報労記30話 人形劇の準備 -2-

「もう、ヤシロさん! 懺悔してください!」

「いや、俺はお前の騙されやすさを自覚してもらおうと――」

「むぅ、むぅ、むぅ!」


 ぽかぽかと、ネコパンチを俺の胸にぶつけてくるジネット。

 運動神経のなさが窺える、なんともたどたどしい攻撃だ。

 なぜ手と足が同時に上がるのか……


「わはぁ~」

「叱られている時に締まりのない顔をしないように」

「そうは言うがな、エステラ。ちょっと受けてみろよ、このネコパンチ」

「い、いえ、エステラさんを叩くだなんて……」

「まぁまぁ、そう言わずに。ほれ、エステラ」

「いいから、ちょっとやってみて、ジネットちゃん」

「え……っと、で、では……えぃ、えぃ、や~」

「わはぁ~」

「ヤシロ様とまったく同じ顔をされていますよ、エステラ様」


 な?

 なんか癒されるだろ?

 まっっっったく痛くないのは当然として、おそらく体にあるツボを絶妙に押してるんじゃないかと思う。

 もしくはマイナスイオンが出ているか。


「教会育ちでも、ジネットほど騙されやすいヤツはいないだろうな」

「そんなことないですよ。みんなシスターの教育を受けているんですから、きっと同じくらいです」

「あぁ、確かに……シスターもちょっと危ういよね。ヤシロみたいな口のうまい人間がいたら、騙されちゃいそう」


 ま、ベルティーナには精霊神の加護がついてるからな。

 ブーブークッションすら回避してみせた驚異的な加護だ。ベルティーナを騙そうとしたヤツが呪いで爆散しても俺は驚かないね。

 依怙贔屓がえげつないからなぁ、精霊神は。


「では、騙されないように啓蒙するようなお話があれば、子供たちに聞かせてあげましょう」

「ヤシロが騙しの手口を解説してくれるのかい? それは、今後の自己防衛に役立ちそうだね」

「誰が企業秘密をやすやすと漏らすか」

「企業って……詐欺師ギルドでも作る気かい? 即潰すよ、そんな組織」


 そもそも、俺の手口を広めたら詐欺師が急増するっつーの。

 こんなにカモだらけの街、そうそうないんだからよ。

 俺が、未来の大躍進のために今だけその牙を収めているから被害らしい被害は出ていないが、詐欺師検定準二級程度の技術があれば、街全部を詐欺にかけることだって容易いんだからな。特に四十二区は。


「何かそのような話はないのか、カタクチイワシ」

「話ばっかしてないで、ぬいぐるみ製作もしなきゃいけないんだよ」

「それでしたら、わたしもお手伝いしますので、何かお話を聞かせてくれませんか?」

「えぇ~……」


 物凄い期待の籠った目を向けられてる。

 見渡せば、スイートルームにいるみんなから。


 そんなに昔話が楽しいか?

