報労記45話 イーガレスという一族 -4-

「ナタリア、ギルベルタ。この後の流れをイーガレスたちに説明してきてくれ。港でベッカー家に見せたものよりすごいものを見せてやるって。ついでに、ジネットの美味いアップルパイもあるってよ」

「承知いたしました」

「任せてほしい、私に、やり遂げてみせる、このミッションを」


 給仕長二人に貴族の対応を任せ、ルシアともう少し内緒話をする。


「ルシア。イーガレスを抱き込んでおくと、お前も少しは楽が出来そうか?」

「そうだな……まぁ、味方は多い方がよい。イーガレス家では、いささか力不足ではあるが」

「そこは大丈夫だ。金が入ればおのずと権力も増す。金に釣られる連中も出てくるだろう」

「ふむ……それは、確かにそうか」


 港に劇場を作れば、イーガレスは間違いなく儲けられる。

 その儲けを生み出したルシアに味方するように言い含めておけば、領内の貴族どもを牽制することも出来るだろう。


「劇場の所有者はあくまでルシアにしておき、逆らえば使用できなくしてやればいい」

「演者のいない劇場など、持て余しそうではあるがな」

「そん時は、四十二区からいつものメンバーを派遣してやるよ。な、エステラ」

「まぁ、そんなことにならないのが一番だけど……困った時は力を貸しますよ」


 なので、今後一切ルシアはイーガレス家に譲歩してやる必要もないし、引けを取ることもない。


「もし金を得たことでトチ狂って『せがれを婿にしなければ協力しない』とか抜かしやがったら躊躇わず潰せ。ま、そうならないようにあらかじめ釘を刺しておくつもりではあるが」


 ルシアに協力すれば、欲しかったものがすべて手に入る。

 そう実感すれば、しょうもない駆け引きなどせずに全面的に協力してくれるだろう。


 今見た感じ、ここの一家はそういうタイプだ。


「おい、カタクチイワシ……婿の話は……どうでもよい」

「俺が気に入らねぇんだよ」

「なっ……!?」

「俺のプランに横槍を入れられたら、ブチ切れる自信がある」


 こんな儲け話をふいにしやがったら、それこそこの家を握り潰してやる。


「……迂闊なことを口にするな。戯け」


 別にヤキモチで言ってるわけじゃねぇっつーの。

 なにちょっと赤い顔してんだ、お前は。


「粗忽者」


 うるさいよ、エステラ。

 からかうような顔で脇腹小突いてくるんじゃねぇよ。


「話を戻すぞ」


 咳払いをして、今後やってみる価値がある案を挙げていく。


「エカテリーニがお菓子を作れるなら、飴作りを任せちまえばいいと思うんだが、どうだ?」

「ん? うむ……そう、だな……」

「不服か?」

「いや、飴作りは虫人族たちの仕事にしようと思っていたものでな」


 そういや、ルシアは三十五区の飴をネクター飴にするとか言ってたな。

 だから、虫人族に作らせたいのか。


「ちなみに、ネクター飴を販売することになるが、いいのか?」

「販売ではなく、人形劇を見た者へのプレゼントであろう?」


 あくまで、単体では売らないんだな。

 だが、ネクター飴に釣られて人形劇に客が殺到するのはいいのか?

 領主が一つの事業に肩入れすることになるんだが…………まぁ、港を盛り上げるための事業だからな。もとより領主が最大限協力することに変わりはないか。


「じゃあ、飴以外で何か食い物を劇場で売るようにするか……」

「待つのだ、カタクチイワシ。わざわざ菓子作りをさせずとも、収入面では問題なかろう。彼らには人形劇を任せ、その上水路のメンテナンスも委託するつもりだ。収入は自ずと増える」

