387話 ミリィと森と、もんもんもん -2-

 二日ぶりの陽だまり亭の味を楽しみに詰めかけた常連客たちを捌いているうちに、ミリィとの約束の時間になった。


「こんにち……わっ!?」


 想像以上に店内にオッサンが多かったのだろう。

 店にやって来たミリィが驚いた声を上げる。


 そんなミリィの驚いた声を聞いて「によっ」っとしたオッサンが、すかさず白米をおかわりした。

 お前は何で飯を食うつもりだ。金取るぞ。


「ミリィさん、おはようございます」

「ぉはょう。……今日、忙しい?」


 ちらっと俺を窺って、ジネットに小声で尋ねるミリィ。

 大変な時に俺を連れ出していいのかと、気にしているようだ。


「大丈夫ですよ」

「(裏声)しょせん大工たちですし」

「「「ヘイヘイヘーイ! 店長さんはそんなこと言わないぜーい、ヤシロさん!」」」

「(裏声)黙れ、金蔓ども!」

「「「そんな罵声なら、むしろ店長さんの口から聞いてみたいけどね!」」」

「いえ、そんなこと思っていませんよ?」


 重症患者の群れに、ジネットが困り顔を見せる。

 そんなジネットの困り顔を見て「によっ」っとしたオッサンが、すかさず白米をおかわりした。

 だから、お前らは何で飯を食うつもりなんだよ!? よし、もう金取る!


「ミリィ。朝からいっぱいご飯を食べる男を、どう思う?」

「ぇ? ぇっと……ぁの……美味しそうにご飯を食べる人は、たくましいと、思ぅ……」

「「「ご飯、おかわり! 大盛りで!」」」


 ホント、こいつら何で飯を食う気なんだろうな。


「ジネット。担々麺の6辛を出してやってくれ」

「5辛を超えるのは、さすがに危険だと思いますよ」


 言って、テキパキと飯のおかわりに向かうジネット。

 まぁ、忙しい時間帯なので仕方ないが、お見送りは無理だろう。


「じゃあ、ジネット。ちょっと行ってくるな」

「あっ、少し待ってください!」


 厨房に声をかけて出かけようとしたら、待ったがかかった。

 トレイに大盛りライスを載せて運んできたジネット。


「転ぶなよ」

「転びませんもん!」

「「「うはぁ、ご飯進みそう!」」」


 サービス料、きっちり徴収しとけよ、ジネット。

 一人当たり1000Rb取っても大丈夫だ。


「これ、お弁当です。みなさんで召し上がってくださいね」


 と、割と大きめの弁当箱を渡される。

 全員分あるのだろう。


「……担々麺?」

「違いますっ。普通のお弁当です」


 いや、ほら。

 ジネットって、覚えた料理にドハマりすることが多々あるじゃん?

 だから今回ももしかしたら~って……悪かったよ。そんなに頬っぺたを膨らませるな。可愛いから。


「「「うはぁ! ご飯が、ご飯が、進むちゃん!」」」


 もう白米ほとんど残ってねぇじゃねぇか、お前ら。

 ホント、バカって毎日が幸せそうで羨ましいよ。

 見習うつもりは一切ないけどな。


「いい意味でな!」

「えっ!? な、何がですか?」


 いや、こう、世間的にバカとかって言葉使っちゃマズいかなぁ~って思ってさ。

 でも、いい意味でならセーフ? みたいな?

 そういう配慮だ。大人って、疲れるよな。うん。


「では、レジーナさんにもよろしくお伝えください」


 そうそう。

 今回はレジーナも一緒なんだよな。

 俺はハンドクリームの香料を探しに、レジーナはゴムの木を探しに。

 この三人で森へ行くのは、初めての猛暑期前にヒラールの葉っぱを採りに行った時以来だな。

 ……散々弄ばれたんだよなぁ、森の魔獣に。はは、ヤな思い出。


「みなさんが無事に帰って来られますように」


 そう祈りを捧げて、ジネットは俺たちを見送ってくれた。

 わざわざ店の外にまで出てきて。


「さて、レジーナの家に向かうか」

「ぇ? 待ち合わせ場所は、大広場、だょ?」

「あいつが待ち合わせの時間に待ち合わせ場所に来てると思うか?」

「れじーなさんも大人だから、来てると思う、よ?」

「じゃあ、賭けようか?」

「か、賭け……ぇっと、なに、を?」

「負けた方が、一日Tバック水着で過ごす」

「はぅっ!? みりぃ、見るのも見せるのもムリっ!」


 そっかぁ。

 じゃあ――


「今日一日、語尾に『もん』を付ける」

「もん?」

「付けるんだもん」

「ぇ……くすっ! てんとうむしさん、かゎいい」

「どうだ?」

「ぅん、ぃいょ。みりぃ、負けないもん」


 うはぁ、始まる前からサービスとか、気前よすぎ!

