報労記45話 イーガレスという一族 -3-

 館から現れ、いきなり宣戦布告級の寒いギャグを飛ばしたロン毛の男。

 こいつがイーガレスの息子か。

 で、こいつがルシアに言い寄ってた領内の貴族か…………


「ルシア、どんまい」

「憐れむな! ……余計みじめになる」


 これにずっと絡まれてたとなると……気の毒さが計り知れないな。

 そりゃ話題も避けるし、酸っぱい顔にもなるわ。


 で、言うほどハンサムでもないしね。


 そんな自称ハンサムの長男は、なぜかやり切った顔で拳を握っている。

 どこに手応えを感じたんだよ、お前は


「こほん……よし。全員揃ったようだな」


 今の一連の大事故をなかったことにして、ルシアがイーガレスに声をかける。

 しかし長男は、ルシアのスルーにもめげず、満面の笑みでルシアの前へと駆けてくる。


「会いたかったよ、ルシア~! ようやく君にも、ワタシのよさが分かったようだね!」

「久しいな、パキス。一切、まったく、微塵も変わりがないようでうんざり……もとい、安心したぞ」


 ほぅ、一切変わりがないのか。

 そりゃうんざりもするわなぁ。


「そなたの耳にも届いておるとは思うが、こちらが四十二区の領主エステラと、その懐刀カタクチイワシだ」


 初対面の人間にカタクチイワシで紹介すんじゃねぇよ。

 いやしかし、この手の人間に名を覚えられるのはちょっと御免被りたいので、ちょっとだけナイス判断だルシア。ちょっとだけな。


「おぉ~、こちらの方があの! 聞き及んでおりますとも、微笑みの領主様、カタクチイワシ様!」

「えっと、エステラと呼んでいただけると――」

「おぉーっと、ワタシとしたことが、ご紹介が遅れてしまいましたね! 申し訳ない!」

「……くぅっ!」


 エステラ。学習しろって。

 その要望、通らないんだから。


「ワタシはこの家の長男にして次期党首、ハイパーぁぁぁぁナイスガイ・パキスと申します。以後お見知りおきを!」

「いやです」

「ナタリア! しっ!」


 あのな、エステラ。

「しっ!」って止め方は「気持ちは分かるけど口には出すな」って言ってるのと同じなんだぞ?

 叱り方、本当にそれでよかったのか?

 俺はいいと思うけど。


「ルシア。アレいくつだ?」

「今年で三十一だったはずだ」

「おぉう……三十路超え」


 もうちょっと、落ち着こうか?


「で、その向こうにいるのが長女と次男か?」

「そうだ。長女の名は――」

「それには及びませんのわ、ルシア様! 自己紹介くらい、自分で致しますのわ!」


 あちゃ~……

 さっさと済まそうとしたのに、食いついてきちゃったかぁ。

 で、しっかりと口調を引き継いでるのな、娘も。


「今日は雨が降る? それとも腰を振る? いいえ、今日もワタシはビューティフル! 長女のアルシノエなのわ!」

「あーゆーの、なんかやらなきゃ死ぬ病気か何かなのか?」

「目立ちたいのであろう…………なんか、すまぬ」


 ギルベルタの補足によれば、アルシノエは二十一歳らしい。

 えぇい、腰をくいくい振るんじゃない!

 フラダンスか!?


「そして、ワタシが――わーいわーい、か~わ~い~い! ……えっと、タキス、です……」

「おい、照れてんぞ、あいつ!?」

「あぁ、まぁ……タキスはまだ十一歳だからな。思い切れぬ部分もあるのだろう」

「じゃあやんなきゃいいのに!」

「やらねば死ぬ病気なのだ、おそらくな」


 不憫な一族!?

 つーか、子供らがちょうど十歳ずつ違うんだな。

 まさか、この他に一歳児いないだろうな?

 もう増やすなよ、こんな不憫な子供を!


