387話 ミリィと森と、もんもんもん -1-
講習会が終わり、陽だまり亭に平穏が戻った。
「店長さん、屋台の準備完了です!」
「……担々麺のスープ、間もなく完成」
「ちょうどこちらも、シフォンケーキが焼き上がるところです。カンパニュラさん、食器類はどうですか?」
「積み込み終わりました。向こうで食器を洗えるように水瓶にもお水をたっぷり入れておきました」
……うん。すっげぇバタバタしてる。
日常であって、決して平穏ではない。
これが平穏であって堪るか。
「ほい、よこちぃ&したちぃの焼き印入り木製スーベニアケーキ皿お待ちっ!」
「……ヤシロが一番張り切っている」
「アッスントさんに『商品開発力の違いを見せつけてやる』って意気込んでいたです」
「ヤーくんは、常に全力投球なところが好感を持てますね」
全力投球?
当然じゃないか! キャラクターを付けるだけで割高にしても飛ぶように売れるのだから!
鉄を削って焼き印を作るくらい、朝飯前だ! 徹夜になったけれども!
「わぁ、可愛いお皿ですね」
「木製フォークにも、小さい焼き印を捺してあるぞ」
力作の木製フォークも見せる。
ふふん! これは、売れる!
エステラに権利を譲渡する前に、いっちょ荒稼ぎをしてやるさ!
「ヤシロさん、お疲れではないですか?」
木製の皿とフォークを持って、ジネットが俺の顔を覗き込んでくる。
まぁ、寝てはいないがこれくらいは大丈夫だ。
講習会前の連続徹夜に比べれば、なんということはない。
それに、今夜は普通に眠れるしな。
「マグダ、ロレッタ、カンパニュラ。屋台の方は任せるぞ」
「……マグダがいるから大丈夫」
「どどーんと、あたしたちにお任せです!」
「姉様方のお邪魔にならないよう、精一杯精進いたします」
今回、俺とジネットは陽だまり亭待機組だ。
二日も店を閉めていたので、陽だまり亭をオープンさせたいジネットと、ちょっと用事がある俺が店に残る。
こう連日イベントが続くとうんざりする。
毎日それを楽しめるマグダたちのバイタリティは、若さ故のものだろうな。
俺は落ち着いて、縁側で茶でも飲んでいたいよ。
「何かあれば、すぐに駆けつけますね」
「……心配には及ばない。……が、きっとお昼頃に一度戻ってくるとは思う。寂しくなるだろうから…………店長が」
いや、お前がだろう。
なに最後に慌てて付け足してんだ。
ジネットもくすくす笑って、否定をしない。甘やかしとるなぁ。
「安心してです、店長さん。ウチの妹たちも売り子に駆り出すので大丈夫です! 店長さんは本店を守っていてです!」
今回の屋台には次女三女と、年中組妹を大量投入する予定だ。
これから十日間、アトラクション体験会&テーマパーク出店予定店舗による新メニューお披露目会が東側運動場で開催される。
昨日までの講習会に参加した四十二区の料理人が、覚えた技術を駆使して屋台でその成果を発揮するのだ。
ぶっつけになるが、客と接することで見えてくるものもあるだろう。
四十二区の中でなら、失敗しても大丈夫。あとでいくらでも取り返せる。
さて、何人の料理人が徹夜してるだろうか。
「ヤシロ、見ておくれな! したちぃのハンドクリームを作るって聞いたから、ブリキの軟膏入れを作ってみたさよ!」
「一番徹夜しちゃいけない人が徹夜してるっぽーい!?
どこで聞きつけた、その情報!?
やっぱ人の口に戸は立てられないかぁ!
よかった、自転車の情報、ちらりとも漏らさないで!
「ノーマ。今夜はお前を帰さない」
「なっ!? な、ん……さね、急に……?」
「いいから寝ろ!」
「……眠ると悪夢を見るんさよ……あのキツネ大工がアタシを嘲笑いながら……『暇そうでいいッスね~。あ、オイラはこれからテーマパークの建設があるッスから。あ~、忙しいッス~』ってっ!」
……それは被害妄想ですよ、ノーマさんっ!
医師による診察が必要ですっ!
