報労記29話 さらば三十七区 -4-

「ヤシロさん、ヤシロさん! 見てください、伊勢エビです!」


 ジネットがザルいっぱいの伊勢エビを持ってきて俺に見せる。

 山盛りだな!?


「こんなにいたのか」

「これだけあると、いろいろな料理が出来そうですね。下拵えをするには、……まだ少し早いでしょうか?」


 なんかもう、料理がしたくて堪らないっぽいジネット。

 まだ早ぇよ。


「手が空いてるなら、三十五区に持っていく企画の手伝いをしてくれないか?」

「わたしに出来ることがあるなら、お手伝いしますよ」


 と、なぜか筆を持って絵を描くようなジェスチャーを見せる。

 ……いや、お前に絵を頼むことは、おそらくねぇよ。

 なに描いても雪だるまになるんだから。


「ぬいぐるみを作ってほしいんだ」

「それでたくさん布を購入されていたんですね」

「あぁ、全部ルシアの金で」

「聞いてないぞ、カタクチイワシ!」


 お前んとこの貴族を納得させるために使うんだから、必要経費だよ。

 それに、布が余っても今後いくらでも使いどころがあるんだから、買っとけって。


「ただ、なんの人形を作るかが決まってないんだよなぁ」

「桃太郎ではないのか?」

「逆に、桃太郎でいいのか?」


 問いかけてきたルシアに問い返す。

 先ほどベッカーがドヤ顔全開で書き上げた自慢話満載の手紙には、おそらく、いや確実に紙芝居の話が書かれている。

 それを読んだイーガレスのところへ、そのベッカーと同じ物語を持っていくのか?

 嫌がるんじゃねぇの? そーゆーの。


「ふむ……何か、他の話があるのか?」

「笠地蔵とか」

「ぅきゅ……っ、あのお話はとても悲しいです」

「じゃあ人魚姫とか」

「それってどんなお話なの? 聞きたぁ~い☆」


 ざばっとマーシャが現れた。

 マーシャの方を向いて気が付いたが、船はもうすでに出港していた。

 ゆっくりと港が遠ざかっていく。


「エステラとルシアは手を振り返しもしなかったな」

「エレベーターに乗る前に十分振った。これ以上は蛇足というものだ」


 でも、港からはまだ三十七区領主の声が聞こえてるぞ?

「またいつでもお越しくださぁ~い!」って。


「マグまぐやお義姉様たちが手を振り返している。十分過ぎる誉れだろう」


 可愛い女子に手を振ってもらえれば喜ぶだろうって?

