報労記33話 甲板での二次会 -3-
「エステラ」
「ん?」
しばし無言の時間を過ごし、静かになったエステラに声をかける。
放っておくと、このまま寝られそうだったんでな。
「もう少し釣りに付き合うか?」
「今からかい?」
「あぁ。ジネットとカンパニュラに釣り堀を経験させてやろうと思ってな」
「釣り堀……あぁ、デリアが釣り上げた魚だね。すごいことになってるよ、生け簀。きっとすぐ釣れるよ」
「うまくいきそうなら、川のそばに釣り堀を作って、ガキどもにやらせてやれば、ベルティーナが喜ぶぞ」
「そういえば、そんな話をしていたっけね。いろいろ厄介ごとが舞い込んできて、すっかり忘れてたよ」
「今年は光の祭りをやるんだろ? ご機嫌はとっといた方がいいぞ」
「シスターなら、お願いすれば引き受けてくれるよ。……けど、そうだね。だからこそ、シスターにはたくさん喜んでもらわないとね」
体を起こし、膝に手を添えて立ち上がるエステラ。
「よし! それじゃあ、やってみようか」
急に立ち上がったせいか、そう言った直後に足をふらつかせる。
椅子から立ち上がり、ふらつくエステラの体を支えてやる。
「……っと。危ねぇな」
「へへ……ごめん。やっぱり、ちょっと酔ってるみたい」
漏れた息から、微かに酒のニオイがした。
酔ったエステラの笑顔は柔らかい。へにゃへにゃだ。
「ちっとも寄っていませんし、寄せても上がりませんよ、エステラ様は」
「急に出てきて、なんの話をしているのさ、ナタリア?」
「おっぱいですが?」
「知ってるよ」
「おっぱいだろう?」
「知ってるって言ってるよね? 聞いてなかったのかい、ヤシロ」
「「おっぱ~ぁい♪」」
「ハモるな! っていうか、なんでハモれるのさ!? いつ練習してるの、そーゆーの!?」
ふん、練習など……
「「目を見れば分かる!」」
「その奇妙な能力、これ以上昇華させないように!」
「いえ、研鑽を積みます」
「不許可だよ!」
「ですが、こうでもしないと……一晩中イチャイチャしそうでしたし」
「いっ、いちゃいちゃなんか、し、してないよ!? ね!?」
「『ねぇ~☆』ではありませんよ、エステラ様」
「そんな甘ったるい声は出してないだろう!?」
「ずっとイチャイチャしてましたからね。ずっとイチャイチャ、ずっチャですよ!」
「ずっチャってなにさ!?」
エステラの甘え上戸に、給仕長ストップがかかったようだ。
というか、寂しくなったから絡みに来たな、こいつ?
「あと、アップルパイ、私にもください」
「分かったよ。ジネットちゃんに頼んであげるから」
エステラに構ってもらって、嬉しそうにほくそ笑むナタリア。
こいつの主人愛も相当だな。
「ナタリア。ちょっとエステラ借りてくけど、お前も来るか? それともまだ飲んでるか?」
「飲むのは部屋に戻ってからが本番ですので、お供します。監視の目がないと、脱ぎかねませんから」
「脱がないよ、君じゃあるまいし!」
「なぜ私が本日穿いていないことをご存じなんですか!?」
「ご存じじゃなかったし、穿いて!」
「奇遇やなぁ、ナタリアはん。お揃いやわ」
「穿け!」
「なぁ、ヤシロよぉ。女子三人で穿く穿かないって会話でヒートアップするのは、四十二区の日常なのか?」
「あの三人が揃った時くらいだ」
特に、ナタリアとレジーナが揃うと、もうそういう話にしかならない。
「イメルダは、そうならないといいんだがなぁ」
「失敬ですわよ、お父様」
不安を漏らしたハビエルに、イメルダがぴしゃりと言い放つ。
「ワタクシは、ちゃんと穿いておりますわ!」
「くぅ……っ、ちょっと手遅れっぽいなぁ、ちきしょー!」
あぁ、うん。
イメルダも、案外『ソッチ』側かな。
パンツの話をよくしてるよ、その辺の連中は……
「あ、そういえばジネットもよく俺とパンツの話してるなぁ」
「そりゃ、確実にお前が発信して、店長さんは被害者だろうに」
でもな?
ジネットは、パンツにはこだわりがあるんだぞ?
街門の外に行くときは勝負パンツって決めてるようだし。
つまり、今日のジネットはすっけすけだ!
「ジネットは街門の外に出る時はいつも勝負パン――」
「ヤシロさんっ」
ガッシャっと、乱暴にアップルパイとカップの載ったトレイがテーブルに置かれる。
ジネットよ。もっと丁寧に扱わないと、中身がこぼれるぞ?