「いや、メンテは土木ギルドにやらせてくれ」


 見た感じ、自分を曲げられそうにないタイプだからな。あのタイプの人間に一任するのは怖い。

「俺が大丈夫と言ったら大丈夫なのだ!」なんて謎理論でメンテを杜撰にされても困る。

 この先、技術を身に付けてメンテを担えるように修行するってんなら文句はないが、最初のうちは丸投げしても安心できる相手でなければ依頼は出来ない。

 俺が逐一確認に来るわけにもいかないからな。


「貴様の言い分は分かった。とはいえ、人形劇の収益だけで充分であろう?」


 まぁ、金銭的にはそれで問題ないだろうが……


「見たところ、エカテリーニは人をもてなすのが大層好きなんじゃないのか?」

「ふむ、そうであるな」

「それも、出来れば自分が作ったお菓子や、自分が選んで買ってきたお菓子を振る舞いたがるタイプだ」

「よく分かるな。実はどこかで会ったことがあるのではないか?」

「ねぇよ」


 けど、あの手のおばちゃんは大体そうなんだ。

 自分が好むものをあげて喜ばれたい。

 誰かに何かしたい。

 ジネットに似ているが、根本が違う。

 献身よりも独善寄りの感情に由来する。


 つまり、お菓子を振る舞って褒められたいのだ。



「このお菓子美味しいですわ!」

「そうでしょう(んん~、気持ちいい~!)」

「さすがエカテリーニ様の選んだお菓子ですわ!」

「あら、お上手だこと(もっと褒めて! もっと!)」(アドレナリン「ぶわぁ~!」)



 みたいな感じだ。


「敷地内に水路を作らせて、定期的に他人を敷地内に入れて検査させろって、かなり無茶な頼みをするわけだからな。家族全員が快くOKしてくれた方が、後々トラブルが起こりにくくなるだろう」


 当主は人形劇で称賛の声を浴びられると言えば釣れる。

 息子や娘も、誰にも褒められないからと自己肯定感を極端に高めているような人種なら、喝采を浴びさせてやることでこちらの思惑通りに動いてくれるだろう。


 だが、エカテリーニは違う。

 エカテリーニはもてなしたいのだ。舞台上で称賛や喝采を浴びるのと、もてなした相手に直接礼を言われるのとでは、まるで感動が違う。


 だから、エカテリーニも『旦那が喜ぶから』以外の、個人的に好ましい理由でこちらに好感を抱いてもらった方がいい。


「駄菓子屋の取りまとめでも任せてみるか?」


 イーガレスの館の周りには空き地が多い。

 そこに駄菓子屋でも建てて、ガキどもが集まれる場所にしてしまうのはどうだろうか。

 ガキが走り回っても安全な場所なら、集まって遊ぶにはもってこいだ。


「いくつかこっちで作れそうな駄菓子のレシピを考えておくから、それをエカテリーニに教えて、虫人族を雇って量産してもらう。それを売る店をあの辺の空き地に作って、虫人族に売り子を任せる。そうすりゃ、エカテリーニは自分が作った菓子をいろんなヤツに振る舞える。この近所でガキどもが駄菓子を食って喜んでるのを見りゃ嬉しいんじゃないか? ついでだ、さっき言ってたメンコでも作ってこの辺に広めてやれば、ガキどもがこぞってこの辺に遊びに来るだろう」

「待て待て待て!」


 次々湧き上がってくる案を口にしていたら、ルシアが俺を止めた。


「イーガレスは港で人形劇をやるのだ。もうこの辺りに子らを集める必要はない」


 ガキどもにわーきゃー言われたいイーガレスに水路の件を了承させるための取引材料として、ガキどもをここに集める――ってだけじゃねぇんだよ。


「領内全部のガキが毎日街門を出て港に行けるわけじゃないだろう?」


 港に劇場を作るとなれば、ルシアならエステラを真似して「港で買い物すれば通行料無料」とかやり始めるだろうが、それにしても毎日港へ遊びに行けるわけじゃない。

 小さいガキどもは親の付き添いなしに領外へ出ることは難しい。

 親だって、仕事があるから毎日ガキに付き添って港へ行くわけにもいかない。

 となると、港に行けないガキどもに不満が生まれる。


「港だけに注力して区内を蔑ろにした、なんて言われるとお前はまたヘコむんだろ?」

「……ぅぐ」

「なぁに、同時進行できる内容だ。改造する場所が二ヶ所に増えるだけでな」

「だけ、だと? ……倍増しておるではないか」


 だが、そうした方がお前は気が楽なんだろ?