しょうがない。
精神的な安静が何よりの特効薬か。
「ちょうどよかった! さすがノーマだ。実は今日、ミリィと森へハンドクリームの香料にする花を採りに行くんだ。ノーマのおかげですぐに試作品が作れるぜ」
「なら、すぐさま量産体制に入るさね!」
「ちょっと待った!」
飛び出していこうとするノーマを引き留める。
「ブリキの入れ物は素晴らしいが、これだけではただの入れ物だ。これを『したちぃのハンドクリーム』にするには、ノーマの協力が不可欠なんだ」
「アタシの……かぃ?」
「あぁ、お前以外の誰にも頼めない、いや、頼む気がしない! 高い技術力を必要とする難しいミッションだ」
「ふ……ふふふ……ふひひひひひひひっ!」
「ノーマさん、笑い方が女子にあるまじき響きです! 寝不足で思考力が落ち過ぎてるですよ!?」
ロレッタの指摘も耳に届かない様子で、ノーマは瞳を爛々と輝かせる。
「それじゃ、さっそく打ち合わせをするさね!」
「その前に!」
前のめりなノーマの肩を押さえ、椅子に座らせる。
「まずは花を手に入れないといけない。入れ物やパッケージは商品の命! 製品との親和性も重要になる。少し待たせることになるが、ハンドクリームの完成を待ってほしい。なぁに心配するな。今夜までには試作品を完成させる。その後入れ物を試行錯誤して、それから量産体制に入る」
「むぅ……夜まで待つんかぃね?」
「ただし、今夜は眠れると思うな? 製品が完成するまでは寝かせないからな?」
「くふふ、望むところさね!」
「だが、寝不足の脳みそでは思考回路も鈍るだろう。そこでどうだろう? ここの二階で仮眠を取ってみるというのは? 俺の仕事を待たせるわけだから遠慮はいならない。むしろ、お前がここにいて仮眠を取ってくれる方が安心できる。ノーマの技術はみんなが必要としているからなぁ。ちょっと目を離すと仕事が殺到しそうだ。そうならないためにも、今日一日はお前を独占しておきたい。どうだろうか?」
「アタシを……独占…………くふぅー!」
なんか、マグダみたいな喜び方した!?
「しょ、しょうがないさね……それじゃあ、少しここで待たせてもらうさね。まぁ、仮眠を取る必要はないから、パッケージのデザインでも考えて――」
「って、言ってるそばから体が斜めってるですよノーマさん!?」
「……眠気の限界。少しまぶたを閉じればすぐに眠りに落ちる」
「なんの、負けないさね、こんな眠気!」
いや、寝ろや。
……仕方ない。
懐から、紐に括りつけられた五円玉サイズの円盤を取り出す。
五円玉と同じように中央に穴の開いた円盤は、紐の先端でゆらゆら揺れる。
「ほ~ら、あなたはだんだん眠くなる~まぶたが重ぉ~くなってくる。目を閉じるとじわ~っと温かくなってきて、気もよぉ~くなっていく。ど~んどん、ど~んどんと深い眠りに落ちていく~……」
「…………すやすや」
「寝たです!?」
「……ヤシロがついに魔法を習得した」
違ぇよ。ただの催眠術だ。
それも、ベッタベタの使い古された似非催眠術だよ。
人間ってのは、『スリープ』と似た語感の『シープ(羊)』を数えるだけで眠気に襲われるような単純な生き物なのだ。
疲労がたまり、眠気が押し寄せている時に、低くゆっくりとした声を、単調なリズムで繰り返し聞かされれば、まぶたは自ずと下りてくる。そういう風に出来てるんだよ。
ま。
この街のヒツジはまったく寝ないんだけどな。
「とりあえず、俺の部屋にでも寝かせとくか」
客間はカンパニュラの部屋だ。
疲れた時に昼寝も出来ないようでは問題だ。
「いえ、客間を使ってください。物置部屋の手前で人通りも少ないですし、ゆっくり眠れると思います。もし万が一にも私が疲れてお昼寝をしたくなった時には、ヤーくんのお部屋をお借りしますから」
ま、確かに。俺の部屋は階段の隣だから、結構足音が聞こえるんだよな。
「じゃあ、マグダ。悪いが頼めるか?」
「……うむ。ベッドに放り込んでくる」
「きちんとお布団もかけてあげてくださいね」
「……代わりに服をはいでおく」
「ダメですよ!? そんなことをしたら、お兄ちゃんが客間から出てこなくなるです!」
「もう、……ヤシロさん」
いや、俺、何も言ってなくね?
「ヤーくん。お顔が正直過ぎて叱られたのですよ」
なんと!?
そんな馬鹿な…………あ、めっちゃ緩んでる。
これはアレかな? 思い出しぽぃんかな?
なら、仕方ない。
マグダとロレッタが連れ立って、ノーマを客間へ運んでいく。
これで一安心――
「ヤシロちゃん、ちょっと見てください、コレ! したちぃのハンドクリームを作るって小耳に挟んだので、ハンドクリームの容器を入れる巾着袋を作ってみたんですよ!」
「わぁ、ちょうどよかった! さすがウクリネスだ! 実は今日、ミリィと森へハンドクリームの香料にする花を採りに行くんだ! 早速量産したいところだが先に試作品を作るから打ち合わせは夜からだなぁ! でもお前はすごい技術を持っていてすぐ仕事が入りそうだから今日一日は俺が独占だー! 今夜は寝かせないぜ☆ だから今のうちに仮眠を取っとけ! ほ~ぅら、あなたはだんだん眠くな~る!」
「あら、あらあら……まぶたが……重…………すやすや」
「マグダ、ロレッター! 宿泊客一名追加ー!」
「では、ウクリネスさんはわたしの部屋で休ませてあげてください」
「うふふ。ヤーくんは講習会が終わっても大忙しですね」
俺のせいじゃねぇっての。
はぁ……今晩も徹夜かぁ。
「ヤシロさんもきちんと仮眠を取ってくださいね。森へ行った後にでも」
「……悪いな。明日からはちゃんと手伝うから」
「はい。では、明日を楽しみに待っていますね」
不眠魔神二人を収容し、マグダたちを見送った後、陽だまり亭はオープンした。
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