチョウ人族の女の子、萌え! めっちゃ萌え!」
「ルシア様のメンコと添い寝をしたいいぃい!」
「「「とりあえず、くんかくんかしたい!」」」
……あぁ、こういう層って、こんなところにもいるんだな。
「そなたらは、列から出よ」
「「「領主様直々に購入禁止令!?」」」
いやいや、こういう層が買い支えてくれるんだぞ?
まぁ、自分のイラストと添い寝したいとか言われたらドン引きする気持ちは分からんではないが。
「これは……マズい」
わーわーと賑わうメンコ販売会場を眺め、エドモンディオが言葉を漏らす……
「一日も早く販売を再開させなければ、暴動が起こるレベルじゃないか!?」
「おや、ようやく気が付きましたか。でもどうします? あのメンコは、現状ヤシロさんとベッコさんのお二人にしか作れませんよ?」
「口利きを頼む! 特にあの黒髪の兄ちゃん、絶対一筋縄でいかない相手だろう!? お前の態度を見てりゃ分かるよ! 港の再開発、そっち主体で好きにしてくれていいから! アゴで使ってくれていいから! メンコの件、なんとか取り持ってくれ! いや、ください! お願いしますぅ!」
エドモンディオが壊れた。
「港の再開発はあなた方にも利のあることですので、交換条件にされましてもねぇ……とは思いますが、まぁ、いいでしょう。自由に開発できる状況は、ヤシロさんの望むことでもあるでしょうし……ねぇ、ヤシロさん?」
気持ちの悪い猫なで声で俺の名を呼ぶな。
お前が一番いい思いしてんじゃねぇかよ。
こりゃもう、外周区では敵なしだな、アッスント。
その方が、アッスント式の買い物が出来て、助かるっちゃ助かるけどな。
「領主様げっとぉおー!」
「いいなぁ、お子様めー!」
ガキどもに混ざって本気で騒ぐパキスを見て思う。
子供目線で騒げる貴族なら、駄菓子屋の運営もうまくやってくれるかもしれない。
と、なんとかポジティブに解釈してみたが……なにやってんだ、あのロン毛のアラサー。
年齢と身分を考えろってのに……
ルシアの婿候補って、ロクなのいねぇなぁ、マジで。
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