報労記34話 それぞれの客室にて その1 -4-

【客室D レジーナ・マーシャ】



「ねぇねぇ、レジーナ☆ 恋バナしよっ、恋バナ!」

「ウチが初めて卑猥な感情を抱いたんは、三歳になったばかりの肌寒い日で――」

「それ恋バナじゃないし、目覚めるの早過ぎぃ~」


 人魚はんがジトッとした目ぇでウチを見てくる。

 せやかて、マンツーマンで恋バナとか……地獄やん?


 ちゅーか、ウチには話して聞かせられるほど恋のネタあらへんし。


「人魚…………の、マーシャはん」


 人魚はんって言いかけたら、めっちゃ睨まれた。

 言い切ってないからセーフ!

 せやから、そんな睨まんといて。


「マーシャはんは、あるん? 人に話せるような、オモシロおかしい恋バナ」

「恋バナに面白さとおかしさは必要ないんだよ~?」

「いやいや、めっちゃ必要やん!?」


 なに言ぅてはるん、自分?

 オチもない惚気話延々聞かされて、「オチあらへんねん」とか言われたら「時間返せボケェ」ってなるやん!?


「なるやん!?」

「バオクリエアって、変な街なんだね」


 変ちゃうわ!

 その証拠に、おっぱい魔神はんかて、似たような反応するっちゅーねん!


「レジーナと、ヤシロ君は、普通では、ない、よ?」

「そんな、文節ごとに強調して否定せんでも……」

「決して、ない、よ?」

「わぁ、念を押されてもぅたわぁ」


 うわ~っと、両手を上げてオーバーにベッドへと倒れ込む。

 ほんで、そのままベッドにもぐりこんで明日の朝まで現実世界から逃避する!


「寝かせないよ★」


 黒い黒い。

『★』が真っ黒や。

 なんでやろうなぁ、語尾に暗黒の『★』がついてるのん、確信できるわ。


「レジーナって、恋とかしたことないの? まさか、初恋もまだなの?」


 ぐぃぐぃ来はるなぁ……

 ウチが誰かに恋してるとか、ギャグやん。

 やっぱオモロイ話を期待してるんやん。


「昔、ウチの国に『三の倍数でアホになる』っちゅう特異体質の人がおってな。あまりにオモロ~て、ちょっと憧れとったで」

「そーゆーんじゃなくて。……あと、その人を治す薬はなかったの、バオクリエアに」


 あれは病気やのぅて特異体質やさかいなぁ。

 薬の出る幕はなかったなぁ。


「マーシャはんは?」


 攻められたぁない時は反撃や。

 存分に自分の恋バナを語って、満足して寝てもらおか!


「初恋、あったん?」

「ひみつ~☆」

「ずっこ!? めっちゃずっこいやん、自分!」


 ほなウチも『ひわい~☆』でえぇやん!

 ……誰が卑猥やねん!?


 ………………ウチやったわ!?


「……アカン、ちょっと自分の脳内ツッコミに衝撃受け過ぎてもぅた……もう寝よ」

「は~い、寝かせませ~ん!」


 言ぅて、ベッドに水を「ぶっしゅー!」浴びせかけられた。


「ってぇ!? 何してんのんな、自分!? ベッド両方ともべっちゃべちゃやん!?」

「私は濡れてても平気だよ~☆」

「ウチは平気ちゃうんやけど……あ~ぁ、これもう使われへんやん」


 こんな濡れたベッドで寝たら風邪引くわ……

 しゃーないなぁ。


「おっぱい魔神はんのとこへ、『びしょびしょで寝られへん』って言ぃに行かなアカンね」

「酸っぱい顔して追い出されるよ、きっと☆」


 アホやなぁ。

 酸っぱい顔させたらこっちの勝ちやん。


「レジーナは、ヤシロ君に構ってもらうのが嬉しくて仕方ないんだねぇ~」

「ふぁっ!?」


 あ、あぁ、あほやな!?

 そ、そんなこと、あら、あらへんわ!

 おっぱい魔神はんが特別とか、あらへんわな!


