報労記29話 さらば三十七区 -3-
甲板に戻ると、ブタがいた。
「みなさん、お待ちしておりましたよ」
「お、今夜はとんかつか」
「私は食料として積み込まれたわけじゃないですよ!? 降りますし、この後すぐ!」
なんか、アッスントが騒いでる。
で、なんでお前が船に乗ってんだよ?
「実はですね、カラーサンドアートを拝見いたしまして……アレは素晴らしいですね! もちろん、四十二区でも販売されますよね!?」
「四十二区には砂浜がねぇだろうが」
砂浜の砂を使って作るんだっつーの。
「……となれば、やはりこちらの商圏に食い込むのが得策ですか……ちなみに」
アッスントが揉み手で満面のスマイルを寄越してくる。
胃もたれしそう。
「先ほどの恋人岬の図案、カラーサンドアートで再現することは可能でしょうか?」
と、質問しながら「出来ますよね?」と確信を持った顔をしている。
「岬と灯台か?」
「それに加え、走る男性とボートに乗る女性のシルエットも追加で」
チャレンジの風景をカラーサンドアートにか。
確かに、それは売れそうだな。
「余裕だな!」
「では、カラーサンドアートの工場を四十二区に作り、三十七区へ卸すようにしましょう!」
「いや、アッスント。それはさすがに気の毒だよ。収入源を奪うような行為は、今はやめてくれるかい?」
「「ぬるいな」」
「うるさいよ、悪辣二人組」
企画立ち上げ段階で深く利権に食い込むことで、その先半永久的に優位な立場で利益をちゅーちゅー吸い上げることが出来るというのに!
「まぁ、滑り出しの段階で図案をいくつか提案して売ってやればいい」
「そうですね。それで十分恩は売れるでしょう。……折角三十七区を取り込めるチャンスでしたのに」
「それじゃ、ウィシャートと同じ発想だよ」
「いいえ。我らが愛すべき微笑みの領主様なら、あんな武力に物を言わせるだけの三流領主とは比べ物にならない成果を上げてくださると信じています!」
「……やめて。その期待、胸が焼けるから」
「「「ホントだ、熱でみるみるすり減って――」」」
「うるさい、ヤシロ、ナタリア、イメルダ!」
アッスントのヤツ、四十二区を起点に外周区をおのれの勢力下に取り込み、徐々に中央を包囲して勢力をひっくり返そうなんて考えてんじゃないだろうな?
「いえ、なに。何も革命だの下克上だのと騒ぎを起こすつもりは毛頭ないのですよ?」
そんなブタみたいな胡散臭い顔で言われても説得力はないがな。
「ただ、港を有する三区が連携して商売を始めるとなると、こちらもいろいろ連携する必要が出てくるのですよ。なにせ、港を持つ三区は、みなそれぞれ行商ギルドの管轄が異なる区ですので」
アッスントが属する支部は、四十区から四十二区を管轄している。
だから、三十七区は三十七区から三十九区を、三十五区は三十四区から三十六区を統括する支部の管轄にでもなっているのだろう。
「類似品や粗悪品で互いの商品を潰し合わないように連携が必須なのですが……何を勘違いしているのか、態度がデカいのですよねぇ、他の支部は」
いやいや。
最貧三区の支部長さんよぉ。
その言葉そっくりそのまま返ってくるんじゃね?
「ですが、そうですね。もし、現物を用意していただけるのでしたら、それを持って支部へ殴り込み、彼我の力量差をまざまざと見せつけ、どちらに従うことがギルド全体の利益になるかを骨身に沁み込むほど分からせてやりましょう」
「やだ、エステラのお友達、怖ぁ~い」
「君の親友だろう。感性がそっくりじゃないか」
とはいえ、アッスントの言うことも一理ある。
三十七区がやってるから真似しよう、なんて安易な発想で粗悪品を売り出されでもしたら、その物自体の価値が下がる。
粗悪品が溢れ過ぎて「どうせ効果ないんだろ?」というイメージが出来上がってしまったEMS腹筋パッドのように!
