報労記28話 ベッカー家の過去 -2-

 ――と、いかないのが世の中というもので。


「よかったね~。これで『陸の人は』いっぱい来てくれるよ☆」


 そうだったぁ……

 この港の人魚離れが何も解決してない。


 恋人岬チャレンジも、鯛めしも、カラーサンドアートも、みんな陸向けのものだ。


「いや、でもほら、紙芝居は人魚用客席も作るし?」

「わざわざ見に来なくてもいいし……四十二区でもやるんでしょ?」

「やるんですか!?」


 うっわ、ベッカー母、顔、怖っ!?

 そりゃ、やるだろう……と、エステラを見ると、めっちゃ顔を逸らしていた。

 やりたい、けど「やります」とは言いにくい。そんな感情がありありと見て取れる。


「紙芝居の内容を各区で考えるようにすれば、それぞれに特色が出て面白くなると思いますよ!」


 エステラが頑張ってひねり出した言い訳は、ルシアの眉間に深いシワを生み出した。


「……カタクチイワシ頼みなのが見え見えであるぞ、エステラよ」

「そんなことは……あは、あはは」

「カタクチイワシ。こちらにもいくつか話を寄越せ」

「我が区にも、是非!」


 そんなもん、今はどうでもいいだろうに!

 内容とかどーでもいいんだよ!

 それよりも、各区でやるんなら、人魚は好きなところにしか集まらないだろうってことが問題だ。


 一応、最初の約束で『四十二区の港は、三十五区と三十七区の港を脅かすような規模にはならない』って言っちまってるからなぁ。

 その二つの港を駆逐してしまうと、さすがに争いの火種になるだろう。


 ……はぁ。


「人魚の形を模したお菓子とか、どうだ?」

「なぁに、それ?」

「たい焼きのようなものですか」


 目を輝かせたマーシャの隣で、ジネットも目を輝かせる。

 あぁ、たい焼きもあったなぁ。


「たい焼きか! あれは可愛いし美味いな。よし、ノーマたんに頼んで金型を売ってもらおう!」

「その情報、こちらにもいただけませんかな!?」


 三十七区領主がルシアにすがりつく。

 それを足蹴にするルシア。


 金色夜叉か、お前らは。

 男女逆だけど。


「陽だまり亭のメニュー、取られたぞ?」

「いいじゃないですか。いろんなところで食べられた方が楽しいですよ」


 そんなことを、全然惜しそうでもなく言うジネット。


「それに、……味では負けません」


 言って、照れ笑いを浮かべる。

 冗談なのか、半分くらいは本気なのか。

 まぁ、出先でたい焼きが食えるなら、もっと気楽に食えるようになるか。


「それとは別にな、『人魚焼き』ってのはどうだ?」

「人魚を焼いちゃうのぉ?」


 マーシャがぷっくりと頬を膨らませて抗議してくる。

 名前だけだよ。

 まぁ、人魚を焼くんだけども。


「マーシャ。ベビーカステラを覚えてるか?」

「お祭りの時にネフェリーちゃんが焼いてたヤツ? 人魚釣りしながら見てたよ~☆」


 人魚釣りって……お前が水槽に入ってエロオヤジどもをからかって金を巻き上げてただけじゃねぇか。

 俺も参加したかったのに、エステラとイメルダがいたせいで参加できなかった楽しそうなホタテガン見イベントだ。


「……あれ、もう一回やる気、ない?」

「話が脱線したよ、ヤシロ」

「さっさと本題を話さぬか、戯け」


 ……ここにもお目付け役がいるわぁ。ないわぁ。


「ベビーカステラを焼くの、ヤシロ?」


 話を聞きつけて、ネフェリーが駆けてくる。

 パウラとノーマも興味深そうにこちらへ顔を向ける。


「あの金型を人魚の形で作れば、人魚の形をしたお菓子が大量に作れる」

「スフレホットケーキ、みたい、だね」


 ミリィがぱぁっと表情を明るくする。

 そうそう。

 可愛い形をした食い物、好きだろ、お前ら?


「人魚の形ったって……そこまで複雑な形状だと、金型からうまく剥がれないんじゃないんかぃね?」

「そうだよねぇ。スフレホットケーキの時も、ちょっと複雑な形にしたら綺麗に剥がれなくなったもんね」

「あぁ、ネコの尻尾が取れちゃったりしたよね」


 パウラたちは、ノーマの金型製作の際にいろいろ試してみたらしい。

 で、複雑な金型だと綺麗に剥がせないと悟ったと。

 しっぽなんて細くて長い部分は、綺麗に出来ないだろう。焼きムラも出来そうだし。


「形はもっと単純なもんだ。そこにごま油を塗って焼き上げる。生地の分量もベビーカステラとは変える」


 要するに、人形焼きだ。

 中にあんこを入れても美味いだろうな。


「試しに作ってみて~☆」

「金型がなきゃ無理だっつーの」

「ヤシロ、徹夜すりゃあ、なんとかなるさよ!」

「今から四十二区に帰る気かよ……」


 今日は仕事のことは忘れろ!


