報労記29話 さらば三十七区 -2-

「ここの貴族はんは、おっぱい魔神はんと同じ人種やったっちゅ~わけやね」

「おいこら。名前呼びはどーした?」

「ここ、船の上ちゃうし」


 澄ました顔で屁理屈を捏ねやがるレジーナ。

 まぁ、俺も別に名前で呼んでほしいとかないからいいけど。


「胸は女性の美を語る上で外せない要因ですわ。ですので、多少意識することは決して不自然ではありませんわ」

「つまり、おっぱいで決めているわけではなく、あくまでおっぱいは美しさの中のほんの一部だと?」

「その通りですわ」


 そんなことを言うロリーネの前に、ジネットを押し出す。


「このおっぱいを前にしても同じことが言えるか!」

「ごめんなさい! めっちゃ羨ましいです! 少し分けてくださいまし!」

「うむ。それには共感できる! よし、一緒にお願いしてみよう! せーのっ!」

「「少し分けてください!」」

「もう、ヤシロさんは懺悔してください!」


 声を揃えて言ったのに、俺だけ!?


「ジネットがいじめる……」

「君がジネットちゃんをいじめてるんだよ。自覚を持ちたまえ」


 だって、ちょっと分けてほしいんだもん。

 お部屋に置いておいて、疲れた時にぷにぷにして癒やされたいんだもん!


「ベッコ!」

「接触禁止令発動。領主権限ね。違反したら懲罰課税を言い渡すから」

「大丈夫、ベッコが払う!」

「お断りでござるよー!」


 めっちゃ遠くから断られた。

 おのれ、ベッコめ……

 ほんのちょっとおっぱいフィギュアを作ってほしかっただけなのに。


「リーネ」

「はい、お姉様」


 妹が姉に呼ばれて駆け寄る。

 もう、名前呼ぶのもめんどいわ、この変態姉。


「あなたは、こちらの方のような美しい女性になるのですよ」


 と、ジネットを指し示す姉。

 まぁ、なりたくてなれるもんじゃないけどな。

 でなけりゃ、エステラがとっくにそうなってるはずだし。


「では、こちらのお姉様がご覧になっている世界を理解すれば、その美しさに近付けるかもしれませんね」


 言って、リーネがジネットの前でぺこりと頭を下げる。


「ぶしつけな質問ではございますが、お姉様が美しいと思われるものはなんですか?」

「美しい、ですか……今朝の朝陽は、とても美しかったですよ」


 ジネットの言葉に、船で同じ景色を見た者たちがうんうんと頷く。


「失態です……アタクシは今朝の朝陽を見逃してしまいました」


 そして落ち込む小学生、くらいの少女。

 小六くらいかな? 十一歳か十二歳、おそらくミリィと同じ年齢くらいだろう。


「てんとうむしさん……っ!」


 おかしい。

 俺は今、何も言っていないはずなのに、ミリィに怒られた。


「顔に書いてある、もん、……ぷん」


 ついにはミリィまでも!?

 この謎能力の発生源はどこだ?

 エステラか、ジネットか!?


「……発生源はヤシロ」

「まぁ、お兄ちゃんの顔、分かりやすいですからねぇ」

「ヤーくんは、四十二区一番の正直者ですね」


 カンパニュラ、どうした?

 聡明なはずのお前が、そんな世迷い事を……

 ノーマと同室になったから、残念女子が伝染したのか?

 伝染するのか、あの遺伝子!?

