報労記36話 それぞれの客室にて ヤシロ -2-

 コンコン、ガチャ――


「おぅ、ヤシロ。起きてるか?」

「のぉぉおおおおおろぉぉおおおおん!?」

「ぅおう!? なんだよ、急に!? びっくりするじゃねぇか!」


 突如現れ、俺の心臓を十分の一サイズに圧縮しやがった張本人、ハビエルが驚いたような顔をしている。

 こっちのセリフだ、「びっくりした」は!

 そして――


「こっちの顔だ、それは!」

「あぁ、悪い。何言ってんのかよく分かんねぇ」


 のそのそと、こちらの了承も得ずにハビエルが部屋へと入ってくる。


「急に出てくんなよ。死ぬかと思ったわ!」

「だから、ノックしたろうが」

「急にノックすんなよ! チビるかと思ったわ!」

「……ノックは大体急だろうが。外から『ノックするぞー』って声かけたら、それはそれでビビるんだろ?」


 分かってないなぁ、ハビエルは。


「部屋の前で急に音がするからびっくりするんだよ! それを回避するために、ゆっさゆさの巨乳美女でも連れてこいよ!」


 そしたら、音が近付いてくるのを察知できるから。


「こんな時間に、ワシが、男の部屋に行くためにレディを連れてくるなんて、無理に決まってるだろうが」

「無理なら自分に巨乳を生やせ!」

「それは、もっと無理だわ」


 努力をしようという気概さえ見えない!

 これだから、最近の若いモンは!


「まったく、なってない! 俺が若いころはなぁ……」

「そのころ、ワシはもうとっくに大人だったわい」


 ふっ、甘いな、ハビエル。

 確かに、今現在のこのセブンティーンボディのオオバヤシロしか知らないならば、そんな感想を持っても仕方がないだろう。

 だがな、俺はさらに二十年長く生きてるからな?

 精霊神だか地球の神だかの仕業で若返っているだけで、実年齢――いや、実質年齢で考えればハビエルよりも俺の方が………………若いな。

 ハビエル四十超えてるもんな。


「お前、オッサンだなぁ」

「やかましいわ! 改めてやかましいわ!」


 赤ら顔のオッサンがどかどか入ってきて、空いているベッドに腰かけようとして動きを止める。


「お前、何やってんだよ?」

「見て分からんか?」


 俺が座ってるベッドの向かい、未使用のベッドの上には布の山と、ここまでに出来たそっくりパペットが並んでいる。

 ジネットにマグダ、ロレッタにカンパニュラ、パウラ、ネフェリー、イメルダ、デリア。

 現在はノーマの制作に取り掛かっているところだ。


「一人が寂しくてお人形遊びか?」

「そんなわけないだろ?」


 まぁ、ジネットパペットに関しては、替えのパンツを含めて三種類のパンツを作り、着せ替えできる仕様にしているけれども!

 パペットが一通り完成したら、あとでこっそり着せ替えて遊ぼうと思ってはいた。

 思っていたことは事実だ。


 だが!


「これはな……幽霊対策だ……ぷるぷる」

「いや、まったく分かんねぇけど」


 ざらら……っと、雑ぅ~に布を端っこへ退かせて、テメェのデカいケツが収まるスペースを作り腰かける。

 あ~ぁ~、重たいオッサンが腰かけるから、マグダたちがハビエルの方に寄っていっちまってんじゃねぇか。

 丁寧に扱えよ。破れたり汚れたりしたら恨まれるぞ。


 ハビエルがどうしても座りたいようなので、完成品のパペットを回収してテーブルへと並べる。

 あ、イメルダだけハビエルに取られた。


「幽霊ってなんだよ? 出たのか?」

「出るわけねぇだろ、バカ、お前、バカ、幽霊なんかいるわけないんだから、え、まさか見えるの? ヤだ怖い!?」

「なんかパニくってるのはよく分かったから落ち着け。ワシも幽霊なんぞいないと思っている派だ」

「とか言いながら、嫁さんの怨念に怯えまくってんじゃねぇか」


 何度イメルダにそれでイジられたよ、お前?


