報労記29話 さらば三十七区 -1-

「見てください、ヤシロさん。チャレンジ成功証明書です」


 ハートにくり抜かれた木片に、陽だまり亭一同、全員の名前が書かれている。

 恋の成就とか、もはや関係なくなってんじゃねぇか。


「これは、恋愛に限定しない方が人を呼べそうか?」

「家族のためにとか? それもいいね」


 けど、恋愛に限定された場所の方が人は集まるけどな。

 まぁ、家族や友情も、ある種の愛情ってことにしておけばあり、かな。


「ヤシロ、石碑! 石碑を建てるさね!」


 ノーマが張り切っている。

 あぁ、対岸で同時に触ると恋が成就するとかいうヤツな。


「じゃあ、ボートの降り場は向こうにしとくか」

「そうだね。そうしたら、チャレンジした後、一緒に記念碑に触れられるね」

「その代わり、男がもう一回この岬をぐるっと回るまで会えないけどな」

「なら、向こうの降り場に休憩所でも作っておけばいいよ。そうすれば、紅茶でも飲んでゆっくりと待てるし」


 はっはっはーっ!

 この世界でも男の扱いって酷いもんだよなー!

「走ってこい。待ってるから」だって!


 ……いや、でも、女子人気を得た方が盛り上がるんだよな、こーゆー観光地って。

 男はおねだりされたい生き物でもあるし。


「で、どうだった。船からの景色は?」

「悪くなかったね。天気もいいし、岬の向こうに見える海も綺麗で、灯台も立派で、まったく飽きることのない時間だったよ」

「お、男の方は……ぜは、ぜはぁ……必死で、ござるけども!」

「ふん! 敗残兵に意見を言う資格などありませんわ!」

「マグダ氏が絡んだ勝負で、ウーマロ氏に勝つなど、ほぼ不可能でござるよ!?」

「オイラ、やったッス!」

「……おめでとう、ウーマロ」

「むはぁあ! 今の一言で報われたッス!」


 まぁ、そのマグダはお前の走り、見てなかったけどな。

 応援してないのに、伊勢エビはちゃっかりもらうのか。すっかり悪女に育っちゃって。


「は~い、商品の伊勢エビ~☆」

「デカっ!?」


 マーシャの顔よりもデカい、凄まじいサイズの伊勢エビが出てきた。

 俺らが走ってる間に、ちょっと海へ潜って取ってきたらしい。


 ……え、この数十秒で?

 この辺、伊勢エビのメッカ?


「……これはみんなで食べる?」


 商品の伊勢エビを手に、マグダが俺を見る。

 チラッとマーシャを見れば、頼もしいサムズアップが。


「それはお前とウーマロで食え。俺らの分も、ちゃんとあるっぽいし」

「どーんと、ま~かせて☆ でも、それが一番立派な伊勢エビだからね☆ 特別な優勝賞品だよ~☆」

「……そう。じゃあ、ウーマロと半分こする」

「マグダたんと半分こ! 感激ッス!」

「なぁ、マグダ何もしてねぇよな?」

「いいんさよ。……見てごらんな、あのキツネ大工の締まりのない顔を。アレが一番のご褒美なんさよ」

「そっか。変なヤツだな、ウーマロ」

「今さらさね……」


 確かに、ウーマロにとっては何よりの褒美かもな。


「夕飯は釣った魚を焼いて食うから、こいつもその時に焼くか」

「そうですね。でも、スープにしても美味しいと思いますよ」

「そうだな。でも、カニもあるだろ?」

「豪華に海鮮スープにしてみましょうか」


 そいつは豪勢だ。


「領主く~ん、この辺伊勢エビ多いから、名物料理にするといいよ~☆」

「伊勢エビですか? では、漁師に網を入れさせましょう!」

「美味しい料理が出来たら、また見に来てあげるね☆」

「は、はい! 是非! 今度は、もう少し動きやすい港にしておきます!」

「うん☆ 期待してるね」


 マーシャから『期待』という言葉をもらい、三十七区領主がガッツポーズをしている。

 改革する姿勢が評価されたのかねぇ。

 嬉しそうだ。


「人魚パーラー、楽しみだしね☆」


 何も言ってないのに、まるで言い訳するように俺にそんなことを言うマーシャ。

 いいじゃねぇかよ、陸の人間のために善意を見せたって。

 照れるようなことじゃねぇだろうに。


「マーシャは、次代の聖女王になるかもな」

「ぇ…………や、やめてよぅ。私、そんなガラじゃないもん」


 ぐるっと水槽の底を撫でるように一回転するマーシャ。


「ここでの時間がちょっと楽しかっただけだもん」


 水から顔だけ出して「べー!」っと俺に舌を見せる。

 なんでいじめられてんだろうな、俺。


「イメルダ様」


 すっと、足音も立てずにベッカー家の娘ロリーネがイメルダの前へと歩いていく。

 姿勢が綺麗で、美にこだわりがあるというのがよく分かる。


「もう出発されるのですね」

「そのようですわね」

「日傘を差して船に揺られるイメルダ様は、本当にお美しかったです」

「そうでしょう?」


 イメルダー! 謙遜ー!

