報労記32話 あっという間に日が暮れて -3-
全員で準備をして、甲板にグリルと食卓が設置された。
「それじゃあ、今日一日の労をねぎらって~、かんぱーいさね~!」
「いや、もうすでに飲んでるじゃない、ノーマ……」
すでに頬を赤くしているノーマのはだけそうな服を、ネフェリーが押さえる。
……おのれ、余計なことを。
「焼けるまで待てなかったのかよ……」
「ちゃ~んっと待ってたさよ~。飲みながらねぇ~」
からからと笑ってジョッキを揺らすノーマ。
上機嫌だ。
実に明るい酒だな。
「……アレが、あと二時間もすれば、地獄の絡み酒になるんですのよ」
「そして、三時間後には煉獄の泣き上戸に、ですね」
ノーマの酒癖を知っているイメルダとナタリアが涼しい目でノーマを見ている。
そうか。
じゃあ、あと二時間以内に解散しないとな。
「それはそうと――いよいよお楽しみのカニです! 店長さんの甲羅焼きのために今日一日を頑張っていたのです! エステラ様、本日は上がらせていただきます!」
「ちょっ、ナタリア!? ……まったくぅ。別にさっきまでだって休暇みたいなものだったじゃないか。……あ~ぁ、もう飲み始めちゃった」
「まぁ、楽しそうでいいじゃねぇか」
「……アレが、あと二時間もすれば、地獄の絡み酒になるんですのよ」
そっかぁ、ナタリアもなのかぁ。
イメルダ、いくつもの死線をくぐり抜けてきたんだなぁ。
その目、死地を見てきた傭兵より荒んでるぜ。
「この後のボクの警護はどうするんだろうね?」
「頼もしいイメルダ先生がいるじゃねぇか。魔獣でも酔っ払いでも、なんにでも対応できるんだぜ。なぁ?」
「本来なら管轄外ですのよ、そのどちらも。ワタクシ、木こりですので」
魔獣討伐も酔っ払いの介抱も、本来は木こりの仕事ではない。
だが、そのどちらも――
「イメルダの特技だろ☆」
「得意ではありませんわ! ……毎度毎度、精神が目に見える勢いですり減りますのよ?」
「飲んでおるか~、イメルダしぇんしぇ~い!」
「……はぁ。今日はルシアさんまでいらっしゃるんですわよね」
突如現れて、イメルダの肩を抱くルシア。
おぉ、イメルダの口から重たい空気が……この船が沈んでしまいそうな重さだ。
「……マーシャさんは、エステラさんの担当ですわ」
「え、待って待って! 絶対無理だよ、こんな楽しい日のマーシャなんて! 深夜まであのテンションでずっとしゃべりかけてくるんだから!」
うわぁ、それは面倒くさそうだなぁ。
「クルーに言って、プールの鉄格子が開かないように厳重な施錠をしてもらおう」
「一人で安全圏に逃げるなんて、許さないよ、ヤシロ」
「ふっ……、俺は紳士なんでな。夜中に女性と面会なんてしないのさ」
「マーシャは例外でいいよ」
「えぇ、例外で構いませんわ」
「お前ら、マーシャのこと、ホントは嫌いだろ?」
いいわけあるか。
「マグダさ~ん、ウーマロさ~ん。優勝賞品の伊勢エビが焼けましたよ~」
ジネットが巨大な伊勢エビの網焼きを皿に盛り付ける。
おぉ、すげぇデカい!
尻尾から剥き出された尻尾の肉厚たるや……すげぇな。
日本で食おうとすると一万円を超えるかもしれん。
「……では、この一番大きな部分はウーマロに、あーん――」
「ま、マグダたんがオイラにあーんを!?」
「――を、する権利をあげる」
「まさかオイラがする方だったとは!? それでも、至福のご褒美ッスー!」
いいのか、それで。
一番デカいところ、食われるぞ、優勝者。
ま、幸せそうだしいいか。
「……美味。ウーマロも食べるといい。遠慮はいらない。ウーマロが勝ち取った商品」
「はいッス! いただくッス!」
その認識があるなら、マグダが遠慮をすればいいと思うのだが……ま、いいか、本人幸せそうだし。何より、ウーマロだし。
「うふふ、ウーマロさん。一番大きいところあげちゃいましたね」
「まぁ、まだまだあるし、イヤってほど食わせてやれ」
「はい。どんどん焼いちゃいますね」
「ジネット姉様、デリア姉様のお魚がいい焼き色になりました」
「では、それは切り分けてすだちのソースをかけてください」
「はい!」
「……手伝う」
「カニパーにゃは、まだ刃物の扱いに気を付けなければいけないですよ」
「はい。お願いします、マグダ姉様、ロレッタ姉様」
いつの間にか、すっかりと板に付いている。
カンパニュラを含めた、陽だまり亭のフォーメーションが。
「こうして見ると、ずっと昔から店にいたみたいだな、カンパニュラ」
「マグダさんとロレッタさんが特に気を付けてフォローしてくださっていますから。……ふふ、もうすっかり欠かせない人員ですね」
妙に収まりのいい光景だと、そう思った。
切った焼き魚を小皿に取り分け、早足で配り歩くカンパニュラ。
その動きを、別の仕事をしながらもしっかりと気にかけているマグダとロレッタ。