 ホンット、娯楽が少ない街なんだなぁ、ここ。

 まぁ、無料動画サイトで、ちょっと面白い動画を見つけたら、その関連動画を漁ってしまう気持ちは分からんではないが。

 次から次へと関連動画を見て、気が付けば一日が終わっていた――なんてことも、なかったとは言わない。

 いや、どうにもな、職人の技系の動画は面白くてなぁ。ついつい。


「じゃあ、少し待ってくれ。パペットと棒使い人形の設計図を描くから、作業できるヤツは作業しながら聞いてくれ」

「わたし、ぬいぐるみを縫います!」

「拙者、木を彫るでござる!」

「ヤシロ、ハンドシャーの出番はいつさね!?」

「オイラ、舞台装置作るッス!」


 わぁ、物凄い熱量。


「じゃあ、ベッコは棒遣い人形の顔と手、あと魔女の正体として海龍を頼む」


 棒遣い人形は、顔と手に鉄芯を取り付け動かせるようにしておく。

 顔と手以外は布で作り、可動域を大きく、ゆったりと取っておく。

 海龍も頭と尻尾を木で作り、本体は布にしておく。

 長崎の龍踊りみたいな感じかな。


「ジネットにはパペットを頼む」

「はい」


 上演するのはどちらかになるだろうが、一応両方用意しておこう。

 ジネットには、手にぬいぐるみをかぶせて操る手使い人形を頼む。

 手袋の親指と小指に手、中指に顔が付いたような形状のアノぬいぐるみだ。


 演目は、人魚姫でいいだろう。

 デザイン画を描いて、寸法と大まかな型紙を作る。


「いつも思うけどさ、ヤシロってなんで何も見ずにこういうのが描けるの?」

「確かに。エステラ様のドレスを作るにも、きちんとした型紙がなければ我々には作ることも出来ません」

「慣れだよ、慣れ」


 布をどう切ってどう縫えばどんな形になるか、それが頭に入っていれば大体分かる。

 大きさに気を付ければ、汎用型ならいくらでも作れるさ。


「じゃあ、裁縫が出来るヤツは作業をしながら聞いてくれ」

「ジネット姉様、お裁縫を教えてくださいますか?」

「はい。一緒にやりましょうね、カンパニュラさん」

「……マグダもやる」

「じゃあ、あたしもやるです!」

「ロレッタはやめといた方がいいんじゃない? 修正が大変そう」

「そういうパウラさんは出来るですか!?」

「あたしは、……編み物、教わったことあるし」


 それは裁縫じゃねぇぞ、パウラ。


「私はぬいぐるみ作るの好きだし、任せてね」

「以前一緒に作りましたよね」


 いつだったか、ネフェリーはジネットと一緒にぬいぐるみを作ったと言っていた。

 趣味がお裁縫とか、昭和のアニメでしか見たことがないタイプの女子だな。


「ボクは頑張って応援する」

「私はカタクチイワシに指示を出してやろう」

「危なっかしいからお前らは近付くな」


 期待してねぇよ、領主様にはな。

 その分、給仕長に頑張ってもらうさ。


「人魚姫の顔は、と~っても可愛く作ってね☆」

「も、物凄い笑顔の圧をかけられたでござる……」

「頑張りますね」

「でも、店長さんは気負うことなく受け止めてるッス」

「見る人によって、見え方が変わるんさねぇ、あの笑顔は」


 顔を担当するのはジネットとベッコか。

 ベッコの木彫りは、俺のデザイン通りに仕上がるだろうし、心配はしていない。

 ジネットも……まぁ、本人が可愛い物好きだし、うまいことやるだろう。


 手使い人形は、試しに俺が一つ作ってみせる。

 指を入れて動かすので、その部分にちょっとした工夫が必要なのだ。

 ジネットなら、一度見ればその意図と目的を正確に把握するだろう。

 着ぐるみパジャマも、一度着ただけで重要なポイントを把握していたし。


「数が多いから手分けして作成してくれ。ジネット、最終チェックはお前に任せる」

「はい。頑張ります」

「で、裁縫の出来ない連中はあとで大道具を手伝え」

「絵を描くのはヤシロとベッコが適任だと思う」

「うむ。貴族に見せるのだ、素人仕事では格好がつかぬ」

「デリア、この領主二人を縛って吊し上げておいてくれるか、新巻鮭のように」

「あらまきじゃけ、ってなんだ?」


 そっかー、しらないかー。

 吊るし上げて寒風にでもさらしてやりたかったのになぁー。


 材料を配り、指示を出し、ノーマにハンドシャーで鉄芯をカットしてもらって、手作業を始めてもらう。


「わぁ、シラハさん、お上手ですね」

「うふふ。これでも花嫁修業を頑張ったのよ。もう随分と昔のことになるけれど」


 貴族に嫁ぐということで、シラハは随分と頑張って教養を身に付けたようだ。

 ウクリネスレベルとまではいかないが、ジネットといい勝負をするくらいに手慣れている。

 これは予想外だったな。

 食う以外何も出来ないおばちゃんだと思ってた。


「ジネット姉様、ここはこのような縫い方で間違いないでしょうか?」

「はい。縫い目の間隔も均一で細かくて、とても綺麗です。その調子で進めてください」

「はい」

「……店長。確認を」

「少しムラがありますね。獲物を追い詰めるように、慎重に縫ってみてください」

「……それなら得意」

「店長さん、大変です! 手が入らなくなったです!」

「ここは縫わなくていいんですよ」

「むはぁ、ちょっと頑張り過ぎちゃったです!」

「もう一度糸を切ってやり直してみましょうか」

「はいです!」


 ジネットが根気よく指導をしている。

 つか、ロレッタ。お前は落ち着きがないからそういうことになるんだぞ。

 作業をする前に手順を確認して、着実にこなしていくスキルを身に付けろ。


「ヤシロ氏、龍の顔はこのような感じでどうでござるか?」

「早ぇな、相変わらず。で、物凄い迫力だな!?」


 ガキがギャン泣きしそうな迫力の龍だ。

 一目で悪者だと分かるな、この邪悪な顔は。


 ある程度作業を行い、各人が自分の仕事に慣れ始めた頃――


「ヤシロ、暇~」

「私も~☆」

「じゃあ、手伝えよ」


 手伝う気がない領主と人魚が飽き始めたので、そろそろ話を聞かせてやるか。

 俺もいくつか縫わなきゃいけないから、出来れば作業に集中したいところだが、今回一番頑張ってくれるであろうジネットからのお願いでもあるし……


「それじゃあ、詐欺師が出てくる昔話をしてやろう」


 そうして、一旦作業の手を止めて、俺は話を始める。






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