 あと、忘れてるかもしれないけど、今のお前、釣りに夢中になり過ぎて結構焼けてるからな? 貴族令嬢的にはちょっとどうなのってくらい小麦色だけどいいの?

 あ、そんなもん関係なくお美しいの? さすがだね、イメルダ!


「恋人岬が観光名所となった暁には、ボート乗り場で日傘を販売いたしますわ」

「それはよいことですわね。ですが、ただの傘ではいけませんわよ」

「ですが、その傘という物自体、入ってきたのは最近でして、どのような物がオシャレなのか、まだ判断が難しいのです」

「四十二区のウクリネスという服屋さんをお尋ねなさいまし。彼女なら、間違いのない物を提供してくださいますわ」

「まぁ、そうですの! 是非伺ってみますわ」


 ウクリネス逃げてー!

 お前の睡眠を奪う悪魔が会いに行くってー!


「リーネ!」

「はい、お姉様」


 ロリーネに呼ばれたリーネ(小学生くらい)がキリッとした顔で返事をする。


「イメルダ様はお美しいわね」

「はい。とてもお美しいです!」

「イメルダ様と並ぶアタクシは?」

「とてもお美しいです!」

「スアレス様とクレアモナ様に挟まれるアタクシは?」

「いつにも増してお美しいです!」

「では、こちらの……ぷっ、少々残念なお顔の殿方と並ぶアタクシは?」

「引き立てられて一層のお美しさです!」

「そう。よく分かりましたわ。では、オオバ様。是非また三十七区へお越しになってくださいましね」

「こんな明確なケンカを売られた直後なのに?」


 俺の心が「二度と来るか!」と叫んでいるぜ?


「分かっておられませんのね……。引き立て役がいるからこそ、美しいものがより美しく見えるのですわ。つまり、あなたにも、あなたなりの価値があるという褒め言葉ですわ」

「誰が引き立て役だ、コラ」

「二十四区のドナーティ様だって、頭皮が全体的にあの有様だから、頭頂部の一本毛が価値あるものに見えているのですわ!」

「お前のその全方位にケンカ売っていくスタイルって遺伝? 持って生まれた才能?」


 誰が一本毛を引き立てるむき出しの頭皮の同類か!

 失敬極まりないぞ!


「ヤシロさんのお顔は、残念ではありませんよ。とてもいいお顔だと思います」


 密かに傷付いた俺の心を、ジネットが癒やしてくれる。

 そうなんだよ。

 こんなヤツに何を言われたところで、いちいち気にしてられねぇと思いつつも、ほんのちょこっと傷付いちゃうもんなんだよ!

 それをちゃんと慰めてくれるジネット……優しい。


「あなた……、それは優しさではなく、現実を見つめる妨げになっているだけですわよ」


 ほほぅ。

 あの岬へし折るぞ、コノヤロウ。

 ここより遙かに面白い紙芝居を四十二区で連日上演し続けるぞ、おい。


「あなたもなかなか美しい顔立ちをなさっていますわね。磨けばアタクシのようにもっと輝…………」


 ジネットを頭の先からじろじろと見つめていたロリーネの視線が胸元で止まり、言葉も止まる。


「…………負けましたわっ!」


 認めたか。

 そりゃ、アレには勝てまい。


「なんだ? 何かあったのか、店長」

「クマ耳のあなた、お美しいですわね!」

「なんなの、デリア、ジネット? 何かトラブル?」

「イヌ耳のあなたは、なかなかですわ」

「店長さん、一体何があったです?」

「普通顔のあなたは、もう少し頑張りなさいまし!」

「おい、コイツ乳のサイズで美しさ語ってないか!?」


 デリア(H)が美しく、パウラ(D)がなかなかで、ロレッタ(C)がもっと頑張れって!

 よく見たら、ロリーネの胸Dカップだわ!

 自分基準でいい悪い決めてやがるな、コイツ!

 そういえば、レジーナにもなかなか美しいとか言ってたっけな!?


「でも、この人、エステラとルシアさんのこと美しいって褒めてたよね?」

「えぇ、もちろん、領主のお二方はお美しい(笑)ですわ」

「めっちゃ上から目線だったのかぁ!」

「宣戦布告に等しいぞ、ミズ・ベッカー!」


 エステラとルシアが騒ぎ出した。

 なんかもう、三十七区との連携はなくてもいいかなぁ~って気がしてきたな。


「ぁの……みんな、そんな大きな声で騒いじゃ、迷惑、だょ?」


 騒ぐエステラたちの前へ、ミリィが不安そうな顔でやって来る。

 窺うように、俯き加減で、背の高いロリーネたちを見上げる。


 そんなミリィ(B)を見て、ロリーネは――



「可愛っ!? えっ、妖精!? きゃわわっ!」



 ――悶えながら地面に崩れ落ちていった。


 うん、ミリィはサイズとか凌駕するんだな。






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