報労記36話 それぞれの客室にて ヤシロ -3-

 完成したノーマのパペットをテーブルに置き、改めてジネット(匿名希望)から贈られたパンツを眺める。


「返すか?」

「もらっとけって。折角の好意だ」

「じゃあ、感謝の気持ちを込めて、パンツを贈り返すか」

「それは……うん、やめとけ」

「いや、俺がデザインしたヤツをだな――」

「それ、穿ける女子がいるのか?」


 気合いを入れれば穿ける!

 そして、出来れば見せてほしい!


 ……懺悔を言い渡される未来しか見えない。


「じゃあま、礼くらい言っとくか」

「そうだな。じゃ、スイートルームに行こうぜ!」


 嬉しそうな顔で言う。

 お前の目的、それだったろ?

 ウーマロとベッコが寝ちまったから飲む相手がいなくて俺を呼びに来やがったな、ハビエルのヤツ。


 オルキオとセロンは夫婦で一緒にいるだろうし、残ってる男は俺くらいだ。

 探せば、クルーに男がいるかもしれんが……仮にいても、木こりギルドのギルド長と酒を酌み交わそうなんてクルーはいないだろう。

 そうだよ。気ぃ遣うんだよ、ギルド長って。


「三大ギルドのギルド長様と酒席を共にするなど、恐れ多い」

「何言ってやがんだ、今さらよぉ」


 まぁ、確かに今さらだな。


「俺は飲まんぞ?」

「それでもいいさ。ちょっと付き合え」

「ノーマやナタリアはいなかったのか?」

「女子の方に行ったんじゃないか? 彼女らも、女だけの方が気兼ねせずに済むんだろう。ワシみたいなオッサンの相手は疲れるからなぁ」


 何をちょっと拗ねてんだよ。

 あぁ、でも確かにハビエルは、女子の輪の中に進んで入っていくタイプじゃないか。

 先に飲んでいるところへ、ルシアなんかが絡んでいって合流する流れが基本だったな。


 こいつが自分から「ワシも入れてくれ」って言ってくるの、俺にくらいじゃないか?

 ……え、じゃあ俺にも気を遣ってくれればいいのに。


「それに、お前がいると女子連中も共用の方に来てくれるかもしれないしな」


 そういう打算はあるんだな。

 あくまで、自分から行かないだけで、来る者は拒まずか。


 木こりギルドのギルド長が「一緒に飲め」って言えば、それは強要になりかねないもんな。

 ……あの連中には通用しない権力だけど。

 一応気にしてんだ、自分の権力と立場ってのを。


「お前は、細かいところにまで気を遣ってんだなぁ」

「当たり前だろう。そうでなきゃ、組織の長としてはやっていけん」


 なら、自分の病気をもう少し抑え込めばいいのに。

 あ、それは無理なのね。そーなのね。


「あんまり気を遣い過ぎるとデミる……え、もしかしてお前のストレスがデミリーの頭皮に!? ……いい親友を持ったなぁ、ハビエル」

「いい親友は否定しねぇが、お前はアンブローズが領主だってこと忘れてんじゃねぇか?」

「領主ってアレだろ? 一般人に弄られて嬉しそうな顔で喜んでる変な業種の連中だろ? ちゃんと覚えてるよ」

「いや、そんなわけ…………まぁ、一部の領主を見てると否定はしにくいが、でも違うからな、一応否定しておくけども」

「リカルド、ゲラーシー、トレーシー、ルシア、エステラ、ドニス……」

「あぁ、分かった。もうそれ以上言うな」


 面白領主を列挙したところでハビエルが白旗を挙げた。

 な?

