報労記34話 それぞれの客室にて その1 -1-

【客室A ミリィ・ナタリア】



「んじゃ、そろそろ寝るか」


 そんなてんとうむしさんの言葉で、夜の釣り大会と甲板の大宴会は幕を閉じた。


「酔っぱらいどもは大量に水を飲んで、同室の者に迷惑をかけないように!」


 なんて、てんとうむしさんがるしあさんやなたりあさんにお水を配ってる。

 気配り上手だなぁ、てんとうむしさんは。


 それから少し夜風に当たって、じねっとさんたちのお片付けを手伝って、みんな揃って客室へ向かうことになった。

 みりぃは、少し酔いが醒めた様子のなたりあさんと一緒に部屋へ向かう。


「それじゃあ、じねっとさん、ぎるべるたちゃん、おやすみさない」

「おやすみなさい、ミリィさん」

「楽しみにしている、私は。明日も続く船旅を」


 廊下で、じねっとさんたちにおやすみの挨拶をする。

 同室の二人は楽しそうに会話しながら部屋へと向かって歩いていく。


「ミリィ。一応おやすみ~」

「一応ってなによ、パウラ?」

「だって、あとでスイートルーム来るでしょ?」


 ぱうらさんとねふぇりーさんが笑いながら言って、「じゃあね」と去っていく。

 ぱうらさんたちは少しお姉さん。

 みりぃはいつも、オシャレの参考にさせてもらってる。

 みりぃも、もうちょっとだけ身長が高ければいいのになぁ。


 それから、みんながみりぃたちにおやすみを言って通り過ぎていく。

 みりぃたちの部屋は一番手前だから、ここでみんなを見送る形になる。


「じゃ、おやすみ、ミリィ」

「ぅん、ぉやすみなさい、てんとうむしさん」


 最後にてんとうむしさんが来て、ミリィにこっそり耳打ちしてくる。


「ナタリアと同室は、物凄く大変だと思うけど、しんどくなったらスイートに逃げるんだぞ。特に、今は酔ってるし」

「平気だょ。なたりあさん、優しいもん」

「優しいと変態は共存しちまうから厄介なんだよ」


 重いため息をついて、てんとうむしさんはこめかみを押さえる。

 そんなに心配しなくても大丈夫なのになぁ。


「ねぇ、なたりあさん」

「ともにで眠りましょうね!」

「それはむり!」


 ……大丈夫、かなぁ?


「ミリィをイジメるなよ?」

「当然です」

「イジるなよ?」

「…………」

「なたりあさん、『当然です』は!?」


 イジられる、の……かなぁ?

 度が過ぎないといぃ、な。


「んじゃ、また明日」と、てんとうむしさんは部屋へと向かう。

 てんとうむしさんの部屋は廊下の奥の、おトイレに一番近いぉ部屋。

 ……ふふ。夜、おトイレに行くのが怖くないように、だって。


「では、部屋へ入りましょうか、ミリィさん」

「ぅん」


 お酒で、少し頬が赤いなたりあさんがドアを開けて、先にみりぃを中へ入れてくれる。

 それからすぐになたりあさんも入ってきて、ドアが閉まる。

 ……なたりあさんと二人きりって、実はそんなになくて緊張する、な。


「ギルベルタさんとは、仲良しなんですね」

「ぅん。……あ、でも、たまに自然な感じでみりぃのこと子供扱いしてくるのは、困っちゃう……かな。ぎるべるたちゃん、悪気がないから、本当にみりぃのこと子供って思ってそうで……」

「ふふ……」


 みりぃの話を聞いて、なたりあさんが笑う。

 どうして、って顔を見たら、「すみません」と笑いながら言って、その理由を教えてくれる。


「ミリィさんも、ギルベルタさんを子供扱いされていますよ。ギルベルタ『ちゃん』と」

「……ぁ」


 そう。

 ぎるべるたちゃんはみりぃよりずっと年上のお姉さんなんだけど……見た目が可愛らしくて、言動が幼い子供みたいだからつい……はぅ、それって、もしかしてみりぃもみんなにそんな風に見られてるってこと、なの、かな?


