報労記46話 救国の -2-

「まったく……私がいざという時のために替えのブラジャーを持っていたからよかったようなものの……無茶ぶりが過ぎますよ、ヤシロ様」


「危うくノーブラで過ごす羽目になるところでした」と、少々怒って、ナタリアは息を吐く。


「いや、給仕長よ。何があると想定して替えのブラジャーなど持ち歩いておったのだ。使う機会などほぼないであろう?」

「ルシア様には理解できないかもしれませんが……大きな胸は揺れるのです。激しい動きをすればブラに負荷がかかってホックが壊れるということもあり得るのですよ、私、胸が大きいもので。理解の及ばないお話で申し訳ございませんけれども!」

「エステラが戻り次第、厳重に抗議してやるからな、ナーたん!」

「壊れる、私の下着も、フックが、稀に」

「向こう側に付くのではない、ギルベルタよ!」


 ギルベルタを抱きしめ、ナタリアから引き離すルシア。

 何をしようと、ギルベルタはもうナタリアの影響を受けまくってるよ。

 もし給仕の世界に流派があったとしたら、しっかりとオーウェン流の影響を受けてることだろう。


 で、そのエステラはというと、現在イーガレスの館の中で、アルシノエにブラジャーの正しい着け方の講師をしてもらっている。

 ――お、出てきたな。


「…………終わったよ」

「なんで、そんな絶望の淵を覗いたような顔してんだよ」

「ねぇ、ヤシロ……知ってる? ボクの技術、バストアップにめちゃくちゃ効果あるんだよ?」

「普段の話を聞く限り、絶対効果があると思ってお前に頼んだんだぞ」

「じゃあ、なんで自分には効果が出ないのさ!?」

「それはもう、呪いだとしか……」

「お母様めっ!」


 いつだったか、ウクリネスと仲良くなった後、四十二区の下着の改革をしたことがあった。

 もともと可愛いデザインの下着は存在したのだが、機能面ではまだまだ途上だった。

 そこで、寄せて上げるブラや、ワイヤー無しでも綺麗に胸を支えてくれるブラジャーの提案をしたのだ。


 その際、正しいブラジャーの着け方をウクリネスに教えたのだが……驚いたことに、その正しい着け方をエステラはすでに知っていた。

 確認のためやり方を聞いてみたら、見事に大正解だったのだ。


「ブラジャーは正しく着ければ、2カップほど大きくなる」


 胸の脂肪というのは、実は胸の周りに散ってしまっているものなのだ。

 脇腹や背中にぷにっと摘まめる部分があれば、そいつは胸の脂肪である可能性が高い。


 猫背の人間は、骨が変形して背骨が曲がってしまう。

 まっすぐ立っているつもりでも体が歪んでしまっているヤツは五万といる。

 座り方一つで体の骨は歪み、その影響で筋肉や内臓に影響が出てしまうことも。

 体の歪みが原因で、内臓を圧迫してしまうがために太りやすくなってしまうなんて事例まであるくらいだ。


 骨や筋肉、内臓ですら長期間『正しくない姿勢』を続けていると変形してしまう。

 それは脂肪も同じだ。


 本来はおっぱいとなるべき脂肪が、正しくない姿勢にさらされ続けた結果、胸以外の場所に散ってしまうのだ。


 寄せて上げるブラは、背中や脇腹の肉を『おっぱいに偽装して詰め込む』のではなく、『散り散りになったおっぱいを本来あるべき場所へ矯正してやる』下着なのだ。


 ポイントは、『横からぎゅっ!』ではなく、『右下から左上へ、左下から右上へ』というクロスの動きで脂肪を集めてくることだ。

 この時、上半身を45度ほど前に倒しておくのを忘れないように!


 おっぱいは重力に引き寄せられる!


 そう、重力=地球もおっぱいが大好きなのだ!

 だからこそ、そいつを利用するために前傾姿勢となり、自然と脂肪がおっぱいに集まるような体勢を取る。


 そして、2カップほど大きいブラジャーを身に着け、かぱかぱと余ってしまうカップの中に集めてきたおっぱいの破片たちを優しく優しく収めていく。

 おっぱいがカップの中に収まったら体を起こし、最後に肩紐を調整する。

 先端がつんっと上向くように。


「そうすれば、このように美しいバストラインが出来上がるのだ!」


 ばばーん! っと、再登場したアルシノエを指さす。


「あの……こんなことって……」


 胸元がよく分かるように服を着替えてきたアルシノエは、分かりやすく狼狽している。

 今まで自分の胸をCカップだと思っていたのだろう。

 実際、服の上から見た感じ、Cカップのブラを着けていたからな。

 一目見て分かったね。「あ、こいつ、サイズの合ってないブラ使ってるな」って。


 だからこそ、Eカップのナタリアのブラジャーが必要だったのだ!


