報労記35話 それぞれの客室にて その2 -4-
【客室H デリア・ネフェリー】
「ネフェリー、水浴びしようぜ」
部屋に入るなり、デリアが上を脱いで言ってくる。
「せめてお湯を沸かしてから言ってよ!」
「えぇ、体拭くくらい水でいいだろぅ?」
「嫌よ、寒いもん。風邪引いちゃう」
「よし、あたいが風邪に負けないように鍛えてやる!」
「鍛えなくていいからお湯を沸かして!」
「けどあたい、火つけ布を使うなってオッカサンに言われてんだよなぁ……」
まぁ、デリアなら、必要以上に布と布をくっつけて、とんでもない火柱をあげそうだけど……っていうか、実際そういうことがあったからルピナスさんが禁止したのよね、きっと。
「使い方教えてあげるから、ちょっとやってみなさいよ」
「えぇ……じゃあ、オッカサンに怒られる時、ネフェリーも道連れな」
「いや、待って……それは、ちょっとイヤかも……」
ルピナスさん、上品なお母さんだけど、デリアをグーで殴るような豪快さも持ち合わせてるのよね。
他所の子だからって手加減とかしてくれない気がする……
「じゃあ、私がお湯を沸かすから、ちょっと待ってて」
「おう、悪いな、ネフェリー」
と、ぜ~んぜん悪いと思ってなさそうな声で言う。
ホントにもう。デリアってば。
「デリアもいい年齢なんだから、花嫁修業くらいしとかなきゃダメだよ」
「花嫁修業って何すればいいんだ?」
「とりあえず、お湯が沸く前から服を脱いで、上半身裸でくつろがないって常識を覚えるのは必須よね」
なんでそんなに堂々とベッドに座ってるのよ?
隠しなさいよ、前を!
私もいるんだよ?
何回も見せてるから平気とか、そーゆーことじゃないでしょう、もう!
「お湯も沸かす前から服を脱いで待ってるなんて、デリアくらいのものよ?」
「そんなことねぇよ。エステラとかイメルダだってやってるって」
「あの二人は貴族のお嬢様なんだよ、あれでも。そんなこと、するわけないでしょ?」
私たちといる時は、気の置けない同年代の女の子っぽく振る舞ってるけど、家に帰れば使用人とか給仕さんたちが大勢で迎えるようなお嬢様なんだから。
下着も着けないで放り出したまま部屋の中をうろついたりしない……って、もう!
「おっぱい出したままうろつかないで!」
「いや、部屋の中見てなかったなぁ~って」
「一回服着てよ、もう!」
「けどさぁ、釣りして汗かいちゃったし、潮風でべたべたしてるし、もう一回着るのは気持ち悪ぃよぉ」
「じゃあ、タオルでも巻いてて!」
「お、それならいいぞ!」
って、ちっさいタオル引っ張り出してくるし!
デリアのサイズが、そんな小さいので隠れるわけないでしょ!?
「バスタオルは持ってきてないの?」
「あぁ。だって、船に風呂なんてないだろ?」
「でも、体を拭く気はあったんだよね?」
「うん。だからタオル」
と、さっきの小さいタオルを持ち上げる。
……ダメだ。この娘、まるで分かってない。
「タオルは、洗う用と拭く用、あと人前に持って行ってもいいヤツを用意するの! 日数分!」
「そんなことしたら、荷物がタオルだらけになるぞ?」
「そういうものなの! だから、女の子は荷物が多くなるの! ……っていうか、デリアの荷物、少な過ぎ!」
デリアの荷物は、小さいリュックサックが一つだけ。
私なんか、大きめのボストンバックを二つも持ってきたっていうのに!
「デリアのカバン、何が入ってるの?」
「ん? 着替えとおやつ!」
カバンから出てきたのは、替えの下着と、ジネットにもらったと思しきお菓子。
あれって、レーズンサンドじゃないの?
いいの? キャンペーン終わったのにあげちゃって。
だったら、私も欲しいんだけど。
「一つ頂戴」
「ん? おやつか? パンツか?」
「おやつに決まってるじゃない、ばかぁ!」
デリアのパンツなんか欲しがりませんよーっだ!
