報労記28話 ベッカー家の過去 -3-

「では、そちらの案も検討させていただきます」

「んむぅ……三十五区には、そのような岬はないからな……マネは出来ぬか」


 ニコニコ顔の三十七区領主と、険しい表情のルシア。

 マジで悔しがっているのかと思ったら、こちらを向いた瞳は涼しげだった。


 あぁ、噴水があるから余裕なのか。

「三十七区はいいなぁ」ってリップサービスしてやって、あとになって噴水のことを知られたとしても「三十五区ばかりズルい!」と言わせないための布石ってところか。


「まぁ、なんにせよ、これらはみんなただの案だ。それを使うかやめるか、どう発展させるかは領主とそこに住む者たちの腕と発想にかかっている」


 俺から言えるのはここまでだ。

 あとは各自でアレコレ試行錯誤して発展させていってくれ。


「んふふ~☆ なんだか、楽しいことがいっぱい増えそう~☆」


 これまで、ことあるごとに四十二区に顔を出していたマーシャも、他に行きたいところが出来るかもしれないな。

 それはそれで、エステラやデリアが寂しがりそうだけども。


「ヤシロさ~ん」


 話がまとまりかけたところへ、アッスントが戻ってくる。


「ご注文の品、お持ちしました~」


 嬉しそうに、山盛りの荷車を曳いて。

 ……誰がそんなに頼んだんだよ。


「ヤシロ様、あれは何にご使用なさるのかしら?」

「船の上で裁縫教室をしようと思ってな」


 ベッカーが何かを嗅ぎつけた獣のような目でこちらを見てくる。

 怖ぇよ。

 人形劇までお前らに渡したら、もう次の案なんかねぇよ。


「あのな、ベッカーと…………えぇっと…………そこの領主」

「もしかして、名を覚えていただけていないのですかな!? 私の名は――」


 なんか、覚えられそうもない普通の名を名乗られたが、耳に入った瞬間「鎖骨の中心と左右のバストトップを頂点として直線で繋いだ時に正三角形になるのがバストの黄金比って言われてたよなぁ」ということを思い出してうっかりと聞き逃してしまった。


「18.5cm~20cm程度がなんだって?」

「なんの話をしているのさ、君は?」

「バストの黄金比だが?」

「なんの話をしているのさ、君は!?」


 だから、今説明しただろうが!

 ……あれ? なんの話してたんだっけ?


「まぁいい。ベッカーと領主」

「おぉう……覚える気がなさそうだなぁ」

「すまぬ。あとでキツく言い聞かせておくので、今はスルーしてくれぬか」


 ルシアが三十七区領主になんか言ってる。

 あいつ、今日謝ってばっかだな。

 他区の領主には、あんまりぺこぺこしない方がいいのに。


「貴様のせいだと理解しているか?」

「すみません、ルシアさん。あとでキツく言い聞かせておくので、今はスルーしてくれませんか」


 今度はエステラがルシアに謝っている。

 まったく。貴族社会は難しいねぇ。


「今後は、三区が連携することもたくさん出てくる。その度に三十五区といがみ合うようでは、こっちとしても連携は取れなくなるぞ」

「それは……」


 ベッカーは苦しそうに顔を歪める。

 長年かけて積もりに積もった恨みはそうそう晴れないだろうが、だからといって今の状況では足を引っ張りかねない。


「一度、個人的にミスター・イーガレスにお会いしてみますわ」

「うむ。それがよいかもしれぬ。少々クセは強いが、アレは人から憎まれるような人間ではないからな」


 そもそも、三十七区に人が来なくなったのは魅力がなかったからで、人魚が来なくなったのは領主のせいだからな。


「ことさら仲良くする必要はない。これまで通り競い合って切磋琢磨することはよいことだ。ただ、その中から憎しみという感情を排除していければよいなと、そういう話だ」

「はい。ありがとうございます、スアレス様」


 ルシアに言われ、ベッカーは深く頭を下げる。

 連携を取るにしても、領主間で話し合うだろうし、そこから先は領主と貴族の話だ。

 ベッカー家とイーガレス家が連携をすること自体は少ないだろう。

 なので、ルシアの言うとおり悪感情だけ少し収めてもらえれば問題はない。


 三十一区の領主と貴族の怨嗟ほど、根の深い問題でもないだろうしな。


「お母様。お手紙、滞りなく配達の手配が完了致しましたわ」

「はぁああ!? しまったぁ! 煽りに煽った手紙がすでに!?」


 ……うん。

 このオバハン、アホなんじゃなかろうか?


「……さすがに、アノ手紙の到着と同時に乗り込むのは……」

「少し時間を空けるといいですよ。ボクたちは、明日ミスター・イーガレスと会う予定ですので」

「よ、よろしくお伝えくださいまし。アノ手紙はほんのお茶目で、真に受けぬようにと」

「えぇ、出来る範囲で……」


 ベッカーにすがりつかれて、エステラも苦笑全開だ。


「もし、あの程度の手紙で腹を立てるようなら……その程度の器しか持ち合わせぬ小物として切って捨ててしまいませんこと?」

「ヤシロ」


 俺に振るな、こんな面倒なオバハンの後処理を。


「とにかく、岬の整備と紙芝居のクオリティを上げることに全力を尽くせ。自分の港が劣ってると心のどっかで思ってるから卑屈になってるんだよ。自信が持てる港になれば、相手に対しても余裕を持って接することが出来る」

