報労記46話 救国の -1-
話をまとめ、イーガレス一家を連れて港へ向かおうとした時、それは突然起こった。
「イヤなのわ!」
長女の……え~っと…………なんだっけ……アルシノエ? が、門の手前で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「どうした?」
「お外には行きたくないのわ! お話ならここですればいいのわ!」
外への拒絶反応が凄まじい。
「まだ治っておらんかったのか、アルシノエの引きこもりは……」
はぁ……と、ルシアがため息を漏らす。
引きこもり?
こんなに元気で、ビューティフルとか言って腰を振ってた女が?
「久しぶりに会ってみれば、随分と元気が良さそうだったので、克服したものと思っておったのだがな……」
「申し訳ないのわ」
ルシアのため息に、母親のエカテリーニがすまなそうな顔をする。
「家にいる時は平気でも、外に出るのは怖いみたいなのわ。自分の容姿を笑われると思っているらしいのわ」
容姿を笑われる……か。
言われて、蹲るアルシノエを改めて見る。
髪は天然パーマなのか、ボサボサで、短く切られているせいで『ハタキ』みたいな髪型になっている。
毛の量を抑えようとでもしたのだろうが、見事に失敗してるな。外に向かって跳ねてるし。
が、まぁ、それはそういうものとしてみれば、別におかしな感じはしない。
俺なら、もうちょっとまとまったカットをしてやれるな~とは思うけども。
ちょっとクセの強い天然パーマだな、って感じだ。
男兄弟の方はアルシノエと違ってド直毛なんだよな。
兄パキスはさらさらヘアーを自慢するかのように肩まで届くようなロン毛にしているし、弟タキスは前髪を眉の上でぱっつんと切り揃え、おかっぱ頭にしている。
髪質の違いって、本人はやたらと気にしたりするんだよなぁ。天パで悩んでるヤツは多いだろう。
けれど、それ以外のパーツは悪くない、というかむしろ羨ましがられる部類に入るんじゃないか?
目元は優しくくりくりしていると言えるし、彫りは深くないが鼻筋も通っている。
決して誰かに笑われるような容姿ではない。
ちょっとふっくらしてる印象はあるけども。
というか、アルシノエは貴族令嬢だぞ?
「貴族の令嬢を、どこのどいつが笑うんだよ?」
「……ベッカーのわ」
……あいつかぁ。
まぁ、確かに、エステラやルシアに対しても若干の上から目線ではあったけども。
「たぶんそれ、先代の知名度で負けてることへの報復だと思うぞ」
「違うのわ! ベッカーがワタシを笑ったら、そばにいた令嬢たちも一緒になって笑ってたのわ!」
ん~……貴族間の繋がりとかは詳しくないからよく分からんが……
「貴族なんかそんなもんだろ?」
見栄と虚勢の張り合いをして、マウントを取り合うような人種だろうに。
いちいち気にしてたらキリがないんじゃないのか?
「貴族だけじゃなく、街の者たちもみんなそう思ってるのわ!」
こりゃ重症だな……
ちらりとルシアを見れば、なんとも言い難い表情をして頬を押さえる。
「それに関しては、私にも責任の一端があるのでな……」
短いため息を吐いて、指先で俺を呼ぶ。
「ちょいちょい」じゃねぇよ。
何を気易く呼びつけてんだ。
……まぁ、行くけど。
「アルシノエとは、幼いころから顔見知りでな。アレは私を姉のように慕いよく後ろをついてきていたのだ」
貴族が集う晩餐会などでは、ルシアを見つける度に嬉しそうに近寄ってきていたという。
だが、当時のルシアは領主の娘で、アルシノエは先代が有名なだけで現在は特筆すべきものがないただの一貴族。
当然、周りはルシアばかりを贔屓する。
「見え透いた世辞だが、周りの男たちは私にばかり美しいだ可愛らしいだという褒め言葉を寄越してな。そばにいるアルシノエには一瞥もくれなんだ」
丸分かりのお世辞と言えど、そのあからさまな対応の差は、思春期前後の少女にはつらいものだったのだろう。
ルシアは美しく、自分は大したことがない――美しくないと思い込んでしまった。
「実際、お前はガキのころから可愛らしかったんだろうな、どーせ」
「ぅぐ、うるさいっ! ……私のことはどうでもいいのだ、今は……戯けっ」
アルシノエ視点で考えれば、自分が見ても可愛いと思えるルシアが、その通りに周りから称賛を浴びていると、自分への評価も正当なものなのではないかと思ってしまっても不思議はない。
ルシアは可愛いから称賛される。
自分が可愛くないから無視される。
そんなことを思っちまったら、引きこもりたくもなるだろう。
「なので、ここ数年は会わないようにしていたのだ。……私のような年齢で独身だと、口説く方もより攻勢を強めるのでな。子供相手の世辞よりもより具体的な話が出てくる」
「具体的っていうと、美しい髪だとか、その瞳の輝きには幾億の宝石を散りばめようと敵うまいとか――」
「うにゅっ……!?」
「――省エネ省スペースのバストはとってもエコロジーとかか?」
「貴様、ぶち転がすぞ?」
怖っ!?