 領主相手にそんな感じでいいのかよ。

 まぁ、いいんだろうけど。


「とりあえず、荷物を運ぼう。話はその後だ」

「はい。では、わたしは伊勢エビを厨房へ持っていきますね」

「お~い、クルーたち~! この荷物、スイートに運んどいて~☆」

「「はい!」」


 アッスントから購入した様々な部材、素材たちは、クルーによってスイートルームへと運ばれていく。

 あそこなら、俺やジネットとノーマが一緒に作業できる。

 ナタリアも手伝ってくれたら鬼に金棒だ。


「ちなみに、レジーナ。お前裁縫は?」

「聞くだけ野暮やで、自分」


 出来るわけがないよな。




 各々、一度部屋へ戻って、再び船上で自由時間となった。

 しかし、ほとんどの者が男女共同スイートルームに集まっている。


「すごくいい反応だったよね、桃太郎!」

「私、六歳くらいの女の子に『キジさん大好き!』って言われちゃった! もぅ、可愛かったなぁ~」

「アタシは……なんだったんだろぅねぇ、あの無言の握手会……ちょっと好意が重かったさね」

「ノーマさんは、一人ではないということですね」

「うるさいさね、ナタリア」

「ノーマちゃん、ガンバ☆」

「あんたもうっさいさね、マーシャ!」


 ノーマ系大人女子、結構いたようだ。

 うん。

 ガンバ☆


「なたりあさん、すごい人気だったね。一番声援、もらってた、ね」

「私はただ、普通に演じただけなのですが」

「嘘ばっかり~! ナタリア、本番前からすっごい気合い入ってたじゃない」

「そうそう。私たちのやる気を100だとしたら、ナタリアは250くらいだったよね」

「ちょっと近寄りづらかったさね」


 キャストから暴露される、ナタリアの本気度。

 よっぽど羨ましかったんだなぁ、お化け屋敷の時のシェイラが。

 男性ヴォイスで女子たちをきゃーきゃー言わせてたもんなぁ。


「なんでも一番でないと気が済まないのかよ、お前は」

「当然です。給仕長ですので」

「あ、その気持ち分かるです! あたしも、長女だからいつも一番でいたいと努力してるです!」

「いえ、それとはちょっと違います」

「違わないですよ!? 一緒の気持ちです!」

「一緒にしないでください」

「一緒でいいじゃないですか、ナタリアさん!?」

「責任の重さが違いますので」

「長女の重責、今夜たっぷり語って聞かせてあげるです!」


 便乗しようとしたロレッタを、きっぱり拒絶するナタリア。

 拗ねるな拗ねるな。

 見てみろ、ナタリアが構ってもらえて嬉しそうな顔してるぞ。


「それで、今度私はどのようなイケメンボイスを出せばよいのでしょうか?」

「花咲か爺さんでもやらせるぞ、いい加減にしとかないと」


 ナタリアが調子に乗ると、ずっとウザいからなぁ。

 二十四時間、四六時中、ずっとな。

『BU』フィーバーの時を思い出すと、うんざりする。


「花咲かお爺さんというのは、どんなお話なんですか?」


 祖父さんっ子のジネットがわくわくした顔で聞いてくる。

 こいつはジジイに萌える性質でも持ち合わせてるのか?


「あ~待って待って~、その前に人魚姫~!」

「私は笠地蔵というものが聞いてみたいが」

「ダメですよ、ルシアさん! このあとずっと胸の奥がしんどくなるですよ!?」


 どんだけ引き摺るんだよ。

 笠地蔵って、そんな号泣する話じゃないからな?

 爺さんが報われてよかったね~って話だからな?


「笠地蔵より、人魚姫の方が悲劇だろうな」

「えっ、悲劇なの!?」


 マーシャが目を見張る。


「ただ、俺の故郷では人気があったんで、無理やりハッピーエンドに改変された話も出回ってたぞ」

「じゃあ、そっちが聞きたいな~」


 ただ、ハッピーエンドの方って、千葉県方面の夢の国の著作権がちょこ~っと怖いんだよなぁ。

 いや、大丈夫!

 俺流のハッピーエンドにすれば問題はない!


「じゃあ、人魚姫の話からな――」


 そうして、俺はこの場にいる者たちへ人魚姫の物語を語って聞かせる。

 人間界へ憧れる美しい人魚姫が、嵐の夜に遭難した一人の王子を助け、一目惚れする。

 人魚姫の懸命な看病により王子は一命を取り留めるが、そこへ人間の娘がやって来る。

 驚いた人魚姫は咄嗟に海へと逃げてしまう。


 目を覚ました王子は、目の前の人間の少女を命の恩人だと勘違いして恋をしてしまう。


「はぁ!? 最っ低!」

「なにその王子!? ちょっと考えたら分かるじゃない! 嵐の海に投げ出されたんだよ? そんな普通の人間の女の子に助けられるわけないって!」

「あたいがぶっ飛ばしてきてやろうか、その王子?」


 王子、大不評である。

 まぁ、この王子はなぁ……最後まで人魚姫の恋心に気付かないからなぁ……


「……それで? ……どうなるの、その人間ども★」

「マーシャ、落ち着け。これはフィクションだから、そんな全人類に宣戦布告する五秒前みたいな目で俺を見るな」


 めっちゃ怖いんですけど、あの人魚!

 笑顔って、見方によっては怖いよねぇ!