「なるほど。……それは確かにあるかも。リカルドも、素敵やんアベニューが軌道に乗ってから変なやっかみしてこなくなったし」

「……してきてたのか?」

「ウチに来る度に、調度品が変わってないかチェックしてたよ……ウチだけが儲けてるんじゃないかって」

「なにその小物ムーブ?」

「ちょっといいお土産を持っていくと、次回はそれ以上の品を持ってくるしね。……めっちゃ張り合われてたんだよ」


 ムキになってる時点で、自分の負けを自覚してるって気付けよ……


「最近、実入りが増えたみたいでね……マッサージ券奢ろうかとか言ってくるよ……」


 それはそれで腹立つみたいだな。

「俺、こんなに儲かっちゃってさ~。え? あぁいいよいいよ、俺が金出しとくから」って? 上から物言われるのが嫌いなのはエステラも一緒だからなぁ。

 何気に領主っぽいところもあるんだよな、そーゆーしょーもないところでは。


「いいじゃねぇか。おだてて金を出してもらっとけよ」

「おだてずにお金を出させたいよ、ボクは」

「だったら、いい方法教えてあげようか~?」

「……いや、マーシャの話術は、なんか違う気がするから、いい!」


 マーシャの話術は、確実にホステスさん系統のマインドコントロールだもんな。

 リカルドを手玉に取りたいわけじゃないなら、聞かない方がいいだろう。たぶん惚れられるし。


「やはり、目玉は恋人岬で、先ほどの非常に美味しい鯛めしというものを扱う飲食店を作り、それから人魚焼きですかな? それを売る店舗を……」

「あ、そのお店なら、お子さんでも気軽に買えるようなお店の方がいいですよ」

「……鯛めしの店とは別にすべき」


 ずばばんっと、ロレッタ、マグダ、そしてカンパニュラが現れる。


「なるほど。客層を分けるわけですな」

「入りやすいお店は、ご近所様が何度でも来店できる気軽さと、初めてこちらを訪れた方が試しに購入してみようと思える気軽さが必要だと思いますが、しっかりと食事を出来るお店には気軽さとは異なる落ち着きが欲しいものですから」

「なるほどなるほど。さすが、飲食店従業員の方の意見は参考になりますな」


 おいこら、オッサン。

 若い娘っこたちから真剣にアドバイスもらってんじゃねぇよ。

 で、最後のそいつは飲食店従業員というより、次期領主の目線で言ってるから。少しは見習え、現領主。


「人魚酒場も面白そうでござるな」

「いや、オイラは……無理ッスから」

「ワシもなぁ、人魚を見ながら酒を飲むのはなぁ……」

「なんと、人魚酒場は不人気ですか……」

「その辺は末期患者ばかりだから、参考にならねぇぞ」


 三十七区の領主が難しい顔をしているが、ウーマロとハビエルの意見なんぞ聞く価値がない。

 というか、人魚酒場は作れ!

 視察と称して、俺が行ってみたいから。


「酒場ではなくパーラーにでもしておけば、いかがわしさもなくなるであろう」

「あ、それがいいですね。女の子同士でお話するのも楽しそうですし」

「……マグダは物々交換する場所があればいいと思う」

「むはぁ、それいいですね! 異国の物と自分の持ち物を交換とか、楽しそうです!」

「でしたら、情報掲示板などがあると助かる方が増えるかもしれませんね。どのような物が欲しいのか、このような物を持っているのですが欲しい方はいませんか、というように活用できると思います」


 領主に混じって陽だまり亭一同が意見を出してるな。

 というか、カンパニュラ。お前はいいところに目を付けるなぁ。

 目の付けどころがシャープだよ。


「楽しい食事処が出来そうですね」


 盛り上がる一同を見て、ジネットも楽しそうに微笑む。


「手巻き寿司でもメニューに置いとくか?」

「そうですね。人魚さんたちにお魚を用意していただいて、こちらでシャリと海苔を用意して、協力して作り上げるのは楽しそうです」

「それを捌けるヤツがいればな」

「覚えれば、誰にでも出来ますよ、きっと」


 お前レベルで捌けるヤツは数えるほどしかいねぇよ。

 寿司修行に来た人魚娘だって、魚を捌けるようになったのは四人中一人だったろうに。


「おぉおおお……っ! 急にやることが増えて、一体何から取りかかればよいのか!?」

「落ち着いてください、ミスター――」


 あ、アッスントが何もないところで転んだ。

 うわ~、照れて頭かいてやがる。可愛くねっ。


 ……ん? 今なんか、覚えにくい名前が耳の中を通り抜けていったような?


「やるべきことが山積みになった時は、まず優先順位を明確にするべきです」

「散らかったテーブルで作業は出来ぬ。とっ散らかったテーブルを綺麗に片付けることを優先させるべきであろう」

「なるほど、とっ散らかった物を整理する……つまり、やるべき事の洗い出しをして、そして順位付けですね」

「そうですよ。どうせ、やっていくうちにいろいろ問題が起こって計画通りには進みませんから」

「いや、計画は計画通りに進めるものでは……四十二区では違うのですかな?」

「え……あれ?」

「三十五区も、さほど計画に狂いは生じぬぞ。……あそこの、あの男が絡みでもしない限りはな」

「えぇ~……じゃあ、ヤシロのせいなんだ、いっつも計画が狂って、とんでもない方向に進んでいっちゃうのって」


 人聞き悪いな、お前は。

 それは単にお前の計画が甘いからだろうが。


「確かに……。このスピードで次々と立案されるようでは、従来の計画設計ではとても追いつけませんな」


 はっはっはっと、三十七区領主が笑う。


「それでは、また改めて、今度はしっかりと時間を作って会談を行いましょう。ミスター――」


 あ、セロンがアッスントと同じところで転んだ。

 あそこ、なんかあんのかな?


「ヤシロ。名前を覚えようという気概くらいは見せたまえよ」


 なんか言われたが、耳に入った瞬間反対の耳から抜けていった。






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