うっわ、ルシアって片手だけで指の骨鳴らせるんだ。
強そ~ぅ。
「とにかく、下手にアルシノエの自己否定癖を刺激せぬように距離を取っておったのだが……治っておらぬようだな、あの悪癖は」
「けど、『今日もワタシはビューティフル』って言ってたよな? ネガティブな人間には冗談でも出来ないぞ、あれは」
「うむ。私もそう思って、元気になったと思ったのだがな……」
「あれには理由があるのわ」
離れた俺たちのもとへ、再度エカテリーニが歩いてくる。
「気持ち悪いくらいにナルシストな息子二人に挟まれていると、アルシノエも変なスイッチが入って気持ち悪い方向へ思いっきり舵を切れるのわ。たぶん、なんか理解しがたい呪いかなんかが息子二人の体からにじみ出しているのに違いないのわ」
「さらっと酷ぇな、実の息子と娘に対して!?」
気持ち悪いとか呪いとか!
まぁ、気持ち悪いってところは否定しないけれども!
「アルシノエも、兄や弟のような強い心を見習えればいいんだけれどね」
「エステラ様が『さほどハンサムでもないのにハンサムと言い切れるあいつのメンタルすげぇー』とおっしゃっています」
「言ってないだろう、そんなことは!?」
「ですが、思われては、いますよね?」
「……ノーコメントで」
それは白状してるのと同じだぞ、エステラ。
けれどまぁ、兄貴と弟は、特に顔がいいってわけではないが物凄くポジティブというか、ナルシストというか、まぁ、肯定的だな。
「ちなみに、ルシア。パキスを外に連れ出すと大人しくなるなんてことは――」
「ない!」
ないかぁ、そっかぁ……
「しょうがない。港に行けないと何も始まらねぇしな」
人形劇の準備は港で行っている。
人も集まっている。
美味い物も港にある。
こいつらを強引にでも引っ張っていくしかない。
なら、この根を張ったように動かないネガティブ令嬢を、ポジティブ令嬢にしてやるしかないわけだ。
「幸いにして、ここにはエステラとナタリアがいる」
「え、ボク?」
「私に、何かお手伝いが出来ると?」
「お前らがいれば、アルシノエのネガティブの元凶をぶっ潰すことが出来る」
アルシノエが『笑われる』と言った相手――その筆頭として名が挙がったのはベッカー。
年齢的に長女のロリーネだろう。
「ロリーネが認めざるを得ない美少女に変身させてやってくれ」
「それを、ボクが?」
「あぁ。お前にしか出来ないことだぜ、エステラ」
俺の知る限り、お前以上に技術を持っているヤツはいない。
そしてナタリア。
こいつがいるからこそ、それが可能になる!
というわけで――
「ナタリア、ブラジャーを貸してくれ!」
それで、アルシノエは救われる!
そして、イーガレス一家を港に連れて行けば確実に交渉がうまくいく!
そうすれば、この場所に水路を通すことが出来、港に最高の噴水を作ることが出来るようになり、それをきっかけに人魚たちは人間への好感度を急上昇させて三十五区の港はこれまで以上に人魚の守りが強固になり、バオクリエアからの船団など撥ね除けてくれるに違いなく、ひいてはそれがこのオールブルーム全体の平和な未来へと繋がるのだ!
「つまり、お前が今身に着けているソレは、救国のブラジャーなのだ!」
俺の熱弁を聞き、ナタリアは静かに一つ頷く。
「分かりました――」
そして、すべてを理解したような瞳で俺を見つめ――ナイフを取り出した。
「――もう手遅れなのですね」
「ストーップ! ストップー!」
違う違う違う!
救国のブラジャーを使うのは俺じゃなくてアルシノエだから!
女子同士だったらブラジャーの貸し借りとかするでしょ!?
ねぇ!?
「とにかく、ブラジャーを貸しつつ話を聞いてくれ!」
「ヤシロ……君は口を開けば開くほどドツボにハマっている自覚を持つべきだよ」
「じゃあ、お前からも一言言ってやれよ!」
「滅びろ」
「俺にじゃねぇよ!? ナタリアに!」
まったくこちらの意図を理解しないポンコツ主従に、俺は一から十まで事細かに説明する羽目になった。
まったく、空気と行間を読めよなぁ……ぶつぶつ。
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