報労記31話 人形を操る -3-
「ぁの、ここほれ、ゎん、ゎん」
「ふふ、ミリィさん可愛いです」
「みりぃじゃないょぅ、ぽち、だょ?」
「ポチさんも可愛いです」
「ぁぅう、撫でてないで、掘ってぇ」
なんか、萌える芝居が展開されている。
萌え芝居とかってジャンル、ありかな?
俺が脚本を執筆する傍らで、陽だまり亭プラスミリィが花咲か爺さんの練習をしている。
最近は頑張っていろいろな場所、いろいろな人の前に出るようになっているミリィだが、他区の会ったこともない貴族の前で大きな声を出す自信はないと、陽だまり亭チームへ編入することになった。
仲間内での練習でも、緊張して声が出てないもんな。
教会で見せる人形劇なら、失敗しても構わないし、こっちにいた方がいいだろう。
貴族の前でやるのは――
「ネフェリーさん、そんな演技では主役は任せられませんよ! やる気がないならやめてしまいなさい!」
「すみません、監督! 私、もっとうまくなります! やらせてください!」
「ねぇ、ネフェリー? なんなら、主役、代わってあげようか?」
「くっ……パウラ……、私、負けないんだから!」
「散る、火花が、両者の間で。まさに戦い、空前絶後の!」
――と、向こうで燃えている出たがり連中に任せておけばいいだろう。
「あ~ぁ。私に任せてくれれば、歌のシーンもばっちりなのになぁ~」
自力で移動できないマーシャは、今回人形劇に参加しないことになった。
意外と移動が多いからな。
「歌のシーンだけ、マーシャに頼むか? 人魚姫は、海で一番歌がうまいって設定だし」
「そうねぇ……、私も人形の操作とセリフをしゃべるので精一杯になりそうだし、観客を納得させるほどの歌唱力は、もっと練習しないと自信ないかも……」
人魚姫役のネフェリーが冷静におのれの力量と残された時間を鑑みて答えを出す。
「うん。歌だけマーシャにお願いしてもいいかな?」
「いいの? 私も出ていいの?」
「もちろんよ! 一緒に人魚姫を成功させようね」
「うん☆ えへへ、ありがとね、ヤシロ君☆」
嬉しそうに言って、「ネフェリーもありがと☆」とネフェリーに抱きつく。
やっぱ、一緒に何かやるのが好きなようだ。
「あ~ぁ。あたしは悪い魔女かぁ」
壮絶なジャンケン大会の末、パウラは悪い魔女役になった。
ちなみに、ナタリアが王子、ギルベルタとノーマが人魚姫を罠に嵌める魔女の使い役をやる。
そして、人魚姫の父にして海の王は、オルキオが声、シラハが人形操作として参加する。
「私、セリフをしゃべる自信はないわ」と、役を辞退したシラハだったが、シラハの人形操作はナタリア、ギルベルタに次いで巧く、しゃべらなくていいから是非出てほしいとナタリア監督に熱望されて参加することになった。
……何気にナタリアのヤツ、いいところ全部持ってってるな。
お気に入りの男性ボイスに、監督という威張れるポジション。
エステラがいないと、やりたい放題だな。
「ヤシロ。魔女の使いってのは、何をするんさね?」
「陸に興味があった人魚姫だが、陸に出てはいけないという王の言いつけを守るいい娘でもあったんだ。それを、うまく唆して陸へ上げ、主である魔女のために海で一番美しいとされる歌声を奪う手助けをするんだ」
「なるほどねぇ。物語に関わる重要な役さね」
「張り切る、私は、空回るほどの勢いで!」
「うん、いや……空回るんじゃないさよ」
若干の不安は残しつつ、人魚姫のキャスティングは整った。
泡となって消えてしまうグリム童話の人魚姫と、触れてはいけない夢の国テイストの人魚姫の間を行く感じの、まったくもってオリジナルな展開のオールブルーム版人魚姫。
著作権には一切触れない、完全クリーンな物語だ!
きっちりと断っておかないと、異世界にまで踏み込んできそうなんだよなぁ、あの夢の国とヒゲ面配管工キャラの会社は。
「なぁ、マーシャ。人魚の中に楽器が出来るヤツはいないのか?」
「いるよ~☆ 私が歌ってると、たまに伴奏してくれたりするんだ~☆」
マーシャは、人魚の中で一番歌がうまいと言ってたっけ。
その歌声に合わせられる腕前なら、人形劇で伴奏を頼んでもいいかもしれない。
「可能なら、人形劇で演奏してもらえないか?」
「わぁ、それはいいねぇ☆ じゃあ、ちょっと呼んでくるね~」
マーシャがプールに潜って数分後、楽器を抱えた人魚が四人現れた。
あれ? こいつらって。
「デラックス?」
「は~い☆ マツコで~す!」
そこにいたのは、陽だまり亭に寿司修業に来ていた人魚四人娘だった。
「え~っと、たしか、マンゴスチン、マダガスカル、マンマミーアだっけ?」
「「「ひっどぉ~い!」」」
礼儀はしっかりしているらしい人魚だが、こういう時はマーシャっぽい。
というか、これが人魚っぽいのか。
マリン、マリーナ、マナリアらしい。
ジネットが教えてくれた。が、二秒後には忘れた。
「それが海の楽器か?」
「そうですマリン」
「私たちの得意な楽器なんですよマリーナ」
「素敵な演奏をお聞かせしますマナリア」
「悪かったって。謝るから、変な語尾にしてアピールしてこないで」
「楽しみにしててねデラックス!」
「で、お前は何かを間違えている」
間違い続けているぞ、マツコ。
それだと、なんか俺がデラックス呼びされてるみたいな印象を受ける。
で、人魚娘が持ってきた楽器はそれぞれ異なった。
マリン主任が持ってるのはカリンバをデッカくしたような楽器だ。
カリンバは両手にすっぽりと収まる程度のサイズで、並んで取り付けられた鉄の板を指で弾いて音を鳴らす楽器だ。
澄んだ音色が耳に心地よい楽器なのだが……あんなデカくて鳴らせるのか?