「だったら、いいぞ。ネフェリーはお湯沸かしてくれたし、お風呂の準備してくれるし、背中も流してくれるし」
「待って。やってない先の予定が勝手に盛り込まれてるんだけど……」
「でも、やってくれると思うし」
「……はぁ。どんなおねだりなのよ、それ。マグダにでも教わったの?」
「ん? 違うけど、やってくれるだろ?」
信じて疑わない、純粋な目しちゃってさぁ。
「はいはい。ちゃんとやってあげるわよ」
「やっぱりなぁ。ネフェリーっていいヤツだもんな」
「自分の介護押し付けといて『やっぱりな』はないでしょう、もう」
デリアって、こんなに素直に甘えてくる娘だったっけ?
最初会った時は、なんか嫌な感じの娘って思ってたのに……
「あたい、ネフェリーと同じ部屋でよかったぁ」
今では全然。
仕方ないでしょ?
だって、デリアっていっつもこうなんだから。
好きと嫌いがはっきりしていて、こっちがちょっと張り合ったって、真正面から「好き」ってオーラぶつけてくるんだもん。
一人で意地になってるこっちがバカバカしくなっちゃう。
「……まったく。褒めたってなんも出てこないわよ」
「本当だぞ? あたい、本当にそう思ってるからな」
「はいはい」
「本当はミリィかカンパニュラがよかったけど」
「……それ言わなきゃ、私はすごく気分がよかったんだけどね」
「けど、ネフェリーでもいい!」
「『でも』って……はぁ、もういいわ。怒るだけ無駄だもん、デリアには」
重いため息をついても、ま~ったく分かってなさそうな顔で小首を傾げる。
対抗心燃やしてるこっちがバカみたいだわ。
出会ったばかりの頃、私、ちょっときついこと言っちゃって、そのこととか結構気にしてるのにさ……
この部屋割りを見た時も、内心どうしようって焦ってたのにさ。
「ねぇ、デリア。私たちが出会った日のこと、覚えてる?」
もし、デリアが気にしてるようなら、いい機会だから謝っちゃお。
そしたら、本当に仲のいい友達になれると思うから。
「あぁ、覚えてるぞ。ネフェリーすっげぇ嫌な感じだったよなぁ! あたいが任されてるのに出しゃばってきてさぁ」
いや待って!
……謝るの、私?
デリアが先じゃない、これ!?
「計算も出来ないのにさぁ」
「今は出来ますぅ!」
「51×46は?」
「うぐ……っ、そういう、難しいのは、まだちょっと……」
「あたいも分かんない!」
「分かる問題出しなさいよね、こういう時は!」
「なんで? お揃いでいいじゃん!」
「そこ、お揃いにする必要ある!?」
ホントにもう……怒るのがバカバカしくなっちゃうな。もう。
「でもホント、イヤな感じだったよね、お互い」
「あたいもか?」
「そうよ。私のこと、追い返そうとしてたでしょ?」
「うん! けど、ネフェリーしつこいからさぁ」
「そーゆーこと、面と向かって言わないでくれる?」
「何言ってんだよ。いないところで言ったら悪口になるだろ? あたい、ネフェリーの悪口なんて死んでも言いたくない」
「そ……れは、嬉しいけど、目の前だからって許せるかっていうと話は別だからね?」
「え、でも、こういうのってアレだろ? 腹を引き裂いて話すっていうんだろ?」
「割ってね! そんな血みどろの状態で雑談してる場合じゃないから!」
「ちろみど?」
「あぁ、ごめんね、デリアにはちょっと難しい言葉使っちゃって」
……こんなんなのに、計算でマウント取ろうとしてくるんだもんなぁ、デリアは。
「けどさ、会う度に好きになってくな、ネフェリーは」
「……へ?」
「なんか、いっつも気にかけてくれてさ、あたいの出来ないこと手伝ってくれるし、知らないこと教えてくれるし、今じゃ大好きだぞ」
「そ、……っか。そうなんだ」
「うん。ネフェリーも、あたいのこと好きだろ?」
ホント、羨ましいなぁ、デリアのこのポジティブさ。
信じて疑ってないんだもん。
私なら……怖くて聞けないよ、そんなこと。
だから、こうしてまっすぐに気持ちを伝えてくれるデリアは……うん。
「好きだよ。当然でしょ」
「えへへ~、よかった。嫌いって言われたらどうしようって、ドキドキした」
「うっそだぁ~。絶対してないよ」
「してたよぉ! 触ってみるか?」
「やめとく。……っていうか、早く隠してよ」
「ん? ほい」
「いや、全然隠れてないから、そのちっさいタオルじゃ。はみ出しまくってるから」
ここにヤシロがいたら、大変なことになってるよ。
……絶対部屋には入れないけどさ。
「ほら、私のバスタオル使って」
「いいのか? あたい、汗かいてるぞ」
「いいよ、デリアなら」
「あぁ、ヤシロが言ってた『嗅ぎっ娘』ってヤツか」
「嗅がないわよ、デリアの匂いなんか!」
ば、ばかじゃないの!?
