報労記30話 人形劇の準備 -3-
「昔、江戸という国に一人の詐欺師がいた」
詐欺師は、田舎へ出向いては古臭いツボや皿を買い、「これは大層価値のある骨董品だ」と偽って蒐集家に高値で売っていた。
ある時、峠の茶屋で休憩していると、店主が皿に盛ったエサをネコにやっていた。
その皿は、江戸でも評判の名器で、300万Rbはくだらないという大層高価な物だった。
モノを知らない店主は、皿の価値も知らずネコのエサ入れにしている。
よぉし、これはうまく
男は大のネコ好きを装い、そのネコを譲ってくれと申し出た。
いやいや、可愛いペットなのは分かっている、もちろんタダとは言わない。どうだろうか、3万Rbで譲ってはくれないか?
すると店主は快く承諾し、ネコを3万Rbで男に譲った。
あぁ、そういえば、ネコは皿が変わるとエサを食わなくなるという。だから、その皿も一緒にもらっていこうか。
すると亭主はこう言った。
『この皿は最低でも300万Rbはする名器、とてもお譲りできません』
『なに、知っていたのか!? ならなぜこんな高価な皿でネコにエサなんかやってるんだ!?』
『へぇ、こうしていますとね、たまにネコが3万Rbで売れるんですよ』
『猫の皿』という、古典的な落語の名作だ。
物を知らない亭主から、高価な皿を騙し取ってやろうとした詐欺師が、逆に亭主に金を巻き上げられるという滑稽話。
様々なバリエーションが存在するが、大筋は変わらない。皿が小鉢だったり茶わんだったりするが、その辺はどうでもいい。
そしてこの話は、ラストの亭主の一言が決まると非常に気持ちがいい。
「ヤシロ」
静かに話を聞いていたエステラが、俺に向かって手を差し出してくる。
握手か?
握手してほしいのか?
ファンになっちゃったか?
「騙し取った3万Rbを今すぐ返却したまえ」
「実話じゃねぇわ!」
「でも物凄くリアリティが!」
「確かに、お兄ちゃんならやってそうです」
「……むしろ、こんなに分かりやすい儲け話を見過ごしている方が不自然」
「馬鹿者! 俺ならもっと巧くやる!」
「「……確かに」です」
マグダとロレッタが納得したところで――なに納得してくれてんだ、こら――話を終わる。
「これは、貴様の故郷の話なのか、カタクチイワシ」
「おう。大昔に作られた話だけどな」
「ろくなヤツがおらぬのだな、貴様を含め」
「やかましいわ」
こんなに親切に何本も話を聞かせてやっているというのに!
そろそろ「ありがとう」って言ってみてもいい頃合いなんじゃねぇの!?
「感謝もされないなら、もう話さん」
「感謝してる、感謝してるよ、ヤシロ。すっごくおもしろかった」
「詐欺師のびっくりした顔が傑作だったよね」
ネフェリーとパウラは楽しんでくれたようだ。
「ちゅーか、自分。ホンマ、器っ用なやなぁ。変に声を作ってるわけでもないのに、何人もそこにおるような錯覚してしもぅたわ」
「目線や所作、呼吸の仕方が変わっていたせいか、まるで本当に目の前に人がいるかのように思えました。ヤーくんの話術は一級品です」
レジーナは呆れ顔で、カンパニュラは純粋に楽しそうに褒めてくれた。
「ねぇねぇ、ヤシロ君。今の話、タコの壷って話には出来ないかなぁ?」
「なんでも海に持ち込むんじゃねぇよ」
「タコは住処が変わると落ち着かないという」って?
