報労記31話 人形を操る -4-

「悔しいかな、『振り向けばヨコチチ』が、ちょっといい歌です……っ!」


 歌を聴き終わったロレッタが、悔しそうに歯噛みしている。

 いいものはいいと、素直に認めればいいのに。


「二度と離れたくはない。だから海の底へ引きずり込んでしまった……その気持ち、ちょっと分かるさねぇ」

「男目線で聞けば、恐怖以外の何物でもないでござるけれども……」

「愛しの彼が、最後に彼女の顔を見ようと振り返るけれど息が続かなくて顔を見ることは敵わず、最後に見たのが彼女の横乳だった……切ない恋の物語ね」

「いや、ネフェリー氏。落ち着いて考えてくだされ。横乳を見て安らかに眠る彼氏というのは、いささかどうかと思うでござらぬか? 確実にヤシロ氏と同じ人種でござるぞ」

「俺、思うんだけどさ。谷間には空気が残ってるはずだから、溺れた時はおっぱいに顔を突っ込んでも、これは人命救助の観点から許される行為だと思うんだよな!」

「よし、じゃあヤシロ君が溺れても助けにいってあ~げない☆」


 なんで分かんないかなぁ?

 絶対、あの空間に空気残ってるだろう!?

 エステラやルシアでもない限り!


「ジネットなら、三日分くらいの空気を内包しているに違いない!」

「……いや。店長の場合は乳密度が高くむっぎゅむっぎゅなため、空気の入る余地はないものと思われる」

「そっかぁ! 盲点だったわー!」

「もぅ、ヤシロさん。懺悔してください!」


 マグダは!?

 乳密度とか言ってたけど!?


「今のがマグダでなくレジーナだったら、二人揃って懺悔だったに違いない……」

「どっちにしても、ヤシロは懺悔なんだから、懺悔してきなさいよ」


 パウラが冷たいことを言う。

「そんなの可哀想よ! 慰めるために、あたしの谷間の空気をあげる!」とか言ってくれたら、俺の中のパウラ株が急上昇するのに。


「パウラ。試しに――」

「却下」


 聞く耳すら持ってねぇ!?

 大きい耳ぶら下げてんのになぁ。


「それじゃあ、曲は『振り向けばヨコチチ』でいいですか?」


 マリン主任が意見をまとめようとしている。

 確かにいい曲ではあったが……


「王子を海に引きずり込むんじゃなくて、人魚姫が陸へ上がる話だからなぁ」

「確かに、歌詞と物語に矛盾が生じると、見ている方が違和感を覚えられるかもしれませんね。何か解消する手はありませんか、ヤーくん?」

「一番は、この物語に合わせた曲を作っちまうことなんだが……」


 さすがに時間がなさ過ぎる。

 作って、覚えて、練習して。

 最低でも二週間は欲しい。


「もしくは、人魚たちの間で有名な歌にするとか」


 物語とリンクさせず、人魚の間で有名な歌を歌っているということにすれば矛盾は生じない。

 人魚が好きな歌を歌えば、よほど突拍子もない歌詞でない限り、物語の邪魔にはならないだろう。


「じゃあ、聖女王を称える歌にしよっか☆」

「分かりました、あれですね」

「みんな演奏できる?」

「「「はい!」」」

「あのぉ、『あれ』ってどれですか、ギルド長?」

「も~ぅ、なに言ってるの、マツコ。あれといえば、あれに決まってるじゃない。せ~の――」

「「「『ウツボのパラドックス』!」」」

「あぁ、あれかぁ☆」


 待て待て待て、そこの人魚四人娘、いや、マーシャも入れて五人娘!

 その歌、本当に聖女王を称える歌なのか?

 ウツボもパラドックスも、聖女王を称えてるようには聞こえないけどな!