あれ以降、電気の刺激で楽々シェイプアップっていうアイテムは、どんなに手を変え品を変えても『腹筋パッドと一緒でしょ?』って目で見られるようになったからな。
「連携できれば、同じ商品のバージョン違いを限定品として各区の港のみで売ることも可能なんです」
「ご当地土産だな」
「そうですそうです!」
「ほら、似たような発想してる。……で、ご当地土産ってなに?」
人を非難まがいの目で見ておきつつ、情報は欲する。
わがままな貴族様だ。
「たとえば、たい焼きだったら、四十二区ではあんこ、三十七区ではカスタードクリーム、三十五区ではチョコレートクリームが食べられる――とかな」
「全部食べたいです!」
「食えばいいけども」
あくまで喩えだ。
勢いよく手を上げたロレッタが、ジネットにおねだりしている。
「今度作ってみましょうね」とか言ってる。じゃあ、ついでに抹茶も作ってもらおう。白玉か求肥を入れても美味そうだ。
「食い物以外だと、よこちぃとしたちぃのぬいぐるみを、各区の特色に合わせた衣装にして販売するとかな。三十七区なら桃太郎の、三十五区なら英雄王と聖女王の衣装を着せる、とか」
「それ絶対可愛いヤツだよね!? ……でもよこちぃとしたちぃは四十二区のマスコットだし……他所の区には出したくない……!」
いいじゃねぇかよ。
キャラクターだけ貸し出して、しっかりとマージンを受け取れば。
日本では、どんなモノとでもコラボしてしまう、商魂たくましい白猫がいたもんだ。
あの白猫とマヨネーズの坊やは、全都道府県の土産物屋にいるからな。
「やはり、ここは私の腕の見せ所のようですね! ヤシロさん、カラーサンドアートの職人育成にはどれくらいの期間が必要でしょうか!?」
「あんなもん、慣れりゃ誰でも簡単に出来る」
「いやぁ……ヤシロさんの言う『簡単』は、常人には理解すら出来ない難解なレベルッスからねぇ……」
「拙者も『簡単にぱぱ~っと』と、とんでもない高難易度の仕事を振られることがあるでござる」
「けどお前ら、やってのけるじゃん」
「「そこはプロッスから!」でござるから!」
「なるほど。相当優秀な人材を育成しなければいけないようですね……まずは人材確保と工場予定地の選出から始めてみましょう。エステラさん。ヤシロさんが言い出したことと作り出したものはすべてメモに取って、四十二区へ帰ってきた後で教えてください。……出遅れたら、後塵を拝することになりかねませんので、くれぐれもよろしくお願いいたしますね!」
エステラにガッツリと圧をかけ、アッスントは船を降りていく。階段で。
元気だな、あのオッサン。オッサンのくせに。
「今の、わざわざ上がってきてまで言うことかね?」
「おそらく、こっちの行商ギルドの人間に聞かれたくなかったんだろうけど……逞し過ぎるよね」
タラップを降り、大きく手を振るアッスントを見下ろして、エステラが呆れた様子で息を吐く。
「まぁ、あれだけ逞しいと、他区から食い物にされる心配がなくていいけどね」
「美味しそうな顔してんのにな」
「……君は、しょっちゅうアッスントをカツにしようとしてるよね」
「最近はトンコツも広まったしな」
「ボクは、アッスントから取れた出汁で作った料理は遠慮しておくよ。欲しければ一人でどうぞ」
アッスント出汁のラーメン…………
「悪い冗談だ」
「君だよ、その冗談を頻繁に口にしてるのは」
アッスントに向けたものよりも、もう一段階上の呆れ顔を俺に向け、エステラは自分に割り振られた部屋へと向かった。
他所行きの服から、普段着に着替えるのだそうだ。
あいつ、そのうち「三十五区まではもう身内!」とか言って、どこに行くにもだらしない服装でOKとか言い出さないだろうな?
……あぁ、似たような発想で、隠さなきゃいけない地を晒しまくるようになった領主がいたなぁ。
ルシアもエステラも、貴族令嬢検定とかあったら、四級あたりで落とされるんだろうなぁ、きっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます