387話 ミリィと森と、もんもんもん -3-

「ミリィお姉ちゃん、助けてください」

「もぅ、むやみに触っちゃダメだもん」

「お約束を破らんやっちゃなぁ、自分」


 俺、この森、嫌い。

 人食い植物、根絶やしにする。


「この人食い植物を使ったレシピをテーマパークで流行らせて、根絶やしにしてくれる……」

「ダメだもん。この魔草は必要だからここに植えてあるんだもん。許してあげてほしいもん」


 おのれ、ミリィを使って保身に走るとは、卑劣な人食い植物どもめ!

 ミリィがいない時に出会ったら覚悟しておけよ!


「まぁ、ミリィと一緒じゃなきゃ絶対来ないけどな!」

「へ……? みりぃと一緒でなきゃ、来ないもん?」

「こんなおっかないとこ、ミリィと一緒じゃなきゃ来れねぇよ」

「ネックやチックとも?」

「あいつらと森に来ても、なんにも楽しくないしな」

「じゃ、じゃあ……みりぃと来ると、……楽しい……もん?」

「え、なに、めっちゃ可愛い。持って帰る」

「自分、そこのツタ、魔草やさかい触ってみ? 捕食されたらえぇねん」


 罠と分かっていて、誰が触るか。

 こんなもんは、あっちむいてぷんだ!



 煩わしい人食い植物エリアを抜けると、そこは様々な樹木が立ち並ぶ美しいエリアだった。

 所狭しと樹木が生えているが、綺麗に整備されていることがよく分かる。


「この辺って、サクランボの木を見つけた辺りか?」

「ぇ……っと、ぁれは、……もっと、向こう……だもん」

「そっか。また食いたいなぁ、サクランボ」

「へ………………ぃ、今?」


 ん?

 なんでこんなに警戒心ありありで…………あ、そうか。前回森でサクランボを食べた時って、枝でくっついたサクランボを二人一緒に食ったんだっけ。

 いや、別にそれを今再現したいってわけじゃなくて……というか、ミリィといる時は普通にサクランボ食っちゃダメなルールになってるのか?


「また、……今度な」

「ぅ、ぅん……また、が、ぃい……もん」


 いやいやいや!

 またもなにも!

 普通に食べればいいんだけどな!