ちょっと無理があるな。通りすがりのタコ好き人間とか、そうそういないだろうし。
「いや~、実は拙者、タコが大好きでござって。譲ってくだされ」って? 確実に食う気じゃん。住処いらないじゃん。
「今のお話の教訓は――」
そんなことを、ジネットが考えているので、答えを教えといてやる。
「口の巧い方が儲けられる!」
「そんな汚れた教訓は、情操教育によくないよ」
「人を騙そうとすると、しっぺ返しがやってくるですよってことですね」
「……ただし、茶屋の亭主は一切罰を受けていない」
「こいつは教訓を与えるようなもんじゃなくて、ただの笑い話だからな」
馬鹿を見て、バカバカしいと笑ってやればいいのだ。
「こんな話もある。ある貧乏人が初めて給料をもらった。金を入れておくところがないので給料で財布を買ったら、入れる金がなくなっちまったんだ。入れる金がないから、今度は財布を売って金に換えた。そしたら今度は金を入れるところがなくなった」
「それはさすがにバカバカし過ぎるよ」
あははと、エステラが口を開けて笑う。
そうそう。そんな感じで聞く話もあるんだよ。
「私も似たような話を聞いたことがあります。ブラジャーを購入したのに入れる乳がなかった、とある領主のお話を!」
ナタリアが語ると同時にナイフが空を飛び、カキーンと甲高い音を鳴らして別のナイフに迎撃された。
……外でやれ。怪我人が出るぞ。
「あたいさぁ、紙芝居よりもヤシロの話聞いてる方が楽しいなぁ」
「あ、それは僕も同じです。キラキラ輝く英雄様のお顔をじっくりと見られて、幸せです!」
同じじゃねぇよ、セロン。
つか、あんまこっち見んな。鳥肌立ってきたわ。
「確かに、大変面白いですが、それはヤシロ様の技術があればこそ、でしょうね。三十五区や三十七区に教えて、同じクオリティのものが出来るかと言えば……おそらく不可能でしょう」
「すごい思う、私は。友達のヤシロを。達人、話術の」
「俺の故郷には、こういう芸を極めた者たちが何人もいたんだ」
うまい落語家は何人もいた。
その中でも秀でた者は国の宝とまで言われたくらいだ。
「中でも、そばを食うシーンは見ものでな。こうやって、器を持つだろ。で、ふぅ、ふぅって、冷まして――ずぞぞぞ!」
「本当にお蕎麦食べてるみたいです!?」
「……確かに、ヤシロは麺類を食べる時に音を立てる」
「ラーメンにも見えるね~☆」
「いえ、マーシャさん。よく見てください。あの器はラーメンではなく温かいお蕎麦の器です!」
さすがジネット。器にまで意識が向いたか。
「そこに存在していないのに、すごく美味しそうで、香りや温度まで伝わってくるようです! すごいです、ヤーくん!」
カンパニュラが興奮している横で、ずぞっ、ずぞぞっと、マグダとロレッタが真似をし始めるが、まだまだ甘いなぁ。
ほらほら、箸にばっかり意識が向いて器が傾いてるぞ。実際そんなに傾けたらつゆが零れるだろうに。
「君は一体、何を目指して幼少期を過ごしていたんだい? 普通に暮らしていたら、そんなに多くの技術は身に付かないだろう?」
「学ぶ姿勢と応用力の差だよ」
同じ時間、同じ講義を受けたからといって、同じレベルの人間が育つわけではない。
「必要にかられりゃ、人間は想像以上の力を発揮して驚異的な学習能力を垣間見せるものさ」
「つまりお兄ちゃんは必要にかられておっぱいスキルを身に付けたですか!?」
「……驚異的な学習能力を垣間見せた結果」
「何があれば、あのような仕上がりになるというのだ……まったく、嘆かわしいぞ、カタクチイワシ」
言いたい放題だな。
役立ってるだろうが、俺のおっぱいスキルは!
「子供たちに聞かせてあげたいお話がたくさんですね。……ふふ、わたしも頑張って練習します」
「ジネットが語り聞かせてやるのか?」
「ヤシロさんにお願いしてばかりでは申し訳ないですから」
「おぉっ、向こうの領主からは聞いたことがないような気遣いのセリフだな」
「君は言わなくても察してくれると信じているから、あえて口にしないんだよ、ボクは」
じゃあ、せめて態度で示せよ。
なんんんにも伝わってきてねぇぞ、感謝の気持ち。
「けれど、覚えるのが大変そうですね。書き留めて物語の本にでもしておけば、いつでも読み聞かせてあげられるのでしょうが」
「じゃあ、今度絵本でも作ってやればいい。優しい言葉で簡略化すれば、ガキどもが自分で読めるものになる」
「それは楽しそうですね。今度シスターに相談してみます」
「あとはそうだな……単純に、簡単な話を覚えればいいんじゃないか?」
誰にでも出来る小咄というものがある。
マグダを手招きで呼び寄せ、耳打ちをする。
内緒話が聞こえたのか、一足先にマーシャが口を押さえて小さく吹き出す。
うん。やっぱり、『強制翻訳魔法』はちゃんと仕事をするようだ。意味が伝わるように翻訳してくれるらしい。
……どういう原理かなんて、もはや考えるだけ無意味だ。
そして、ネタを仕込んだマグダを、みんなの前に立たせる。
マグダのあの自信に満ちた表情。きっとうまくやり遂げてくれるだろう。
「……では、ここで一席」
そんなことを言って、マグダが小咄を始める。
「……陽だまり亭に囲いが出来たってね。……かっこいい」
マグダの無表情とキャラクターが相まって、スイートルームは笑いに包まれた。
まさに、どっと湧くような笑いだ。
「なにそれ、くだらな~い」
「でも、マグダが言うと面白いよね」
「ぅん。まぐだちゃん、かわいぃ」
パウラたちは口を開けて笑い、ルシアとナタリアは口元を緩ませている。
そしてウーマロは「オイラがその囲いを作るッス! カッコイイ囲いを!」と変な意欲を燃やしていた。
キャラクターと話し手の技術。
それが笑いを生む大きな要因だと、よく分かる一幕だった。
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