報労記30話 人形劇の準備 -4-
「陽だまり亭に囲いが出来ました! 素敵です!」
「違う違う、ジネット。それじゃ意味分かんないって~」
「え、そうですか?」
パウラに指摘されて目を丸くするジネット。
そこへナタリアが歩み寄り、おのれの器用さを見せつけるようにこんな小咄を披露する。
「先日、路傍に転がる石ころを見てエステラ様を思い出しました。なぜなら、どちらも『ストーン!』だからです!」
――シュッ! カキーン! くるくるくる……カッ!
やめとけよ、お前ら。
撃ち落とされたエステラのナイフが床に突き刺さってんじゃねぇかよ。
あとでマーシャに謝っとけよ。
……あ、怒られてる。
四十二区の領主とそこの給仕長が二人揃って床に正座させられてるわぁ。
海漁ギルドのギルド長、強ぇ~。
「よし、こんなもんか」
叱られるエステラたちを横目に、俺は出来上がった手使い人形――パペットを右手に装着する。
親指をパペットの右手に、人差し指と中指をパペットの頭に、薬指と小指をパペットの左手に入れる。
俺が作った人魚姫が生き生きと動き出す。
ジネットに作ってもらうつもりだったが、ジネットは他の連中の指導で忙しそうだったので俺が代わりに作った。
……人魚は、その出来栄えによっては何度も作り直しを言い渡される危険があったからな。
マーシャの反応を見るに、このパペットは合格のようだ。
「『こんにちは☆』」
「わぁ、可愛いですね」
ジネットが食いつき、それぞれ裁縫の手伝いをしていた面々が俺へ視線を向ける。
「『ありがとう。あなたもとっても可愛いわ☆』」
「ありがとうございます、人魚さん」
「……というか、ヤシロ。口も動かさずに女声で流暢にしゃべらないでくれるかい? ちょっと怖いよ」
「『怖いだなんて……ひどいわ……よよよ』」
目元を押さえて俯き、小刻みに震えてみせればエステラが慌て出す。
「いや、違っ、そういう意味じゃなくて!」
「もぅ、エステラ! ウチの人魚をいじめないで!」
マーシャが庇ってくれるが、お前んとこの人魚じゃねぇよ。
え、奪い取るつもり?
「ほわぁ~。こんな感じに動くですかぁ」
「……さほど広くはない可動域なのに、これだけの表情を表現できるのはさすが」
「演者を隠してパペットだけが見えるようにすると、一層可愛く見えるぞ。ウーマロ」
「はいッス! 舞台の準備も着実に進んでるッスよ!」
ウーマロが人形劇の舞台となる板――『ケコミ』をセッティングする。
演者が体を隠す板で、高さは120センチ。膝立ちして移動する際頭が見えず、腕をあまり伸ばさなくても人形が見える位置へ持ち上げられる高さだ。
『ケコミ』ってのは、もともと大工の用語で、階段の段と段の間にある垂直の板のことを差し、向こう側が見えないようにするためのものだ。
それが舞台用語として取り入れられ、大道具の隙間や見えてはいけないものを客席から見えないようにする目隠しのようなものをそう呼ぶようになった。
陽だまり亭の二階へ上がる階段はケコミがないので、雨の日とか雪の日はちょっと怖い。なんというか、向こうが見えるからか、滑って落ちそうな気がするんだよなぁ。
今回の舞台装置は前方に120センチのケコミがあり、その後ろに140センチのケコミがある二段ゲコミになっている。
こうすることで奥行が生まれ、距離の表現が可能になる。
で、今はまだケコミしかない舞台装置の裏手に回り、ケコミの上から人魚姫だけが見えるようにスタンバイする。
「『みんな~、こ~んに~ちは~☆』」
「ふぉお! これは可愛いです!」
「『可愛いだなんて……きゃっ☆』」
と、顔を蔽って照れてみせると、観客のボルテージはさらに上がる。
「これは、ミリリっちょと同じ類の可愛さです!」
「ぇっ!? みりぃ、あんなに小っちゃくなぃよ!?」
「可愛いって言われて照れるところなんかそっくりさね」
「確かに、ミリィってあんな感じだよなぁ。小っちゃいし」
「小っちゃくなぃもんっ!」
デリアに言われて、ぶんぶん腕を振り回すミリィ。
よし、採用!
