報労記32話 あっという間に日が暮れて -2-
「じゃ、夕飯の準備をしよ~☆」
真っ暗になった海を見つめる俺たちの耳に、マーシャの底抜けに明るい声が届く。
そうだな。日が沈んだのなら、夕飯の時間だ。
ちょっと遅くなったくらいだ。
「準備は?」
「食堂で、万全だよ~☆」
「では、わたしもお手伝いしてきます」
「ジネット姉様、私も」
「……ロレッタは、マグダと食堂の準備を」
「はいです! お出迎えも、ウェイトレスの大切なお仕事ですからね!」
だっと駆け出す陽だまり亭一同。
ジネットと、ジネットに合わせたカンパニュラは亀の歩みだとはいえ。
「それじゃあ、エステラたちの勝負もここで終了だな」
「ふふん! やっぱり、ボクの大物を超える魚は釣れなかったようだね、イメル――」
「釣れましたわ!」
「見てみろヤシロ。この魚、今日一番デッカいぞ!」
「えぇええ!?」
俺たちが夕日に見惚れている間も、イメルダはコツコツと釣りを続け、とんでもない大物を釣り上げたらしい。
あまりの大きさに、デリアが引き上げるのを手伝ったようだ。
……めっちゃ長い網だな、おい。
で、よくそんなもんを器用に扱えたな、デリア。
「最後の最後で逆転大勝利とは、まさにワタクシに相応しい勝利の仕方ですわ!」
「ズルいよ、今まで釣ってたなんて! ボクは夕日をちゃんと見てたのに!」
「勝負は、終了するその瞬間まで終わりではないのですわ! その油断があなたの敗因ですわ!」
「くぅ! じゃあ、ボクももう一回――」
「店長さんのお料理、召し上がりませんの?」
「くぁああ! イメルダ、ズルい!」
エステラがジネットの飯を後回しに出来るはずがない。
それも込みで、イメルダの完全勝利だな。
「エステラ」
「やしろぉ……」
「大丈夫。みんなこうなるって思ってたから」
「「「「うん、うん」」」」
「ヒドいよみんな!? 誰か一人くらいボクの勝利を信じてくれていてもよかったじゃないか!」
「だって、エステラだし……」
「ねぇ?」
「だってってなにさ、パウラ!? ねぇってなにさ、ネフェリー!?」
まだ負けを認められないエステラとは対照的に、イメルダはお上品なウィニングランを見せている。
釣り上げた魚を頭上に掲げて、甲板をパリコレよろしく練り歩く。
なんか、ボクシングのラウンドガールみたいだな、その動き。
「まぁ、奥のベッドはイメルダにくれてやれ」
「領主のボクが、入り口そばのベッドで眠るなんて、不用心じゃないか」
「この船に襲撃者なんかいないだろうが」
「…………ヤシロがいるもん」
「襲うか、そんな揺れもしない乳」
「わ、分かんないじゃないか!」
「「「いいや、揺れない!」」」
「そっちじゃなくて、ヤシロが血迷って……って、そんな声を揃えて確信しないでくれるかい、諸君!?」
このメンバーがいる中で、しかもイメルダが同じ部屋にいる状況でエステラに夜這いをかけるリスクって、火山口に素っ裸でダイブするより危険だろうよ。
誰がするか、そんな自殺行為。
俺は、不労所得でぬくぬくと悠々自適で優雅な老後を送りながら誰より長生きするのが夢なんだよ。
「負けは負けだ。奥のベッドはイメルダに譲れ」
「……それは、そうだけどさぁ」
「ちなみに、スイートルームのベッドは、ハビエルが一撃で『欲しい!』と唸るくらいの最高級のマットレスが敷いてあるぞ」
「分かった! 奥のベッドはイメルダに譲るよ! ボクはスイートルームのベッドを使う!」
「お待ちなさいまし! 勝者のワタクシにこそ、その快適なマットレスを使う権利がありましてよ!?」
「いやいや、勝者への景品は奥のベッドの使用権だったから。悔しいけど、君に譲るよ」
「この人が領主で、本当によろしいんですの、四十二区領民の皆様!?」
まぁ、四十二区には、それくらい緩い領主がお似合いだろう。
「あはは。もう、全部予想通り」
「ホント。エステラもイメルダも、分かりやすいんだから」
「そんなに日焼けしちまってさぁ。ご苦労さんさね」
呆れた様子でノーマが言って、先に食堂へと向かう。
パウラやネフェリーもそれに続き、ミリィが「二人ともすごく頑張ったね。でりあさんも、いっぱい釣れてよかったね」と、釣りチームを労っている。
んじゃ、そろそろ俺たちも向かうか。
「ヤシロ、ヤシロ! これ、全部あたいが釣ったんだ。いっぱい食べような!」
「デリア、お前、どんだけ釣ったんだよ……海の生物絶滅させる気か」
物凄い釣果だった。
なんかもう、デッカいタライに物凄い山積みの魚が……
「生け簀にまだいっぱいいるぞ!」
そうだった!