なるほど。ジネットの言うとおりかもしれない。
「後輩が出来ると、先輩が大きく成長するからな」
「そうですね」
すっかり頼もしくなった先輩二人を見つめ、ジネットは幸せそうに微笑む。
「信頼してお任せできる。そんな心強い存在になりました」
そして、俺を見て照れ笑いを浮かべる。
「わたしも、みなさんに負けないようにもっと大きく成長しなければいけませんね」
「「「「えっ!? まだ大きく育つの!?」」」」
「そ、そこのことじゃありません! も、もぅ! ヤシロさんも、みなさんも懺悔してください!」
おぉ、旅行という非日常がもたらした希有な化学変化か。
懺悔を言い渡されたのが俺以外にもたくさんいる。
今日は記念日かもしれない。
一同に怒った直後、何事もなかったかのようにみんなに食事を配り歩くジネット。
こうして、みんなと一緒に食事できることが嬉しいと、その顔に書いてある。
楽しそうに働く陽だまり亭一同を見つめる。
俺も働くべきなんだろうが……もう少しだけ。
「はぁ……おいっしぃわぁ、このエビ」
「おぉ、生きてたのかレジーナ」
「生き延びたったでぇ……なんなんやろぅなぁ、あのスイートルームに充満しとった熱気……前向きで、意欲的で……胃ぃに穴開くか思ぅたわ……」
「正の感情に滅ぼされる、負属性の魔族かお前は」
「え? 『性の感情が迸る、うっふん属性の裸族』?」
「耳腐ってんのお前? あぁ、腐ってんのは心か」
「イエスかノーかで言ぅたら、イエスやね!」
「滅びればいいのに」
根強いなぁ、こいつの『腐』属性。
浴槽のゴムパッキンに根を張った黒カビでも、もう少し楽に根絶できるわ。
「お前も、何か役を振ってやろうか?」
「絶対御免やわ。……他人に注目されるんは、『いゃん、スカート履き忘れてもぅた!』って、慌てて大通りから逃げ帰る時だけで十分や」
「そんな奇抜なシチュエーション、そうそう巻き起こさないでほしいもんだね、レジーナ」
エステラが死んだ魚のような目で、死んだ魚をむさぼりながらやって来る。
今お前に食われてる焼き魚の目の方が、まだ活き活きした目をしてるぞ。
「なぁ、エステラはん」
「ひぅっ……な、なに?」
レジーナに名を呼ばれ、エステラが息を飲む。
お~お~、ほっぺた赤くしちゃって。
嬉しかったの? ん? 嬉しかったの~?
「ヤシロ、うるさい」
一言もしゃべってないけどな。
「自分、真っ黒やで?」
「う、うるさいな。……そうまでしてでも、負けられない戦いがあったんだよ」
「その戦いには負けたけどな」
「イメルダも同じくらい日焼けしてたから、この勝負はドローだよ!」
いや、ドローではねぇよ。
完全無欠にお前の負けだから。
え、いつの間に日に焼けた方が負けってルールになったの?
「ウチ、思うねんけどな……」
少し冷たくなった風に前髪を揺らして、レジーナは星が輝き始めた夜の空を見上げる。
「褐色女子のヌードって、エッロいやんなぁ?」
「なんて綺麗な顔で爛れた発言してるのさ!? 真面目に聞いて損したよ! ……あと、そんなことに同意を求めないように!」
「そうだぞ。純白女子のヌードも十二分にエロい! そう言いたいんだよな、エステラ!?」
「同意を求めるなと言ったところだよ、ボクは! 今! ついさっき!」
「ここにいると損しかしない」と、エステラは焼き魚にかじりついてジネットの方へと歩いていく。
「で、俺に何か話か?」
「んにゃ。さすがにちょっと疲れたさかいな。休憩や」
「俺のそばは癒やされるからなぁ」
「せやねぇ、ウチと同じ『性の力』迸っとるもんなぁ」
お前、それを肌で吸収して回復できるモンスター?
やだ、駆除しなきゃ。
「ミリィちゃんがな、やっぱちょっと緊張してはったさかい、落ち着くお薬あげといたわ」
「いつだ?」
「乗船直後や」
そういえば、少し大人しかったか……
「けど、今の顔見ると、もう大丈夫そうやね」
「さっきまで、ずっと『ここほれわんわん』って言ってたからな」
やっぱ、まだこういう場所は緊張するのだろうか。
「無理してへんか~って聞いたら、『平気』言ぅてはったさかい、まぁ大丈夫やろう。あれはたぶん……クセみたいなもんやね」
馬車に乗ることすら避けていたミリィ。
領主やギルド長が同乗する船は、ちょっと緊張したらしい。
それに、大分改善されたとはいえ、もともと物凄い人見知りだったからな。
「さんきゅ。あとで声かけとく」
「せやね。自分としゃべるんが、一番落ち着くやろう」
言うことを言い終わると――
「自分の話、くっだらへんもんなぁ」
――そんな冗談を口にする。
その言葉、そっくりそのままお前に返すよ。
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