両腕で抱えるくらいのサイズだけども。
マリーナが持ってきたのはスチールパンに似た楽器だった。
打楽器に違いはないだろうが、スチールパンよりはもう少し簡素な造りになっているようだ。音階を奏でるものなのか、リズムを刻むものなのか、今のところ判別はつかない。
マナリアの持っているのは小型のハープだ。
ただ、普通のハープと違って、弦が大きな貝殻によって覆われている。
あんなことして音が出るのだろうか……
で、マツコの持っているのは短い横笛。雅楽で使用されるヒチリキに似ている。
こういう楽器、エステラのとこの給仕楽団も使ってたな。よく似ている。同じものかもしれないな。
「この楽器は、水陸両用なんですよ」
「水の中でも音が聞こえるのか?」
「はい☆ 人魚の技術も、なかなかすごいんですよ!」
どーだと言わんばかりに胸を張るマリン主任。
大きなホタテ貝が小ぶりな乳を隠している。
いや別に小ぶりではないのだが、貝殻がデカ過ぎて中身が小さく見えてしまうのだ。
「やはり、中身ははみ出すほどでないと!」
「楽器の話に集中してください!」
「無理かもしれませんけれど」
「無理だと思いますけれど」
「無理難題~☆」
人魚娘四人からの集中砲火だ。
だって、ホタテが大きいと大味に見えて趣が感じられないのだもの。
「他の楽器も水陸両用なのか?」
「はい」
「はい」
「私のは水の中じゃ無理~☆」
お前はいっつも和を乱すな、マツコ。
枠にとらわれないデラックスな人魚を目指してますって? やかましいわ。
「それじゃあ、マーシャが歌う時に伴奏を頼む」
「「「「は~い!」」」」
急に伴奏を頼まれても嫌な顔一つ見せない。
むしろ、ギルド長と共演できることを喜んでいるようにすら見える。
「ギルド長、何を歌われますか?」
「そうねぇ~☆ 物語に合わせて『大地を砕くマーメードリル』にしようかなぁ☆」
「その選曲、ちょっと待って!」
マーメードリル!?
ま~ぁ、大地を抉りそう!
人魚姫って、人間社会へ進軍するような話じゃないんだわぁ。あれ、伝わってなかった?
「まだ見ぬ世界に思いを馳せるような歌とかはないのか?」
「あるよ~☆ 『軍炎舞う荒れた大地へ』とか、『海底より来たれり滅びの進軍』とか」
めっちゃ攻め込んできてるよね!?
思いを馳せるどころか、侵略しに来ちゃってるよね!?
「じゃ、じゃあ、初めての恋に浮かれるような歌とかはないのか?」
「それだったら、やっぱりアレかなぁ? 『To Die デモクラシー』☆」
民主主義が死んじゃったのかな!?
「ギルド長、『雨降って水位上がる』はいかがでしょう? 切ない歌詞がグッときますよ」
切ない歌詞出てくるかなぁ、そのタイトルで!?
「では、『素知らぬ素振りでマンボーアタック』などは? 少し古い歌ですが、万人受けしますし」
万人受けする!?
しら~っとした顔でいきなりマンボーぶつけて来るような歌だよね、きっと!?
「はい! 私は断然『七回目のエルボー』を推します! あれは名曲です!」
俺ならたぶん、二回目でブチ切れてると思うけどね!
よく我慢したねぇ、七回目まで!?
「は~い☆ 『振り向けばヨコチチ』~!」
「よし、それにしよう!」
「懺悔してください!」
「ダメですよ、ヤーくん! むぅむぅ!」
「作詞した人、たぶん、お兄ちゃんと同じ人種です」
「……人魚界のヤシロ」
「でも、その歌、海に落ちた人間を海底に引きずり込んで一生帰さないって内容の歌詞だよ?」
「なんでそんな怖い内容の歌に『振り向けばヨコチチ』なんてタイトル付いてるですか、マーシャさん!?」
「芸術って、凡人には理解できないものだしね~☆」
「理解できないにもほどがあるですよ!?」
人魚のセンスは分からん。
分からんので、とりあえずマーシャたちのお勧めの曲をいくつか聞かせてもらって、その中から選出することになった。
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