「ベッドはどちらを使いますか?」

「ぇ、っと……みりぃ、どっちでも、ぃい、ょ」

「そうですか? では奥をお使いください。不審者が侵入しても、私が排除いたします」

「ぁりがとぅ……ね」


 楽しそうに笑って、なたりあさんが大きなカバンを持ち出す。

 ぁ、みりぃもパジャマに着替えなきゃ。

 その前に、お湯で体を拭きたいな。

 潮風でちょっとべたべたするし、汗も、かいちゃったし。


「申し訳ないと思っています」


 ふいに、なたりあさんが言う。こっちに、背中を向けたままで。

「申し訳ない」って、なにが?

 よく分からなくて、黙っていると、なたりあさんはこっちを向いて、少しだけ寂しそうな顔で言った。


「私と二人では、あまり安らげはしないでしょう?」

「ぇ、そんなこと……」


 ホントのことを言うと、みりぃはまだ、領主様や貴族の人たちの前に出ると緊張する。

 同じ馬車に乗るのも、同じ船に乗るのも、すごく緊張する。

 えすてらさんやるしあさんはとってもいい人で、みりぃにもすごく優しくしてくれる。

 酷いことをされるなんて思ったことはない。


 ……けど、それでもやっぱり、みりぃは緊張しちゃう。


 それが、なたりあさんには伝わっちゃってたんだ。

 みりぃが、避けてる……って、思われちゃった、かな?


「ぁ、ぁの、ね、なたりあさん……」


 伝えたかった。

 決して嫌っているわけではないって。

 嫌だから避けているわけじゃないって。

 ただ、勝手に……体が、強張って……


「……ごめん、ね。みりぃ、イヤな子、だね」

「いいえ。ミリィさんはとてもお優しい、素敵な女性ですよ」


 そう言って、体の向きを変え、みりぃの目を覗き込むように話しかけてくる。


「いい子には、おやつを差し上げましょう」

「みりぃ、子供じゃないもん!」

「はい。ミリィさんは『お姉さん』ですよね」

「それ、子供扱いしてる!」


 なたりあさんが、からかってくるぅ!

 ……けど。


「ぁのね、なたりあさん」

「はい。なんでしょうかミリィさん」


 きちんと、みりぃのことを見てくれてる。


「みりぃ、人見知りで、怖がりで、勇気がなくて……てんとうむしさんに出会うまで、生花ギルドのみんなと、じねっとさんくらいしか、お話することも出来なくて……」

「はい」


 静かな相槌が耳に届いて、安心する。

 ナタリアさんの声、優しい。


「だからね、まだちょっと、緊張したり、言いたいこと、ちゃんと言えなかったり、するけど……」

「はい」

「でも、ね。なたりあさんのことも、えすてらさんも、るしあさんも、ぎるべるたちゃんも……みんな、好き……だょ?」

「はい。我々も、ミリィさんのことが大好きですよ」


 ふわりと、そよ風に包まれるように抱きしめられる。

 ……ぁ。

 なたりあさんのにおい……優しい。


「あぁ、ミリィさん! あぁ、いい匂い! 柔らかい! ぷにぷにぃ! ぷにぷにぃいい!」

「そーゆー感じも、ちょっと緊張する原因、だょ!?」


 うふふと笑い、なたりあさんが離れていく。

 ほっとしたけど、なたりあさんの体温が感じられなくなって……ちょっとだけ寂しい、かも。


「ミリィさん。今夜はたくさんお話しましょうね。お互いをよく知れば、もっと仲良くなれると思います」

「ぅん。みりぃのことも、もっとよく知って、ね」

「では、スリーサイズを」

「そーゆーのじゃなくて!」


 もぅ、なたりあさんは、ちょっとてんとうむしさんみたい。


「いえ。ミリィさんの仲良しが、店長さん、ヤシロ様、レジーナさんでしたので、そーゆー人種がお好きなのかと」

「ぁの……じねっとさんを、そこに混ぜないで、ぁげて、ね?」


 はぅ!

 今の言い方はてんとうむしさんとれじーなさんに失礼!?