 ……怖ぁ。


「あの、美しいもの、ではないんですが」


 と、リーネの手を取って、引っ張っていくジネット。

 俺の背後へと移動するので、視線で追うと「あ、ヤシロさんはそのまま動かないでください」と言われた。

 仕方ないので顔を固定して前を向いておく。


「ここです」

「……どこでしょう?」

「ここに寝癖がありますね」

「……はい」

「これが、可愛いです!」


 なんか、人の後頭部で変な話が始まったぞ。

 つか、寝癖ってたなら教えてくれよ。


「……なるほど」

「分かってくれますか!?」

「お姉様。こちらのお姉様には、分厚いフィルターが装着されているようで、アタクシの理解は到底及ばぬことが分かりました」

「えっ!? どうしてですか!? あ、分かりました! 角度の問題です! こちらの、そうです、この角度から見ると――」

「……店長。どうどう」

「その感性、理解できるのは店長さん以外ではシスターとムムお婆さんだけですよ」

「私も可愛いと思いますよ、ヤーくんの寝癖は」

「……カンパニュラはまだ甘い」

「さっきの三名は、お兄ちゃんの邪悪な顔ですら可愛いと言う人たちです」


 誰が邪悪だ。

 ……で、ジネットとベルティーナはともかく、ムム婆さんはいつ俺のこと可愛いなんて言ってたんだよ。身に覚えがねぇぞ。

 ……とりあえず、寝癖は直す。


「分かりませんか? よく見ればきっとみなさんも……はぅっ!? 寝癖ちゃんが!」


 勝手にちゃんをつけるな。人の寝癖に。


「今後、ジネットのほっぺたにつまみ食いの油が付いていても教えてやらん」

「えっ、それは困ります。出来ればこそっと……付いていたことあったんですか!? いつです!?」


 ふん。

 心配しているといい。

 ……で、今慌てて口を拭いているということは、さっきの鯛めし、つまみ食いしたな?

 やはり母娘か!


「なぁ。ジネットのヤツ、さっきつまみ食い――」

「……していた」

「してたですよ」

「されていましたね」

「み、みなさんも一緒にしていたじゃないですか!? どうして、わたしだけみたいな言い方を……むぅ! ひどいです、むぅむぅ!」

「「「ほわぁ……」」」


 うわぁ、同じ顔するようになってるなこの三人。

 すっかりジネットに馴染んでるわ。

 カンパニュラは、あんまり影響されないといいんだけど。


「カンパニュラがロレッタみたいな大人になったらどうしよう」

「それは大丈夫よ、ヤシロ。あたしがきっちり阻止するから!」

「なんでパウラさんが出てくるですか!? カニパーにゃはあたしのこと『尊敬してます』って言ってくれるですよ!」

「それって、『そこまで行くと逆に尊敬します』って意味じゃないの?」

「カニぱーにゃは、そんなパウラさんみたいな捻くれたこと言わないですよ!」

「きしゃー!」

「きしゃー!」


 威嚇し合うな、似た者先輩後輩。


「まぁ、ロレッタにもいいところはあるもんな」

「そうですよ! お兄ちゃん、言ってやってです!」

「いや、ぱっとは出てこないけども」

「ぱっと出てきてです! いいとこいっぱいあるですよ!? いいところの見本市ですよ!」

「諸君、遊んでないで、ぼちぼち船に戻るよ」


 ぱんぱんと手を叩いて、エステラが退散の合図を出す。

 これ以上ここにいても、話すことはもうないからな。


「本日は有意義な時間をありがとうございました」


 三十七区領主がエステラとルシアに向かって頭を下げる。

 その後ろにベッカー一家が並ぶ。


「いただいたアイデアを吟味して、これから三十七区で運用できるものに改良していってみます」

「はい。より素晴らしい港になることを、期待しています」

「実際動いてみてから気付かされることも多いだろう。その際には、また顔を合わせて話をしようではないか」

「はい。それでは領民一同でお見送りをさせていただきます」


 それまで、港に留まり鯛めしを食ったり、恋人岬チャレンジを体験したりしていた領民たちが再び集まってくる。


「じゃあ、俺らはエレベーターで行くから」

「あ、ボクたちもそれで上るよ。……階段を上ってる間中見送られると、手を振るのも大変だしね」


 そりゃそうだ。

 さっさとデッキに上がって出港するに限る。


「では、遠路はるばるお越しくださった微笑みの領主様へ敬意を込めて!」

「「「ぺーったん! ぺーったん!」」」

「それやめてもらえますかねぇ!?」


 敬意を込めてるらしいぞ。


「三十五区には何もないのか?」

「ルシア様にも感謝を込めて!」

「「「ぺーったん! ぺーったん!」」」

「貴様のせいだぞ、カタクチイワシ!」


 えぇ……俺のせいかなぁ?


 滞在時間は短かったが、三十七区の領民がこぞって残念だということはよく分かった。

 さっさと出発してしまおう、こんな港。


「けど、楽しい港に変わるといいね」


 木箱を改造したエレベーターに乗り込んだエステラがぽつりと呟く。

 確かに。三十七区の港は、突然やって来て大騒ぎしても文句が出ないほど、寂しい場所だったからな。


 せめて、もう少し賑やかになればいい。


「さぁ、次は三十五区の港だ。気持ちと頭を切り替えるのだぞ、カタクチイワシ」


 俺に言うな。

 頑張るのはお前ら領主だよ。



 ま、やるべきことは、なんとなく見えてるけどな。






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