「人類みな平等! 全人類に卑猥な目ぇで見られるのがウチの夢やねん!」

「その夢はちょっとど~なのかなぁ~?」


 くすくすと、人魚はんが笑う。

 あぁ、もう。すっかりからかわれてもぅとんなぁ、ウチ。


「まぁ、ウチは気楽なもんや。一生独身でも誰にも迷惑かからへんし。……せやけど、領主やギルド長っちゅうんは、そうもいかんのやろね」


 次代へ血を受け継ぐ。

 跡取りを生み育てる義務っちゅ~もんがある。

 権力を持っとるもんは、相応に大変な義務も持っとる。

 ウチには無理やなぁ、生まれた時から役割を決められて、そのために努力したり我慢したり……ほんで、無神経な第三者にあれやこれやと値踏みされる。


「んぬぅゎぁああ、想像しただけで痒ぃ~なるわ」

「うふふ~☆ 領主は大変だろうけど、ギルド長は気楽なものだよ~」


 ひらひらと、水掻きのついた手ぇを揺らして人魚はんがはんなりと笑う。


「ギルドは能力至上主義だからね~。血筋より力を重視してるから、跡取り問題は起こりにくいんだ~」

「それはそれで、後継者争いが泥沼化しそうやけどな」


 誰にでもチャンスがあるなら、近しい実力の持ち主は日々蹴落とし合いやろなぁ。


「その程度で潰されるなら、ギルド長の器じゃなかったってことだよ」

「わぁ、怖い社会やなぁ」

「だって、海漁ギルドのトップに立ったって、狩猟や木こりって大ギルドと渡り合わなきゃいけないし、三大ギルドなんて持ち上げられてるせいで、上からは圧をかけられ、下からは突き上げられ、三大ギルド以上の影響力を持ってるくせにその枠に入らず好き勝手やってる行商ギルドからもずっと値踏みするような目で見られ続けるんだよ? 海漁ギルド一つ、力業でもなんでもサクッとまとめ上げられないようじゃやっていけないんだよ~」


 う~っわ、めっちゃ大変やん。

 ウチ、絶対ギルド長とか、ならんとこ。


「薬剤師ギルドはどうするの? 跡取りいないと消滅しちゃうよ?」

「したらえぇやん。ウチの技術はウチの代でおしまい。気楽なもんや」

「はたして、そんなお気楽にいくかなぁ~?」


 にやりと、口元を歪めあくどい表情を見せる人魚はん。

 なに?

 薬剤師ギルドなんか、ウチが自由に薬を売るために作った、形ばかりのギルドやで?

 一人しかおらへん名前だけのギルドが、なくなろうがどうなろうが、なんの影響もあらへんのとちゃうん?


「湿地帯の大病の特効薬やエチニナトキシンの解毒薬、それ以外でも、いろんな薬をレジーナが提供してるんでしょ?」

「出所は不明やで」

「それならそれでもいいけどさ~、……その供給が止まったら、誰がこの街を、四十二区を救ってあげるのかなぁ?」

「…………」


 いや、そんなもんは、未来の誰かが……


「エステラの息子か娘が治める、みんなの子供や孫たちが暮らすあの街を、レジーナが見捨てられるとは思えないけどね☆」


 ……せや言ぅたかて、実際問題ムリやん?

 ウチにも寿命っちゅーんはあるし、細胞分裂するわけにもいかへんし。


 誰かと結ばれて子孫を残すなんて…………もっと無理や。


「子孫残すとか、細胞分裂で増殖するより不可能やわ……」

「そんなに無理なの? 人間やめちゃうよりも?」


 せやかて無理やもん!

 ウチが、こう……色っぽく迫るとか、素直に想いを伝えるとか……


「絶対笑われるやん!」

「誰に~?」

「…………へ?」


 なんともいやらし~ぃ目ぇで、人魚はんがウチのこと見とった。

 誰に……って。


「ぜ、全人類にや!」


 大慌てで脳内に思い浮かんだ人物の映像をかき消す。

 ほら、あっち行きぃ!

 しっしっ!


「ウチ、全人類に指さして笑われるんは、イヤやねん」

「全人類に卑猥な目で見られるのが夢なのに?」

「笑われるんは馬鹿にされとるっちゅうことで、卑猥な目で見られるんは崇拝されとるっちゅう意味やろ!?」

「うん。違うと思う」


 違おうが違うまいが、ウチの中ではそーやねん!


「そ、そもそも、人魚はんかて恋人おらへんやん」

「ん~? 誰だって?」

「マーシャはん! マーシャはんやさかい、そのおっそろしくデッカいフォークみたいな槍しもぅといて!」


 どっから出してきたんな、そんな槍!?


「だってさぁ」


 槍をプールの中へ無造作に叩き込んで――えぇんかいな、それで? そのプール水路に繋がってんちゃうの? 通りすがりの人魚に刺さらへんとえぇけどなぁ――人魚はんは少しだけ寂しそうに呟く。