信じられない!
……っていうか、ヤシロ! デリアになんてこと話してるの!?
「この様子じゃ、デリアがお嫁に行く日はまだまだ当分先になりそうね」
「あはは。そうかもなぁ」
「自分でも想像できないもんなぁ」なんて、笑ってる。
でも、デリアは私と一緒で家業を継ぐ跡取りが必要だから、お嫁に行くんじゃなくてお婿さんをもらうことになるかもだけどね。
な~んて、ホントは私も全然実感湧かないんだ。
お母さんは、そろそろ準備しとけなんて言うけどさ。
結婚もそうだけど、跡取り――自分の子供とか、まったく想像できないもんね。
「あ、でもさ、ネフェリーよりあたいの方が先に子供出来そうだよな」
「はぁ!?」
え、なんで!?
まさか、なんか、そーゆー……何かあったの!?
え、誰と!?
いつ!?
「だって、あたいの家、川のそばだしさ」
「…………かわ?」
「あたいは仕事でもずっと川にいるだろう。だからきっと、ネフェリーより先に見つけると思うぞ」
え~っと……
「ちなみに、何を?」
「桃!」
「もも!?」
え、デリア……あなた、まさか……?
「けどびっくりだよなぁ。ネフェリーのおかげで、ニワトリが卵から生まれるっていうのは知ってたけど、人間が桃から生まれるなんて知らなかったもんなぁ」
嘘でしょ!?
デリア、桃太郎のお話、信じちゃったの!?
どうしよう!?
創作物を真に受けてる人がここにいる!?
これは、ヤシロやエステラに相談しなきゃだよね、絶対!
「あ、あのね、デリア……人間の赤ちゃんは、桃からは生まれないのよ?」
「え、そうなのか? だって、紙芝居でさぁ」
「あれは物語。創作物なの。分かる?」
「そっか。あたい、てっきりあぁやって生まれるんだと……父ちゃんも母ちゃんも、赤ちゃんがどこから来るのか、ちゃんと教えてくれなかったからなぁ。『大人になったら分かる』って」
ご両親の教育方針は間違ってない。……けど、デリアのご両親は、デリアがちゃんと大人になる前に……
これは、仕方ない、よね。
オメロさんたちがデリアにそんなこと教えるわけにもいかないだろうし……
こういう時は誰に頼めばいい?
やっぱりシスター?
デリアもちゃんと知っておくべき、だよね?
だって、知らないと絶対困るし。
「そうだ、ヤシロに聞いてみよう!」
「それはダメェ!」
なぜヤシロ!?
どうしてそこで男の子の名前が出てくるのよ、デリア!?
そりゃあ、デリアがヤシロを信頼して、よく頼ってるってことは知ってるけどさ。
でも、やっぱ、ほら……ダメじゃない! 歳の近い男の子に、そんな……ねぇ!?
「そういうのは、女の人に聞かなきゃダメだよ」
「なんでだ?」
「なんでも!」
でないと、恥ずかしい思いをするのはデリアなんだからね!
「じゃあ、ネフェリーが教えてくれ!」
「私…………も、ちょっと、ムリ!」
ごめん、デリア!