生け簀もあるんだった!
……え?
もしかして、生け簀の容量オーバーしたからタライ出てきたの?
もうこの辺の生態系破壊されてんじゃない?
「大丈夫だぞ。ちゃんとキャッチ&リバースもしたし!」
何匹か食ったの!?
で、吐いたの!?
なにしてんの!?
「あとで、ジネットに夜釣りでもさせてやるか」
「そうだな! あの生け簀なら、素手でも魚捕まえられるぞ」
やっぱりぎっちぎちっぽいな、生け簀!?
「く……っ、ベルティーナがいれば、生け簀の魚もかなりの数間引けただろうに!」
「あぁ……今日のデリアはすごかったからねぇ。精々たくさん食べるんだね」
「店長さんに頼まれたのですわよね? シスターへのお土産にたくさん持って帰りたいからと」
「おう! だからあたい、いっぱい釣ったんだぁ」
誇らしげなデリア。
これなら、海漁でも川漁でもやっていけそうだ。
「あの方、欲しいですね」
「ギルド長とも懇意な様子ですし」
「え、じゃあギルド長の暴走を少しは止められるのでは?」
「え、待って、それって救世主じゃない?」
「やだ、あの人ウチに欲しい!」
「な~にをおしゃべりしてるのかなぁ? クルーのみんな~?」
「「「「ぴぃっ!」」」」
マーシャに一睨みされて、デリアに熱視線を送っていた人魚たちがプールの通路へと逃げ込む。
「……まったくもぅ」
「あはは。海漁ギルドに入ったら毎日マーシャと一緒にいられるけど、あたいには川漁ギルドがあるからなぁ」
「ギルドが違っても、仲良しだもんね~☆」
「あぁ。いつでも遊びに来ていいぞ」
「むぅ! デリアちゃんの方こそ、たまには遊びに来てよねぇ!」
「今来てんじゃねぇか」
「もっと頻繁に!」
「でも、マーシャが頻繁に四十二区に来るしさぁ」
「それはそうだけどぉ~! ……もぅ!」
「なに怒ってんだよぉ? マーシャぁ」
「知らないっ!」
マーシャが怒ってプールへと潜る。
あれは、ちょっとヘソを曲げただけだな。
自分ばっかり一方的に相手を好きで、独り相撲してるような気分になってんだろうよ。
デリアを陸に押し留めているもの。
四十二区の連中に対するヤキモチか。
「なんだよぉ、もぅ」
けど、デリアには伝わらないだろう。
面白い関係だな、ホント。
「デリアはモテるな」
「そうか? ヤシロの方がモテるだろ? オメロとかモーマットとかに」
「……せめて、もう少しマシな名前が聞きたかったよ、今は」
「アッスントか?」
「乳のないヤツにモテても嬉しくねぇの!」
「…………」
「無言でこっち見ないでくれるかい、デリア? ……怒るよ?」
視線が正直過ぎたな、デリア。
ノーマが一人、こっそり笑ってる。
デリアの単純な思考回路は、自分に矛先が向かないと面白いからな。
「あれ?」
食堂へ入ろうとしたら、中からロレッタとマグダが出てきた。
テーブルと椅子を持って甲板へと出てくる。
「みなさん。折角の綺麗な夜空ですので、外でお食事をしましょう」
ジネットとカンパニュラがドラム缶を縦半分に切断したような形状のグリルを持ち出してくる。
「あぁ、手伝うよ」
「あ、ヤシロさん。では、ヤシロさんは食材をお願いします」
「いいから、重いもんは俺に言え」
「ありがとうございます。でも、これは見かけより軽いんですよ」
鉄製のグリルは、確かに大した重さはなかった。
これなら、ジネットとカンパニュラでも平気か。
「指、切るなよ」
「はい」
切断された鉄は、指でなぞると切れてしまうことがある。案外危険なのだ。
「カンパニュラも、こういう物の扱いは十分に注意するように」
「はい。ありがとうございます、ヤーくん」
「鉄の扱いならアタシに任せとくれな。これだけじゃないんさろ?」
「はい。中にまだあと二つあります」
「なら、両方運んでくるさね。ナタリア、ギルベルタ、あんたらも手伝うさよ」
「あとでその谷間をツンツンさせていただけるのでしたら」
「便乗する、私も、ナタリアさんに」
「あんたらがツンツンしたって、いいことなんもないさろ!?」
「いえいえ」
「楽しい思う、私は」
「思うんじゃないさよ!」
「ノーマ、俺は何をすればいい!?」
「とりあえずその口を閉じるさね!」
「たったそれだけのことでツンツンを!?」
「させないさよ! 店長さん、懺悔させとくれな!」
「もう、ヤシロさん!」
へ~い、反省しま~す。
だから、さっさと飯にしよう。
さすがに、ちょっと腹が減った。
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