 俺の知ってる領主って、十人中十人がイロモノなんだよ。


「そういや、デミリーは知ってんのか、今回の船旅?」

「さぁ、どうだろうな。ワシはたまたま四十二区にいたから情報を得られたが、さすがに昨日言って今日じゃ伝わってないんじゃないか?」

「昨日言って今日のスケジュールで予定を空けられたお前は大したもんだな」

「わはは! ウチは後任をしっかりと育てているからな。トップが不在でもちゃんと回るんだよ」


 後継者と言えば、エステラも心配ではあるが――


「デミリーんとこも、後継者どうするんだろうな?」

「ま、親族の誰かを養子にってとこだろうな」

「親族?」


 そういや、デミリーの親族って見たことねぇな。

 両親はもう鬼籍かもしれんが、親戚くらいはいるだろう。


「領主の親戚ってことごとく見たことねぇな」

「権力が絡むからな。基本的には本家筋以外は別の区に移って、なるべく接触しないようにするもんだ」


 そうすることで、後継者争いとか、跡目狙いの暗殺とか、そういったきな臭いことを回避するのだとか。

 まぁ、怖い。


「ウィシャートのように同じ区に留まり強固に結びつく例も、ないではないがな」


 一族で結託して権力を固持する例もなくはないらしい。

 ついでに、現在の権力者が強大な力を持っている場合は同じ区内に留まり、その庇護下にいて身を守るような親族もいるのだとか。


 ただし、そこまで力の差がはっきりと出ることは珍しいので、同区内に留まるのは諍いの種しか生まず、あまり好まれないらしい。

 マーゥルんとこは、結構異例なのかね?

 まぁ、力の差があり過ぎるもんなぁ。……もちろん姉>弟で。

 あの姉に「出て行け」とか、誰が言えるんだって話だよなぁ。……ははっ、無理無理。


「じゃあ、デミリーもいつか親族を引き取って後継者を育てるのか。ドニスんとこみたいに」

「あぁ。だが、二十四区は二十四区で、今後どうなるか分からんよな。現領主の力が強くて今は地盤が安定しているが、DDが亡くなったら他の貴族が勢い付いてきそうだろ?」


 そういえば、フィルマンの親……というか、ドニスの親族はみんな、農業に一所懸命な貴族らしからぬ連中だってドニスが嘆いていたな。

 貴族らしい振る舞いが出来ない者に領主は任せられないとかなんとか言ってたっけ。


 もしドニスがいなくなり、次期領主であるフィルマンの周りにいるのがそんな貴族らしからぬ連中だけになってしまったら、ドナーティ家を追い落とそうとする貴族が出てくる可能性は十分考えられるな。


 獣人族のリベカが婚約者ってのは、そこらの貴族どもにとっては恰好の攻撃材料になるのだろう…………もしリベカに危害を加えやがったら――


「まぁ、あの坊ちゃんの婚約者がリベカたんでよかったな」


 俺の思考を見透かしたように、ハビエルがにやりと口角を持ち上げる。


「麹工場を敵に回しては領地経営が出来なくなることくらい、よほどのバカでもない限り分かり切っていることだ。それに、あそこの姉は教会のシスターであり、特別保護区の関係者だ。怒らせると教会に目を付けられかねん」

「特別保護区って……本部がそこまで重要視してるかぁ?」

「そりゃしてるだろう。全区の事情がある子らが集められ、保護されてるんだぞ? 精霊教会としても、二十四区教会は特別視してるさ」


 それはただ面倒ごとを押し付けていると言えなくもないんじゃないかと……

 ま、それで特別視してくれるなら、その後ろ盾を存分に活用すればいい。


「それに、だ」


 ふふんと鼻息をもらしてハビエルはドヤ顔で言う。


「あの姉妹はお前のお気に入りだからな。下手に危害を加えれば、木っ端の貴族なんか捻り潰されちまうだろ?」

「言ってろ」


 嬉しそうな顔しやがって。


 けど、ドニスんとこでも大変なんだなぁ。


「デミリーの親族ってどんな連中なんだ?」

「あぁ……まぁ、アンブローズを想像して会うとがっかりする、って感じかな」

「なるほど。正しくお貴族様ってわけか」

「そういうわけだ」


 デミリーのように他者に心を砕き、身を切ってでも救済の手を差し伸べるような人格者ではないようだ。

 こりゃ、デミリーには頑張って領主を続けてもらわないとな。


「自分のとこの親族を後継に据えるくらいなら、エステラの子供を養子にしたいと漏らしてたぞ」

「彼氏もいない姪代わりに、なんて残酷なことを……」

「なぁに、あれだけ出来た娘だ。いい男なんか掃いて捨てるほど寄ってくる」


 と言いながら、にやついた顔でこっちを見るな。

 俺に何を言ってほしいんだよ、その催促顔は?

 期待に応えるつもりはねぇぞ。


「『穿いて捨てる』……つまり、今現在は穿いてないと言いたいわけか?」

「お前な、領主であり貴族の令嬢相手に、なんでそう堂々とセクハラ発言できるんだよ」


 貴族の令嬢って……エステラだぞ?