私もまだ、誰かに話して聞かせるなんて恥ずかしくて無理だし、何よりそんなに詳しく知らないから!
「じゃあ誰に聞けばいいんだよぉ~」
「とりあえず、帰ったらシスターに相談してみよう。ね?」
「カンパニュラは知らないかなぁ?」
「いや、さすがにカンパニュラちゃんは……」
…………知ってそうな気がする。
だって、あの子物凄く頭いいし。いろんなこと知ってそうだし。
きっと親御さんの教育が行き届いてるんだろうな……って、あぁ!?
「そうよ! ルピナスさん! ルピナスさんに聞けばいいのよ!」
「オッカサンかぁ! でも、オッカサン知ってるかな?」
「……いや、絶対知ってるわよ。カンパニュラちゃんを産んだんだもん」
ルピナスさんに任せておけば間違いないよね。
デリアの様子を見て、本当のことを教えるか、まだ誤魔化しておくか、その判断も正しくしてくれそうだし。
「じゃあ、帰ったら聞いてみるな」
「そうすればいいよ」
「ネフェリーも一緒に聞くか? 詳しくないんだろ?」
「あぁ……いや、私は、ウチのお母さんに聞くから」
「そっかぁ。ネフェリーの母ちゃん優しいもんなぁ」
「お母さんに会ったことあったっけ?」
「あるぞ。ベビーカステラいっぱいくれたんだぁ」
勝手に餌付けされないでくれる、ウチのお母さんに!?
……いつもらったのよ?
帰ったら聞いとかなきゃ。
「あ、お湯沸いたね」
「じゃあ、一緒にお風呂しようぜ!」
「いや、一人ずつでいいじゃない。先にデリア使いなよ」
別に自信がないわけじゃないけどさ……さすがにデリアと並ぶと、ちょっと、ね。
「おっぱい小さいから気にしてるのか?」
「はぁぁああ!?」
ちょっと!
今、なんて言った!?
小さくないですけど!?
私、これでもDカップありますから!
ヤシロがエステラによく言ってる、「そんな口は、Dカップになってから叩け!」っていう規定をクリアしてますから!
ヤシロのストライクゾーンにちゃんと入ってますから!
「……私が小さいんじゃなくて、デリアが大き過ぎるのよ」
「そうか? 別にそんな大きくないぞ、あたい?」
デリアが大きくないなら、ほとんどの女子が小さいことになるから、その発言は撤回してくれる?
「じゃ、一緒に入ろう!」
これは挑戦なの!?
デリアから私への挑戦状!?
……ふっ。
上等じゃない。
女の魅力はね、大きさだけじゃないってこと、見せてあげるわ!
これでも、スタイルの維持には気を遣ってるんですからね!
比率が大事なのよ、こういうのは!
見せてあげるわ、ウクリネスさんに大絶賛された、私の黄金比!
「なぁ。ネフェリーの首んとこ、どうなってるんだ?」
「ちょ!? 首の付け根覗かないで、エッチ!」
獣特徴の境目は、とってもデリケートな部分なんだからね!
まったくもう! デリアってば、なんにも分かってないんだから!
背中を拭いてあげたら、すごく嬉しそうに笑うデリア。
身体は大人の女性なのに、やっぱりまだまだ子供みたいで、……絶対私より先に結婚することはないだろうなって、確信しちゃった。
「い~い、デリア? 好きな人が出来たら、ちゃんと私に言うのよ?」
変な男じゃないか、私がきっちりと見極めてあげるから。
……って、思ってるのに。
「あたい、ネフェリーのこと好きだぞ」
「……同性は報告しなくてよろしい」
まったくもう、デリアってば。
「……でも、ありがと。嬉しい」
それが、デリアだよね。
汗を流してパジャマに着替えたら、二人してスイートルームに向かった。
私たちが着いた直後、エステラとイメルダが競うように飛び込んできて、「聞いてよジネットちゃん、イメルダが酷いんだよ!?」とか「酷いのは淑女失格のエステラさんですわ!」とか騒いでて、一気に賑やかになった。
あぁ、こういう感じが、四十二区なんだよねぇ。
デリアもみんなも笑ってて、この空気が大好きだなぁって、改めて思った。
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