報労記31話 人形を操る -2-
「難しいです……」
ロレッタが棒遣い人形を持って項垂れている。
人形と同じ角度で。
傍目に見ると、使いこなしてるようにも見えるぞ。すごいシンクロ率だ。
「これってさ、二人でやった方が表現の幅が広がるんじゃない? 中心棒を持つ人と操作棒を持つ人の二人一組で」
「それでもいいが、そうすると違和感が出やすいから相当練習しないといけなくなるぞ」
パウラも、片手で人形の両腕を動かすのに苦戦しているようだ。
試しに、ウーマロとベッコに二人一組で一体の人形を動かしてもらう。
「よし、喜べ」
「わ~いでござる」
「悲しめ」
「しくしくでござる」
「怒れ」
「堪忍袋の緒が切れたでござる!」
「デミれ」
「それはちょっと……でござる」
「ワシの親友に言いたい放題じゃねぇか、丸メガネ? ん?」
「待ってくだされ、ハビエル氏! 今のはヤシロ氏の巧妙な誘導でござるゆえ、何卒目こぼしを!」
ハビエルに首根っこを掴まれ、引っ張り出されるベッコ。
というか、見事にバラバラだったな、お前ら。
「なんか、手と体が別の動きしてたね」
「そうね。どっちも動き過ぎ~って感じ」
ネフェリーの言う通り、体と手が統一感のない動きをしていた。
その結果、パウラの言ったように動き過ぎと感じてしまったのだろう。
「ウーマロもベッコも、どっちもが『動かなきゃ』って思っちまって、だけど動かせる部分が少なくて、その結果、張り切り過ぎちまったってわけだな」
「なるほどね、二人一組でやるにも問題はあるんだね」
自分の演技に後から声を当てるアテレコをした映像に、若干の違和感があるように、同一人物であっても意識を合わせるのは困難なものだ。
意識の向いている方向、思いの強さ、動いたことによる声の揺れ、そんな些細なものが食い違うだけで、見ている者に違和感を与えてしまう。
「たぶん、ロレッタとマグダでも違和感が出ると思うぞ」
「息ピッタリのあの二人でもかぃ? なら、相当難しいんさねぇ」
「きっとロレッタが張り切り過ぎる」
「断言しないでです、お兄ちゃん!」
「あ、その情景が目に浮かぶわ」
「浮かばないでです、パウラさん! あたし、やる時はちゃんとやるですよ!」
「……マグダは、一人でも出来る」
と、マグダは棒遣い人形を操ってみせるが……
「……なんか、海の中で溺れてる人みたいさね」
「しかも、手足縛られてる感じがして……ちょっと怖いから、マグダ、ストップ」
ネフェリーがそっとマグダを止める。
動いてはいたけどな。もがいてるようにしか見えなかった。
「ヤシロ様。人魚の動きはこのような感じでよろしいでしょうか?」
「覚えた、動きを、意地悪爺さんの」
優雅に海の中を泳ぐ人魚の隣で、意地悪爺さんが性格悪そうに肩で笑う。
どっちも巧い。が、並んでるせいで世界観がしっちゃかめっちゃかだ。
「……『空飛ぶ人魚と笑うジジイ』」
「そんなカオスな物語を生み出すな、マグダ」
この絵を見たら、そういう物語にしか見えないけども。
「ねぇ、どうやったら上手に動かせるのか、教えてよナタリア」
「ギルベルタも、お願い」
「ではこちらで練習をしましょう。ヤシロ様は、その間脚本の執筆をお願いします」
「任せてほしい、こちらは、私とナタリアさんに」
そういうことなら、あの二人に任せてしまおう。
「オルキオしゃん、見て見て、お馬さんよ」
「わぁ、本当に生きているようだね、シラぴょん」
「私、こういうの向いてるかも」
意外にも、シラハが器用だった。
一方のオルキオは、根が真面目過ぎるのか几帳面過ぎるのか、動きが硬くて出来損ないのロボットみたいな動きになっている。
シラハの持っている馬は、王様が乗る馬だな。
……人魚姫の人形で練習しろよ。
たぶん花咲か爺さんやらないから。
「人魚姫の脚本を書くぞ」
「えぇ~、花咲か爺さんは?」
「それは、四十二区に戻った後で、ガキどもに見せてやればいい。手使い人形でな」
今、ジネットが手に付けているのが、手使い人形――パペットの正直爺さんだ。
一部の指だけを動かすというのが難しいらしく、さっきから両手と頭を何度も何度も曲げ伸ばししている元気なジジイになってるけどな。
パペットマペッ……いや、なんでもない。
「ジネット、全部一緒にじゃなくて、一ヶ所だけ動かす練習をしてみろ」
「そう、思っているんですけど……どうしても全部一緒に動いてしまって……」
「親指だけ動かすのは簡単だろう?」
「はい、それなら出来ます」
正直爺さんが左手を大きく振る。
右手に付けて、相手側に向けてパペットを付けると、親指は左手を担当することになる。
ジネットは中指と薬指の間がほとんど開かないので、頭に人差し指と中指と薬指の三本を入れている。
そして、小指が右手だ。
「じゃあ次は、親指と小指を動かさないように、中三本の指を動かしてみろ」
「は、はい……くっ、どうしても小指がつられます……!」
正直爺さんは、頭と右腕が一緒に動いてしまう。
「やっぱ、頑張って右手に薬指と小指を入れてみろ。その方が動かしやすいはずだ」
「で、では、やってみます」
一度パペットを外して、再度付け直す。
右腕が太くなり、しっかりとした安定感を見せる。
「じゃあ、頭を動かしてみろ」
「はい…………あっ、出来ました!」
最初こそ、若干右腕が動いていたものの、数回動かすうちに正直爺さんは頭だけを動かすようになった。
「すごいです! 頭だけが動いています! ほら!」
よほど嬉しかったようで、ジネットは爺さんの頭を動かしながらこちらへパペットを向ける。
こちらを向く、ヘッドバンキング爺。
「いや、めっちゃノリノリ過ぎるから、この爺さん!?」
パンクバンドのライブにでも行ってんの!?