 俺がうんざりしているというのに、エステラはタキスの挨拶を見て相好を崩している。


「タキス君だけは、なんかボク、許容できそう」

「ごめんなさい、微笑みの領主様。ワタシがあまりに可愛いから惚れちゃう気持ちは分かりますけど、ワタシはすでにルシア様をメロメロにしてしまっているので、微笑みの領主様とは付き合ってあげられないんです、ごめんなさい! 気持ちは分かるけど、ごめんなさい! 傷付けちゃってソーソーリー!」

「すまぬ、エステラ。幼くとも、ウザさはみな平等なのだ、この一家」

「……そのようですね」


 十一歳のガキんちょに、随分上から目線でフラれたな、エステラ。

 見てみろ。ナタリアが腹抱えて笑い転げてるぞ。


「ルシアさんは、この兄弟のどちらからもアプローチを?」

「……言うな。断り文句を使い果たしてもまだ伝わっておらぬようでな……放置することにしておるのだ」

「大変なんですね……領主って」

「そなたも、じきに味わうことになろう。……その時は、愚痴くらい聞いてやろう」

「ありがとうございます」


 なんか領主が二人で握手を交わしている。

 共感する部分があったんだろうなぁ。


「まったく、兄さんたちは強引過ぎるのわ。領主様方の気持ちも考えるのわ」


 自惚れなのかナルシストなのかただのバカなのか、あからさまな拒絶反応を示されてもノーダメージのパキスとタキスを押しのけ、アルシノエがルシアの前に立つ。


「兄さまたちは、ちょっと自己評価が高過ぎるのわ。なので、『このワタシがフラれることなどあり得ようはずもない』とか思っているのわ。だから――」

「あぁ、まぁ、悪気がないことは分かっておる。アルシノエが謝るようなことでは――」

「――我慢してなのわ」

「――謝るつもりは端から持ち合わせておらぬかったか、そうか」


 あの兄にしてこの妹ありだな。

 あんま敬われてないな、領主様よぉ。


「一言断りを入れといたから、きっともう大丈夫なのわ。全部許してくれるのわ」


 そんなわけねぇだろうが。


「無礼討ちしても文句出ねぇんじゃねぇの?」

「ふふ、確かにな」


 とか言いながらも、ルシアはどこか諦めたような顔で言う。


「癖は強いが、悪い者たちではないのだ。周りから認められぬが故に、自己肯定感を高めておるだけでな」

「それでお前が低く見られてちゃダメだろうが」

「あぁは言っておるが、実際私に何かを強要するようなことはない。……まぁ、昔馴染みの悪ガキがちょっかいをかけてきておる――そのような感じだ」


 それを甘んじて見過ごしてやる理由は……


「他の、もっと無理難題を押し付けてくる貴族どもに比べれば可愛いものであるし、この家の者たちはずっと、なんだかんだと我がスアレス家の味方であったからな」


 気に入らないからと潰してしまえば、他の貴族に付け入られるわけか。

 三十五区は、過去にオルキオの家が取り潰しに遭っているから、そういう事例には敏感なのかもしれん。


 自分たちが潰されそうになったら、結託して反旗を翻してくる可能性はある。

 まして、ルシアは女だ。

 どれほど気丈に振る舞っていても、武装した男たちが数で攻めてくれば抗いきれるものではない。


 ……三十五区ってのは、まだまだいろいろ問題がありそうだ。


「ちなみに、お前に脈がないと分かった時、あのアホ兄弟は反動でアンチになったりしないか?」

「それはないであろうな。あの兄弟はアルシノエを含めて皆まっすぐな性根をしておる。逆恨みで他人を陥れるような卑怯者ではない。おそらく、先代の頃より受け継がれておる、彼らの遺伝子がそうさせておるのだろう」


 自分の身が危険にさらされようと、迷わず人魚を助けに海へ飛び込んだ男。

 それと同じ血が流れ、同じ遺伝子を持つ一族、か。


「じゃあもし、お前が他の男と結婚しても、あいつらは味方でいてくれるか?」

「そ、それは……おそらく、そうで、あろう、な……まぁ、他の男などおらぬのだが……その男にもよるのではないか?」


 なぜ睨む。

 お前が結婚できるかどうかの話じゃなく、イーガレス家が好意的なのは、お前を嫁にと狙っている下心からじゃないのかという危惧から尋ねた質問だよ。


「儲けさせてやれば、お前の盾となって三十五区の平穏に貢献してくれると思うか?」

「それは疑いがない。事実、先代がお元気だったころは、街の治安維持に誰よりも協力的であったのだ」

「オルキオんとこよりもか?」

「BBDCは……裏のある一族であったからな」


 そうか。

 人がいいのはオルキオくらいで、それ以外の親族はオルキオを焼き討ちするようなメンタルだったっけ?

 治安維持の方法も、恫喝や脅迫だったのかもな。


「んじゃ、イーガレス家をヒーローにしてやるとするか」


 子供たちのヒーロー。

 そして、この街を守るヒーロー。


 そして――


 領主を守ってくれる、ヒーローにな。






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