報労記30話 人形劇の準備 -1-

『枯れ木に花を咲かせましょ~!』

『ぶわっ!? なんじゃ、花など咲かぬではないか! ぺっぺっ! 灰が口に入ったわ! おのれ無礼者! 引っ捕らえよ!』

『いえいえ違うんです! これは何かの間違いで! ぅ、うわぁああ!』

「正直お爺さんに意地悪するからよ! ざまぁ!」


 パウラ、物語に割り込んでこないでくれる?

 ……入り込み過ぎだって。


「こうして、意地悪爺さんは王様を怒らせてしまい、とっても酷い罰を科されたのでした」


 って、この終わりって「めでたしめでたし」でいいのかね?

 正直爺さんが幸せになって終わるなら「めでたし」なんだが、悪いヤツが成敗されるのは、果たしてめでたいのだろうか?


「ざまぁ!」


 うん、パウラみたいな層は一定数いると思うけども。


 というわけで、人魚姫に続いて花咲か爺さんをちょっと異世界ナイズして語り聞かせていたワケなのだけれども。


「酷いよね……ポチは、何も悪くないのに……」


 ネフェリーが膝の上に置いた手をぎゅっと握り、細かく肩を震わせる。

 ポチの死、まだ引き摺ってるなぁ……

 最初にポチが殺されちゃった時、悲鳴上がってたもんなぁ。

 ジネットなんか泣いちゃってたし。

 ……この話は、なしだな。


「……マグダは、木に咲く花を見る度に、ポチのことを思い出す」

「あたしも、ポチの笑顔を思い出すですっ!」


 いや、お前らポチを見たことないだろうに。

 物語の冒頭にちょろっと出てきただけじゃん。

 いや確かに、「ここほれワンワン」の時に「かわいいぃ~!」って黄色い声上がってたけども!

 にしても、食いつき過ぎだろう!


「お餅をつくと金貨が出てくる臼ッスか…………」

「原理を考えても無駄だからな? あり得ないから、そんな臼」


 ウーマロがすげぇ真剣な顔でとんでもなくくだらないことを考えている。

 無理だから。

 出来るなら、俺がとっくに作ってる。


「……このお話は、是非多くの子供たちに聞いてほしいですね」


 涙の跡を指で拭い、ジネットが祈るように呟く。


「人を羨むのではなく、今目の前にある幸せを喜びましょうと、この物語はわたしたちに教えてくれています」

「そんな大層な……」


 まぁ、昔話には教訓が盛り沢山ではあるのだが。


「正直お爺さんは、心が強いさね。……アタシなら、ポチの屍を見た瞬間、意地悪ジジイの首をねじ切ってやってるところさね」


 怖いぃ~、仕留め方が怖いぃ~!

 素手でいってんじゃないですかぁ……素手でやり遂げちゃってるじゃないですかぁ……


 確かに、正直爺さんはメンタルが強い。

 愛犬が殺されても「死んでしまったのは悲しいが、現実は覆らない」というスタンスで前へ踏み出す強さを持っている。

 ポチの墓標である松の木から作られた臼が燃やされた時も、その灰を持ち帰り現実を受け入れている。


 もしかしたら正直爺さんは、過去を悔やむのではなく、今目の前にある現実を見つめて生きている強い人間なのかもしれないな。


「もしヤシロだったらどうする?」


 ネフェリーが俺を見て、そんなことを言う。

 もし俺だったら……


「灰を奪うのではなく、正直爺さんを抱き込んで、花咲かせパフォーマンスで大儲けをする!」

「違うわよ、そうじゃなくて……って、なんで意地悪爺さん目線なのよ、ヤシロは、もう」


 正直爺さんなんて、詐欺師のカモにしかなりそうもないカテゴリーになんぞ入りたくもないんでな。


「そうじゃなくって」


 話を脱線させたのに、ネフェリーは執拗に俺に問う。


「もしヤシロが、可愛がっていた……え~っと……たとえば、ベッコさんを殺されちゃったら」

「ネフェリー氏!? たとえにしても、もうちょっとなんとかならなかったでござるか!?」

「ベッコなど、どうなろうと知ったこっちゃないが」

「少しは怒るとか悲しむとかしてくだされ!」

「分かったよ。亡骸を松の木の下に植えて、育った松の木でこの上もなく卑猥な像を彫ってやるって」

「化けて出るでござるよ、その像に! 拙者の顔で!」


 卑猥なセクシ~木像の顔がベッコ……即焼却処分だな。


「やっぱり、ベッコさんじゃダメかぁ……」

「やっぱりって、さらっと酷いでござるぞ、ネフェリー氏!?」

「じゃあさ、マグダだったら?」

「マグダに勝てる爺さんなんかいないだろうに」

「……余裕で返り討ち」

「メドラさん級に強いお爺さんなの!」

「エステラに討伐要請を出すな」

「四十二区だけじゃ不可能だよ。外周区連合と『BU』にも救援を要請しないと」

「ふむ。早速連合騎士団が役立つな。三十四区も巻き込んでやろう」

「どうする、ネフェリー? 物凄い大事になったぞ?」

「そうじゃなくて! マグダのお隣さんにすごく強い意地悪お爺さんが住んでいたとしたら!」


 マグダの隣に?


