報労記33話 甲板での二次会 -4-
「わっ! 釣れました!」
竿を入れて五分も経たないうちに、ジネットが小ぶりの魚を釣り上げた。
これは、アジだな。
「ホント、好きなんだな、アジ」
「たまたまですよ」
自分で釣り上げたアジを見つめ、ジネットが感慨深そうに言う。
「まさか、自分でアジを釣れる日が来るなんて思いませんでした」
アジはジネットの好きな魚だ。
思い入れもあるのだろう。
「初めてヤシロさんと二人で食べた海魚ですね」
その思い出かよ。
「尾頭付きって言葉がバグってたんだよな」
「そうでしたね。今ではすっかり普通に翻訳されていますよ、尾頭付き」
俺が言う尾頭付きが、ジネットには活き造りと聞こえていたんだよな。
「みなさんにはどう聞こえていますか? ……って、『強制翻訳魔法』の中で聞いても分かりませんよね」
えへへと頭をかくジネット。
「確かめる方法はあるぞ。『尾頭付き』と『活き造り』は同じ言葉に聞こえてるか?」
「いいえ、違う言葉ですね」
カンパニュラが答える。
つまり、俺とジネットが行ったやり取りで『強制翻訳魔法』が学習し、それがオールブルーム中で適用されたというわけか。
なるほど、興味深い……
「店長さんがどちらも作るですから、言葉を覚えたです」
……ってわけではないらしい。
そういえば、ジネットはタイの尾頭付きとか、イカの活き造りを作ってるな。
なんだよ。ここにいる連中全員尾頭付きと活き造りを知ってるのかよ。
じゃあ別に『強制翻訳魔法』が学習したわけではなさそうだ。
きっと、どっちも知らないヤツに聞けば「え、尾頭付きってなに?」って言われることだろう。
活き造りだけを知ってるってヤツに聞けば、ジネットと同じような反応になるかもしれんが……活き造りを知ってるヤツ自体そうそういないんだろうなぁ。
わざわざ検証するほどのことでもないし。
「包丁があれば作ってきてやるんだがな」
「お刺身だったら、ルシアさんたちが食べてくださるかもしれませんね」
「じゃあ、ちょっと厨房へ――」
「いや、あたしがひとっ走り行って包丁を借りてくるです!」
「ここで捌かせる気かよ?」
「釣ってすぐ食べるとか、すごい贅沢です!」
「それもそうね。ヤシロ、あたしもそれ食べてみたい」
ロレッタの意見にパウラが食いついた。
じゃあ、お前らがしっかり用意しろよ。
「なら、包丁とまな板、皿と箸かフォーク。醤油と小皿、それから真水の入った樽と桶を二つか三つ頼む」
「結構いろいろいるですね!?」
「いいわ。持ってきてあげる。行くわよロレッタ」
「はいです! パウラさん、ちゃんと覚えといてです。あたしはもう半分くらい忘れたですから!」
「ちょっ……だから、あんたはそーゆーいい加減なところが……聞きなさいよ! もう!」
タタッと駆けていくパウラとロレッタ。
よく似た後ろ姿を見て、ネフェリーとミリィが笑う。
「そっくりだよね、あの二人」
「ぅん。姉妹みたい、だね」
やっぱ、みんなそんな認識みたいだ。
「やった、釣れたよ、ウェンディ!」
「すごいわ、セロン。私は全然ダメ」
数がいても、ヒットがないヤツはないっぽい。
「ウェンディ。その下って何か着てるか?」
「え? いえ、あの……肌着だけ、ですが?」
「じゃあ、胸元をはだるわけにはいかないか」
「え……っと、あの、はい。ご期待に沿えませんで……」
人妻のパイチラを期待してたわけじゃねぇよ!
人聞き悪いこと言わないでくれる!?
「じゃあ胸元じゃなくて、ちょっと腕をまくってみ? 魚の中には光に寄ってくる習性を持つヤツがいるんだ。釣りやすくなるぞ」
「そうなのですか? では――」
と、ウェンディが袖をまくると――
「「「眩しっ!?」」」
目がー! 私の目がー!
あまりの眩しさにまぶたを閉じていると、「ビチビチビチ! ばしゃばしゃばしゃ!」とけたたましい水音が聞こえてきた。
「物凄く寄ってきました、英雄様!? わっ!? きゃっ!? 釣ってないのに飛び出して来……助けてくださいぃいいい!?」
「ウェンディ、袖を! 袖を戻して!」
ウェンディが袖を戻すと、世界に闇が広がる。
瞳孔が狭まるまでの少しの時間、なんにも見えなくなった。
「英雄様……あの…………釣れませんでした」
「うん、ごめん。まさかこの海の魚がここまでアグレッシブだとは思わなかったんだ……」
目が慣れて、ウェンディの周りを見ると、床の上に無数の魚が横たわっていた。
この世界の魚、無謀が過ぎるぞ。
どんだけ光を求めているんだ。
「ゎっ!?」
急に声を上げたミリィを見れば、竿が大きくしなっていた。
かなり大物だ!