「『人魚姫と、森のミリィ』始まり始まり~」
「なんか面白そうなのが始まったです!」
「……ささ、ミリィ。舞台の方へ」
「ぇっ、えっ!? みりぃは何したらぃいの!?」
マグダに背を押され、ケコミの裏へ連れてこられるミリィ。
一同の温かい拍手が、ミリィから拒否権を奪っている。
はは、可哀想に。
「『昔々、あるところに、人魚姫とミリィちゃんがいました』」
「ぇっと……みりぃは、ここにいれば、ぃい、の?」
「『ミリィちゃんは言いました』『かぁー、税金払いたくねぇー!』」
「みりぃ、そんなこと言わないょ!? ちゃんと払うからね、えすてらさん!」
「ヤシロ。ミリィをいじめないように」
叱られた。
というか、ミリィよ。俺を見るんじゃない。観客には俺の姿が見えていないのだから。
人魚姫の下にてんとうむしさんなどいないのだ。
「『ミリィちゃん、みんなにご挨拶しましょう☆ こーんにーちはー☆』」
「ぇっと、こ、こーんにーちはぁ!」
「『あれあれぁ? 声が小さいぞぉ~? もう一度、大きな声で』」
「こっ、こーんにーちはぁぁ!」
「『はい、よく出来ました。いい子いい子☆』」
「はぅっ!? なんか、みりぃ、こども扱いされてる気がする!?」
「なんだろぅねぇ……見てて、癒されるさねぇ、この出し物」
「奇遇やなぁ。ウチも今、原因不明のムラムラ感に襲われとったところやわ」
「一緒にすんじゃないさね」
「お揃いやね☆」
「聞こえなかったんかぃね? 一緒にすんじゃないさよ」
観客の反応は上々だ。
この感じだと、ミリィと人形で、教育テレビ的なことが出来そうな気がする。
オールブルーム初の、歌のお姉さんになるかもしれないな、ミリィが。
「『ミリィお姉さん。お歌を歌って☆』」
「へぅっ!? む、むり、だょぅ……」
「『じゃあ、踊って☆』」
「もっとむりっ!」
歌のお姉さんは、ハードルが高いか。
「ヤシロさん。花咲かお爺さんが完成しました。『花咲かお爺さんと、花好きミリィさん』をやってみましょう!」
「じねっとさんまで、なんか楽しんでるぅ!」
ジネットもノリノリだな。
ジネットの可愛がり方は、祖父母が孫を可愛がるような感情に似てるんだよなぁ。とりあえずご飯食べさせようとするし。
「『花咲かお爺さんと、花好きミリィさん』はじまりはじまり~」
「またはじまっちゃった!?」
「『枯れ木に花を、咲かせましょう~』『営業妨害、だょぅ!』」
「みりぃ、そんなこと言わないもん!」
「ヤシロ氏! ついに海の魔龍が完成したでござる!」
「『海の魔龍と、森のミリィちゃん』」
「出会わない、ょ!?」
「『ミリィたん萌えぇぇえ! すいませーん、お持ち帰りで!』」
「言ってることが、てんとうむしさんやはびえるさんと一緒っ!」
「おい魔龍! お前ぇとは美味い酒が飲めそうだ!」
「はびえるさんも、のっちゃ、だめっ!」
「わはぁ~」
ハビエルが幸せそうだ。
なのに、イメルダが大人しい……あ、そうか。
「なぁ、エステラ」
「急に顔を出さないでよ。なんか君がすごく大きく感じてびっくりしたじゃないか」
舞台上には人魚姫(手袋サイズのぬいぐるみ)とミリィしかいなかったもんな。
「小っちゃくなぃもん……」とか、ミリィが落ち込んでるぞ、エステラ。責任取ってあとで謝っとけよ。
「別にどうでもいいかと思って言わなかったんだけどさ」
今を遡ること二十数分前。
「猫の皿が終ったあたりで『まだ勝負は決まっていませんわ!』って、イメルダが釣り竿抱えて甲板に出て行ったけど、お前、ここで余裕かましてていいのか?」
「あぁっ!? なんか静かだと思ったら! イメルダって、そーゆーズルいところあるんだよねぇ! 教育が行き届いていないよ、ミスター・ハビエル!」
「いやいや。気の置けない友人が出来たみたいで、ワシは嬉しいぜ。これからも娘をよろしくな」
「もう、君がそうやって甘やかすから……! くっ、まだ逆転されてはいないと思うけど、ボクも戻って突き放しにかからないと…………けど、みんなが頑張ってる中、ボクだけ遊ぶのは……」
とかなんとか、手伝いもせずただ見てるだけのエステラが苦悩している。
行って来いよ。どーせ戦力にならないんだから。
「やりましたわ! これは大物ですわ!」
「なんか向こうが騒がしい! ごめん、ボクちょっと行ってくるね!」
「あ、エステラさん。日傘をお忘れなく!」
「ありがと、ジネットちゃん!」
ジネットに言われ、日傘を片手に部屋を飛び出していくエステラ。
あいつら、競い合う中でヒートアップして転落とかしなきゃいいけど……
「デリア。悪いけど、あいつらのこと見ててやってくれるか?」
「おぅ、いいぞ! どうせ、あたいも裁縫は手伝えないもんな。セロンとウェンディもどうだ? どうせ二人とも裁縫下手だろ?」
「ふぐっ!? ……い、いま、勉強中でして……」
「いいんだよ、ウェンディ。君は裁縫なんか出来なくったって」
「でも私、お料理も……」
「君は君でいてくれれば、それで僕は幸せだよ」
「セロン!」
「ウェンディ!」
「出でよ、魔龍!」
「ぎゃお~ん、でござる!」
「……なにやってんさね、あんたらは……」
セロンたちが性懲りもなくいちゃつき始めたので、魔龍を召喚して追い出した。
ぼちぼち人形が揃いつつあるから、演者に動きの練習でもさせようかな。
……ん?
「なぁ、誰が作ったんだ、このタヌキ?」
カチカチ山でもやるつもりだろうか。
すっとぼけた顔をしたタヌキが床に転がっていた。
「ぁの……それ、ね、みりぃがつくった……いぬ、なの。花咲か爺さんの、ぽち……」
イヌ!?
この丸顔の、すっとぼけた、茶色い物体が!?
そっか、ミリィ……
「裁縫、練習しような」
「はぅ…………ぅん、がんばる」
ミリィが大人になったら、ジネットに頼んで花嫁修業でもすればいい。
まだまだ、あと十年は先の話だろうけどな。
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