「給仕長がパンツの裏表を逆に手渡して遊んでるような令嬢だぞ?」

「……ホント、クレアモナ家はもう一度館の在り方を見直すべきだよな。……親父さんが見たら泣くぞ?」

「娘にぺったんこの呪いをかけるような女を妻にしといて、その程度で泣くかよ。むしろ遺伝だろ、あの面白血族」

「く……っ、反論できねぇ」


 あ、そういえば。


「エステラにもいるのか、親戚?」

「いや、いないとアンブローズから聞いたことがあるな」

「いないのか」

「もともと、体の丈夫な方じゃなかったらしいんだ。まぁ、経済的な面もあったんだろうが、前領主の兄も短命でな。そちらは子を生す前になくなったそうだ」

「祖父母の兄弟とか、その子や孫とか」

「あぁ~……今から言うことは、エステラに内緒にしといてくれるか?」


「お前には言っておいた方がいいと思うからよ」と前置きをして、ハビエルは声を潜める。


「クレアモナ家は親族一同仲が良く、また権力欲が貴族らしからぬレベルで低かったらしくてな、ほぼ全員が四十二区に館を構えていたんだ」


 仲良し貴族ってか?

 エステラの血筋でなきゃあり得ないような状況だな、それは。

 つーか、あいつのお人好しは遺伝だったのか。先祖代々の。わぁ、頑固な遺伝だこと。


「だが、その一族は本家を残して途絶えてしまった」

「……湿地帯の大病でか?」

「いや、それ以前にだ」


 クレアモナ家は、本家を残してすべて断絶してしまったらしい。


「未知の病気だった。クレアモナ――あぁ、エステラの親父さんが幼少の頃だって話だからもう随分前になるが、一族が立て続けに病に倒れてな」

「伝染病か?」

「いや、それぞれが別の病だったそうだ」


 時期も病状もバラバラで、そこに因果関係はないと判断された。

 ただ、不幸が続き、数年の間に分家の者たちがみんな亡くなった。


「今から思えば、ウィシャートが手に負えない毒物を崖下に廃棄していた可能性は否定できんが……証拠はない。領民に甚大な被害が出たって記録もないから、単純に病に弱い血筋だったのかもしれん」

「エステラを見てると、とても信じられない虚弱さだな」

「あれは母親の血だろうな。エステラの親父さんは病弱な男だったぞ。何度が会ったことがあるが、いつも青白い顔をして、体も細かった。大病を患う前からな」


 そうか。

 じゃあ、エステラが健康体なのは母親の影響か。


「ちっぱいの呪いと引き換えに健康な体を手に入れたのか」

「お前、それ本人に言うなよ? たぶんキレられるぞ」


 でも、健康な体は必要だ。

 青白い顔でふらついているエステラなんか、見たくねぇもんな。


「でまぁ、そんなことがあったから、四十二区に住むと呪いをもらうなんて馬鹿げた噂が立って、貴族どもは寄り付かなくなったのさ」


 なるほど。

 呪いだなんだと言われるのは、湿地帯の大病以前から続いていたわけか。

 ……まぁ、以前の四十二区じゃ、衛生面も酷かっただろうし、病気を患いやすい環境だったのかもしれねぇな。


「よくそんな街に、最愛の娘が住むことを許したな」


 ハビエルは、四十二区に支部を作るという話に最初から賛成していた。

 イメルダが四十二区に移住する際も、呪いだなんて話は口にしなかった。


「これでもワシは組織の長だからな。出所不明のいい加減な噂よりも、生きた目をしている責任者を信用したまでだ」


 エステラに直接会って、見て、会話して、そして信用してくれた、ってことらしい。


「ま、アンブローズの紹介だってのも大きかったけどな」


 なんにせよ、くだらない噂に左右されるような男じゃなくてよかった。


「ワシの見る目も捨てたもんじゃないだろう? 大英断だったぞ、がははは!」


 その英断が、現在四十二区と木こりギルドの繋がりを強固なものにしている。

 確かに、こいつの見る目には感謝する必要があるだろう。


「分かった。お前の先見の明を称えて、イメルダパペット用に赤いパンツも作ってやろう!」

「そんなんはいらんから酌をしろ! スイートへ行くぞ、ヤシロ!」

「ぅおい、待て待て待て! 抱えて運ぼうとするな! 怖い! チビる!」


 デカいオッサンに抱えられ、持ち上げられるとそこそこ怖い。

 危うく、ジネット(匿名希望)からのパンツを使う羽目になるところだったわ。






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