 よし、絶対勝とう。

 なんなら、待ち合わせ場所にレジーナが見えた時点で、吹き矢かなんかで排除しよう、そうしよう。


 そして、待ち合わせ場所へ向かい――俺の勝利が確定した。


「もぅ……れじーなさん……大人なんだから、約束は守ってっ!」

「ミリィ。語尾は?」

「はぅ…………ま、守ってもん?」


 ぷっ!

 使い方おかしいけど、可愛いから、まぁ許そう。


「じゃ、レジーナを迎えに行こうか」

「ぅん……寝てたら、叩き起こしちゃうんだもん」


 ミリィが珍しく肩を怒らせるが、全然怖くないのがミリィクオリティだな。


「よし、じゃあ俺も。レジーナが寝てたら添い寝する!」

「てんとうむしさんは、私室に入っちゃダメだもん! お店で待ってるもん!」


 ちぇ~。



 で、まぁ、寝てたよね。レジーナ。

 私室に入ったミリィが、驚いたような声で――


「そんな格好で寝てたらダメだもん!」


 ――って言ってたんだけど、どんな格好で寝てたんだろうな、レジーナのヤツ。

 ちょっと見たかったぜ。


「なんやろ、モーニングコールからサービス旺盛やと、目覚めも心地えぇ~なぁ」

「むぅ……れじーなさんのせいなんだもん……」

「自分、えぇとこ突いてくんなぁ。めっちゃ可愛いやん、ミリィちゃん」

「どっち向いてしゃべってんだよ。お前はウーマロか」


 俺に背を向けて、何もない方向へしゃべりかけているレジーナ。

 怖ぇよ。


「ちゃうねん。メガネかけてへんさかい、全然見えへんねん」

「いや、かけてんだろうが」

「そんなアホな…………ホンマや!?」

「お前、もう末期なんだな……」


 メガネをかけてるかどうかくらい分かるだろう!?

 お前、裸眼だとなんにも見えないんだからよぉ。


「ぁ……でも、みりぃも、お花に水をあげながら、如雨露どこかなぁ~って探しちゃったこと、あるもん……」

「うっわ、かわヨ!?」

「ウチもあるで。メガネかけながら『メガネ、メガネ』って」

「お前もう終わってんな」

「なんなん、この扱いの差!?」


 ん?

 知らないのか?

 積んだ徳の差だよ。


「てんとうむしさんは何かないもん? 身に着けてるものを探しちゃったこと」

「それはないんだが、パンツを穿く前にズボンを穿いて、『なんかスースーするなぁ……穿いてない!?』ってことなら何度か」

「は、話の内容が、全然違うもんっ!」

「分かる! よぅあるよなぁ、穿き忘れ」

「女の子が共感しちゃダメなんだもん!」

「「和むわぁ……」」

「同じ顔して同じこと言わないでもんっ!」


 この、「もん」を使いこなせてないところがポイント高いよな。

 レジーナの顔の緩み具合から見ても、俺の意見は外れていないはずだ。


「れじーなさん。約束の時間は守らないと、みりぃたちならいいけど、カエルにされちゃうもん。気を付けてねもん」

「大丈夫や。待ち合わせ時間言われた時、ウチ『分かった』とは言ぅたけど『守る』とは一言も言ぅてへんから嘘にはならへんで。分かってはいたけど守る気はなかってん!」

「それ、自慢気に言っちゃダメなことだもん!? 大人なら、約束は守ってほしいもん!」

「後ろ向きに検討しとくわ」

「せめて前向きもん!」


 ミリィに叱られれば叱られるほど、締まりのない顔になっていくレジーナ。

 末期だな、こいつ。まぁ、気持ちは分かるが。


「ほな、森まで行こか、ミリィもん」

「そこは『もん』付けないもん!」


 そんな賑やかなメンバーで、俺たちは生花ギルドの管理する森へと向かった。






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