報労記31話 人形を操る -1-

 そうこうしているうちに棒使い人形も完成した。

 出来ることなら、口やまぶたを動くようにしてもっと表情豊かにしたかったのだが。時間も材料も足りない。

 ピアノ線はないだろうし、クジラのヒゲってのもなかなか手に入らないだろう。

 ……アッスントを海に放てば、一ヶ月後あたりに手に入れて戻ってこないだろうか?

 それくらいやってのけろよなぁ、支部長なんだから。


「支部長ってのは、酷使してもいい生き物だよな? アッスントとかウッセとか」

「……残念ながら、ウッセは支部代表。支部長の職には就いていない」

「使えねぇな、ウッセ」

「……顔見知りとして、代わりに謝罪をする」

「まぐだちゃん、『顔見知り』……って」

「まともに相手するだけ損するさね。放っときゃいいんさよ、あーゆー時のあの二人はさ」


 ノーマが酷いことを言う。

 それもこれも、アッスントがクジラのヒゲを取ってこられないからだ。

 甚だ遺憾である。


「遺憾砲ー!」

「お兄ちゃんの新必殺技が出たです!?」

「構うんじゃないさよ。どーせ、何にも効きゃしないさね」


 ノーマが酷いことを言う~。

 遺憾の意を明確に表することは意義のあることなのに。


「とまぁ、アッスントのせいで人形の表情表現に制約が出来てしまったわけだが……」

「ぁの、あっすんとさん、たぶん、何もしてない……ょね?」

「……ミリィ。何もしていないとて、所詮はアッスント」

「ぇ……それは、どうぃう……?」


 きっと、ミリィも大人になったら分かるさ。

 大人には、しょーもないヤツが意外と多いんだってことがな。


「顔の表情が変わらないので、手使い人形の時と同じように、動作や角度で感情を表現する必要がある。大体こんな感じだな」


 手を動かし、体ごと顔の角度を変えて、喜怒哀楽を表現してみせる。


「同じ顔なのに、ちゃんと感情が分かるです! そう見えるですよ、なんでですか!?」

「人間の顔と脳がそういう風に出来てるからだよ」


 凹凸があることで、角度を変えると人の顔には影が生まれる。

 目元が暗くなれば不機嫌に見え、目元が明るくなれば楽しそうに見える。


「たとえば、こうやってロレッタの似顔絵を描く」


 紙にロレッタの似顔絵をさらさらと描く。

 うむ、めっちゃ似てる。


 で、その似顔絵の目の部分を折り曲げて、黒目が頂点になるように山折りにする。

 両目とも折って、『M』みたいな形になったら、それを持ち上げて下から覗き込むと――


「あたしがめっちゃ笑ってるです!?」

「きゃはは! なにこの顔! ロレッタ、ウケるっ!」


 パウラがツボに嵌った。


「逆に頭の方から覗き込むと――」

「ものっすごい不機嫌そうです!?」

「あぁ、ロレッタって、たまにこういう顔するよねぇ」

「しないですよ、こんな嫌そうな顔!? あたしはいつもにこにこ元気なロレッタちゃんです!」

「ほらほら、その顔。これにそっくり」

「似てないですよ! お兄ちゃん、パウラさんの似顔絵でもこれ作ってです!」

「ダメよ、ヤシロ。ロレッタを甘やかしちゃ。ほら、ヤシロは忙しいんだから余計な仕事増やさないの」

「パウラさん、ほんっとズルっこいですよね、こーゆー時!」


 仲良し姉妹が戯れているようにしか見えんな、この二人は。

 あ、パウラがロレッタの似顔絵奪い取った。どんだけ気に入ったんだよ。

 それもう、ロレッタのこと大好きなだけじゃん。


「とまぁ、このように、人形は見る角度、見せ方で様々な感情表現が出来る。よこちぃの顔が動かなくても、動きで感情表現が出来ていただろ? そんな感じだ」

「確かに、よこちぃとしたちぃは感情豊かなお二人ですよね」


 ジネットが賛同してくれるが、感情豊かなお二人ってのはどうなんだろうな?


 それはともかく、操作の仕方を教えていく。

 今使ってるのは、最初に完成したお婆さんの人形だ。

 ベッコが物凄い速度で顔と手を彫り着色して、ノーマとシラハがチクチクと衣服を縫っていく。

 顔と服と手を繋ぎ合わせて、中心棒、操作棒を取り付ければ完成だ。


 ノーマとシラハは服を縫った経験が豊富なので、じゃんじゃん出来上がっていく。

 初挑戦となるパペット作りをしているジネットたちよりも手が早い。

 花咲か爺さんと人魚姫の登場人物の顔と手をさっさと作り上げたベッコは、ウーマロと共に舞台装置の作成に取り掛かっている。

 楽しそうだな、お前らは。

 仕事を離れてリフレッシュしに来たんじゃないのかよ。

 仕事してるのが一番のリフレッシュって? 末期だな。


 あぁ、そうそう。一応、花咲か爺さんと人魚姫、どっちも出来るように人形を用意してある。

 どっちをやるか意見を聞いたら、真っ二つに割れちまったんでな。

 なかでも、マーシャの人魚姫推しが強烈で……とりあえず、人魚姫は絶対やることになるだろうな。


 花咲か爺さんをやってる暇がなかったら、四十二区に持ち帰るか?

