386話 担々麺は明日! -4-
「だ~りんちゃ~ん☆ てんちょ~さ~ん☆」
オシナがはんなり笑顔で手を振りながらやって来る。
反対の手にはケーキの載った皿が。
試食をしてくれってことかな?
「ぎぶあっぷ~なのネェ~」
「どーゆーこと!?」
到着するなりギブアップ宣言。
いや、お前、手にケーキ持ってんじゃねぇか。
見た目はそこそこいい感じだぞ。
「あの、オシナさん。そちらのケーキはどうされたんですか?」
「あのネあのネェ~、陽だまり亭の関係者だって自称してるポンポンポ~ンっていう坊やがやって来てネェ~」
「ポンペーオだな」
「ソウソウ、そのポンポンポ~ンくん」
あれ?
なんか、ちょっとイラッてした感じ?
オシナの黒い部分ちょっと出ちゃってない?
「いらないって言ってるのにネェ、ケーキの作り方を教えるって、いろいろ言ってきたの~」
あぁ、それでイラッとしたのか。
オシナは自分で作った料理以外認めないようなところがあるしな。
俺の教えたバーニャカウダーとか、ジネットと共同開発した料理は例外なんだよな。
「四十区はマンゴーが美味しいからって、マンゴーのケーキを作っていってネェ、使っていいよって★」
わぁ、笑顔が黒い。
「あくまで提案だから、突っぱねていいぞ」
「うんうん。そのつもり☆」
それをわざわざ言いに来たってことは、俺からポンペーオにクレーム入れとけってことか?
「ウチの妹情報によるとですね、ポンペーオさん、お兄ちゃんに『自分で考えろ』と言われて、新しいケーキの開発に燃えているらしいです!」
「それで他所のキッチンに突撃してアイデアをかき集めるついでに技術を教えて回ってるのか……傍迷惑な」
「ん~ん。他のところでは歓迎されてるみたいネェ」
ただ、オシナ的にはいらなかったと。
「このケーキ、オシナ的には甘々過ぎてナシナシなのネェ」
たっぷりの生クリームの上に鮮やかなオレンジ色が広がっている。
一口食わせてもらったら……確かに甘い。が、普通に美味い。
デリアあたりが好きそうな味だ。
「けど、もったいないなこの味」
「あっ、なんとなく分かります。うまく言えないんですが、甘さの種類が違うので少しぶつかっているというか……」
今回のマンゴーはとにかく甘い。
それ故に、生クリームと合わさると少々くどい。
ショートケーキのイチゴは、ほのかな酸味があるからこそ生クリームと合うのだ。
「どうせなら、裏ごししてクリームと合わせてやりゃあいいのに」
「それは美味しそうですね! なるほど、ぶつかるなら混ぜてしまえばいいんですね」
「もしくは、ケーキじゃなくてムースやプリンにしてみるとかな」
「マンゴーのプリンですか? 想像できませんけど、なんだか美味しそうです」
マンゴープリンは簡単だからな、今度作ってみるか。
「では、試食には招待してくださいね」
「……来てたのか、ベルティーナ」
「はい。お約束通り」
まぁ、来るって言ってたもんな、昨日。
「オシナ的には、もうちょっと落ち着いた甘さが理想なのネェ……」
「では、砂糖を控えて、生クリームの風味を楽しむケーキにしてみてはどうでしょうか?」
「そうネェ……ちょっと試してみてもいいかも、かもなのネェ」
いいかも、かもって。
あんまり乗り気じゃないんだな。
つまり、ここにいる連中が練習しているケーキじゃないのがいいと。
オシナの店は、野菜の旨みを最大限引き出すような料理がメインで、ソースや味付けは最小限に抑えられている。
オーガニックというか、健康食というか。
オーガニックか……
「なら、紅茶のシフォンケーキでも作ってみるか?」
「「紅茶のシフォンケーキですか!?」」
「同じ顔で食いつくな、似たもの母娘……」
オシナを押しのけて詰め寄ってくるなと言いたい。
ジネットにはシフォンケーキを教えてある。ケーキを一気に広めるためのケーキ講習会を行った時に。
ただ……如何せん、一気に美味そうなケーキが登場したせいでシフォンケーキの認知度は上がらず、他のケーキに埋もれてしまったんだよなぁ。
地味だからなぁ、シフォンケーキ。
「スポンジケーキじゃん!」とか言われてたし。
ちゃんとすれば美味いのに!