「気を付けろ! ミリィよりデカいかもしれない!」
「そんな大きなお魚入ってないもん! みりぃ小っちゃくないもん!」
いや、分からんぞ。
デリアが釣り上げた魚だ。
4メートルくらいあっても俺は驚かん。
「ミリィ、体が逃げてちゃダメだ。あたいが支えててやるから、魚と向き合え!」
「ぅ、ぅん! お願いね、でりあさん!」
ミリィを背中から抱きしめるようにデリアが覆いかぶさり、竿に手を添える。
決してミリィの邪魔をしないように配慮している。
「ぇ~い!」
デリアに付き添われながら、竿を持ち上げたミリィ。
糸の先には30センチ級の大きな魚が。
「釣れたぁ!」
「よくやったな、ミリィ!」
「ぅん! ぁりがとね、でりあさん」
初ゲットを喜び、分かち合うデリアとミリィ。
それを見て、カンパニュラがきゅっと唇を引き結ぶ。
「私も頑張ります!」
「カンパニュラさんには、わたしがついていますよ!」
「……店長。店長の竿、引いてる」
「へ? わっ、大変です!」
カンパニュラの応援をしようとしていたジネットだが、自分の竿にヒットが来て、慌ててそちらへ向かう。
「……というわけで、カンパニュラはマグダが支える」
「お願いします、マグダ姉様」
「……一番大きいのを釣る」
マグダもカンパニュラも、川での釣りでそこそこ釣っていた経験者だ。
そのうち釣れるだろう。
「お兄ちゃん、持ってきたです!」
「ちょっとロレッタ! あんたも水持ちなさいよ! 重いんだからね、これ!」
細々したものを大量に運んできたロレッタと、でっかい樽を運んできたパウラ。
まぁ、役割分担としては正解かもな。
「じゃ、アジの尾頭付きを作るか」
そういえば、ジネットと一緒に初めて食ったアジの尾頭付きも俺が捌いたんだっけな。
「うわっ、ヤシロ、上手~! さすがねぇ」
パウラが俺の手元を見て感嘆の息を漏らす。
「カンタルチカでもお刺身はじめてみようかなぁ。港も出来たし」
「清酒やビールにはよく合うぞ」
「だよね! あたしもそうじゃないかと思ってたんだ」
パウラ自身はそこまで酒を飲む方ではないが、酒飲みが好みそうな料理には詳しい。
刺身と清酒……これが美味いんだ。
「釣れました!」
アジの尾頭付きが完成した時、ジネットが喜びの声を上げる。
そして釣り上げた魚を俺のところへ持ってきて、おかしそうに言う。
「またアジでした」
「どんだけ好きなんだよ、アジ」
「あ、ヤシロさんの尾頭付きですね。懐かしいです」
「ほい。釣った本人が一口目、いってみろ」
「いいんですか? では、お言葉に甘えて――」
醤油を小皿に取り、ワサビではなくしょうがをつけて、ジネットがアジの刺身を食べる。
「とても新鮮で、美味しいです」
「ジネット。あたしも一切れもらっていい?」
「はい。たくさん食べてください。わたしも捌きます!」
「釣りはもういいのかよ?」
「はい。あの……腕が、少し……」
何十人前の料理を作っても痛めない腕が、魚二匹で疲れたのか?
料理筋は、日常で使う筋肉とは別なのかねぇ……気合いの差かもな。
「やりました!」
ジネットが手を洗い終えた時、カンパニュラが嬉しそうな声を出す。
「見てください、ヤーくん、ジネット姉様! カンパチです!」
それは、見事なカンパチだった。
90センチはあるだろうか。
……よく釣り上げたな。
カンパニュラもだが、デリア……8メートルも引き上げたのか、こんなデカいのを。
「すごい、大物ですね!」
「はい。マグダ姉様が手伝ってくださいました」
「……カンパニュラの技術も冴え渡っていた。二人の勝利」
カンパニュラには勝利を譲ってやるんだな、マグダは。
ロレッタの場合は手柄を奪いに来るのに。
「これは捌き甲斐がありますね! ……えっと、あみだくじで――!」
「いいよ、捌いて」
どっちが捌くか勝負です! とか、いいから。
捌きたくて仕方ないの、お前だけだから。
「では、捌かせていただきます!」
一部は釣りをしながら、一部はジネットの華麗な包丁捌きに感心しながら、夜の釣り大会は続いた。
脂のブリ、食感のカンパチとはよく言ったもので、釣りたてのカンパチはこっりこりで最高に美味かった。
久しぶりにシラハの「おかわりぃ~」が聞けたほど美味かったといえば、その味の良さを分かってもらえることだろう。
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