 原作では、王子のそばにいたい人魚姫が魔法使いから薬をもらって人間の足を手に入れるが、引き換えに声を失ったせいで結局最後まで王子に気付いてもらえず、王子と結ばれなければ発動するという呪いによって泡となって消えてしまうのだが……そんな話をしたらオールブルームが滅びかねない。

 人間人魚戦争の開戦とか、目撃したくもない。


 なので、ハッピーエンドの方を話す。


「実は、その女は悪い魔女が変装した姿だったんだ」


 悪い魔女は世界一美しいと言われる人魚姫の声が欲しかった。

 だから、王子との仲を引き裂き、人魚姫が人間になりたいと願うように仕向けた。

 そして、声と引き換えに人間の足を与え、人魚姫に呪いをかけた。


 王子と結ばれなければ泡となってしまう呪いを。


「はじめこそ、命の恩人だと勘違いしていた娘に心を惹かれる王子だが、人魚姫の純粋な愛を受け、次第に心を通わせるようになる」

「当然よね! 愛って最強だし!」

「ちょっと鈍感過ぎるけどね、その王子様」

「男としては、二流さねぇ」


 パウラがガッツポーズで吠え、ネフェリーとノーマは辛辣な意見を口にする。


「けど、その国の王子だから金も地位も持っていて、しかも国一番のハンサムだぞ?」

「お金や顔なんて関係ないよ。私はやっぱり、心が通じ合える男の人がいいなぁ」

「いや……、ちょっと考える余地はあるかもしれないさね……」

「ノーマさんがお金と顔に揺らいだです!?」

「……夢見ている場合じゃないと気付いたもよう」


 やっぱ、金持ってるイケメンは強いよなぁ。

 だからこそ――


「セロン、レッツ・ダイブ!」

「なぜですか、英雄様!?」

「あぁ、セロンっぽいよね、王子様」

「ちょっと鈍感なところとか、頼りない感じがね」

「セロンかぃね…………まぁ、条件次第さねぇ」

「随分上からきたですね、ノーマさん!?」

「……向こうは既婚の勝ち組だということを失念しているもよう」


 ちょっと抜けてて頼りない王子様は、セロンのイメージに合致したようだ。


「……ヤバイ。物語をねじ曲げて、王子に苦行を課してやりたくなってきた」

「いいから、まともに物語を聞かせなよ。どうして君はいちいちセロンにつらく当たるのさ?」

「専属おっぱいがいるからですけど!?」

「黙れ。黙って物語を語れ」


 エステラが無理難題を押しつけてくる。

 一休さんでもお手上げじゃね、こんな理不尽貴族。


「王子が人魚姫に惹かれ始めたことに焦りを感じた魔女は、人魚姫を海へ突き落として亡き者にしようとする。そうすれば、人魚姫の声は自分のものになるから」

「最低な魔女ね!」

「服装はレジーナとお揃い」

「レジーナ、マーシャに謝って!」

「あんなぁ、パウラはん。フィクションと現実をごっちゃにすると、精神的に危険なことになりかねへんから気ぃつけや?」


 パウラは影響されやすいからなぁ。

 マインドコントロールにすぐ引っかかりそうだ。


「で、王子様は荒れ狂う海の中へ飛び込んで人魚姫を助けに行くんだ」

「人間が? 海の中へ? どうやって?」


 マーシャが冷たい声で問い質してくる……あれぇ? なんかご立腹?

 じゃあ、女子が好きそうな展開で……


「愛の力で、だ!」

「愛の力……………………なるほど」


 納得してくれたー!

 よかったー!


「人魚姫は人魚の姿に戻り、王子と力を合わせて悪い魔女を打ち倒す。そして美しい声を取り戻し、本当の愛を手に入れるんだ」


 人魚の姿を見た王子は、嵐の日に助けてくれたのが人魚姫だと気付き、プロポーズをする。

 本当の愛を手に入れた人魚姫は、愛の力で人間の足を手に入れる。


「二人の結婚式は国を挙げて盛大に行われ、王国の人間からも、海の人魚たちからも祝福されたのでした――めでたしめでたし」

「よがっだでずぅ! 人魚姫、幸ぜになっで! よがっだでずぅ!」


 ロレッタ号泣。

 お前、笠地蔵じゃなくても泣くんじゃねぇか。


「おかしいな、酒が抜けてねぇのか……目から汗が……」


 ハビエル、お前もか。

 人魚姫で泣くなよ、デカいオッサンが。


「ヤシロ君――」


 そしてマーシャは――


「そのお話、採用☆」


 ――満面の笑みを浮かべていた。

 お気に召したようで何よりだよ。






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