「しふぉんけーきって、どんなケーキなのネェ? オシナが好きそうな、ダーリンちゃんのお勧めなのネェ?」
オシナはあまりケーキを食べないのか、シフォンケーキを知らないようだ。
一応ポンペーオにも教えてあるんだが……まぁ、さっきのマンゴーケーキを甘過ぎると言うようなオシナだ。ポンペーオの店『ラグジュアリー』に行ったことなんかないのかもしれない。
「柔らかくてしっとりとしたスポンジケーキみたいな感じだな」
「スポンジケーキ、なのネェ?」
「みたいなヤツだ。材料が違うから別もんだけどな。……とりあえず、作ってみるか。ジネット、手伝いを頼めるか?」
「はい! マグダさんのスープが出来るまで、もう少し時間がかかりそうですし!」
現在、ジネットが準備した鶏ガラスープを煮込んでいる最中だ。
マグダとロレッタが交代で、煮立たせないように丁寧に煮込んでいる。
今はマグダの番だ。
「シフォンケーキ一番の特徴は、バターではなく植物油を使うところだ」
スポンジケーキと材料はほぼ同じだが、シフォンケーキは植物油を使用する。
常温で液状の植物油を使用するからこそ、シフォンケーキはスポンジケーキよりも柔らかいのだ。
その分、常温で固形のバターで作るスポンジケーキよりも型崩れしやすいという欠点も持っている。
だから、シフォンケーキは焼き上がった直後にひっくり返して冷ますのだ。
シフォンケーキを焼く型の真ん中に穴が空いている理由だな。
あそこに棒やストッカーを差し込んで逆さまにしておく。
そうしないと、どんどんしぼんでぺったんこになるのだ。
「そうか、エステラは植物油で出来ているのか」
「よし、その暴言、新しいシフォンケーキの試食で許してあげるからさっさと作るように」
いつの間にか背後に立っていたエステラ。
お前な、都市伝説のメリーさんだって来る前に連絡入れてくれるんだぞ?
初っ端から「今、あなたの後ろにいるの」じゃ、情緒がないだろう、情緒が。
「ポイントは、卵黄と植物油をしっかりと混ぜ合わせて乳化させておくことと、メレンゲをしっかりと作って泡が潰れないようにしておくこと」
「シフォンケーキにはドライフルーツなんかを入れても美味しいですから、オシナさんのお店には合うかもしれませんね。わたしにも作れる簡単なケーキですよ」
うん。お前を基準に考えるな。
お前は基本、どんな料理でも作れるし、一般人が到底作れない料理でも簡単に作っちまうだろうが。
オシナに基本を教える意味で、ジネットにはプレーンを作ってもらうか。
「ナタリア」
「はい、私ナタリア。今、あなたの後ろにいるの」
「うん、分かってるから呼んだんだわ」
「なんでしょうか?」
俺の背後から、肩越しに顔を覗き込んでくるナタリア。
前に来いや。「だ~れだ?」の後の「ばぁ~、私だよ」のポーズか!?
ちょっときゅんとするわ!
「紅茶の茶葉を分けてもらえるか?」
「茶葉ですか? 紅茶ではなく?」
「茶葉も欲しいんだ。紅茶を入れてくれるなら助かる」
「では、準備いたします」
その紅茶を使わせてもらう。
「ねぇ、ヤシロ。紅茶のケーキを食べる時は、何を飲むんだい?」
「紅茶でいいだろうが」
「紅茶過多にならない?」
「なに、紅茶過多って!?」
エステラってさぁ、……アホなの?