 だがしかし、世の中とは不思議なもので……いい歌だった。『ウツボのパラドックス』。こっちでレコードを再現して売り出したいくらいに。


「人魚は、とにかくタイトルを真面目に付けてくれれば、問題の大半が解決するな」

「タイトルはねぇ、曲が完成した時にふと思いついた言葉を付けてることが多いみたいだよ~☆」


 芸術家まで人魚気質なのか!

 人魚たちの「まいっか、別に」の精神、なんとかならんもんかね!?


 というわけで、劇中歌も決まり、人魚姫は完成した。

 あとは出演者たちが練習して、クオリティを上げていくだけだ。


「じゃあ、ナタリア。そっちのことはよろしく頼むぞ」

「お任せください。総監督として、最高のモノに仕上げてみせましょう」

「私も、主演女優として頑張るね!」


 意気込むナタリアとネフェリー。

 あいつら、日本に生まれてたら女優になってたかもなぁ。

 ナタリアは声優か。少年ボイスに一家言ありそうだし。


「ミリィもん、ゲットだぜ!」

「ぇ、なに? 急にどうしたのてんとうむしさん!? ぁの、……げっとって、……ぁうぅ……ぁの、だめ、だょ?」


 いや、ナタリアがやれば、役にハマりそうかなって。

 っていうか、照れ悶えるミリィ可愛いな!?

 ゲットしちゃおうか!?