 それならそれでもいいけどな。

 どちらにせよ、棒遣い人形か手使い人形、どっちかは四十二区に持って帰ることになるわけだし。


 二つも同時に教えると、「あれが分からない、教えに来てくれ」ってことが頻発してしまう。

 まずは一つ、しっかりと覚えてもらって、他のものはその後だ。


 なので、まずはここにいるメンバーに人形の動かし方を教えつつ、見え方の違いを把握してもらう。

 ここのメンバーに、どっちを三十五区の貴族に教えるか、判断してもらってもいいだろう。


「この中心棒を左手で持って、右手で操作棒を二本とも持つ。Vの字になるようにな」


 人形の手に取り付けた操作棒は、感情表現の要だ。扱いは難しいがマスターしてもらうほかない。

 操作棒をVの字にして持つことで、人形の両手を同時に動かす。一本ずつだと、片手がだらりと垂れ下がって生きている感じが出ないからな。

 両方を持ち上げるとバンザイ。

 操作棒を狭めると両腕が閉じ、広げると両腕が開く。

 あとは、角度をつけて右手を目立たせたり左手を動かしたりしていく。


「『ちょっとだけヨ。……あんたも好きねぇ』」

「お婆さんがめちゃくちゃセクシーな動きしてるです!?」

「表情が変わらへん人形やのに、このエロス! さすが、エロスの権化、おっぱい魔神やね!」

「すごい技術でしょーもないことしてんじゃないさね……」

「ぁう……ぁの、かんぱにゅらちゃん、は、みちゃ、だめっ!」

「もう、ヤシロさん! 懺悔してください!」


 ジネットが怒るほどにセクシー!

 見たか、これが、俺の技術力だ!


「話がブレるから、やめるのだ、カタクチイワシ! 本編でお婆さんをそーゆー目でしか見られなくなったらどうしてくれる」

「お婆さんが出てくる度に、ここにいるメンバーだけが『ぷっ!』って笑うっていうな」

「本当にそうなりそうだから、やめてよね、ヤシロ。私、すぐ笑っちゃうんだから」


 ぷくっと頬っぺたを膨らませるネフェリー。

 ……頬、あるんだ!?


「ヤシロ様。正直お爺さんと意地悪ジジババが完成しました」


 ヘイ、ナタリア、悪意漏れ出ちゃってるぜ☆


「それじゃあ、テンポは悪くなるが、俺一人で人形を動かしてやってみる。三十五区のナントカって貴族にプレゼンするのはどっちがいいか、見て考えてみてくれ」

「イーガレスだ。いい加減覚えぬか」

「ヤシロって、ほんっと人の名前覚えないよねぇ。ウチの常連さんなんか一人も覚えてないでしょう?」


 カンタルチカにいる飲んだくれの名前なんぞ、覚える価値がないじゃねぇか。

 そんなことよりも、カンタルチカの前を通り過ぎる薄着巨乳の揺れ動きに意識を向けている方が有意義だ。

 何気にあの辺、多いんだよなぁ。ノーマやデリアは別格として。D、Eくらいは割といる。


「また、グレープフルーツジュースを飲みに行くよ」

「エッチな目的で来る人はお断りですぅ!」

「じゃあ、お前んとこの常連、全員アウトじゃねぇか」


 あいつら、一人の例外もなくパウラを見にカンタルチカに行ってるってのに。

 揺れる尻尾に癒されてんだよ。


「みんな、お前の尻尾をガン見してるぞ」

「それはヤシロでしょう!? もぅ!」


 バカモノ!

 俺は尻尾と同じくらいお尻も見てるわ!


「いいから、さっさと始めろ。ジネぷーたちのパペットもほぼ完成したぞ」


 パペット版の花咲か爺さんたちも完成し、俺へと押し付けられる。

 はは、さすがジネット。

 顔付きに雪だるまの面影が見え隠れしてるわ。

 間が抜けていて可愛らしい。

 このパペットは、教会のガキどもが好みそうな出来栄えだな。


「じゃ、見ててくれ」


 そうして、一人で人形を操作するたどたどしい人形劇が始まる。

 舞台上に一人ずつしか出てこないぶつ切りの上演だが、人形に動きを付けることでそれなりに見られるものになっただろう。

 二度目、三度目でも、観客たちはそれなりに盛り上がってくれた。


 その結果、まぁ、予想通りではあるのだが……



 三十五区貴族のイーガレスには、棒遣い人形をプレゼンすることが決まった。






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