お前は普段がぶ飲みしてんだろうが。
「お兄ちゃん、あたしも手伝うです!」
「……だが残念。交代の時間」
「のぉぉおお!? スープ係の時間です!?」
「……手伝う」
「んじゃ、生クリームを砂糖抜きで頼む」
「……砂糖は、多ければ多いほど甘い」
「うん。知ってる。知った上で、あえて砂糖無しをオーダーしてんだわ」
「……ヤシロは変わり者」
マグダとデリアの舌に合わせたスイーツは、常人が食えないレベルの甘さになる。なので、分量はこちらできっちりと決めておかなければいけない。
「ヤシロ様、この紅茶はどうすれば?」
「茶葉を入れたまま少し冷ましといてくれ」
「茶葉ごと、ですか?」
「茶葉も混ぜ込んで焼くから」
「……渋みが出そうですが……完成品が楽しみです」
それから、特になんのトラブルもなくシフォンケーキの工程は進み、オーブンで焼く段階へやってくる。
中央に穴の空いたシフォンケーキ型は持ってきてないので、普通のケーキ型で焼く。
逆さまにするのは、鍋を積んで台座を作ればなんとかなるだろう。
「で、焼いている間に、冷やし中華完成!」
「担々麺も出来ました!」
「相変わらず、無駄のない手際なのネェ~☆」
昨日告知しておいた担々麺の登場に、料理人たちが集まってくる。
まずは試食。味を知った上で調理工程を見せるという流れだ。
冷やし中華も担々麺も予想以上の売れ行きだった。
……金、取ればよかったなぁ。
「じゃ、担々麺と冷やし中華の作り方を見せる――前に、シフォンケーキ完成!」
「ヤシロさん! あのっ、これっ! 甘くない生クリームが大正解です! 紅茶の芳醇な香りと茶葉の微かな苦みを、甘くはないのに濃厚なミルクの香りを閉じ込めた生クリームが包み込んで、得も言われぬわっしょいわっしょいです!」
「得も言われぬわっしょいわっしょい!?」
それは美味いのか、なんなのか……
「んふ~、これは、オシナ的にも大正解なのネェ☆ さっすがダ~リンちゃんなのネェ☆ お婿さんに欲しいくらいなのネェ~!」
「「「「ざわざわざわっ!」」」」
「ざわざわすんな、外野! オシナの冗談だよ!」
面白い感じでざわつきやがった外野を一睨みする。
「……んふふ。別に冗談でもないんだけどネェ~」
なんてオシナの呟きは聞かなかったことにする。
魔性過ぎて怖いんだよ、オシナは。
「さぁ、担々麺の作り方を――」
「「「シフォンケーキは!?」」」
「「「いや、担々麺が先だろう!」」」
「「「ケーキは焼く時間がかかるんだよ!」」」
「「「こっちはスープの調整や実験があるんだよ!」」」
「だぁ! やかましい! 担々シフォンケーキでも作ってろ、お前らは!」
「「「ほぅ、それもアリ、か……」」」
いや、なしだわ。
絶対マズいから。
「まったく。張り切るからそうなるんだよ、ヤシロ」
によによと、何かを言いたそうな顔で俺をからかうエステラ。
「あと、この紅茶のケーキさ、もっと甘くならない? ボク、紅茶には蜂蜜をたっぷり入れる派なんだよね」
「お前の脂質は頑なに乳を避けてるんだなぁ」
なんで太らないし育たないんだろうな、そんなに甘党でさ。
「ほらほら、くだらないことを言ってないで早く調理しなよ。みんなが待ってるよ。君の弟子たちがね」
俺が苦労する様が嬉しくて仕方ないらしいエステラ。
なんて性悪。
そんなヤツには――
「じゃあ、エステラ。担々麺の試食を頼む」
5辛をプレゼントだ。
にこにこ顔で新しい料理を口に運んだエステラが、「痛ぁぁーい!」と涙目で吠え、そんな悲鳴と共に講習会の二日目は幕を下ろした。
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