「救国のブラジャー!」

「ヤシロ、うるさい」


 救国のブラジャーのポテンシャルを最大限引き出してきた功労者なのに、表情が優れないエステラ。

 何が気に入らないというのか。


「お前のバストアップスキルは一級品だな、エステラ☆」

「なのに、なんでボクには効果が出ないのさ!?」


 そこはほら、もう、ね?

 お母様にクレームの手紙でも出せばいいんじゃないかな?


「というか、四十二区の女子たちは新しい下着が出回る前から、ブラジャーの着け方が正しかったんだよなぁ。だから、ブラジャー改革が起こった後もサイズがほとんど変わってないんだ」

「それは、四十二区に獣人族が多かったからでしょうね。彼女たちの肉体は歪みや衰えというものが出にくいように思えます」


 なるほど。

 適当にブラジャーを着けていてもおっぱいが垂れたり散ったりしないのか。


「我々は、おっぱいマニアであるエステラ様の研究に付き合っておりましたので、どうすればバストラインが綺麗に見えるかという知識を持っておりました」

「ジネットも、エステラに聞いて知っていた可能性は高いな」

「おそらく、そうでしょうね。そして、エステラ様と……おそらくルシア様もですが……お二人は貴族令嬢の嗜みとして、余分な脂肪を蓄えない努力をされておりました……結果、寄せてくる脂肪がなかったのでしょう、ご愁傷様、ぷぷぷー!」

「ナタリアぁ!」

「ナーたんんんん!」


 領主が二人がかりで掴みかかるが、それをひらりひらりとかわして舞うナタリア。


 イメルダのバストアップも、下着の変化によるものじゃないかって?

 ……ふ、甘いな。

 散っていようと、俺は正確なバストサイズを目測できるのだ!

 故に、今回アルシノエに会った瞬間から「あ、こいつはEカップだな」と分かっていたのだよ! その時はCカップ相当の膨らみでCカップのブラをしていたけれども! 俺の中ではちゃんとEカップだったさ!


 つまり、イメルダは正真正銘バストアップに成功したのだ!

 えらい!

 イメルダ、えらい!


「つまり~、正しい着け方を知っていたエステラは~、下着を外すと2カップマイナスになるってこと~?☆」

「ならないよ!?」


 Aカップからの2カップダウンって……Aカップ→どフラット(永遠の0)→マイナスAカップ……マイナスAカップ!?

 Aカップはトップとアンダーの差が10cm……

 10cmのくぼみって、ちょっとしたペットボトルホルダーじゃねぇか!?


 エステラに叱られてケラケラ笑うマーシャ。

 言われてみれば、マーシャのホタテは乳肉をがっちりホールドするような形状じゃないのに、あのたわわな膨らみは重力に逆らうようにいっつもぷるんぷるんしてるなぁ。

 そっか、あれって獣人族の特殊な身体能力によるものなんだ。

 すげぇよ、獣人族!

 素晴らしいよ、獣人族!


「それで、カタクチイワシよ」


 マーシャのおっぱいをガン見してたら、ルシアにアゴを掴まれて「ぐきっ!」っと向きを変えられた。

 ……筋が……首の筋が…………


「アルシノエの胸を大きく見せて、何になるというのだ? 貴様が楽しいだけではないだろうな?」

「違うわい……」


 よく思い出してみろ。

 三十七区で出会ったベッカー家長女、ロリーネの特性を。


「あいつは自分よりおっぱいが大きい女性を無条件で『美しい』と思ってしまうヤツだぞ」

「……ぅぐぬっ。そうであったな」


 ロリーネの態度を思い出して頬を引きつらせるルシア。

 けれど、俺の目論見は理解したようで、「あの性格なら、今のアルシノエには何も言えまい」と納得していた。


「でまぁ、元凶のロリーネが認めてくれりゃ、アルシノエのネガティブシンキングも和らぐだろうなとは思うんだが……ヤツは今ここにいないからな」


 ロリーネを呼びつけて負けを認めさせれば、アルシノエは胸を張って外へ出られるだろう。

 が、今、ロリーネはいない。

 でも、今、外に連れ出したい。


 なので――


「もう一手間、俺が変身させてやるよ」



 自分で見てびっくりしちまうくらいに、綺麗に、華やかに、な。






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