「ウチのヤツはな、とても穏やかで優しく、物静かで温かい女だった。それと同時に、芯の強い聡明な人間でもあった。だからな……怨念の残し方とか化けて出る方法を編み出してワシを叱りに来るんじゃないかと思うと…………シャレにならないくらい怖くてな……」


 イメルダ人形を包み込むように持っている両手ががくがくぶるぶる震えている。

 そんな怖いなら、叱られるようなことをしなければいいだけなんだがなぁ。


「自重を覚えろ」

「お前がおっぱいを見てはしゃがなくなったら考えるよ」

「努力する気ゼロか!?」

「ってことは、お前も改善させる気はないってことだな」

「あのなぁ、長所を潰してどうする?」

「それを長所だと思ってるの、世界中でお前だけだと思うぞ」


 バカタレが!

 何事にも情熱を持って取り組むこと!

 一度決めた信念を曲げずに貫くこと!

 いついかなる時も自分を見失わないこと!


「どれも、大人として失くしてはいけない正しい心の持ち方だろうが!」

「お前は、本当に屁理屈のプロだよなぁ」


 はぁ……と、深いため息をつかれる。

 娘そっくりな人形を握りしめてるオッサンに呆れられる謂れはないわ。


「それにしても似てるなぁ、この人形は」

「服の中に手を入れなきゃいかんから体までは作れないけどな」

「そこまでこだわる必要ないだろう」

「人類、総エステラ状態だぞ?」

「いや、『だぞ』って言われてもなぁ……ワシからはなんとも言えねぇよ」


 個人に合わせて乳を作りこむことが出来ないのだ。

 これは、悲しむべきことだろうが!


「でも、花咲か爺さんでは付けられなかった、足をつけてみたぞ」


 花咲か爺さんのパペットは、全員ポンチョのような形状の服を着ており、下半身は作っていない。

 布袋に顔と手を付けただけのような状態だ。


 だが、今回は時間があったので足を付けてみた。

 この足があるだけで、ぐっと人間っぽく見える。


「体を作ったら、手が入らねぇんじゃないのか?」

「作ったのは腰から下だけだよ」


 手を入れる空間はちゃんと確保してある。

 腰から下を作り、それを服の裏側に縫い付けてある。

 服の胴体部分から下半身が生えているような形状だが、スカートをめくって中を覗き見るのでもない限りそんなことには気が付かないだろう。


「足がある方が可愛いだろ?」

「あぁ、確かにな。ミリィたんの人形には足がないんだな」

「それは先行して作ったヤツだからな。あとで付けとくよ」

「しかし、器用なもんだ」

「コツがあるんだよ。ぬいぐるみを作るのにも、似顔絵を作るのにもな」


 俺はたまたまそのどちらの知識も持っていたってだけだ。


「ちなみに、腰から下を作ってあるので、スカートをちょっと捲ってパンチラさせることが可能だ!」

「……なんでそんなくだらないところに情熱を注ぐかなぁ、お前は」


 言いながら、イメルダ人形のスカートをめくって、娘のパンツを確かめる変態親父。

「あぁ、よかったよ。清純な白で」とか、実の父親でもギリアウトな発言をして胸を撫で下ろしている。


「本人の趣味が反映されてたらどうしようかと思っちまったぜ」

「残念ながら、見せてもらったことがないんでな。趣味や傾向は計りかねる」

「当たり前だ! もし見てたら、明日から木こりの修行をみっちりさせてるところだぞ」


 パンツ見たら跡取りにされるのか?