 でもなんだろうなぁ、この変な空気? 裏切っちゃいけないような、謎の使命感的な? なんだかなぁ……


「その照れ様……はっは~ん、サクランボは、隠語やな!?」

「見当外れも甚だしいわ」


 なんだろうなぁ。

 レジーナを通過すると、どうしてなんでも卑猥になるのかなぁ。

 こいつ、浄水器だったらリコールの嵐だろうな。


「ぇっと……ゴムの木、探そうもん? ね」


 まだ赤みの引かない顔で、ミリィが一人で歩き出す。

 思い出して照れているらしい。

 俺もちょっと恥ずかしいわ。


「ミリィちゃん、泣かしたらアカンで?」

「誰がするかよ、そんなこと。全領民に吊し上げられるわ」

「吊し上げて、貼り付けにして、御開帳コースやね☆」

「なぁ、なんでお前は口を開く度に卑猥なの?」

「え、その説明、必要?」

「俺、お前のすべてを理解してるつもりはねぇよ」


 なんで、知ってること前提なんだよ。世の常識じゃねぇよ、お前の卑猥の原因。


「れじーなさ~ん!」


 遠くで、ミリィが背伸びをして大きく手を振っている。


「きゃわゎやね!」

「言ってねぇで、早く行ってやれよ。つま先立ちして、ぷるぷるしてんじゃねぇか」


 少しでも大きく見せようと奮闘するミリィ。

 ミリィは育たなくてもいいんだと、教えてやりたい。


「れじーなさんの言ってた木、これじゃないもん?」


 レジーナから聞いていた幹や葉の特徴を頼りに、ミリィが事前に当たりを付けておいてくれたらしい。

 大きな楕円の葉っぱが青々と茂り、幹は節が少なく細くてまっすぐに伸びている。

 天然ゴムの材料であるラテックスが取れるパラゴムノキによく似ている。


「あぁ、これやこれや! ドストんとこにあったんと同じ木ぃやわ」


 バオクリエアにいる、レジーナの幼馴染にして植物研究家のドスト。息子には是非バストと名付けてほしい男である。


「よかったぁ。似ているだけでまるっきり違う物だったらどうしようかと思ったもん」

「けど、念のため確認してえぇかな? 枝、一本折らしてもらわれへんやろか?」

「細いのでもいいもん?」

「かまへんで」

「じゃあ、一本だけならいいもん。……そっとね?」


 そっと折ろうがボキッといこうが変わらんと思うが。

 ミリィは、植物が折られるのを可哀想と思うタイプらしい。


「ほなら、優しゅうに……」


 と、レジーナがナイフで細い枝をカットする。

 すると、断面から白くとろっとした樹液が滲み出してきた。


 その白い液体を指で掬い取り、親指と人差し指で揉むレジーナ。


「白い、ねばねばの液体……やね」

「黙って調べられんのか」

「調べられへんな!」

「黙って調べろ」

「無体やわぁ」


人差し指と親指を付けたり離したりしながら、ねばねば具合を確かめる。


「うん。間違いあらへんね。これを加工したら、ゴムが出来るわ」

「すごい! この木ね、葉っぱが綺麗で形も可愛いんだけど、そんなに必要とされていない木だったんだもん」

「これからは、みんなに必要とされるようになるで。ほんで、この街の歴史を大きく書き換える存在になるんや」

「そっか……よかったね。みりぃも嬉しいもん」


 ゴムの木の発見を、レジーナと同じくらい喜んでいるミリィ。

 ここに生えている植物は、みんなミリィの家族のような存在なんだろうな。

 ……人食い植物だけは、認めないけどな!


「この木ぃ、売ってもらわれへんやろか? 毎回ここまで採りに来るのも大変やさかいに、領主はんに頼んで、どっかの土地に植樹したいんやけど」

「ぅん。みりぃからもえすてらさんにお願いしてみるもん。生花ギルドのみんなにもお話しとくもん」

「ミリィちゃんの後ろ盾があったら、実現したも同然やね」

「そんなこと……でも、頼ってくれて嬉しいもん」

「よっしゃ、かわぇえ! もらって帰ろか!」

「レジーナ。あの辺魔草ゾーンだから、思いっきりダイブしてみたら?」


 誰がお前にやるか。ミリィが穢れるわ!


「それでね、てんとうむしさんが探してるお花も、たぶんこれじゃないかな~っていうのがあったんだもん。見に行ってみるもん?」

「連れてってくれるか?」

「ぅん! ついてきてだもん」


 ゴムの木は、後日エステラと生花ギルドで話し合うことにして、次は俺の依頼分だ。

 探してほしい花の特徴をメモして、事前に渡しておいたのだが、ミリィはきちんと見つけておいてくれたらしい。


「とっても強いお花でね、一年中花を咲かせてくれるもん。寒さにはちょっと弱いけど、それでも葉っぱが枯れることもそんなになくて、ミリィは知らなかったんだけど、大きいお姉さんの中に、そのお花の香りが大好きって人がいたんだもん。教えてもらってから、ミリィも、とっても好きなお花になったもん」

「「最初はグー! ジャンケンぽん! あいこでしょ!」」

「何のじゃんけんしてるもん!?」


 いや、どっちが持って帰るかって。

 なんとか量産できないもんかな、ミリィ。

 一家に一人、ミリィ。

 一人寝のお供にミリィ。


「ぁ、見えてきたもん。あのお花だもん」


 ミリィが指さす先には、俺が探していた花が咲いていた。

 小さな紫の花が寄り添うように丸く固まって咲き、甘い香りをさせている。

 隣には同じ種類の白い花が咲いている。

 随分と立派に育っている。

 こいつから精油を抽出するのは割と難しいのだが、これだけあれば十分な精油が作れるだろう。


「見たことない花やなぁ。これ、なんて花なん?」

「俺の故郷では、ヘリオトロープって呼ばれていた花でな。遥か昔、俺のいた国に初めて持ち込まれた香水はこれが原料だったんじゃないかって説があるくらいに親しまれている花なんだ」


 諸説あるらしいけどな。


 ヘリオトロープは、現在でも人気のハーブで、ハーブ園などに行けば高確率でお目にかかれる。販売している店もあるから、運が良ければ家で栽培することも叶うだろう。


 一年中花を咲かせるが、その分栄養を多く消費する。丁寧に、大切に育ててやらないとなかなか花を咲かせてはくれない。

 けれど、大切に育ててやれば、そのご褒美とばかりに甘い香りを届けてくれる。


 紫の花は香りが強く、バニラに似た甘い香りをしている。

 白い花は紫に比べてわずかに香りが弱い。

 それが影響しているのか、バニラというより、チョコレートのような香りになるのだ。


「これで、ハンドクリームを作ろうと思う」

「わぁ! きっとすごくいい香りになるもん。みりぃも、全力でお手伝いするもん!」

「ほなら、ウチも本気出そかな。頑張って探してくれたミリィちゃんへのご褒美を完成させるためにもな」


 こうして、欲していたゴムの木とヘリオトロープは見つかった。

 あとは量産するためにもっと栽培しやすい環境で増やしていくだけだ。

 エステラも、ヘリオトロープのハンドクリームを見れば二つ返事でOKするだろう。

 ゴムの木の方は……いいパンツでも作ってやれば二つ返事で…………いや、逆効果になりそうな気がする。……なぜだ? 解せぬ。






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