「おぉ、ジネット。今釣り堀の話をしてたんだが、よかったらこの後――」
「違う話をされていました! 聞きました! もう、懺悔してください」
「いや、違う違う。パンツの話の前は釣り堀の話をしてたんだが、エステラが急に『ボクは穿かない派だ!』とか言うからさぁ」
「言ってないよ!?」
「だから、懺悔するのはエステラじゃないかと」
「懺悔してください。ヤシロさんがしてください!」
ちぇ~。
贔屓がひどいや。
「それで、釣り堀ですか?」
ジネットの怒りは、言いたいことを言い終わるとともに霧散するシステムなのだ。
なんか、格闘ゲームの必殺技ゲージみたいだな。
ダメージを受ける度にちょっとずつ溜まっていって、超必殺技を使うと一気にゲージを使い切る――みたいな?
つまり、ジネットの『懺悔してください』は、超必殺技ということか。
だとしたら、連発し過ぎだろうに。
ご利用は計画的に。用法容量を守ってご使用ください。懺悔依存、ダメ、絶対!
「デリアが大量に釣ってくれたから、面白いように釣れるぞ。いい感触なら、川のそばに釣り堀を作って教会のガキどもに体験させてやればいい」
「実現すれば、きっとみなさん喜びますね。では、わたしが試してみますね」
「カンパニュラもやってみるか?」
「はい。やってみたいです。デリア姉様にコツを教えてもらいます」
「ミリィは……あ、デリアに捕まってるのか。じゃあ、ついでに呼んできてくれ。ミリィにも体験してもらおう」
ミリィは、川での釣りに参加してないからな。
「では、呼んでまいります」
デリアたちは、酒飲みたちから少し離れたところで女子トークを繰り広げている。
メンズは気を遣って近付かないようにしてたんだよ。
ロレッタとマグダも、一度こっちに来た後はそっちに混ざっていた。
「私も挑戦してみていいかしら?」
カンパニュラが駆けていくのと入れ替わりに、シラハとオルキオがやって来た。
「オルキオは飲まないのか?」
「いただいているよ。ただ、私はそこまで強くはないからね。量はほどほどにしているんだ」
「オルキオしゃんは、私よりもお酒に弱いのよ」
「シラぴょんが強いんだよ」
「だって、お酒って美味しいんですもの」
美味いってのは、酒が強いってことの理由にならないけどな。
「英雄様。僕たちもご一緒してよろしいですか?」
と、暗闇からセロンが声をかけてくる。
セロンの周りが暗い!?
と、思ったら、薄ぼんやりと光るウェンディが隣にいた。
「どうした、ウェンディ!? 具合でも悪いのか!?」
「あの、英雄様……私は、元気だから発光していたわけではないのですが……」
ウェンディが妙に暗いと思ったら、着ぐるみパジャマを着ていた。
「へぇ~、想像以上に光を遮断してるな」
「はい! これは素晴らしいものです、英雄様! 首回りや手首からも光がほとんど漏れないんです! すごいです!」
「それに、レジーナさんから光を抑える薬もいただきまして。……こんなに暗いウェンディは久しぶりです」
「うん。こんなに暗くなれるなんて、夢みたいです!」
暗くなるって、普通はマイナスな発言なんだけど、ウェンディの場合は比喩表現ではなく実際に暗くなってるからな。
ポジティブに暗い。
すごく暗い(いい意味で)。
「あ、着ぐるみパジャマ! 着たの? 見せて見せて!」
カンパニュラが呼びに行ったミリィにくっついて、ネフェリーたちがやって来る。
ウェンディとはそこそこ仲がいいらしいネフェリーが駆け寄ってくる。
「わぁ、可愛い! ウェンディ、すごく似合ってる!」
「ホント? 嬉しいわ」
「五歳くらい若く見える」
「まぁ、大変。私未成年に間違われちゃう!」
と、笑っていいのか微妙な気持ちになる冗談を言い合って二人で笑っている。
いや、ウェンディは二十……うん、永遠の十五歳だね。じゃあもうそれでいいよもう。
しかし、口ぶりを見るに、本当に仲がよさそうだ。
ネフェリーは敵が少ないというか、誰とでも仲良くなれるんだな。
デリアとは、合わなかったみたいだけど。
「すごいね、これ。あんまり暗いから、ウェンディいないのかと思っちゃった」
「ふふ、冗談ばっかりね、パウラってば」
「いや……割とまじめに……だって普段の存在感すごいんだもん」
まぁ、とりあえず、これだけ薄暗ければセロンも眠れるだろう。
ぐっすり眠るといいと思うよ!
決してパジャマを脱いだりすることなく! ね!
「ヤシロ! 竿の用意できたぞ!」
少し遅れてデリアが竿を抱えてやって来る。
「んじゃ、釣り堀に行ってみるか」
デリアと並んで生け簀へ向かう。
ルシアたちはこっちで酒を飲んでいるらしい。
ま、好きに過ごせばいいさ。
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