「それにしても、向こうは歌に踊りに、なかなかすごい出来になりそうです。こっちも負けてられないです!」

「……マグダのきらりと光る演技と、何かしらのプラスアルファが必要」


 人魚姫には、マーシャの歌に合わせて、大急ぎでベッコが作った海底の住民たちがくるくると舞い踊る演出が追加された。

 そこまで細かい動きはないが、タイやヒラメが大勢で舞い踊る姿はなかなか圧巻だった。

 三十五区の人形劇は、うまくすれば大層なエンターテイメントになりそうだ。

 ミュージカルのように、要所要所に歌が挟み込まれるようになったりしてな。


「わたしたちは、子供たちに楽しんでもらえるよう、分かりやすさを追求していきましょう」

「ヤーくんのように、可愛くお人形さんを動かすことが出来れば、きっと皆様喜んでくださいますよ」

「可愛いったって、こうやって、口を両手で押さえて『いゃんいゃん』ってしてるくらいだぞ」

「むはぁ! 今の動き可愛いです! あたしもマネするです!」

「……いゃんいゃん」

「マグダっちょ、王様でその動きはちょっと微妙な気分になるですよ!?」


 花咲か爺さんの殿様は、こちらの世界に合わせて王様にしてある。

 何も考えずに殿様のパペットを作ったら、「なんて変な髪型してるですか、この人!?」ってめっちゃ笑われた。

 ……ディスイズ侍ヘアーだってのに。

 ったく、他人様の故郷の文化を指さして笑いやがって。

 ただ、ちょんまげを説明する自信も気力もやる気もなかったので、早々に王様に設定変更した。


「配役だが、ジネットは爺さん二人をやるのか?」

「い、いえ! これは、あの……出来が可愛かったので付けているだけで、本番ではお婆さん辺りをやらせてもらえればいいなぁと」

「ナタリアみたいに、男の声を出してやってみたらどうだ?」

「わたしは、そこまで器用ではありませんので。ヤシロさんにお願いします」

「俺は意地悪ジジイと意地悪ババアをやろうと思ってたんだが? 『こんなしゃがれた声も出せるしのぅ』」

「うっわ、イヤな声のお爺さんですね!?」


 どうしたって、意地悪ジジイは嫌われる。

 役とは言え、演技に慣れていないジネットたちに、嫌われ役はやらせない方がいいだろう。

 敵役を「おいしい!」と思えるような人間がやるべきなんだよ、こういうのは。


 もっとも、ジネットやミリィなら、どんな役をやっても嫌われることなんかないのでやらせてみてもいいかもしれんが。


「……マグダは王様をやる」

「あたし、語り手やりたいです! お兄ちゃんのを見て勉強したです!」

「ロレッタとマグダは、舞台装置も頼むな」

「任せてです!」

「……マグダが華麗に枯れ木に花を咲かせてみせる、花咲かジッちゃんの名にかけて」


 ジジイが畑を掘れば大判小判がザクザク出てきて、ジジイが餅をつけば金銀財宝があふれ出してきて、ジジイが灰を撒いたら花が咲く。

 その変化をマグダとロレッタにやってもらう。

 棒のついた大判小判を舞台下から持ち上げるだけだけどな。


「ぁの、みりぃは……ぽち、だけで、ぃい、の?」

「意地悪婆さんをやってみるか?」

「ぇっと……難しい役は……自信、なぃ、かな?」

「あ、あの……わたし、意地悪お婆さんをやらせていただいてもいいですか?」

「えっ!?」


 まさかの立候補があった。

 ジネットが意地悪婆さん?

 意地悪と対極にいるようなジネットが?


「ジネットがやると、意地悪婆さんが聖女にならないか?」

「あ、あのっ、がんばります!」


 とはいえ、しゃべり方や声からして、ジネットはお人好し感満載だからなぁ。


「『こんなしゃべり方が出来るかい?』」

「むぁあ、嫌なお婆さんです!?」

「……うむ。声だけで嫌なお婆さんと分かる……さすヤシ」

「え、えっと……こ、『こんな感じですか』」

「じねっとさん……かゎいい」

「はぅ!? 意地悪な声に聞こえませんか?」


 精一杯声を潰そうとしているが、ちっちゃい子供がひそひそ話しているような声だ。


「しゃべり方を工夫すれば、声はそこまで気にしなくていい」


 婆さんを演じるなら、ゆっくりと、口をあまり大きく開けないようにしゃべるとそれっぽく聞こえる。

 もっとも、俺くらいのレベルになれば、めっちゃハイテンションなババアも演じられるけどな。

 初心者のジネットは入門編なババアでいいだろう。


 意地悪な人間は、しゃべり出しを強く大きく発声すると『っぽさ』が出るんだけどな。

 そういうしゃべり方をすると、せっかちで横柄な印象を与えることが出来る。


 ……が、まぁ、ジネットはもっと簡単な感じでいい。


「ジネットが意地悪婆さんなんかすると、ガキどもが驚くだろうな」

「うふふ。上手に出来るか自信はありませんけれど」

「それよりも、あたしたちが今驚いてるです」

「……しかし、ある意味見もの。向こうの人魚姫にはない驚きがある」


 ジネットを知ってるヤツ限定の驚きだろうがな。


「あの、ヤーくん。私は残ったお婆さん役ということでよろしいでしょうか?」

「あぁっと、カンパニュラにはこの役を頼む」


 と、脚本を書き上げ、ナタリアとギルベルタが複製している隙にぱぱぱっと作ったパペットを手渡す。


「これは……ミリィ姉様ですか?」

「ぇっ!? みりぃの人形!?」

「ほんとです! どっからどう見てもミリリっちょです!」

「……サイズもほぼ同じ」

「こんなに小っちゃくなぃもん!」

「えっと、ミリィ姉様は物語のどのあたりに出演されるのでしょうか?」

「ミリィは、要所要所で登場して、可愛く歌って踊る役割だ!」

「みりぃ、そんなことしなぃもん!」

「では、正直お婆さんの役はどなたにお願いしましょうか?」

「じねっとさん、聞いて! みりぃ、物語に登場しないの! じねっとさんからも、てんとうむしさんにそう言って!」


 ミリィからの猛反発に遭い、カンパニュラは正直お婆さんをやることになった。

 ミリィ人形、可愛いのに。


「ヤシロ、それはいくら出せば譲ってくれる?」


 と、ハビエルが釣れるくらいに、可愛いのになぁ。






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