 港も領内も、虫人族も人間も、大人も子供も、どれもこれも蔑ろにはしたくないって欲張り領主なんだからよ。

 手が回らずに落ち込むお前を、どれだけ見てきたと思ってんだ。

 もうそろそろお前の思考回路くらいお見通しだっつーの。


「ネクター飴がもらえると知れ渡れば、それを目当てに劇場へ行く貴族も増える。数を送り込んで飴を大量ゲットしようとするヤツが出るかもしれん」


 そうなれば、そこらのガキどもは締め出されて、人形劇が見られなくなるかもしれない。


「それを回避するには上演回数を増やすしかないが、イーガレス一家だけでは到底回しきれない」


 物理的に無理が生じる。

 体力も無限ではない。ケガや病気をするかもしれない。


「だから、先を見据えて劇団員を募集して育成する必要がある」


 だが、育成中の劇団員は金を生み出さない。

 それらを養ってやるのは貴族でも負担が大きい。


「そんな劇団員を菓子作りや売り子、近辺の警護要員として働かせてやれば、出演が決まった後でもシフトが組みやすくなるだろ?」


「舞台に出るので仕事休みます!」ってのは、舞台関係者以外から見れば迷惑極まりない言い分だ。

 だが、バイト先が舞台と提携している関係者なら、融通はつけやすい。


「そういう大きな組織の取りまとめをこの一家にやらせてやれ。新人俳優たちを監督指導するポジションなんて、イーガレスが大好きな立ち位置だろ?」


「こういう時はこう演技しろ!」「「「はい、先生!」」」とか、絶対好きじゃん、あのジジイ。


「それがうまく回るようになれば、港の劇場は安定するし、港に行けないガキどもは遊び場と安くて気軽に食える菓子が手に入るし、仕事にあぶれた虫人族たちの受け皿も出来るし、かつて賑やかだったこの辺を知るジジババも喜ぶんじゃねーの? 知らんけど」


 まぁ、やるやらないはルシアの気持ち次第だ。

 好きにすればいい。


「ついでに、領主に協力することで莫大な利益を手にする貴族が現れりゃ、他の貴族もそれに倣うだろうな。敵対するより協力をと」


 そう、そいつはまさに――


「エステラとお前たちみたいな関係だな」


 それが構築できれば、ちょっとやそっとでは揺るがない土台が形成できる。


「やっちまおうぜ。港に人魚が戻り、不穏な貴族を黙らせ味方に引き込み、お前が憂いなく好きなようにこの街を変えていける土台作りを」


 そうすりゃ、エステラはお前に守ってもらえるし、この街の虫人族は暮らしやすくなるし、経済が回れば行商ギルドからの横槍も撥ね退けやすくなる。


「ジネットがよく言ってるぞ。『一人分作るのも二人分作るのも変わらない』って。だから、一ヶ所改革すんのも二ヶ所改革すんのも変わらねぇよ」

「いや、それは大違いであろうが……まったく、貴様は」


 手で目元を蔽い、大きく息を吐く。

 少し俯いて、口を閉じ、沈黙する。


「……私は、港の件だけを頼んだつもりだったのだがな」

「仕方ないですよ。ヤシロはこういう男ですから」


 顔を背けるルシアの代わりとばかりに、エステラが俺の顔を覗き込んでくる。


「仲良しのピンチは、放っておけないんだよね。あっと、違った。その方が君にとって都合がいいんだったっけ?」

「やかましい。嬉しそうな顔すんな」


 俺が善意で人助けをするお人好しに見えるなら、今すぐ眼科に行ってこい。

 たぶん目が曇ってるから、目薬でももらってくるといい。


「噂に聞いたところによると、ここの領主様は、受けた恩はきっちりと返してくれるらしいからな」


 そうだったよな? うん?


「……ふん。貴様がどうしても助けたいというのであれば、自由に動けるように根回しをしておいてやる。感謝がしたいなら、いくらでもするがよいぞ」


 なんでお前が上から来てんだよ。……まったく。


「カタクチイワシ」

「ん?」

「……恩に着る」

「へーへー」


 お前にそんな顔されると調子が狂うからな。

 それに、船の上で言っちまったからな。まぁ、言わされたって方が正確だが――


 正直爺さんのそばに意地悪爺さんが潜んでいるなら、悪事を働かれる前に食い止めるってな。


 言っちまった以上は実行しないと、カエルにされちまう。

 まったくやれやれだ。






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