 木こりの修行はきつそうだ……パンチラとは釣り合わねぇな。


「そんなすごいの穿いてんのか、イメルダは……」

「いや、そんな変なもんじゃないんだが……この前家に泊まった時に洗濯場で真っ赤なパンツを見ちまってなぁ……」

「給仕の誰かのかもしれんぞ」

「まぁ、その可能性もあるけどよぉ」

「ナタリアの忘れ物かもしれないし」

「あのなぁ、パンツを忘れて帰るレディがどこに……あぁいや、あの給仕長ならあり得るか……」


 微笑みの領主様。悲報です。

 お宅の給仕長、そーゆー目で見られております。


 教育指導をしっかりしとけ。

 今からでも!


「よし、ノーマ完成! ……うん、パンツも問題なし!」

「当然のような顔でスカートをめくるんじゃねぇよ」

「紳士的に、ちらり」

「紳士はまずチラリしねぇもんなんだよ」


 ふん。

 いくら紳士ぶったところで、お前の病気はもはや知れ渡ってるんだ。

 無駄なあがきというヤツだぞ、それは。


「さて、あとは領主と給仕長が2セットと、レジーナだけか」

「全員分作るのか? マメだな、お前は」

「まぁ、一つ一つはそこまで大変な作業じゃないからな」

「俺からすれば、眩暈がしそうな作業だけどな」


 その図体じゃ、針仕事は難しいだろうよ。


「給仕長二人はともかく、領主二人とレジーナは苦戦しそうだぜ……」

「そんなに違うもんか?」


 全然違うっつーの。


「エステラとルシアは貴族だから、きっとシルクのパンツを穿いているんだ。シルクの光沢をいかに綺麗に表現するか、また、貴族のおパンティらしく高級感を出すためにレース編みを取り入れようと思っている。これがかなり時間を取られる!」

「どこにこだわってんだよ!?」

「そこにこそこだわるべきだろうが!」

「はぁ……で、薬剤師の嬢ちゃんはなんで大変なんだ? あの嬢ちゃんも高いパンツを穿いてるのか?」

「いや……あいつは――」


 長年穿き続けてすり切れた感じを再現するのにテクニックが必要になる。

 プラモデルでも、経年劣化や汚れを表現する『ウェザリング』ってのは技術がいるもんだ。


 だが、それを俺がハビエルに教えるのはちょっとな……


「……聞きたいか?」

「いや、やめとこう。なんか、聞くと後悔しそうだから」


 確かに。

 その事実を知ったネフェリーたちはことごとく頭を抱えてたからなぁ。


「あぁ、そうだ。大量の人形に驚いて言い忘れるところだったぜ」


 と、イメルダ人形を脇に置いて、一つの布袋を差し出してくるハビエル。


「なんだこれ?」

「部屋の前に置いてあったぞ。手紙を添えてな」


「ほれ」と、手紙を差し出される。

 そこには、『必要があればご使用ください』と書かれていた。

 差出人の名前はない。……が。


「思いっきりジネットの文字だな」

「匿名のつもりなんだろうから、言ってやるな」


 なぜジネットが名を伏せる必要がある?

 とりあえず、袋の中を確認してみる。

 小さな布袋を開けて中身を取り出すと……


「……男物のパンツ?」


 そういや、ジネットはいざという時のためにと俺用のパンツを買って持ってるって言ってたっけ?

 出発前、新品だからって、着替えを持ってこなかったウーマロにプレゼントしてやっていたが……まだ持ってたのか、俺用の新品パンツ。

 用意がいいというか、なんというか。


 で、『必要があればご使用ください』ってことは――


「……俺、漏らすと思われてんのか?」

「がははは! さっきのビビりようじゃ、そう思われても仕方ねぇよな」


 まさか、俺が金縛りに遭っていたことを知っているのか?

 いや、まぁ、なんにしても、ジネット……漏らさねぇよ。さすがに、大人として。


「まったく……パンツのことばっか考えやがって」

「そりゃ、お前ぇだよ」


 大声で笑っていたハビエルが、一瞬で冷めた目つきになった。

 イメルダ人形のパンツチェックをしたお前も同罪じゃい!


 あとでチクってやろう、そうしよう。






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