 ぅう……でも…………


「……ぅん。じねっとさんは、別」

「ヤシロ様たちへの配慮を、一切合切かなぐり捨てましたね」

「はぅ……」


 おかしそうに笑うなたりあさん。

 きっと、みりぃが困るって分かっててあんな言い方したんだ……もぅ、意地悪だな。


「ミリィさんの生い立ちや、この街での虫人族の過去。それらを思えば、ミリィさんが人見知りになられる理由も分かります。同時に、ミリィさんが我々を避けたり忌避しているわけではなく、むしろとても好感を抱いてくださっていることも、きちんと分かっていますよ」


 静かに、たんたんと、みりぃへ向けて語りかけてくるなたりあさん。


「それどころか、我々に対し遠慮してしまうご自身の性分を歯がゆく思っておられることも存じています。そのせいで、ご自分を責めたりしてはいないかと、少々不安です」


 それは、……ある。


 こんなに優しいなたりあさんたちに対して、緊張して、ちょっと避けるみたいな態度をしちゃったかもって後悔することは、たまにある。

 じねっとさんやてんとうむしさんの時みたいに、もっと普通に話したり、素直に甘えられたりしたらいいのにって。


 でも、いつも優しくしてくれるから……逆に申し訳なくなる。

 みりぃは、何もしてあげられてないのにって。


「ですので、今日は同じお部屋になれてとても嬉しいです」


 そっか、それでなたりあさん、ミリィと同じぉ部屋がいいって、最初から……

 みりぃが、えすてらさんやるしあさんの前で、緊張しないように。


「ぁりがとね、なたりあさん」

「いえ。それに、少しの間でも、ミリィさんを独占できるなんて、この上ない贅沢ですからね」

「そんなこと、なぃ、ょ」


 優しい笑顔がみりぃを見てる。

 どうしてだろう。

 そこまで年齢が離れてるわけじゃないのに、なんだか……お母さん、みたい。

 ……って思うのは、なたりあさんに失礼、かな?


「仲良くしてくださると、私はとても嬉しいですし、エステラ様もきっと喜ばれます」

「ぅん。もっと、仲良く、なりたぃ」

「それに、才色兼備で気配り上手の力持ち。『BU』を始め、出かける先々で『あ、あの美人は一体誰!?』と話題沸騰なスーパーレディである私と仲良くなれば、エステラ様やルシア様に緊張することはなくなるでしょう。領主ではありますが存外大したことないですから、あの二人」

「ゎあ!? なたりあさんが、そういうこと言っちゃ、だめ、だょ!?」

「乳もありませんし!」

「うぅ……それは、みりぃも……人のこと言えない……」


 みりぃも、るしあさんと同じくらいだし……


「大丈夫ですよ、ミリィさん。女性は乳がすべてではありません!」

「じゃあどうして今そこに言及したの!?」

「面白いかと思いまして!」

「なたりあさんは、一回物の考え方を見直した方がいぃと思う!」


 大きな声を出したら、なたりあさんがみりぃのことをじっと見ていて、目が合った瞬間に二人して笑っちゃった。


 ぅん。

 こうやって、同じことで笑って、同じ思い出がたくさん出来たら、きっともっと仲良くなれる。

 てんとうむしさんが出会わせてくれた人たちはみんな素敵な人ばかりで、みりぃは憧れたり、尊敬したり、真似してみたくなったりばっかり。


 今日を境に、もっと仲良くなれるといいな。

 ぅうん。仲良くなる。今決めた。


「ではミリィさん。友好の証に、今夜はお揃いの格好で寝ませんか?」

「ぅん。この前みんなで買ったお揃いのパジャマで――」

「いえ、全裸で!」

「それは、みりぃは、むりっ!」

「全裸でパジャマパーティーです!」

「全裸はパジャマ着てない、ょ!」


 その後、みりぃは『エステラさんごっこ』って言われて、なたりあさんに汗を拭いてもらったり、着替えさせられたり、ベッドに寝かしつけられたりした。

 えすてらさん、毎日こんなことしてもらってるの、かな?


 ちょっと恥ずかしいけど……なたりあさんがすごく大切に扱ってくれてるって分かるから、なんだか、すごく嬉しい。

 それに、物凄く贅沢な気分。

 ……ぇへへ。


「あぁっ、ミリィさんの汗! 脱ぎたての衣類! ベッドのぬくもりっ!」

「ぅにゃぁああ! なたりあさん、落ち着いて! なたりあさんのベッドはあっち! もぐりこんできちゃダm――服を着てぇえ!」


 なたりあさんの暴走は、みりぃには止められそうにないから、みりぃはパジャマのままスイートルームに駆け込んじゃった。






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