どんだけ頭振るんだよ!?
「……『首振りジジイとセクシー婆さん』」
「世にも恐ろしい物語を生み出すんじゃねぇよ」
ガキが泣くし、俺が懺悔室に入れられるわ。
そもそもパペットでセクシーさを表現する方法なんて…………
「手のひらに白いおパンティを描いて、パペットの服をめくり上げるくらいしか思いつかねぇ」
「パペットにもセクシーさ求めてるですか、お兄ちゃん!?」
「……確実に連行される懺悔室」
「思いつかないと言いながら、思いついてしまうあたり、ヤーくんの発想力は素晴らしいとは思いますが……」
「懺悔してください!」
婆さんをセクシーにすると懺悔を喰らう。
ハイリスクノーリターン過ぎて涙が出そうだな。
「じゃあ、陽だまり亭チームは花咲か爺さんをパペットで練習するか」
「帰ってからやる花咲か爺さん、陽だまり亭チームでやるですか!? ならめっちゃ頑張るですよ、あたし!」
「……きっと、教会の子供たちが喜ぶ」
「それは素晴らしいですね。あの、テレサさんとシェリルさんをご招待しても構いませんか?」
「是非お招きしましょう。これも、お土産話の一つですから」
土産話って、旅先で仕入れてきた昔話のことじゃないんだがな。
「ねぇ、それって帰る時にも練習できるんじゃないの?」
「俺は、船に乗ってる間中練習漬けにされるのは御免なんだよ」
ここいらでやることを終わらせて、帰り道でくらいはゆっくりしたいんだっつーの。
「それもそっか」なんて、パウラたちが笑う。
ゆったりしに来てるのに、ずっと働き詰めだよ、俺は。
休ませろ。
「それじゃあ、ジネットたちはそっちで花咲か爺さん、私たちはこっちで人魚姫、ウーマロさんとベッコさんは両方の舞台をよろしくね」
「おぉう、仕事が倍になったでござるぞ、ウーマロ氏!?」
「パウラさんに言われて断れる男は少ないッス。諦めるッスよ」
「だってさ~、パウラ。よかったね」
「えへへ~、美人って得よねぇ」
なんてはしゃぐパウラとネフェリー。
こういうとこでポイント稼ぎやがるんだよなウーマロは。
「俺だって、ノーマやマーシャに頼まれると断りにくいけどな!」
「確実に谷間の影響でござるな、それは」
「ヤシロさん……見過ぎッス」
「じゃ~ぁ、どんな無理難題を吹っ掛けてあげようか~? ねぇ、ノーマちゃん☆」
「キッツぅ~い仕事でもおっ被せてやろぅかぃねぇ」
谷間~ズが谷間を隠した!?
見せてこその谷間なのに!
「よし、寝込む」
「ヤシロさん。練習を見てください」
部屋に戻ろうとした俺をジネットが食い止める。
両手に、正直爺さんと意地悪爺さんを付けて。
お前、ジジイを独占する気かよ。
どんだけお爺ちゃんっ子だ。
「尺は桃太郎と同じくらいでいいか?」
「そうだな。折角なので、人形劇ならではという演出を入れておくのだ。そうすることで、紙芝居との差別化が出来よう」
さらっと無理難題を押し付けてくるルシア。
差別化ったってなぁ。
とりあえず深くは考えずに脚本の執筆にかかった。
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