「恋をしたって、報われないもん」


 陸と海。

 生きる世界がこうも違うと、いろいろ難しいんやろうなぁ。


 ……まぁそれは、好きな人が陸におるっちゅーて暴露してるようなもんやけどな。


「ナイスぽろり」

「もぅ、出てないよ!」


 うん、気付いてへん、気付いてへん。


「なんか方法ないんかぃな?」

「あるには……ある、んだけど、ね?」


 歯切れ悪っ。

 よっぽど好ましくない副作用があるようやね。


「人魚に伝わる魔術で、海の中でも呼吸が出来るように体を改造する魔法があるのね」

「改造って……怖っ!?」

「陸の人間はえら呼吸が出来ないでしょ? だから偽物のエラを創造するの」

「偽物のエロを想像する? え、それはエロいん? エロくないん?」


 わぁ、めっちゃ睨まれた。

 目元涼しいなぁ。

 ……冗談やのに。

 黙って聞ぃとこ。


「魔力でね、首に紋章を刻み込むの」

「乳首に紋章を刻み込む? エッロ!?」

「……私、『乳』はつけてなかったはずだけど?」

「あぁ、悪いなぁ。ウチんとこ、『乳』は勝手についてくるサービスしとんねん」

「それ、ヤシロ君に言ったら大喜びするだろうね」

「擦り切れるまで使い倒されるやろうな。よし、このサービス止めとこ!」


 ちゃうねん。

 黙って聞ぃとこ思ぅたけど、絶妙のワードが飛んできたさかいに「これはボケな!」て思ぅてもぅてん!

 しゃーないねん!

 これはもう本能やねん!


「首に紋章刻んだら海の中でも息出来るようになるん?」

「うん。その魔力の紋章がエラの役割を果たしてくれるの。一度使えば二度と消えない、強力な魔法なんだよ」

「へぇ、便利な魔法があるんやなぁ」


 海の中で呼吸が出来るんやったら、海の底まで薬の素材取りに行けそうや。

 今は、底引き漁の時に偶然採れた素材を譲ってもぅとる状況やしな。

 案外使えるかもしれへん。


「ただね、その紋章を刻み込むと、陸で呼吸が出来なくなるの」

「わぉ!?」

「だから二度と陸には帰れないの」


 そらアカンわ。


「しかもね、呼吸以外は人間のままだから、泳ぎはうまくないし、水温が低いと体を壊すし、水圧にも耐えられないから浅瀬にしか生息できないし、火なんか使えるはずもないから食べる物は全部生のシーフードになるの」

「死ぬな、そら」


 もって一ヶ月やね。

 一ヶ月ももったらすごい方や。


 ホンマに『出来なくはない』レベルなんやね。


「三十七区のベッカーが、人魚の娘と恋に落ちても結ばれなかったのは、その魔術を拒んだからなんだと思うよ」

「人魚が陸に上がる選択肢はあらへんかったんかぃな?」

「あの時代なら、あり得ないだろうね。陸に上がると身動き取れないもん」


 ほな、嬉々として陸に上がってきてはるこの人魚はんは、相当な変わり者っちゅ~ことなんやね。

 身動きが取れなくても、ちゃんと守ってくれると確信できる仲間が仰山おるんやね。


「けどまぁ、そんな二人が共存できる方法が生み出されたら、人魚の婚活も可能性広がりそうやねぇ」

「うん。難しいと思うけど、でもきっと方法はあると思うんだよね☆」

「ほな、マーシャはんもいつか結婚できるかもしれへんなぁ~……陸におる想い人と」

「ふにゅっ!?」


 はっきり言われてようやく気付いたようやね。

 自分が今、『どんな前提で』話をしとったかっちゅうことに。


 あ~らら。お顔真っ赤っかやん。

 煮魚か? 焼き魚やろか?


「赤ぅ染まって、美味しそうやわぁ」

「むっ!」


 キッとウチを睨みつける人魚はん。

 ふふふ……さっきのお返しや。


「私、スイートルーム行こ~っと!」


 身を翻し、プールへと潜る人魚はん。

 逆転勝利やね!

 よし、ベッドびっしゃびしゃやけど、一人で部屋に引き籠ろ!


 ――と、思ぅとったのに、人魚はんが戻ってきて、水面に鼻から上だけを出してこっちを睨んできた。


「……レジーナも来ないと、レジーナのパンツ全部水浸しにする」


 なんなん、その脅迫……

 明日一日べちゃべちゃパンツで過ごせって?

 風邪引いてまぅわ。


「しゃ~ないなぁ……せやけど、ウチ向こう行ったらすぐ寝るで?」

「出来るものならね~☆」


 嬉しそうに言って、一足先にスイートルームへ向かう人魚はん。

 足もないのに一足先って、なぁ……?


「はぁ……ホンマ、なんでウチなんかと一緒にいたがらはるんやろ」


 へぇへぇ、ほな、もうちょこっとおしゃべりの相手でもしてもらぉかな。



 ベッドも床もびっちゃびちゃな部屋を見て、スイートルームで寝かせてもらおと決め、ウチは部屋を出た。

 パンツは、乾いたヤツ穿いてたいしな。






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