「今だと、オルキオか」

「あはは。私にはとても出来ないよ。マグダちゃんは、可愛い娘の一人みたいなものだからね」

「オルキオさんに、意地悪お祖父さんは似合いませんね」

「そうだよね、ジネットちゃん。どっちかって言うと、正直なオルキオの隣に住んでるヤシロの方がピッタリだよね」

「やかましい、エステラ、やかましい」


 嬉しそうな顔で割り込んできやがって。

 その言ってやった感満載のドヤ顔をやめろ。


「ちゃんと聞いて、ヤシロ!」


 ネフェリーが真剣な顔で声を上げる。

 どうしても、自分の望む答えが聞きたいらしい。

 このまま茶化し続けても、変に落ち込んでしまうかもしれない。


 ……花咲かじじいにどんだけ感情移入してんだっつの。

 そういや、笠地蔵の後も、ロレッタやジネットを慰めるのが大変だったなぁ。思い出し泣きとかしてさ……やれやれ。


「まず、俺なら意地悪爺さんをそうやすやすと信用しない。悪党はその考えが顔や普段の言動に滲み出しているものだからな」


「わ、本当だ」じゃねぇんだよ、エステラ。「ほら、見てごらん」ってこっちを指さすな。お前のぺったんこに手のひら添えるぞ。

「掴む」ではなく「添える」という表現がぴったりくる、その真っ平に!


「で、信用できないヤツに大切なモノは預けない。俺に言わせれば、この一件は正直爺さんにも落ち度はある。なんでもかんでも信用することが素晴らしいわけではない。正直爺さんが正しく意地悪爺さんを警戒していれば、ポチは死なずに済んだ」


 ジネットなんかは、これと同じ過ちを犯す危険が高い。

 悪党は善人のフリがうまいものだ。

 それを疑いもせずホイホイ口車に乗せられたら、あとで泣くことになる。取り返しがつかなくなった後でな。


「……そっか。そうだよね」

「だが」


 正論を言っても、ネフェリーはじめ、ジネットたちのモヤモヤは晴れない。

 だから、少しだけサービスをしておいてやろう。


「俺が正直爺さんではなく、正直爺さんの近所に住んでいるイケメンの青年だったなら、こんな事件が起こる前にそれを食い止めてやる。意地悪爺さんに睨みを利かせ、救いようのないお人好しな正直爺さんに手出しできないように」


 傍若無人が通るなどと勘違いさせているから暴走するのだ、この手合いは。

 きっちりと脅しをかけておけば、面白いほど小さくなる。

 そもそも、勝てない勝負は避ける傾向が強いからな、こーゆー卑怯者は。


 二度、三度と痛い目に遭わせてやれば大人しくなるだろう。


「それでももし、執拗にちょっかいをかけてくるようなら――取り返しがつかなくなる前に、潰す」


 警告を無視してこちらの領域を侵害するのであれば、情状酌量の余地はない、潰す。徹底的に、一切の慈悲もなく、見るも無残にぶっ潰す。


「こくり……」と、ネフェリーが喉を鳴らす。

「俺の大切なモノに手を出すヤツは許さねぇ!」とか、熱い言葉を期待したのだろうが、俺は大切なモノをみすみす奪われるのは二度と御免なんでな。

 やられる前に潰す。そう決めてんだよ。


「では、わたしたちはヤシロさんにそのようなつらいことをさせずに済むよう、自己防衛の術を学びましょうね」


 ジネットが穏やかな声で言う。

 こいつはいつも俺のことを気にかけてくれる。だが……


「いや、ジネットにはムリじゃない?」

「そうね。誰でも信じちゃうもんね、ジネットは」

「えっ!? そ、そんなことないですよ!?」


 パウラやネフェリーの目にも、ジネットは警戒心ゼロの生き物に見えているらしい。


「わ、わたしだって、簡単に人に騙されないように、日々訓練しているんですよ」

「……店長、おでこに何か付いている」


 と、アゴを撫でるマグダ。

 それを見て咄嗟にアゴを撫でるジネット。


「……それはアゴ」

「はぅ!?」


 まんまと騙されてんじゃねぇかよ。

 お前は「詐欺に気を付けましょう詐欺」にでも引っ掛かりそうだな。

「こういう手口の詐欺があるんですよ~」って説明したまんまの詐欺にノータイムで引っ掛かりそうだ。


「ジネット、『目は口程に物を言う』という。つまり詐欺師は目で相手を騙すんだ。騙されそうになったら目を閉じ、耳を塞いで空を見上げて防御の姿勢を取るといい」

「こ、こうですか?」


 と、ぎゅっとまぶたを閉じて両手で耳を塞ぎ、アゴを目一杯反らして上を向くジネット。


「あっという間に無防備なおっぱいの出来上がりだ」


 そこには、視覚と聴覚が封じられた無防備おっぱいがどどんと突き出されていた。

 こんなもん、突っつき放題、揉み放題だろうに。


「俺は日々、こんな無防備なおっぱいを突っつきたい衝動を理性という名の鉄の鎖で抑え込んでいるんだぞ? 偉いと思わないか?」

「こんなしょーもないことを思いつく君の思考に呆れるばかりだよ」


 称賛されるかと思ったのだが、周りの反応は冷ややかなものだった。

 すっごい我慢してるのになぁ!


「あの、これでいいんでしょうか?」とか、まだ騙されたことに気付いていないジネットを、その場にいた者は苦笑交じりに見つめていた。






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