「出来上がりは、こんな感じだ」


 ギルベルタに紙をもらって、人形焼きの人魚バージョン、人魚焼きのイラストを描いてみせる。

 ずんぐりとした体型ながら、可愛らしい焼き上がりを描く。


「くすくす……おデブちゃんだ~☆」

「でも、とても可愛いですよ」

「食べちまうのは、ちょっと惜しい気がするさね」

「こういうのって、人魚は喜んでくれるの?」

「人によるかな~。でも、私は好き~☆」


 パウラの問いに、マーシャがにこにこと答える。

 マーシャが好きなら、若い世代には受け入れられるだろう。

「我らを喰らうと言うのか!?」って世代も……まぁ、いそうではあるけどな。


「ふむふむ……このくらいの金型なら、一晩もありゃあ作れるさね」

「だから、ノーマ……寝なって」


 いいぞネフェリー。

 しっかりとそのワーカーホリックお姉さんを捕まえといてくれ。


「ゴンスケにイラストを届けたら、帰るまでに出来てたりしないか?」

「あいつらに任せたら、この可愛さが表現できないさね! ここはやっぱり、アタシが――」

「ノーマ、寝て!」


 頑張れネフェリー!

 もうお前に任せた。


「あとね、あとね!」


 何かを思いついたのか、マーシャが岬を指さして言う。


「波が入ってこない場所があるんだから、あの中で陸の人とゆっくりお話しできる場所があると楽しいかも☆」


 マーシャが言うには、人魚は陸のことを知りたがっているが、なかなか陸の人間と出会う機会がなくて、想像するしか出来ないことが多いらしい。

「椿ってお花が綺麗なんだって~」とか「おしるこってやつを食べてみたいな~」とか。


「そういうのを教えてくれたり、見せてくれたりする陸の人がたくさんいると、人魚はここに集まってくるかもね☆」


 それは、コミュニティを作るということだろうか。

「ナイフとフォークが欲しいです」『だったら、カツオと交換でどうでしょう?』「じゃあ、商談成立ね☆」『十個セットで持っていきます!』みたいな?


「美味しいものを食べながらお話しして、仲良くなったらいろいろおねだりするの☆」


 美味い物を食いながら……



「今日は、美味しいホタテがあるんだよ~☆」

「じゃあ、それをもらおうかな」

「私も食べたいなぁ~☆」

「もちろん、ご馳走するよ」

「ありがと~☆ 何か飲む?」

「じゃあ、水割りもらおうかな」

「は~い☆ 水割りおねが~い☆」

「――少々お待ちください」

「そういえばぁ~、ウクリネスさんが新作のバッグ作ったんだってね~?」

「欲しいの?」

「欲しい~☆」

「じゃあ、今度買ってきてあげるよ!」

「ホント~、嬉し~ぃ☆」

「でへへ~」




 ――って、完全にキャバクラだな、それ!?

 えっ!? 人魚キャバ!?


 ……ちょっと、行ってみたいかも。



「本日ホタテデー……ぶつぶつ」

「ヤシロがろくでもないこと考え始めたから、この案は一度引っ込めるね」

「ちょっと待てエステラ!」


 なんか楽しそうなので、もう少しいかがわしさを抜いた感じにしよう!

 で、健全さをアピールしてプレゼンしてみる。


「人魚が接客をする酒場……いや、バーのようなものならどうだ?」

「……人魚が接客するバー?」

「おう。フロアを移動できないから、カンタルチカみたいに広くするわけにはいかないが、カウンターだけの狭い店にしてな? カウンターの向こうは海、こっちは床で、カウンター越しに陸と海の話で盛り上がるんだよ」

「……話すだけ、だろうね?」

「人魚に不埒を働ける度胸がある男がいると思うか?」

「それは、まぁ……」


 エステラの視線がチラリとマーシャへ向かう。


「マーシャ・カッター☆」


 必殺の刃が大地を穿つ。

 ……うん。煩悩って、時に人を殺すよね。


「まぁ、紳士的な態度で接してもらえるなら、有意義な場ではあるかもしれない、けど……」

「飯と飲み物は男の奢りだ。売り上げの一部は人魚に還元される。漁がない時の小遣い稼ぎになれば、人魚も集まるだろう」

「ご飯が食べられて、お話聞かせてもらって、お小遣いまでもらえるなら集まっちゃうかもね~☆」

「で、エステラ。そこに綺麗な人魚がいっぱいいると――?」

「大挙して押し寄せてきそうだよね……『紳士』たちが」


『紳士』と口では言いながら、エステラの顔は呆れきっていた。

 男って生き物は、そーゆーもんだよねぇ……ってな。


「おねだりが上手な人魚は、陸のプレゼントとかいっぱいもらえたりしてな」

「私も参加しようかなぁ~☆」


 マーシャが参加すれば、一番人気は確実だな。

 事実、港にいた男たちが一斉にざわついたもんな。……妻と子供を連れてきているのにちょっとはしゃいでしまったオッサンがキツめの制裁を受けている。

 自業自得だ。


「ま、いかがわしくならないように店のルールを厳格にして、ドレスコードでも儲けておけば、紳士淑女の社交場になるだろう。貴族のパーティーみたいにな」

「おのれ、イーガレス!」

「……ヤシロ。君、わざとミズ・ベッカーを煽って楽しんでないよね?」


 あれ、バレた?

 俺に害のないヤツは、弄ると楽しくてなぁ。

 ついつい、な?






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